バイクを通して暮らしに「感動」を届けることで、日本のバイク市場の発展や雇用維持へ貢献することを目標に一般社団法人 日本自動車工業会(以下、自工会)が取り組む「二輪車産業政策 ロードマップ2030」(以下、ロードマップ2030)の政策課題のひとつとして「2030年までに二輪車による死亡事故を2020年比半減!」を目指して活動に取り組んでいます。
令和6(2024)年3月7日に警察庁が発表した「令和5年中の交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について」によると、二輪車の事故死者508人の損傷主部位(致命傷の部位)を見てみると、1位が「頭部」(187人 / 全体の36.8%)、2位が「胸部」(165人 / 全体の32.5%)、3位が「頸部」(45人 / 全体の8.9%) となっています。頭部を守るために大切な装備はヘルメットですが、二輪車の死者508人中493人(97%)がヘルメットを着用していましたが、その中で126人の方のヘルメットが脱落(約25%)して死亡しています。過去25年間の統計を見ても、二輪車の死者の3割前後のヘルメットが脱落して亡くなっている状況です。ヘルメットの脱落を防止することが、悲しい死亡事故の減少につながることは明らかです。
今回、「ロードマップ2030」の活動の二輪車死亡事故半減を目指す取り組みの一つとして、このヘルメット脱落による死亡事故防止に向け、脱落のメカニズムを解明すべく産・官・学で連携しての「ヘルメット脱落実験」を実施しました。このヘルメット脱落実験、そして結果から見えた実態をご紹介します。
目次
二輪車死亡・重傷事故防止に向けた施策推進
ヘルメット脱落実験内容を紹介する前に、取り組みの起点である「ロードマップ2030」の内容と流れを説明します。
二輪車産業政策ロードマップ2030
「ロードマップ2030」は、「ロードマップ2020」の継続課題と環境変化による新規課題を踏まえ、2030年までに達成すべき4つの政策課題と11項目の実施施策を設定した取り組みを言います。
安全視点(安全教育領域)とは
「ロードマップ2030」としては、社会への責務を遂行しつつ、2030年代初頭に向けて国内二輪市場を活性化することを目指します。「ヘルメット脱落実験」の起点となる「安全視点」は、「ロードマップ2030」が取り組む政策課題の1に設定されているもので、11ある実施施策の「実用・趣味利用の双方に向けた安全運転啓発・教育」と「安全装備の普及拡大」から構成されます。その「ロードマップ2030」を構成する「安全視点」は、「2030年までに二輪車による死亡事故半減」を目標に掲げているのです。
「実用・趣味利用の双方に向けた安全運転啓発・教育」には、「一般ライダー向け安全運転教育の充実と啓発」「二輪車利用高校生への安全運転教育の充実と体制強化」「二輪車利用事業者・通勤利用者への安全運転教育の強化」が、「安全装備の普及拡大」には「ヘルメット、胸部プロテクターの適正着用推進」「運転に適したウエア、プロテクターの着用推進と啓発」が具体的な取り組み内容が含まれており、前者では自工会、全国オートバイ協同組合連合会、日本二輪車普及安全協会、日本自動車輸入組合、日本自動車部品工業会、日本二輪車オークション協会、全国二輪車用品連合会、中古二輪自動車流通協会、日本モーターサイクルスポーツ協会、日本ヘルメット工業会といった業界10団体(2024年10月現在) すべてが取り組む事項となっています。
2030年に向けた推進スケジュール
1, 高校生の安全運転教育を前提とした三ない運動の見直し施策の推進
2, 右直、出会い頭、単独事故分析を行い、四輪運転者も含めた訴求方法や指導マニュアル等の検討
3, 若者・リターン・高齢ライダー等の事故多発層の事故分析から、訴求方法や指導マニュアル等の検討
4, ヘルメット脱落死亡事故半減に向け、適正着用訴求方法等の検討
5, 胸部プロテクターの有用性の認知度向上施策等の検討
