
文・写真:田中 淳磨
埼玉県の県立高校で電動バイクの授業と試乗会が開催された!「高校生と考えるカーボンニュートラルと電動モビリティ」
2024年3月5日(火)、埼玉県立秩父農工科学高等学校(以降、秩父農工)においてカーボンニュートラルとモビリティの電動化に関する授業、交換式バッテリー採用電動原付バイクの試乗・安全運転講習会が開催された。「高校生と考えるカーボンニュートラルと電動モビリティ」と題した本イベントの模様を中心に、開催に至った背景と目的、理由などについて、本企画に携わらせて頂いた立場から説明させていただく。
さて、秩父農工には7つの学科があるが、そのうち電気システム科と機械システム科の2年生76名を対象にした講義が午前中の3・4時限目の授業として行われた。講師を務めたのは一般向けの電動原付スクーター、ホンダ「EM1 e:(イーエムワン イー)」開発責任者(LPL)の後藤香織(ごとうかおり)さんとLPL代行の内山 一(うちやまはじめ)さんのお二人。
まず3時限目では「カーボンニュートラルとモビリティの電動化」という内容で後藤さんが、続く4時限目では「電動バイクの構造としくみ」について内山さんが担当し、スライド投影のほか動画も交えながらの授業となった。
後藤さんは、参加生徒と同じ工学系出身の社会人として、エンジニアの仕事とはどういうものか、開発現場の現状が伝わるように同僚社員のインタビュー動画も交えながら紹介した。また、大きなテーマであるカーボンニュートラルとはどういうことか、それがいま世界の流れになっていて、モビリティを開発する上でもパワーユニットの電動化など環境負荷を考えたものづくりが求められていることなどを説明した。
内山さんは、電動バイクの構造と仕組みについて専門的な用語も交えながら講義を行った。バッテリー、モーター、パワーコントロールユニットという電動バイクの基本3要素から始まり、モーターの原理とEM1 e:にも採用されているインホイールモーターの構造、リチウムイオンバッテリーの仕組みとユーザーの使用を想定した耐久試験の様子、さらにはガソリンエンジンと電動モーターの違いと特性、電動二輪車の課題についても詳しい説明があった。
学校敷地内で電動原付スクーターの試乗・安全運転講習を実施
お昼をはさんだ午後からは、学校敷地内に設定された特設コースで電動原付スクーターEM1 e:の試乗会が開催された。参加生徒は様々な学科に所属する運転免許を持っている1・2年生の男女。普段バイク通学をしている生徒もいれば、免許は取ったけどバイクはまだ持っていないという生徒もいる。
多くの生徒が電動バイクを見るのも触るのも初めてというなか、電動バイク特有の操作方法や注意点についてレクチャーが行われた。特に電動バイクの特徴でもある発進時の強いトルクに注意しながらのスロットル操作については一人ひとりに手ほどきがあった。
地元の秩父警察署から埼玉県警の白バイ隊員が来場。近年の二輪車交通事故の状況や秩父市内での事故状況について説明があり、ヘルメットのあごひもをしっかり締めること、プロテクターを装着することの重要性のほか、運転時の注意点やアドバイスなど安全運転講話を行った。白バイ隊員が着用しているエアーバッグベストの体感実演もあった。
高校生が電動バイクに触れることの意味や狙いは、社会課題への取り組み
本イベントの背景についても紹介させて頂く。都市部に住んでいるとあまり実感がわかないかもしれないが、超少子高齢化社会はいきなり来るものではなく、もうすでに来ているということ。中山間地ではその影響が様々なところに出ており、人や物の移動という点では特に顕著となっている。
1. 電車やバスなど公共交通の衰退
2. 2024年問題による人手不足と交通・物流の減退
3. 学校の統廃合と通学距離の延伸
4. ガソリンスタンドの廃業(SS過疎地)
5. 若年層のモビリティ利用の足かせになっている三ない運動
6. 国、自治体、企業など国民全体で取り組むべきカーボンニュートラルの推進
こうした社会課題が若年層や高齢層の移動を困難にしている。都市部や郊外ではMaaSだDXだと取りざたされているが中山間地の移動の問題はもっと切実で、学校の統廃合による通学距離の延伸や通学手段の断絶は学生の日常を直撃し、その生活の質(QOL)を阻害している。
