
フリクションディスクとスチールプレートを組み合わせで機能するクラッチは、マニュアルミッション車にとって不可欠な重要パーツです。単純なON/OFFスイッチのように駆動力を断続するだけでなく、加減速時の微妙なトラクションコントロールにも役立つクラッチは、ディスクの摩擦材が摩滅したりスチールプレートが焼けるなどの致命的なトラブルに至る前にメンテナンスを行うことが重要です。
半世紀前の純正部品より現代の技術を用いた最新クラッチの方が優秀な理由
カワサキZ1のクラッチは公道用市販車でごく一般的な湿式多板式。クラッチハウジング(バスケット)外周のギアがクランクシャフトのプライマリーギアと噛み合い、クラッチがつながっている時の動力はクランクシャフト→クラッチハウジング→フリクションディスク→スチールプレート→クラッチハブ→ドライブシャフトの順に伝達される。
10年以上に及ぶ放置期間があり、フリクションディスクの摩擦材がとスチールプレートに張りつき一体化していたため、マイナスドライバーを差し込みながら固着を引きはがした。この例では摩擦材は一応ディスク側に残っているが、さらに状態が悪くなると摩擦材が剥がれてしまう場合もある。
クラッチレバーを握れば動力が切れ、レバーを離せば動力が繋がりバイクが発進する。そんな当たり前の動作をエンジン内部で繰り返しているのがクラッチです。エンジン(クランクシャフト)とミッションの間に置かれたクラッチは、表面に摩擦材を貼り付けたフリクションディスクと金属製のプレートを圧着したり離したりすることで動力を断続しています。
大半のロードモデルはエンジンオイルやギヤオイルに浸った状態で機能する湿式多板クラッチを採用しています。ここで多板というのは、フリクションディスクとスチールプレートを複数枚ずつ組み合わせていることを指します。ミルフィーユのように何層にもすることで、トータルでの接触面積を確保して駆動力を確実に伝達する(クラッチ滑りを起こさせない)ためです。
接触面積を稼ぐにはディスクとプレートの面積を広げても同じ効果を得られますが、エンジンをできるだけコンパクトにしたいバイクにとって、クラッチだけが大径になるのは不合理なので、1枚ごとのサイズは小さくても枚数を重ねることで容量を確保する多板式を採用しています。
走行距離が増したり、メンテナンスの期間が空いたり、長期間不動状態のバイクのクラッチには、さまざまなトラブルが発生することがあります。走行距離が多い=クラッチの断続回数が多くなると、フリクションディスクが噛み合うクラッチバスケット、スチールプレートが噛み合うクラッチハブが段付き状態に摩耗します。これはクラッチ操作時にプレートとディスクのスムーズな動きを妨げる要因となります。またクラッチの使用回数が増えればフリクションディスク状に貼り付けられた摩擦材も摩耗します。
また不動期間が長いバイクでは、ディスクの摩擦材とスチールプレートが張りついてしまうこともあります。こうなるとクラッチレバーを握ってもクラッチが切れず、ギアを入れた途端にエンストしてしまいます。純正部品が手に入らなかったり、どうしても走らせたい場合に、張りついたプレートを剥がしてオイルストーンで表面をならして再使用することもありますが、これはあくまで緊急避難的な手段とした方が良いでしょう。オイルが染み込んで素材自体が劣化した摩擦材は、いつ破壊するかも知れません。ディスクの基材から剥がれた摩擦材がオイルに混ざってエンジン内を循環すれば、また別の面倒につながりかねません。
ではクラッチを交換する際、どんな選択肢があるのでしょうか。もっとも無難で間違いがないのは純正部品です。これに対してカスタムやチューニング車だけでなく、ノーマル車でも効果があるのが高性能クラッチです。高性能というとエンジンパワーを上げても滑りづらいイメージがあるかもしれませんが、フットワークのプロショップであるアドバンテージのF.C.C.トラクションコントロールキットは、もっと繊細な機能が与えられています。
クラッチが実用化された初期段階では、摩擦材にコルク材を使っていました。それからさまざまな素材が研究され、現在では耐熱性に優れたペーパーベースの摩擦材が実用化されています。
