充実した楽しいバイクライフを送るうえで、安全にバイクを操るための運転技術の習得は不可欠なものです。そんなライディングテクニックを習得する場で指導してくれるのが、二輪車安全運転指導員並びに特別指導員(総称して以下、二輪車安全運転指導員)の存在です。
一般財団法人 全日本交通安全協会(以下、全安協)が認定する特別指導員と、各都道府県の交通安全協会が認定する指導員の2種類があり、以前MOTOINFOでも資格取得までの流れを詳しくご紹介しました。今回はその二輪車安全運転指導員が担う社会的な役割や安全なバイクの世界を築いていくうえで求められる能力について、一般財団法人 全日本交通安全協会 安全対策部長の西村 力さん(以下、西村さん)と二輪車安全運転特別指導員の飯田 剛さん(以下、飯田さん)、瀬川 比呂昌さん(以下、瀬川さん)の御三方にお話を伺いました。
目次
二輪車安全運転指導員とは
各地域で開催される安全運転講習会やライディングスクールに通ったことのある方なら一度は耳にしたことがあるかもしれませんが、一般ライダーの中にはまだまだ馴染みの薄い「二輪車安全運転指導員」。二輪車安全運転指導員とはどのようなものなのでしょうか。そんな疑問に西村さんが簡潔にわかりやすく答えてくれました。
「一般ライダーに向けた『安全運転の伝道師』。それが二輪車安全運転指導員です」(西村さん)
二輪車安全運転指導員のルーツは1960年代にまで遡ります。当時、高度成長期の真っ只中だった日本においてクルマやバイクが急速に普及し、モータリゼーションが加速していきました。その進化に交通環境や法規が追いついておらず、交通事故も増えていったのです。昭和45(1970)年には交通事故死者数が16,765人と過去最多になるなど大きな社会問題となりました。
交通安全教育という概念が確立していなかった当時、「この状況をなんとかしなければいけない」という声から、昭和47(1972)年に全日本交通安全協会内に二輪車安全運転推進委員会(以下、中央二推)が設置されました。その後、各都道府県の交通安全協会内にも同委員会(以下、地方二推)が設置され、二輪車の安全運転を推進する組織が立ち上がりました(以下、中央二推と地方二推を総称して「二推委員会」)。
「『二推委員会を作ったのはいいけれど、誰が一般のライダーに指導をしていくの?』ということで、二輪車安全運転指導員という制度が設けられました。さまざまな場所や場面で一般ライダーに対して安全運転指導を行なってもらうことになったのです」(西村さん)
そんな二輪車安全運転指導員には「特別指導員」と「指導員」の2種類があります。
特別指導員は中央二推が、指導員は地方二推が認定する資格で、一般的にはまず指導員の資格を取得し、経験を積んだのちに所属する地方二推の推薦を受けます。そして年に1度開催される中央二推の審査に合格すれば、特別指導員となれます。
二輪車安全運転指導員は国家資格ではないため、法的効力はありません。そのため、教習所の指導員などとは違って、その活動は社会貢献活動(ボランディア)の位置付けなのです。
二輪車安全運転指導員の詳しい内容については、下記の記事でご紹介しているのでぜひご覧ください。
【あなたも取得できる資格にチャレンジしてみよう!二輪車安全運転指導員とは?⇒https://motoinfo.jama.or.jp/?p=3988】
二輪車安全運転指導員が担う役割
世の中の皆さんにバイクという乗り物を認めてもらう意味でも、安全は最優先課題であり、二輪車安全運転指導員の存在は重要になってくる、と飯田さんは話されます。
「1960年代、多くのライダーが犠牲となったバイクによる死亡事故が社会問題化しましたが、近年ではさまざまな安全運転普及活動や安全装備の進化などにより、バイクによる死亡事故は減少傾向にあります。しかしながら2023年、バイクの事故死者数が令和に入って最多の増加率に転じてしまい、さらなる安全運転対策が求められます。
具体的には、原付が117人(+25人 27.2%増)、自動二輪が391人(+48人 14%増)となりました。また、警察庁が発表した2024年の上半期(1~6月)の二輪乗車中死者数を見てみると、原付・自動二輪合計で204人(前年同期 -8人)と若干減少しているものの、依然高い水準で推移しています。世の中の人たちにバイクという乗り物を認めてもらうためにも、安全運転教育は非常に重要であると考えます」(飯田さん)
そして、正しく使うことによってバイクが安全な乗り物だということを浸透させるためにも、二輪車安全運転指導員の役割は重要だと、飯田さんは続けます。
