軽いレバータッチが長期間持続する油圧クラッチは、ケーブルの洗浄やグリスアップが不要なのでメンテナンス面でも利点があります。しかしメンテナンスが不要なわけではありません。作動油であるフルードは定期交換が必要で、フルード漏れ予防のためにはレリーズピストン周辺の洗浄も欠かせません。
油圧ブレーキと同様にパスカルの原理を利用する油圧クラッチ
ブレーキフルードと同様、サービスマニュアルには2年に一度の交換が指定されているクラッチフルード。クラッチフルードといっても中身はブレーキフルードと同じグリコール系の作動油で、吸湿性が高く塗装を冒すといった特徴も同様。フルード交換のみを行う際は、ブレーキのエア抜きと同様にレリーズシリンダーのブリードバルブを緩めてフルードを排出する。
クラッチバスケットが付くドライブシャフト内を貫通するプッシュロッドを押すため、油圧クラッチのレリーズシリンダーはエンジン左側、ドライブスプロケット近くにレイアウトされている場合が多いく、飛散したチェーングリスや汚れがダイレクトに付着してしまう機種もある。
主として大型車に採用されることが多い油圧クラッチは、油圧ブレーキと同様に作動油=フルードによって作動します。中型車以下はケーブル作動式が大多数なのに対して、ビッグバイクに油圧式が存在するのにはいくつかの理由が考えられます。
まず第一に、油圧を用いることでパスカルの原理により入力した力を増幅できる利点があります。大きなエンジンパワーをロスなく伝達するにはクラッチを強化する必要があり、作動力も大きくなります。ケーブル式クラッチでもレリーズアーム長を大きく取ることで作動力を軽減できますが、それに比例してレバーストロークが大きくなり長いレリーズアームを作動させるスペースも必要になります。
油圧クラッチはマスターピストンとレリーズピストンの面積比によって増幅比率が決まるため、張力の強いクラッチスプリングを圧縮するにもケーブル式よりスペースをコンパクトに設計できる利点があります。
二つ目の理由として、ケーブル式ほどメンテナンスに気を遣わなくて良いことが挙げられます。太くて腰が強いクラッチケーブルをスムーズに作動させるには定期的なグリスアップが欠かせません。対して油圧クラッチは作動抵抗が小さく、ハンドルを左右に切った状態でもレバータッチが変化することはありません。こうしたメリットは機械式ブレーキに対する油圧ブレーキと同じです。
マスター側とレリーズ側のピストン径の比で、小さな入力を大きな出力に増幅できる油圧クラッチには、増幅比率を大きくするほどレバーストロークが増える=レバータッチは軽いが深く握らなければならないという特徴があります。これを嫌って増幅比率を小さくすると小さいレバーストロークでレリーズを作動させることができますが、レバー操作力は重くなります。純正油圧クラッチはそのあたりのバランスを考慮して比率を設定していますが、カスタムなどでクラッチマスターシリンダーをアフターマーケットパーツに交換する際はピストン径の選定に注意が必要です。
- ポイント1・軽い力で大きな仕事ができる油圧クラッチはクラッチスプリングの張力が強い大型車に適している
- ポイント2・カスタムでクラッチマスターシリンダーを交換する際はピストン径の選定に注意する
空気に触れて劣化するフルードと汚れが付着するレリーズはメンテナンスが不可欠
取り外したレリーズシリンダーは定期的にメンテナンスされているようできれいな状態だった。スプロケットカバー側にプッシュロッドが見える。
クラッチレバーを握るとピストンが押し出されてくる。ブレーキキャリパーピストンと違って、クラッチレバーを離すとクラッチスプリングの反力でプッシュロッドがピストンを押し戻すため、クラッチの摩耗に合わせてピストンがせり出すことはない。
パーツクリーナーでピストンの汚れを取り除き、シールの弾力やリップ部分の摩耗をチェックする。レリーズシリンダーからフルードが漏れているような時はもちろんシール交換が必要だが、そうでなくても駆動系の汚れが付着する機種では、2年に一度のフルード交換に合わせて予防的に交換しても良いだろう。
ピストンシールのストローク範囲か否かでシリンダー内で汚れの境界が明確になっている。この汚れが浸食してシールリップを傷つけるとフルード漏れの原因になる。汚れが顕著な場合、裏のスプリングの張力があってもピストンが抜けてこないこともある。その際はコンプレッサーのエアーや、クラッチホースを繋いでフルードで押し出す。
