2026年の鈴鹿8時間耐久ロードレース会場で、「鈴鹿8耐 × モーターサイクルツーリズム交流会」が開催された。主催はMFJモーターサイクルツーリズム部会。経済産業省、観光庁、自治体、観光団体、旅行会社、2輪メーカーなどから47名が集まり、「ライダーの旅」を地方創生と観光立国の政策課題へと押し上げるための議論が交わされた。

「2輪業界の中だけで語る時代」は終わった──開会挨拶

冒頭、日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)の鈴木哲夫会長は、部会発足の狙いをこう語った。バイク文化の創造と発展、モーターサイクルツーリズムを通じた地域活性化、観光資源の活用、ライダー誘致、そして地域経済への波及効果──これらを「議論するだけでなく実行する」ための場だという。

印象的だったのは、これまでバイクを"売る”ために2輪業界の内側だけで語られがちだった議論から、バイクで"地域を"動かす"話に転換されたこと。「ツーリングライダーが全国を走り、その走りが経済を動かす時代になった」と認識を改めるべきだと鈴木会長は述べた。

モーターサイクルツーリズムは新たなライダーを生み、用品が動き、販売店が潤い、2輪市場を再び成長・拡大させる取り組みであり、同時に観光立国を目指す日本の課題解決にも貢献できる、と位置づけた。

続いて挨拶に立ったのは、会場を提供したホンダモビリティランドの古田辰史氏。バイクを中心とした文化面の創造は「我々にとっても非常に重要なポイント」とした上で、鈴鹿8耐を一つの「デスティネーション(目的地)」と捉え、そこを起点に地方への誘客へつなげたいと語った。

モータースポーツの特別な観戦体験と、バイクを通じた仲間との語らい、そして周辺地域での体験を組み合わせること。それが高付加価値化と地方誘客の鍵になるという。鈴鹿8耐でも海外からのインバウンド客は着実に増えており、海外ライダーが日本メーカーの車両で日本を走り、レース観戦を楽しむ──そんな形をさらに広げていきたいと展望を示した。

鈴鹿8耐 × モーターサイクルツーリズム交流会を主催したMFJの鈴木哲夫会長。

鈴鹿サーキットを運営するホンダモビリティランドの古田辰史氏。

車両保有1000万台、平均購入年齢54歳──「量から質へ」変わった2輪市場のリアル

最初の講演セッションは、MFJモーターサイクルツーリズム部会の松原弘部会長による「2輪産業の現状と今後の市場動向」。テーマは明快で、観光業界の関係者に2輪マーケットの実態を正しく理解してもらうことにある。

そこで示されたのが、多くの人の先入観を覆す数字だった。国内のバイク保有台数は1000万台を切ったことがない大きな市場である。一方で新車販売台数は、1980年代初頭の約328万台から近年は約36万〜40万台へと、実に「9分の1」まで減少している。だが松原部会長が強調したのは、この数字の"中身"の変化だ。かつての50ccスクーター中心の実用車市場から、趣味性の高い「レジャーバイク」中心の市場へと、質的に大きく転換しているのである。

現在の2輪マーケットの状況を説明するMFJモーターサイクルツーリズム部会長の松原弘氏。

ライダー像も具体的だ。新車を購入する平均年齢は54〜55歳。子育てを終え、自分の趣味としてバイクを買い、全国へツーリングに出かける層が市場の中心を成す。車両価格は国産で100万〜150万円、安いものでも50万円以上、外国車では300万円クラスも売れている。さらにカスタムに100万円前後を投じる傾向があり、アフターマーケットは年々成長を続けている。50〜70代のライダーは「良い旅館に泊まり、良い部屋に泊まり、良いお酒を飲む」──旅先でしっかりお金を使う優良顧客だという。

