
エンジンが必要とする混合気を作るのは、現行車であればフューエルインジェクション、絶版車や旧車であればキャブレターです。そしてキャブレターにとってもっとも重要な油面を決めるのがフロートチャンバー内のフロートです。文字通りガソリンの中で浮いている必要があるフロートはその昔、真鍮を素材としていました。そして真鍮時代のフロートには破損しても修理できるという特徴がありました。
フロートの浮力低下や破損がオーバーフローの原因になる!?
樹脂フロートが登場するまでの主役だった真鍮系素材の金属フロート。射出成型で量産効果の高い樹脂フロートに対して、2個の「浮き」部分も2分割の部品をロウ付けまたはハンダで接合しているのが手間だ。1970年代以前は主流だったが、機種(キャブレター)によっては70年代後半まで採用されていた。
キャブレターのフロートチャンバー内のガソリン油面は、フロートによって一定に保たれています。少し詳しく言えば、エンジンがガソリンを消費するとフロートチャンバーの油面が低下して、フロートに接して開閉するフロートバルブが開きます。すると燃料タンクからガソリンが流れ込んで油面が上昇し、フロートが浮き上がってバルブを閉じます。
ガソリンがエンジンに連続的に流れ続けて油面がずっと低いままであれば、フロートバルブは閉じることはなく燃料タンクのガソリンは連続的に供給され続けます。キャブレターにとっては、フロートチャンバー内のガソリンがゼロになってから満タンにするのではなく、常に同じ量のガソリンが入った状態になっているのが重要です。
その理由は以前の記事で説明しましたが、フロートチャンバー内の油面の高さによってジェットから吸い上げられるガソリンの量が変化するためです。その点については「キャブレターセッティングの前にやっておくべき油面調整。フロート油面と実油面の違いとは?」(リンクを張って下さい)を参照して下さい。
油面の変化とともにフロートチャンバー内を加工したり上昇するフロートは、1970年代以降はほぼ樹脂素材で作られています。一方、それ以前の時代のフロートは薄い真鍮系の金属板を成型しハンダで一体化した金属製でした。しかし1970年代以降に発売された機種の中にも、一部で金属製フロートを使用したモデルもあります。
フロートは常にガソリン内に浮いているのが前提ですが、製造から何十年も経過したり、長期間の放置によってチャンバー内のガソリンが変質したりフロート自体が腐食するとトラブルが発生する場合があります。その代表例が真鍮フロートのパンクです。
金属素材のサビによってフロートに小さな穴が開くとそこからガソリンが入り、重量が増すことで浮力が低下します。するとバルブを閉じる力が不足して、燃料タンクから流れ込もうとするガソリンの勢いを止められなくなり、油面が標準値より上昇する可能性があります。
油面が上昇すると空燃比が濃くなることは以前の記事で触れましたが、フロートに穴が開いてバルブが閉じなければフロートチャンバー内が満タンになり、オーバーフローパイプを伝ってキャブレターの外に流れ出します。
フロートが健全であっても、燃料タンク内のゴミやサビの粉がフロートバルブに引っかかって閉じなくなりオーバーフローを起こすことがあります。この場合はドライバーの柄などでフロートチャンバーを軽く叩くことでゴミが落ちてバルブが閉じ、一件落着となることが多いです。
しかしフロートにガソリンが浸入して沈んだ場合は、ドライバーでキャブレターを叩いても状況は改善しないので、フロートの修理か交換が必要です。
- ポイント1・1970年以前の絶版車や旧車のキャブレターには、真鍮製フロートを採用したものがある
- ポイント2・腐食などで穴が開くとガソリンが浸入してフロートの重みが増して浮力が減ることでオーバーフローを引き起こす
真鍮製フロートは穴が開いてもハンダで補修できる
フロートチャンバー内に収まっているフロートが物理的なダメージを受けることは少なく、穴が開くのは腐食が原因となることがほとんど。ハンダで穴を塞ぐ際は、フロート内のガソリンを排出してパーツクリーナーで脱脂洗浄を行い、破損箇所の周辺にサンドペーパーを当てるなどして汚れや酸化皮膜を取り除く。
ハンダが弾かないよう。ハンダごてで補修箇所を予熱する。サンドペーパーだけで汚れが取り除けない場合は、フラックスで強制的に洗浄する。ただし亀裂部分からフロート内にフラックスが流れ込むと、腐食するおそれがあるので注意する。
