現在の国産車では、当たり前になって普及したメカニズムは数多いが、そのいずれにも「初めて」がある。戦後から目覚ましい成長を遂げ世界に羽ばたいた日本の2輪メーカーは、海外の技術から倣いつつ、独自に技術を進化させていったのだ。当記事は今や当たり前となった機構の中で、駆動系と電装系にまつわる、国産メーカーの公道用量産車の「お初」をご紹介。

6段変速ミッション:スズキ T20(1965)

戦前はGPレーサーも4段変速までだったが、戦後の1952年にモトグッツィが5段変速を、1953年にドイツのNSUのレーサーが6段変速を採用した。そして国産初の6段変速は、前出のNSUを範とした1959年のホンダワークスレーサーRC141(空冷4ストローク並列2気筒125cc)だった。

一方、公道量産車では1959年にヤマハYDS-1(空冷2ストローク並列2気筒246cc)が初の5段変速を採用。そして6段変速の最初は、1965年のスズキT20(空冷2ストローク並列2気筒247cc)だった。ちなみにGPレーサーマシンの最多段数は、1967年のスズキRK67(水冷2ストローク2気筒50cc)が採用した14段だった。

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情報提供元 [ モーサイ powered by Motorcyclist ]

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