またスチールプレートも板厚管理を厳密に行い、高温環境下における耐歪み性が優秀な表面処理を行うことで常に安定した性能を発揮できるようになっています。
それらの技術は純正部品の品質をベースとしながら、さらに高性能化するために開発されたもので、アドバンテージではコストよりも性能を重視する観点から自社製品に採用しています。
同社のF.C.C.トラクションコントロールキットはあらゆる機種向けにラインナップしているわけではありませんが、ここで紹介するカワサキZ1系を初めとした絶版車用のキットも販売されています。劣化したクラッチを純正パーツに交換するだけでも充分な効果が得られますが、アドバンテージのクラッチは半クラッチが使いやすくエンジンオイルの温度が上昇しても性能が安定している点など、街乗り主体のユーザーにとってもメリットのある性能が作り込まれているのが特徴です。
- ポイント1・フリクションディスク表面の摩擦材の消耗や張りつき、スチールプレートの焼けなど、クラッチの不具合にはいくつもの原因がある
- ポイント2・純正部品とは異なる素材や技術によって高性能化を図ったアフターマーケット製クラッチキットも存在する
強化クラッチ=必ずしもスプリング強化だけとは限らない
アドバンテージが販売するアドバンテージF.C.C.トラクションコントロールキットは、バイク用クラッチで世界1のシェアを誇るF.C.C.の技術を活用し、さまざまな制約を取り払って性能第一優先で開発を行った駆動系パーツ。このキットはフリクションディスクとスチールプレートとスプリングがセットとなるが、クラッチハブやプレッシャープレート付きなど、機種に応じて他にもさまざまなセット内容がある。ペーパーベースの摩擦材を使用したフリクションディスクに対して、スチールプレートは高温時の歪みを防止するため特殊ガスを用いた窒化処理を施している。
アドバンテージ製クラッチキットも純正クラッチも組み付け方は同様。フリクションディスクとスチールプレートをエンジンオイルに浸してからクラッチハウジングにセットすることで、組み付け直後の焼き付きを予防できる。こだわりのクラッチスプリングの働きもあって、微妙な半クラッチ操作時の駆動力の伝わり具合をコントロールしやすいのが特徴。
クラッチ操作時に感じる不満に、温度変化による操作性や特性の変化があります。具体的には油温の上昇に伴い、クラッチが引きずったり滑ったりする症状です。フリクションディスクやスチールプレートの劣化は原因のひとつですが、クラッチスプリングの性能低下も使い勝手の悪さの原因となることがあります。
スプリングのみならず、金属素材全般には温度の影響を受ける傾向があります。クラッチスプリングがエンジン内で高温になりバネレートが低下すれば、ディスクとプレートを圧着する力が低下します。それを避けるためバネレートを強化すれば、温間時のクラッチ滑りは抑えられますが、クラッチレバーが重くなります。また、クラッチに組み込まれている個々のスプリングの性能にバラツキがあれば、クラッチ断続時にプレッシャープレートに傾きが生じ、ひきずりの原因になります。
そこでアドバンテージのクラッチキットは、クラッチスプリングにエンジンの吸排気バルブに使われる特別な素材を使用しています。エンジン内部で最も温度が高くなる中で、吸排気バルブの正確な作動性を支えるバルブスプリング材は、一般的なクラッチスプリング材よりはるかにハイクオリティです。
高温時のバネレート低下に対する備えが不要になることで、あらかじめヘタリを見越した硬いスプリングを使う必要もなくなります。これによりバネレートの適正化が可能となり、クラッチ強化=強化スプリングの装着という固定観念からも脱却しているのが特徴です。
このように、エンジン内に組み込んでしまえばどれも大差は無いと思われがちなクラッチにも、高い技術とこだわりが込められた製品が存在します。次にクラッチ交換を行う際には、純正部品以外から高性能品をチョイスしてみるのも良いかも知れません。
- ポイント1・クラッチスプリングの素材や品質によってクラッチ性能が安定し、操作性にも好影響を与えることができる
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