「2030年までに二輪車による死亡事故半減」という安全視点のゴール達成に向けて、二輪車事故死者目標値を毎年5%減らしていこうと上記の5項目への取り組みを年間スケジュールに落とし込んで取り組んでいます。この「ヘルメット脱落実験」は4つめの「ヘルメット脱落死亡事故半減に向け、適正着用訴求方法等の検討」の一環で実施しました。
「産・官・学」連携会議体の発足
産・官・学で連携した会議体を発足するうえで設定されたのが、「ヘルメット脱落死亡事故防止」と推進スケジュールの2つめにある右直、出会い頭事故に代表される「対四輪死亡・重傷事故防止」の2つの施策でした。今回取り上げるヘルメット脱落実験は、「ヘルメット脱落死亡事故防止」に向けた取り組みの一つとなります。
ヘルメット脱落防止については、長年にわたって二輪車メーカー及び二輪車販売会社、二輪車関連団体、警察などがヘルメット脱落防止に向けた各種啓発活動を行なっていますが、25年以上に渡り二輪車による死者数の3割前後の方のヘルメットが脱落し死亡していることから、啓発のみではもう限界がきていると考えられます。実際、二輪車の事故でヘルメットが脱落した中でもっとも多いのは、通勤や通学、買い物等で日常利用している原付一種・原付二種の利用者で、この層にはヘルメット脱落防止啓発活動の発信が行き届かないのだろうと思われます。
二輪車全体のヘルメット着用死者数推移(2013〜2022年)
自工会と公益財団法人 交通事故総合分析センター(以下、ITARDA)との共同研究による報告書「二輪車事故の特徴分析による事故・死傷者数の低減研究 -二輪車の単独事故の特徴-」(2022年7月発行)では、ヘルメットの着用率は高い水準であるにもかかわらず、死者数のヘルメット着用-離脱の構成割合はここ10年間で30%前後で推移しており、減少傾向が見られないとの見解を示していました。その中で、ヘルメット離脱を防ぐことによる死者削減効果が年間12〜13%に及ぶと試算されており、2024年7月に発行された「二輪車事故の特徴分析による事故・死傷者数の低減研究 ―人身損傷主部位に着眼した特徴分析―」でも同様の見解が示されたこともあって、継続的な取り組みが不可欠との結論に至りました。
この取り組みをより具体的に進めるにあたって必要なのが、「ヘルメット脱落メカニズムの解明」でした。このメカニズムに踏み込んだ調査研究や抜本的な対策が早急に求められることとなり、ヘルメット脱落実験が行われたのです。
脱落メカニズム解明のための実験
今回の実験は警察庁、国交省、有識者協力のもと、自工会を含む5つの二輪車団体、実験は一般財団法人 日本自動車研究所(以下、JARI)で実施しました。
実験方法
上記で図解されているような実験装置を製作し、バイクに乗車するライダーが衝突事故を起こした状況を想定し設計。速度、ヘルメットサイズ、あご紐の締め方によって頭部とヘルメットがどの様になるのかを解明する実験を行いました。
1, ヘルメットのタイプとサイズ
実験に用いたヘルメットは3種類で、半キャップとも呼ばれる「ハーフ型」、シールド部分が開閉できる「オープンフェイス型」、顔全体を覆う「フルフェイス型」です。サイズは、ダミー頭部の頭囲が58cmであることからMサイズを選定。
ヘルメットを着用するダミー頭部は、そのMサイズヘルメットがフィットする「標準ダミー」と、その標準ダミーより小ぶりな「小柄ダミー(頭囲54cm)」の2種類を用意しました。サイズの合っていないヘルメットを着用した場合を想定したものです。
2, 衝突形態
衝突形態は、前方に衝突する「前突」、後方から衝突される「追突」、頭部に障害物が衝突する「円柱衝突」の3パターンを準備しました。
3, あご紐の状態
あご紐の締め方は、以下の3通りです。
■適正……………あごに接触するまであご紐を締めた状態
■緩い……………あご紐とあごのあいだに40mmの隙間がある状態
■未結束………あご紐を結束していない状態
「結束」「未結束」だけでなく、あご紐を締めていても緩い状態だとどのような結果になるのかも検証しました。
4, 衝突速度