こんな状況で受け入れ環境も変化してきている。かつてライダーは宿泊を断られたり、遠くの駐車場に回されたりと不便が多かったが、近年はフロントの近くや屋根付き駐車場に案内する「ライダーに優しい宿」が増え、口コミでライダーが集まるようになった。普段は人が訪れないような遠方でも、「ライダー歓迎の街」を宣言すれば全国からライダーが目指してやってくる現象すら起きているのだ。

「若者が乗らないから将来が不安」という声も確かにある。100万円超のバイクを若者が簡単に買えないのは当然だが、むしろシニア層がかっこよく乗り、若者が「お金ができたら乗りたい」と憧れる趣味の世界でよいと松原氏は主張する。人生100年時代、80歳まで乗るとすれば50代からの約30年間はお金を使う層が常に循環する。だからこそ市場は今後も伸びていく──と締めくくった。

「丁寧に繋ぐ」──JTBが描く観光産業とモトツーリズムの連携

続いて登壇したのは、JTBの坪根豊氏(ツーリズム事業本部 訪日インバウンド共創部)と、葛山聡子氏(JTB三重支店)による「観光産業とモーターサイクルツーリズムの連携可能性」。

JTBは114年前、訪日インバウンドのために設立された組織だという。2030年の政府目標である訪日客6000万人/消費額15兆円を見据えれば、国内旅行消費の3分の1が海外客になる時代が到来する。この変革に対応するキーワードが「丁寧に繋ぐ」だ。オーバーツーリズムを防ぐためにも、日本各地の状況を理解して結びつける。そのための新たな訪日コンテンツとして、モーターサイクルツーリズムを育てていくという。

この方向性は、2023年3月に発表された国の「第5次観光立国推進基本計画」の3本柱──「地方誘客」「消費拡大」「地方部への交通ネットワーク強化」──とも強く合致する。モト(モーターサイクル)ツーリズムが持つ連携可能性として、①地域誘客の分散、②空港を起点とした広域ネットワーク構築や道路インフラそのものの観光資源化、③移動を「体験価値」に変えることによる長期滞在・広域周遊の促進、の3点が示された。

先行する欧州、特にドイツではアルプスを走るモトツーリズムが盛んで、日本でも風光明媚な海岸線などの絶景ロードを観光資源化できる余地は大きい。

「観光産業とモトツーリズムの連携可能性」をテーマに講演するJTB・坪根豊氏。

具体的な実践事例として語られたのが三重県だ。空港も新幹線もなく、「2次交通(現地での移動手段)」が長年の課題だった同県は、それを即効性を持って解決する手段としてバイクに着目。熊野古道、伊勢神宮、鈴鹿サーキットといった走行ルートそのものが誘引コンテンツとなり、県内に2〜3泊する「拠点滞在型観光」に寄与できるという。

2019年にMOTO TOURS JAPANとの協業を開始し、2023年にはSIT(目的型旅行)モデル事業として県から委託を受け実証実験をスタート。観光庁の補助事業も活用し、ホンダモビリティランドと連携して鈴鹿8耐を活用した富裕層向けスペシャルツアーを展開した事例を紹介した。

三重県での実践事例を紹介するJTB三重支店の葛山聡子氏。2019年から2026年までの取り組みの歩みが示された。

「ツーリズムは2輪振興ではなく観光政策」──岡山理科大・林教授の政策提言

セッションの締めくくりは、岡山理科大学 経営学部の林恒宏教授による「日本の観光政策と2輪車産業の新たな可能性」。スポーツマネジメント、スポーツツーリズム、サイクルツーリズムを経てモーターサイクルツーリズムの研究を進める林教授は、前日付で『アドベンチャーツーリズム大全』を出版したばかりだと明かした。

「モーターサイクルツーリズムは地方創生のための観光政策である」と説く岡山理科大学の林恒宏教授。

林教授が冒頭に掲げた結論は3つ。①モーターサイクルツーリズムは「2輪振興(バイクを売ること)」ではなく、地方創生のための「観光政策」である。②バイクは単なる移動手段ではなく、地域を巡る体験価値そのものである。③今回のゴールは、観光政策、地方創生、2輪産業を繋ぐ「政策アジェンダ化」への共通認識の形成とした。

