旧車や絶版車の整備やレストアではたびたび遭遇する雌ネジの破損。ビスやボルトを締め込んで雌ネジがヌルッと潰れるとドッと冷や汗が吹き出しますが、雌ネジ修理で頼りになるリコイルがあれば大丈夫。ところで、リコイルの下地を整えるパイロットタップがあれば、貫通穴の準備があっという間にできることをご存じですか?

ステンレス製コイルで新たな雌ネジを作るリコイル


つい面倒で最初から工具を使うと、想像以上のトルクで締めてしまい雌ネジを傷めることがある。ボルトが斜めに入ったり異物の噛み込みに早めに気づくだめにも、ボルトがしっかり噛み合うまでは指で回していくのが鉄則だ。雌ネジの崩れが入り口から数山分ならネジと同じ径のタップを通して修正できることもあるが、ネジ山が二重になってしまった時はリコイル補修が必要。


傷んだネジ山を削り取る電動ドリルかボール盤以外の必要アイテムをすべてセットしたトレードシリーズリコイルキット。リコイルはメトリック、インチ、スパークプラグ用などさまざまなネジに対応したキットが用意されている。


右から下穴用のドリル、リコイルタップ、タップハンドルを兼ねたリコイル挿入工具、マグネット付き折取工具。ドリルもタップも汎用セットを所有しているという人も多いだろうが、リコイルを挿入するための下穴や雌ネジはリコイル専用サイズとなるため、専用品が必要になる。

バイクいじりにとってネジを回すのは当たり前の作業ですが、当たり前すぎて注意力が低下することもあります。そんな時に限ってやりがちなのは雌ネジの破損です。ボルトを斜めにねじ込んだり、異物が噛み込んでいるのに工具で無理に締め付けるなど原因はいろいろですが、締め込んだボルトが途中から回らなくなったり、逆にトルクをかけ過ぎて雌ネジが破壊してスプリングのように出てきてしまった時など、後悔先に立たずのことわざが頭をよぎります。

軽いダメージであれば、元のネジ径と同じサイズのタップで雌ネジをさらうことで修復できることもありますが、ボルトを斜めにねじ込んで二重らせんのように新たな雌ネジを切ってしまった時や、雌ネジ自体が破断された時に頼りになるのがリコイルです。

リコイルは断面が菱形のステンレス製の素材をコイル状に巻いたもので、破損した雌ネジの穴に挿入することで新たな雌ネジを作ります。アルミ製の部品にリコイルを施工した場合、母材のアルミとボルトの間にステンレス製のリコイルが挟みこまれる形になります。その際にボルトに加わる力は比較的均等に分散されるため、単にアルミ素材に雌ネジを切っただけの状態よりネジ山の強度が向上するのがリコイルの特徴です。

破損の補修ではなく雌ネジの補強としてアルミやマグネシウム素材に対してリコイルを使用することもあります。強度の低い素材に対して締め付け力を確保するにはネジ径を大きくするのが効果的ですが、その分重量が増えてしまいます。そこであらかじめリコイルを施工して雌ネジの強度をアップすることで、小さなネジ径でも必要な締め付け強度を確保できるというわけです。

POINT

  • ポイント1・リコイルはステンレス製のコイルを挿入することで傷んだ雌ネジを補修する
  • ポイント2・アルミやマグネシウムなどの柔らかい素材にあらかじめリコイルを使用することで小さなネジで大きなトルクを掛けられるようになる

元のネジ径に戻すには、傷んだネジ穴をドリルで拡大して新たにタップを立てる必要がある


リコイルを施工する際に重要なのが下穴の加工。付属のドリルを使っても、元の雌ネジに対して斜めに穴を開けてしまえばボルトが斜めになってしまう。ボール盤ではなくハンドドリルを使う場合は垂直や直角を入念に確かめながら穴を開ける。


トレードシリーズリコイルキットの挿入工具はタップハンドルを兼用している(M12、1/2インチ以下)。工具のハンドル部分の四角穴にリコイルタップをセットして、下穴に対して傾かないよう注意しながら雌ネジを切る。


挿入工具の軸にリコイルをセットする。この時、すり割り部分に引っ掛けるリコイルのタングが溝の中程になるよう、リコイル後方のカラーの高さを調整する。


雌ネジに垂直に押し当てながら挿入工具を回してリコイルをねじ込む。ハンドルを勢いよく回したり挿入工具を押す力が強いとリコイルが雌ネジの山を飛び越えてしまうので、ゆっくり確実に挿入する。


リコイルの端は表面から1/4~1/2回転分深く挿入する。この時貫通穴なら反対側に突き抜けたり、止まり穴ならリコイルが収まり切らずに飛び出す時は、挿入前に短くカットしたリコイルに入れ替えるか、標準タイプより短いリコイルを購入して挿入する。標準のリコイルはネジ径の1.5倍の長さを持つ1.5Dと呼ばれるもの。単品販売されるリコイルには1D、2Dがある。