母材を充分に加熱すれば、ハンダごての先端で溶かしたハンダがスーッと伸びで広がり、穴や亀裂を塞ぐことができる。加熱しすぎるとフロート内の空気が膨張し、その状態でハンダが穴を塞ぐと温度が下がった時に内部が減圧状態になってしまうことがある。
今でも新品のフロートが簡単に入手できるのであれば部品交換で対応すれば間違いありませんが、絶版車の場合は販売終了となっていることもあります。そもそも純正部品の部品番号が分からなければ手配できません。絶版車用キャブレターインナーパーツのバリエーションが豊富なキースターの燃調キットにも、フロートはありません。
真鍮製フロートを見ると、最中合わせのような浮きや、浮きとアームの接合部分にはロウあるいはハンダが使われています。そもそも真鍮系の合金とハンダの相性は良く、破損や劣化で開いた穴もハンダで塞ぐことができます。
この時、フロート内に残っているガソリンは事前に抜ききって、フロートの中身を空にしておくことが重要です。わざわざガソリンが入っている状態で穴を塞ごうとする人はいないでしょうが、残ったガソリンが長い間でどんな悪さをするかは分からないので、パーツクリーナーをスプレーして洗い流しておきます。
穴や亀裂を塞ぐ際は、一般的な電気工作用のヤニ入りハンダでも流れ込みは良く表面張力によってしっかり密着しますが、心配ならフラックスで補修部分の表面処理を行った上でハンダを流すと良いでしょう。
また、あまり長時間はんだごてを当て続けるとフロート内部の空気が膨張してしまい、膨張した状態のままハンダで穴を塞ぐと、温度が下がってフロート内の空気が収縮した際に内側に引っ張られて変形してしまう(極端な場合フロート自体が凹んでしまう)こともあるので注意しましょう。上の画像で紹介しているフロートの中心部分に小さなハンダの痕は、外周を接合する際に発生した熱を逃がすための穴がここにあり、組み立ての最後に塞ぐためのものです。
小さな穴や亀裂の補修に掛かる程度の時間では大した影響はないでしょうが、フロートを加熱することで密閉されたフロート内部が変化することは知っておくと良いでしょう。
- ポイント1・真鍮製のフロートはハンダによって補修ができる場合がある
ハンダは重量増につながるが、小さな穴や亀裂補修程度なら浮力に影響はない
感覚的に相当盛りつけたつもりでも、浮力に影響を与えるほどの重量にするのは難しい。大穴が開いてパッチを貼るようなことをしなければ、まず問題はないだろう。
せっかくハンダで塞いだつもりでも巣穴などがあったら台無し。キャブレターに組み込む前に水に沈めて気泡が出ないことを確認しておこう。
ハンダで補修する際に、重量増を懸念する人もいることでしょう。フロートが重くなって浮力が低下すれば、走行中の振動などでバルブが開きやすくなりオーバーフローを頻発することになるかもしれません。
しかし、フロートにウェイトを付けて実験したところ、正常な状態から3g近く重くしなければ浮力は影響を受けないことが分かりました。フロート内に4cc程度のガソリンが浸入するとフロートチャンバー内で沈み始め、少し揺らすだけでバルブが開いてガソリンが流れ込みましたが、補修のために使用するハンダで3g分となると相当の分量になります。小さな穴や亀裂をハンダごてで温め、ハンダをちょっと載せる程度ではまったく影響はないといっても過言ではありません。
ちなみに1円玉が1gで、3円分の重さでバルブの閉じ圧が低下します。一般的なスズ鉛ハンダの比重は1円玉の素材であるアルミ合金の約3倍ほどなので、体積として1円玉ひとつに相当する程度のハンダを盛った時に3gになることから考えても、小さな穴を補修する際の使用量では問題になりません。
真鍮製フロートは絶版車ユーザー以外に縁のない部品ですが、キャブレターにとって油面を決める重要な部品です。オーバーフローの原因が穴あきフロートにあることを発見したら、新品部品を注文するのも良いですが、ほんの僅かな手間で実践できるハンダ補修にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
- ポイント1・真鍮フロートにはんだごてを当てる際はフロート内部の圧力変化に注意する
- ポイント2・フロートの穴を塞ぐ程度のハンダ使用量なら浮力への影響はほとんどない
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