国の観光政策は「地方への誘客/分散」「住民負荷を抑えた持続可能な観光」「消費単価の高い高付加価値観光」へとシフトしている。この文脈でバイクは、①少人数分散型ゆえにオーバーツーリズムを回避しやすい「分散型観光」、②公共交通が届かない山間部・沿岸部・農村部との相性が抜群の「地方適合性」、③二次交通に依存しない自由な周遊で滞在延長と地域消費に直結する「周遊自立性」──という3つの優位性を持つと指摘した。

来訪者の増加が地域内消費(宿泊、飲食、土産)の拡大を生み、「走りたい道、泊まりたい宿」という独自の地域ブランドを形成し、リピーターや関係人口へ、さらには移住促進へと発展していく。この波及サイクルこそがモトツーリズムの本質だという。

世界の研究レビューでも、モーターサイクル旅行者は「景観志向」「地域との触れ合い」「高消費」「高いリピート性」で注目されている一方、日本は「市場の可視化」「官民連携の仕組み」「インバウンド対応」のいずれも未成熟。だからこそ今が「日本型モーターサイクルツーリズム」の独自ポジションを確立する絶好の機会だと訴えた。

来訪者の増加が地域内消費の拡大を生み、リピーターや関係人口へ発展していく。

そのための設計図として提案されたのが、産官学金が横に繋がる「モーターサイクルツーリズム推進協議会(コンソーシアム)」構想だ。国(経産省、観光庁)が制度整備と予算措置を、自治体・観光連盟が受け入れ環境の整備と地域資源化を、MFJ、メーカー、用品業界が安全教育やコミュニティ形成など2輪エコシステム全体を、空港、旅行事業者が海外ライダー誘致やパッケージツアー造成を担う。各組織が個別に動くのではなく、横断的な推進体へと発展させるべきだという。

そして最終提言は、次期「第6次観光立国推進基本計画」に、すでに記載のあるアドベンチャーツーリズム、スポーツツーリズム、サイクルツーリズムに続く新たな政策領域として「モーターサイクルツーリズムの推進」を盛り込むこと。バイクラブフォーラム等の場を活用して政策課題として育て、日本を世界から選ばれる「モーターサイクルツーリズムの聖地」へ押し上げたい──そう力強く結んだ。

交流会が示した第一歩

講演後、参加者は鈴鹿8耐の運営現場やコース周辺を見学し、業界の垣根を越えて意見を交わした。「ツーリングライダーの移動が経済を動かす」という認識の共有から始まったこの日の議論は、市場のリアルなデータ作成、観光産業側の戦略、そして政策アジェンダ化への具体的な道筋までを一本の線でつなぐ第一歩となった。

経済産業省 製造産業局 自動車課/バイクラブフォーラム実行委員会 委員長 堀江大地氏

「バイクは販売台数の減少が語られがちですが、大型など趣味性の高いバイクはむしろ売れています。ユーザーにとってツーリングは一番の楽しみで、観光との親和性は高いと以前から感じていました。本日様々な方のお話を聞いて、その可能性を改めて実感できました。今年9月11日に熊本県大津町で開催するバイクラブフォーラムではバイクツーリズムをテーマの一つに掲げていますので、議論を重ねながらバイク産業を盛り上げていきたいと思います」

HRCのホスピタリティブースで鈴木会長からレース現場の解説を受ける堀江大地氏(写真右)。

観客で賑わうピットウォークを見学する観光庁の髙井絢氏(写真左)を案内する松原部会長。

鈴鹿サーキットのレースコントロール室を見学する参加者。8耐開催中の運営現場に触れた。

鈴鹿サーキットを背に、チェッカーフラッグを掲げて記念撮影に収まる参加者一同。

 

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