「二輪車安全運転指導員は一般ライダーにバイクのマナー向上やルールを守ることの大切さを伝えるとともに、自ら事故を誘発させないことはもちろん、事故に巻き込まれないようにするための安全運転技術や知識をより多くのライダーに伝えるなど、交通事故防止の一翼を担っているのです」(飯田さん)
また、最新のバイクにはABSやトラクションコントロールなど、ライダーの運転をサポートしてくれる機能が装備された車両も多くあります。それらはもしもの場合の運転をサポートしてくれることもありますが、そのような装備が装着されていても「安全運転の基本は変わらない」と瀬川さんは言います。
「どれだけバイクが進化しても、安全な車間距離の取り方や怪我をしないための取り回し、自動車の死角に入らないようにすることなど、バイクを安全に運転するためのポイントや技術は、そう変わらないですね。二輪車安全運転指導員の社会的意義は時代が変わっても大きいものだと思っています」(瀬川さん)
二輪車安全運転指導員に求められる素養
中央二推が発行する二推規定集によると、二輪車安全運転指導員の資格基準は以下のように定められています。
(ア) 年齢20歳以上であること。
(イ) 現に二輪免許又は原付免許を受けている者であること。
(ウ) 二輪車の運転経験が3年以上であること。
(エ) 過去3年以内に、行政処分を受けたことのない者及び悪質な交通違反がない者であること。
(オ)二輪車の安全運転に関する知識、技能及び指導力が指導員としてふさわしい者であること。
(カ)都道府県二輪車安全運転推進委員会(以下「地方委員会」という。)主催の指導員養成講習会を修了した者であること。
(キ)地方委員会の行う審査に合格した者であること。
資格基準については、よくわかりました。ところで、どのようなライダーに指導員になってもらいたいと思いますか。
「一番大切なことは『バイクが好きなライダーの皆さんに安全運転を伝えたい!』という強い意識や意欲であると思います。その想いを持っている方は、ぜひ指導員を目指していただきたいと考えています」(西村さん)
また、「技術はあとからついてくる部分もあります」と飯田さんが続けます。
「一般のライダーが指導員になったからといって、いきなり他のライダーに教えるための技術や知識が自分のなかに芽生えるわけではありません。現場で先輩指導員から学びながらレベルを上げていっていただければ良いです。そういう意味では、指導員にふさわしい人というのは、ルールやマナーを守った運転が行えたり、仲間同士のツーリングでリーダーを担うような素質を持っていたりと、バイクに乗ること自体が上手くなくても、指導員として活動するうえでの資質はいろいろあると思います」(飯田さん)
大切なのはライディングテクニックではなく、バイクの安全性を広めたいという想いと、バイクが好き!事故を減らしたい!という気持ちが大切です。
二輪車安全運転指導員になってから携わるバイクの世界
二輪車安全運転指導員になると、各種講習会やライディングスクールなど、バイクの安全運転に関わるさまざまなイベントに携わることになります。代表的なものが以下です。
二輪車安全運転指導員が携わる講習会やイベント
・Basic Riding Lesson
・各警察による二輪車講習
・原付免許取得時講習
・各都道府県の交通安全協会が主催する二輪車講習、高校生講習
・指導員が独自で開催する二輪車講習会 など
一般社団法人 日本二輪車普及安全協会(以下、日本二普協)が開催するBasic Riding Lessonなど、全国各地でさまざまな講習会やイベントが開催されています。それらに指導員として参加するのですから、やりがいは大きいといえるでしょう。
しかし、なかには「たくさんの受講者の前に立って喋ったり教えたりするのは緊張するし、気が引ける」と思う方も多いでしょう。そのような考えから二輪車安全運転指導員になることを躊躇する人もいるようですが、「その心配は無用です」と瀬川さんは言います。
「はじめは、講習会の進行は、先輩指導員が行うので、いきなり前に出て話すということはありません。基本的には先輩が後輩に模範技術や安全運転知識、そして講習会の仕切り方などを伝授していきます。
二輪車安全運転指導員は国家資格ではないので、受講生に対して先生という立場ではありません。どちらかというと先輩ライダーみたいなイメージですね。講習会の雰囲気はフレンドリーなもので、基本的にはマンツーマンで教えることも多いので、緊張するシーンはほとんどないと思いますよ」(瀬川さん)