リコイル挿入時に工具を引っ掛けるタング部分は、折取工具を挿入してハンマーで軽く叩いて除去する。


貫通穴なら折れたタングは抜け落ち、止まり穴の場合は折取工具の先端の磁石に張りついて回収できる。

傷んだ雌ネジを再生修復するリコイルを挿入するには、リコイルの外径に相当する新たな雌ネジが必要です。潰れた雌ネジがM6だった場合、M6用のリコイルの外径はそれより大きくなるからです。海外から逆輸入された絶版車のエンジン内部などで、M6の雌ネジが潰れたのでM8のタップを立ててボルトをM8に代えてしまうやっつけ修理を見かけることがありますが、リコイルを施工する際もM6の雌ネジをドリルで取り去ってから、リコイルに対応した専用のタップで雌ネジを切り直します。

元の雌ネジが残っている場合にドリルで掘ってしまうのはどうなの……と思う人もいるかも知れませんが、菱形断面のリコイルを挿入するためには元のネジ径より大きな下穴を開けなければなりません。そのため、雌ネジの周囲の肉厚が薄いと不安になりますが、先述の通りリコイルには雌ネジ補強の効果もあるので、充分な締め付けトルクが得られない状態で恐る恐るボルトを締めるより補修した方が機能面での利点は多くなります。

リコイルにはさまざまな製品仕様がありますが、「トレードシリーズ」キットにはリコイルに適した下穴用ドリルと専用タップが付属しており、このキットと電動ドリルがあれば誰もが間違いなく施工できます。M6用のリコイルを挿入するには、リコイルの外径に適した下穴と雌ネジが必要です。汎用のタップ&ダイスセットを所有していたとしても、M6用リコイルの下穴に適したタップがあるわけではありません。

コイル自体は後から追加で購入できるので、初めてリコイルセットを購入する場合は必要な材料がすべて揃っているトレードシリーズリコイルキットを選択するようにしましょう。

POINT

  • ポイント1・リコイルを施工する際は元のネジ径よりも大きな下穴を開けて、リコイルの外径に適した新たな雌ネジを作る
  • ポイント2・補修部分のボルトやビスが傾かないよう、下穴は元の雌ネジに沿って垂直や直角を厳密に保持する

途中からネジ径が変わるパイロットタップがあれば、下穴が傾かずタップが切れる


途中でネジ径が変化するパイロットタップはリコイルならでは。先端部分が元のネジ径で、太い部分がリコイルを挿入するための新たな雌ネジとなる部分。先端部分がガイド役となってタップの軌道を決めるので、ネジを作る際に傾いたり倒れることがないのが特徴。


潰れた雌ネジにネジ山が残っていない時はパイロット部分が引っかからないので上手く機能しないが、元のネジ山があればドリルで下穴を開けるより正確にネジが切れる。パイロットタップが完全に貫通しないとリコイル用のネジが切れないので、元のネジ穴が貫通していないと使えない。

リコイルは傷んだ雌ネジをドリルで削り取ってから専用タップで新たな雌ネジを作りますが、一連の作業工程でもっとも重要かつ緊張するのがドリルによる下穴開けです。ここでドリル穴が斜めになればリコイルも斜めに挿入されてしまいます。従って下穴を開ける際は垂直を意識した作業が不可欠です。

そんな不安を解消するのがパイロットタップです。このタップは先端部分が元のネジ径ですが、途中からリコイルサイズのネジ径に拡大されていくのが特徴です。傷んだ雌ネジが完全に上がっているような時には使えませんが、何山でも残っていればパイロットタップの先端部分がガイド役になって真っ直ぐねじ込まれ、途中からリコイルに適した径で新たな雌ネジを切ることができ、下穴の傾きを心配することなくリコイル用の雌ネジを製作できます。

パイロットタップはネジ径の割りに奥行きが浅く、なおかつ貫通穴であるスパークプラグの補修で真価を発揮します。何度も着脱を繰り返すうちに雌ネジが摩耗してぐらつくようになったり、最初は手締めのセオリーを守らずプラグレンチでトルクを加えたため雌ネジを傷めてしまったような時に、最初は元の雌ネジに倣いながら、徐々にリコイルサイズの雌ネジに拡大していくパイロットタップを活用すれば、重要なプラグ穴の補修が完璧に仕上がります。

ただしパイロットタップが機能するには、補修する雌ネジが貫通穴でなければならないという制約もあります。突き当たりでは2種類の雌ネジを切れないからです。

リコイルではネジ径によってはパイロットタップ付きキットを用意している他、パイロットタップだけを単品でも販売しています。破損した雌ネジが貫通穴で、なおかつボール盤などで垂直なドリル穴を開けづらい場所にある場合は、パイロットタップを活用することで確実なリコイル補修が可能になります。

POINT

  • ポイント1・リコイルのパイロットタップは傷んだ雌ネジがガイドとなり、途中からリコイル用のネジ径に拡大していく2段階ネジ径が特徴
  • ポイント2・パイロットタップは貫通穴でなければ使えないが、穴径に対して奥行きが浅いネジでもタップが傾かずリコイル挿入用の雌ネジを切ることができる

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