電動ドリルで取り付けてシリンダー内面を整えるホーニングツールで清掃する。砥石の目が粗いと余計な傷をつけてしまうので、目の細かいツールを使用する。
汚れを取り除いた内壁には若干の腐食痕があるが、爪で凸凹が感じられるようなレベルではない。ピストンのストローク範囲は健全なので再使用可能だ。
シール部分に若干のブレーキフルードまたはシリコングリス、MR20などの潤滑成分を塗布してピストンを挿入する。シリンダーとピストンがどちらもきれいなら、スプリングによって押し出されることが分かるはずだ。
レリーズシリンダーにクラッチホースを組み付けたら、新しいフルードをリザーブタンクに注入しながらマスターシリンダーとホース内に残った古いフルードをシリンジで排出する。
ケーブル式クラッチで油分が切れると、レバーを握り込む際にザラザラした手応えになるいなど顕著に変化が分かるので、定期的な洗浄と油分補給が必要なことが感覚的に分かります。これに対して油圧クラッチはケーブルのように伸びも生じず遊びが変わらないこともあり、変化を感じづらいというのが多くのユーザーに共通した印象だと思います。
この「メンテフリー感」は油圧ディスクブレーキにも共通しますが、ブレーキと同様油圧クラッチにもメンテナンスは必要です。
最も基本的な作業がフルードの定期交換です。油圧クラッチの作動油は油圧ブレーキと同じブレーキフルードでず。クラッチフルードはブレーキのような高温にさらされることはありませんが、空気中の水分を吸湿して性能が低下するため、2年に一度の定期交換が必要です。
レリーズシリンダーとピストンの清掃も不可欠です。ブレーキキャリパーを想像すれば分かる通り、ピストンとシールの周辺に付着した汚れは作動性を低下させるだけでなく、シールに傷をつけフルード漏れを引き起こす原因にもなります。またレリーズシリンダーのレイアウトによっては、チェーン周辺の汚れがまともに付着してしまう機種もあります。ブレーキキャリパーの汚れは摩耗したパッド粉やホコリや水分によるものですが、飛散したチェーングリスが付着したクラッチレリーズは場合によってはさらに悲惨です。
粘性のあるグリスが砂利を巻き込みレリーズシリンダーとピストンの間に入り込んでフリクションロスが増大すれば操作性に悪影響が出るのは必然です。クラッチのレリーズピストンは強力なスプリングで押し戻されるためブレーキのような引きずり症状(クラッチならば半クラッチ症状)が常態化することはまずありません。しかし動きの悪いピストンを油圧で押し出し、クラッチスプリングで押し戻す動作を続ければレリーズの摩耗が進行することは避けられません。したがってブレーキキャリパーと同様の分解清掃が必要です。
- ポイント1・油圧クラッチはケーブル式に比べて作動性の悪化を感じづらいがメンテナンスは必要
- ポイント2・レリーズシリンダーの取り付け位置によっては、チェーングリスなどで想像以上に汚れていることもある
分解したレリーズシリンダーは傷やサビのチェックを入念に行う
クラッチレリーズとブレーキキャリパーの相違点は、クラッチレリーズのシールはピストンシール1個であることと、ピストンの裏側にスプリングが組み込まれていることです。このためクラッチレリーズをエンジンから取り外すとピストンが徐々にせり出してくるため、塗装を冒すフルードを車体に付着させないよう受け皿を用意しておきます。ここでピストンがビクともしないようなら、シリンダーとピストンの間に相当の汚れが詰まっていることになります。
シリンダー内側とピストンの汚れを入念に清掃したら、ピストンシールを交換して復元しますが、チェーン周りの汚れが付着しやすい機種の場合はシリンダーとピストンの潤滑のために塗布するブレーキフルードまたは、金属とゴムの摺動面を潤滑するケミカルであるMR20の塗布量は控えめにしておいた方が良いでしょう。
油圧クラッチのメンテナンスは作業前の状態がよほど劣悪でない限り、明確な違いが感じられないため満足感を得づらい面もあります。しかし不具合が発生してから修理するのではなく、予防的なメンテナンスを行うことでパーツの摩耗を防ぎ長期間に渡って好調さを維持することができます。クラッチフルードを交換する際にはレリーズシリンダーの状態も確認して、必要に応じて分解清掃を行いましょう。
- ポイント1・レリーズシリンダーの分解清掃を行う際は各部の状態を入念にチェックしてシールも交換しておく
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