二輪車安全運転指導員になってから起こる変化とは
二輪車安全運転指導員になると、どのような変化が起こるのでしょうか。西村さん、飯田さん、瀬川さんともに口を揃えるのが、心境面の変化だと言います。
「やはり意識が変わりますね。よく『立場が人を変える』と言いますが、指導員はまさにそうだと思います。見られる側になるので、ルールやマナーを守った運転が当たり前になります。服装も半袖やサンダルなんてもってのほかで、いつだってしっかりとしたライディングウェアを着るようになります」(瀬川さん)
「社会から『カッコいい』と思ってもらえる模範的な姿を見せることで、一般ライダーや後輩ライダーも『自分もこういう風に乗らなければ』っていう風になりますしね。指導員になれば言葉ではなく、背中で見せる……そんなライダーになると思います」(飯田さん)
「皆さん指導員になろうという方たちなので、初めから高い意識を持っていらっしゃいますが、実際に指導員になると意識はさらに高まるようですね」(西村さん)
さらに具体的な変化について、瀬川さんから興味深いお話がありました。
「今思うと私は昔、非常に危ない乗り方をするライダーでした(苦笑)。いかにアクセルを開けるかを考える、アクセル主体の運転だったんです。だけどカワサキに入社して、指導員、特別指導員を務めるようになってから乗り方が大きく変わりました。車間距離や速度も意識しますが、急に何かが起きた場合でも安定したブレーキがかけられるようにと考えながら運転するようになりました。ブレーキ主体のライディングですね」(瀬川さん)
飯田さんが続けます。
「私も若い頃は交通法規について『制限速度の設定おかしくない?事故らなければいいでしょ!』なんてことを考えるライダーでした。ですが、本田技研工業で安全運転インストラクターの社内資格取得してから考え方も一変。社内外の方から見られる立場に変わることで自らも安全運転を強く意識するようになりました。講習会には初心者ライダーはもちろん、会場まで怖い思いをしながらやっとの思いで来られるライダーもいます。こういう方々の模範となるライダーにならなければと考えます。ルールを守ることが安全運転の近道。マナーの良い運転をすることがバイクの世界を守ることに繋がると考えています」(飯田さん)
二輪車安全運転指導員になることで、自分自身の見られ方や他のライダーへの理解が一層深まり、理想のライダー像を体現していくとともに社会に向けてバイクの素晴らしさ、楽しさを伝えていけるのだと知りました。
今こそ求められる二輪車安全運転指導員
2024年現在、二輪車安全運転指導員は特別指導員が約1,700人、指導員が約5,000人で、計6,700人ほどだそうです。ピークだった1985年には3万人以上いたのが、今では1/5近くに。また、指導員の高齢化も進んでいます。
近年は日本二普協のBasic Riding Lessonへの参加者も増加傾向で、若いライダーのあいだで安全運転への意識が高まりつつあるようです。その意識をより多くの人に伝えたいと思う人こそ二輪車安全運転指導員への門をぜひ叩いてみて欲しいと思います。
指導員と聞くと難しく感じますが、「決してハードルは高くありません」(西村さん)と言います。また、指導員を目指すことで安全運転への意識が高まることから、飯田さんは「より多くのライダーが二輪車安全運転指導員を目指して欲しいですね」と話します。
まずは身近な講習会に参加してみて、そこで接する指導員の姿に自分を重ね合わせつつ、安全で楽しいバイクの世界を広げていくための手伝いとなる二輪車安全運転指導員を目指す人を待っています。
■一般財団法人 全日本交通安全協会https://www.jtsa.or.jp/
■一般社団法人 日本二輪車普及安全協会「二輪安全運転指導員について」
https://www.jmpsa.or.jp/safety/gm/instructor.html
■内閣府「特集 道路交通安全政策の新展開 -第11次交通安全基本計画による対策- 第1章 道路交通事故の発生状況」
https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/r03kou_haku/zenbun/genkyo/feature/feature_01.html
【画像】安全・安心なバイクライフを支える二輪車安全運転指導員 (14枚)
情報提供元 [ MOTO INFO ]
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