Vベルトとプーリーの組み合わせでで無段階変速を行うスクーター。そのメカニズムはバイクだけでなく、CVTの名称で自動車にも使われています。スクーターのミッション室にはプーリーとベルトが収まっていますが、もうひとつ重要な部品としてドリブンプーリーのクラッチがあります。アイドリング時には後輪が回らず、スロットルを開けると駆動力が伝達されるクラッチが破損すると、どのような状態になるのでしょうか。

ドラムブレーキのシューと同様の作用で駆動力を断続する


エンジン始動と同時に進んでしまうスクーターのクラッチを点検するため、クランクケースカバー(ベルトケースカバー)を取り外す。ベルトでつながるプーリーは左側がクランクシャフトにつながるドライブプーリーで、右側がギアボックスを経由して後輪につながるドリブンプーリー。クラッチはドリブンプーリー内にある。


思い切りブレーキを握ってもジワジワ進んでしまう症状から想像がつくように、ドリブンプーリーを外した内側には2本の折れたクラッチスプリングが落下していた。

クランクシャフトとつながるドライブプーリーと、後輪につながるドリブンプーリーをゴム製のVベルトでつなぐのが、スクーターの駆動系の基本構成です。チェーンがつながるギアの直径(歯数)を変えて変速する自転車と同様に、スクーターはプーリーの幅を変更することでベルトの回転直径を変更して変速比を調整します。

その変速比を決めるのがドライブプーリー内のウェイトです。クランクシャフトの回転=エンジン回転数が上昇してドライブプーリーに働く遠心力が大きくなると、内部のウェイトがプーリーの外側に向かって移動、2枚の円錐の隙間が狭まりVベルトの回転半径が大きくなります。

するとベルトが引かれることでドリブンプーリー側の2枚の円錐の隙間が広がり、ベルトの回転半径が小さくなることで減速比が小さくなり、速度が上がります。自転車の変速機を高速側にすると、ギアが小さくなっていくのと同じです。

ちなみに、変速比はベルトとプーリーで無段階に変化しますが、ドリブンプーリーと後輪の間にはメカニカルなギアボックスがあり、このギアの減速比はベルトの変速比に関わらず一定です。

ドライブプーリーとドリブンプーリーはベルトでつながっているので、エンジンが掛かってドライブ側が回ればドライブも回転します。ドリブンプーリーとギアボックスが直結状態だと、エンジンが始動した途端に車体が前進してしまいます。

POINT

  • ポイント1・スクーターの変速比はVベルトとプーリーで自動的に調整されるが、ドリブンプーリーと後輪の間にはギア比が一定のトランスミッションが組み込まれれている
  • ポイント2・ドリブンプーリーとトランスミッションが直結状態だと、エンジン始動と同時に駆動力が発生する

アイドリング時に駆動力が伝わらないのはシュースプリングのおかげ


クラッチシューはドリブンプーリーの回転数が上昇し、クラッチスプリングの張力を超える遠心力が加わると外に広がりクラッチアウターに密着。するとクラッチアウターからギアボックスの回転が伝わり、駆動力が後輪に伝達される仕組みになっている。


クラッチキャリアとドリブンプーリーの間には、プーリー溝の幅を決める圧力を加えるためのコンプレッションスプリングがセットされている。このスプリングは見ての通り張力が強いので、クラッチキャリアのセンターナットを緩める際は専用工具のスプリングコンプレッサーなどを使用し、ナットを外した時にクラッチキャリアが弾け飛ばないよう細心の注意が必要。

そこで、ドリブンプーリーとギアボックスの間には、プーリーの回転を断続するクラッチが組み込まれています。このクラッチの仕組みはドラムブレーキのようなもので、ドリブンプーリーの回転に伴い一定以上の遠心力が発生するとクラッチシューが拡張してクラッチアウターに押しつけられ、ギアボックスに回転力を伝達します。

遠心力が小さい=ドリブンプーリーの回転数が少ない時にクラッチアウターからシューを引き離すのはクラッチスプリングの役割です。これもドラムブレーキに組み込まれているものと同じでシュー同士、またはシューとシューマウントプレートの間に組み込まれています。

このスプリングはスクーターの駆動系チューニングにとって重要なクラッチミートタイミングを決める役割を担っています。原付スクーターの場合、吸排気系パーツの交換やドライブプーリーのウェイト変更などで高回転寄りのパワーを求めると、クラッチミートのタイミングも高回転に移行したくなります。マニュアルミッション車でも急加速したい時にはエンジン回転を上げてクラッチを繋ぐのと同じです。

