
バイクがスムーズに走行するにはステアリングが素直に左右に切れることで必須条件で、その要となるのがステアリングステムナットの締め付け具合です。締め切りで使う大半のボルトナットと違って、ステムナットは言ってみれば中途半端な位置で止めるため程度問題が難しく「これで良いのかなぁ」と半疑問のまま進めるサンデーメカニックも多いはず。ここではナットの締め付けトルクが指定されている機種の作業を紹介します。
重い部品を外すとステムはだんだん重くなる?

テーパーローラーベアリングはインナーレースと保持器(リテーナー)に収まったローラーが一体になっているため、インナーレース軌道面の傷や打痕を直接確認することはできないが、ベアリングを交換する際はアウターレースとインナーレースを同時に交換するのが鉄則。ステムシャフトにインナーレースを圧入する際は、リテーナーを叩かないよう肉厚の薄い円筒(ここではインナーチューブ)を使用する。

並んだローラーが外れないよう保持するリテーナー内径とインナーレースの隙間はほんの僅かしかない。ステムシャフトにすっぽりかぶるパイプ状の治具がない場合に平ポンチやマイナスドライバーでインナーレース全周を少しずつ叩いて圧入するのは、レースが傾きやすく誤ってリテーナーを叩くリスクがあるので避けた方が良い。
ステアリングのスムーズさを決定づけるステアリングステムベアリングの軌道面に傷や打痕を発見したら、アウター&インナーレース交換が必要です。フレームのヘッドパイプとロアブラケットのステムシャフトからレースを抜き取って圧入する作業は簡単ではありませんが、その後にも簡単ではない作業が待っています。それがステアリングステムナットの締め付けです。
バイクに使用されているボルトやナットのうち、数少ない「緩すぎず締めすぎず」という中途半端な扱いが必要なのがステムナットです。ステムナットはステムベアリングを固定するものではなく、与圧=プリロードを加えるナットです。締め付けトルクが大きくすればステムベアリングに加わる圧力が大きくなり動きが渋くなり、トルクが小さければ小さな力で動くようになります。
プリロードを単なる抵抗と捉えれば、締め付けトルクが小さい方が良いと思われそうですが、インナーレースとアウターレース間の圧力が低すぎるとボールやテーパーローラーとの間にガタが生じて、ブレーキング時の違和感や異音の原因になります。ステム単体でガタを感じなくても走行した際にガタが出るのは、フロントフォークやタイヤの慣性重量が働くからです。もちろん、車重の影響もあります。
だからといって、ステム単体で左右にフルロックした際に強い力が必要なほど大きなトルクでナットを締めると、ステアリングがスムーズに切れずに乗りづらくなり、路面からのショックがダイレクトにベアリングに伝わるため、レースに打痕が付く原因にもなります。
機種によって締め付け方法や手順が微妙に異なるもの、ステアリングステムナットの締め付け具合が難しい理由のひとつです。あくまで作業者の感覚や練度に頼る物もあれば、具体的な数値で記述している物もあります。
どちらの場合でも「緩すぎず締めすぎず」の前に、ステムが左右に動きづらくなる程度に強めにナットを締めるのは有効です。アウターレースもインナーレスも組み立て時に圧入していますが、ボールやテーパーローラーを間に挟んだ状態でナットで締め付けることで、ベアリングがいっそうなじみます。それから一旦緩めてちょうど良いトルクで締め直しますが、ステム単体ではやや重い程度にするのが良いようです。単体でフリクションロスが大きく感じても、実走行条件ではフロントフォークやタイヤで慣性重量が増えるからです。
1990年代のハーレーダビッドソンスポーツスターのサービスマニュアルには、フロント周りの慣性重量を考慮した調整方法が記載されています。フロントタイヤを浮かせて徐々にハンドルを切り、直進状態からタイヤやフォークの自重で自然に切れ込み始めるまでの距離によって締め付け具合を判断するという方法です。すべての機種に当てはめることはできませんが、ステム単体よりも現実的な調整方法と言えるかも知れません。
- ポイント1・バイクのハンドリングの善し悪しを決めるステアリングステムナットの勘所は「緩すぎず締めすぎず」
- ポイント2・ステムナットの具体的な締め付け方法は機種ごとに異なる
締め付けトルクが指定されている時はプレート型レンチで締め付ける

ステアリングステムナットにはダブルナットタイプもあるが、この機種の場合はシングルタイプ。ヘッドパイプにダストシールをセットしてナットを締め付ける際は、中心部分が出っ張っている(インナーレースを押せる)面をインナーレース側に向けて締める。

ステムナットの切り欠きに合わせて開口部に4つのピンがある専用のソケットをプレート型トルクレンチに取り付けてナットを締める。一度締めてから緩めるため、トルク指定にどれほどの意味があるのか疑問に感じるかも知れないが、40~200kg-cm、(13.7~19.6Nm)で締めることでローラーにダメージを与えることなくレースをなじませ、フレームにアウターレースを密着できる。

サービスマニュアル上の締め付け上限の200kg-cm(19.6Nm)までナットを締めても、まだまだ余裕で締まり続けるが、トルクが大きくなればローラーがレースの軌道面に食い込んで打痕をつけてしまい本末転倒になる。締め付けトルクを一度体感しておけば、トルクレンチを使わずベアリングをなじませる際にも役に立つ。
一方、ここで紹介するのはステムナットをトルクレンチで締め付ける方法です。トルクレンチを使うといっても、最終的な締め付けトルクを決めるのではなく、一度規定トルクまで締めた後にステムがスムーズに動く位置まで調整する=緩めるので、最初はベアリングをなじませるためのトルクという意味合いが強いのかも知れません。
1980年代のスズキRG250ガンマの場合、ステムナットの締め付けトルクは当時の表示で140~200kg-cm、現在の表記なら13.7~19.6Nmとなっています。ただしこのトルクで締めてもナット自体は締め切り状態にはならないので、プリセット型のトルクレンチは「カチッ」とはなりません。ここで必要なのは締め付け過程のトルクを読み取れるプレート型、ビーム型と呼ばれるトルクレンチです。アナログタイプのプレート型だけでなく、工具メーカーKTC製のデジラチェもリアルタイムのトルク測定ができるのでこの作業に使えます。
実際に140~200kg-cmのトルクで締めるとステム単体ではかなりフリクションが大きく感じられるので、ナットを僅かに緩めます。半回転も緩めるとほとんど抵抗を感じなくなるほど軽くなってしまうので、1/8回転にも満たないほど緩めるだけで、手応えは随分変化します。
この状態でトップブリッジやフロントフォークやタイヤを取り付けて、ハンドルを左右に切った際の重さを確認します。トップブリッジのセンターボルト(またはナット)を締め付けると、ステムシャフトがトップブリッジ側に引きつけられると同時に、ステムナットはトップブリッジによって押し下げられるため、ステアリングの重さが変化することもあります。その場合はセンターボルト(ナット)を緩めてステムナットを微調整します。
さらに足周りのパーツをすべて取り付けてテスト走行を行い、バイクを傾けた際に自然にハンドルが切れていくか、フロントブレーキを強めに掛けた際にヘッドパイプ周辺から異音が出ないかなどを確認し、必要であればさらにステムナット調整を繰り返して「軽くもなく重くもない」ハンドリングを実現しましょう。
- ポイント1・ステムナットの締め付けトルクが指定されている場合はプリセット型ではなくプレート型トルクレンチで測定する
- ポイント2・指定トルクで締め付けても、最終的なフィーリングは実走で判断する
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