実験で設定した衝突時の速度は、時速30キロ・時速20キロ・時速10キロの3通りで実施しました。
実験結果
合計81回行った実験は大きく以下のような結果になりました。
■適正サイズのヘルメットを着用した場合
■サイズが緩いヘルメットを着用した場合
「脱落なし」のケースでも、あご紐が未結束だとヘルメットが大きくずれました。今回の結果から分かった傾向は以下になります。
・ヘルメットのサイズが適正であご紐がしっかり締められている場合、すべてのヘルメットで脱落は起こらなかった
・あご紐をしっかり締めていてもヘルメットのサイズが合っていない場合、ハーフ型とオープンフェイス型で脱落が起こった
・ヘルメットのサイズが適正でもあご紐の締め方が緩い場合、ハーフ型で脱落が起こった
・ヘルメットのサイズが適正でもあご紐が未結束の場合、すべてのヘルメットが脱落した
・脱落しなくとも、あご紐が未結束だとヘルメットが大きくずれる
ヘルメットの脱落状況
適正なサイズのヘルメットを着用しあご紐をしっかり結束している場合は、いずれもヘルメットが脱落することはありませんでした。
しかし小柄ダミーでヘルメットサイズが緩い場合、あご紐をしっかり締めていても時速30kmではハーフ型とオープンフェイス型それぞれで脱落が発生。しっかりあご紐を締めていても、頭のサイズに合ったヘルメットでなければ脱落が起こることが分かりました。
ヘルメット脱落のパターン
実験の結果として、2つの脱落パターンがあることが分かりました。
・衝突方向への前傾時の脱落
・衝突方向への前傾の後、反動となるリバウンド時での脱落
前者にはあご紐の未結束が、後者はあご紐を結束しているという共通点がありました。脱落が発生したのはいずれも「小柄ダミー」装着時です。
二輪車死亡事故半減を目指して
ヘルメットが脱落することがいかに危険か、今回のヘルメット脱落実験によって定量的な回答を出すことができました。ここから、公益財団法人 国際交通安全学会(IATSS)などと連携してヘルメット脱落防止策や安全啓発方法、安全教育トライアル、抜本対策を検討していき、2030年までの二輪車死亡事故半減を目指していきます。モトインフォは今後もこの取り組みの進捗について報告をしていきます。
ライダーの皆さんもご自身はもちろん、バイクに乗る周りの人たちにヘルメットは適切なサイズを選びあご紐をしっかり結ぶよう働きかけていきましょう。万が一の事故の際に命を落とさずに済む可能性を高められ、ひいては「バイクは危ない乗り物」という世間の印象を変えていけるのです。誰もが存分にバイクを楽しめる交通社会を実現できるよう、ともに取り組んでいきましょう。
ヘルメット脱落メカニズム解明に向けた実験 参画団体
・発行責任:一般社団法人 日本自動車工業会 二輪車委員会 二輪車企画部会 安全教育分科会
・協賛:一般社団法人 日本ヘルメット工業会
・協力:一般社団法人 中古二輪自動車流通協会
・協力:一般社団法人 全国二輪車用品連合会
・協力:日本自動車輸入組合
・オブザーバー:警察庁 交通局交通企画課
・オブザーバー:国土交通省 物流・自動車局 車両基準・国際課
・オブザーバー:公益財団法人 交通事故総合分析センター
・有識者:日本大学理工学部 機械工学科 教授 関根太郎
https://www.jama.or.jp/operation/motorcycle/environment/pdf/experimental_report_on_the_mechanism_of_helmet_dropout.pdf
■令和5年中における交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?stat_infid=000040145511 【画像】2030年までにバイクの死亡事故半減を目指した取り組みの一つ、ヘルメット脱落死亡事故防止に向けた実証実験 (16枚)
情報提供元 [ MOTO INFO ]
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