スクーターではこの場合、クラッチスプリングを強化することでクラッチシューが拡張する回転数が高くなるため、クラッチがつながる回転数が高回転に移行するのです。

ところが経年劣化などでスプリングが折損すると、これとは正反対の現象が発生します。シューを引っ張っておく力がなくなることで、ドリブンプーリーの回転数が低い段階からクラッチアウターにつながり、後輪が回転し始めます。クラッチシューが2ピースタイプで、スプリングが2本とも折れてしまうと、ドリブンプーリーの回転数がアイドリング程度であってもシューが広がりクラッチがつながってしまうことがあります。

こうなると、信号待ちで停止していたいのに思い切りブレーキを握っても徐々に前進しようとしたり、前後のプーリー間でベルトが滑ったり、ベルトが滑らなければエンストすることもあります。スクーターなのに?と思われるかも知れませんが、マニュアルミッション車でクラッチを握らず速度を落とせば、最後はエンストしてしまうのと同じことです。

クラッチスプリングがいつ、どんなタイミングで折損するかを予想するのは難しいことです。発進時は常にスロットルを全開まで開けて加速するような乗り方をしても、スプリングに加わる力はシューの重さしかないので、極端に負荷が増えるとは思えません。エンジンの回転落ちが早いといっても、それによってスプリングに過剰な引っ張り力が加わるとも考えづらいでしょう。要するに、折れた時がスプリングの寿命だったと考えるのが妥当なようです。

突然クラッチスプリングが折れると、アイドリングでも止まっていられないなどそれまでとはまったく異なる挙動を示すので驚くかも知れませんが、先のような症状が現れた場合はクラッチスプリングの状態を確認しなくてはなりません。

POINT

  • ポイント1・ドリブンプーリーとミッションの間にある、遠心力で断続するクラッチのおかげでアイドリング状態のスクーターは停止状態を保つことができる
  • ポイント2・クラッチスプリングが破損するとアイドリング回転数からクラッチがつながり停止できなくなる

スプリング交換の際にはクラッチシューの状態も要チェック


2本のスプリングはどちらも同じような位置で切断している。右はコイルの巻きが変形しているので、折れた後でクラッチキャリアやドリブンプーリー内に巻き込まれて捻られたのかも知れない。スプリング本体や折れた破片がVベルトとプーリーの間に挟まると広範囲で部品損傷が発生する危険があるので、アイドリングでも進もうとするような異状が発生したら速やかに補修を行うことが重要だ。


今回は2本とも破損したが、スプリングの破損が1本だけであっても、2本セットで交換する。壊れたスプリングだけ交換しても、残った方も早晩折損するのが一般的なパターンだ。


クラッチキャリアにセットしたクラッチシューとスプリングは、ドラムブレーキのブレーキパネルのよう。クラッチスプリングの張力を上げるとクラッチシューの開き始めが遅くなるのでミートタイミングが上がるなど、このスプリングにはチューニング要素も含まれている。

ここで紹介する原付スクーターのクラッチシューは2ピースでスプリングも2本入っており、その2本ともが折れたため始動するや否やクラッチがつながって進んでしまう状態でした。

クラッチスプリングを交換するにはドリブンプーリーを取り外して、強力なコンプレッションスプリングを圧縮しながらクラッチキャリアを取り外します。クラッチキャリアはドラムブレーキにおけるブレーキパネルのような役割をしており、ここからスプリングを取り外します。とはいえ、スプリングが折れると多くの場合はクラッチシューから脱落してしまい、このスクーターの場合もベルトケース内に転がっていました。

修理方法は新品のクラッチスプリングを取り付けるだけなので簡単ですが、スプリングが折れた状態でブレーキを強く掛けて停止をしているとクラッチシューのライニングが過熱してしまい、スプリング交換後に今度はクラッチ滑りを起こすことがあるので注意が必要です。また、ブレーキシューと同様にクラッチシューのライニングにも摩耗限度が設定されているので、焼け具合と同時に残量も確認して、必要に応じて交換しましょう。

POINT

  • ポイント1・破損したクラッチスプリングを交換する際はクラッチシューの状態も確認し、必要に応じて交換する

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