子供たちの送迎のために保護者は毎日のようにクルマを運転しなければいけないし、電車やバスを乗り継いで長い時間をかけて通学できたとしても毎月の定期代が10~20万円にもなることで家計の大きな負担となっている。
こうした移動の課題を改善するために期待されているのが原付バイクや特定原付などのパーソナルモビリティだが、三ない運動の影響により原付免許を取ることもかなわない高校生はまだまだ相当数いる。
本来、こうした移動課題を改善するためのモビリティが原付バイクなのだが、特に教育現場においては三ない運動の影響が色濃く残っており有効活用できていない。これもひとえに、バイクのイメージが保護者世代(バイクブーム世代)の中で改善できていないことが根底にある。「バイクは危ない、こわい」といったイメージは未だに根強いのだ。
電動バイクにはこうした負のイメージをくつがえしてくれる可能性があり、特にモビリティを必要としている高校生とその保護者にとってはメリットが多い。走行中に排気ガスを出さないクリーンさと静かさ、服も汚れず遠くのガソリンスタンドまで行かなくていい、マフラー交換で爆音を出すといった改造もできない、(保護者からすれば)遠くに行けないし一晩中走りまわることも難しい、コネクテッド技術との親和性が高く電子的に車両や移動の軌跡を管理・制御しやすいなどだ。
電動モビリティは、超小型モビリティなど長期にわたって検討されたにも関わらず普及に目途が立っていないものがある反面、特定原付のようにわずか数年で規制緩和されたものがあるなど混迷を極めているように見えるが、それはニーズに対して的確な訴求と普及ができているかどうかの違いだ。
完全なモビリティなど存在しないが「航続距離が、充電時間が、最高速度が」とか言っている場合ではなく、使えるものは今すぐにでも社会実装させていくという具体的な取組みが求められている。超小型モビリティの一件でもわかるように、いつまでも実証実験を繰り返していては渡れる石橋をもダメにしてしまう。特定原付に関する規制緩和のようにモビリティ革命下の変革はそれくらい早いのだ。
なぜホンダのEM1 e:が題材となったのか? 日本の技術を国際標準に!
原付バイクは今後どうなるのか。2025年11月に適用される国内4次排ガス規制(Euro5相当)」によってガソリン原付一種は生産できなくなり、代替車両として原付二種の最高出力を4kW程度に制限した新基準原付の登場が見込まれている。
しかし排ガス規制はまだまだ続くのであり、2023年末にはすでにEuro7の合意もなされている。原付二種の車体とエンジンで何年後まで耐えられるのだろうか。もしかしたらその前に国内の製造業や法規が耐えられず原付一種・二種の区分や扱いが見直されることになるかもしれない。
そして何より現状で言えば、日本政府を筆頭に各自治体の多くがカーボンニュートラル推進宣言都市として活動しており、今回イベントを行った秩父農工のある秩父市と埼玉県も宣言自治体となっている。また、国内自動車産業を支える大手企業の面々も2050年カーボンニュートラルの実現に寄与すること、自社製品の脱炭素化などを宣言している。
投資や関税、市場への参加条件などカーボンニュートラルへの対応が企業活動においても不可避とされている。日本の自動車産業を下支えしている二輪車製造業の世界シェア(約50%)を今後も保ち続けるための手段のひとつとして、2021年には国内二輪4社による交換式バッテリーの仕様統一がなされている。現在はこの仕様を国際標準化していこうと欧州やアジアの二輪車関連団体と検討・調整を続けている段階だ。
交換式の統一仕様バッテリーが乾電池(イメージ的にはエネループなどのニッケル水素電池のほうが近い)のように普及すればローカル圏内のエネルギーインフラを拡充させることができる。構想には会社や学校、駅、商業施設、市役所などの公共施設も含まれている。
メーカーの違う電動モビリティ同士でもシェアすることができ、さらには蓄電池などモビリティ以外の多様な製品ともシェアできる。EVの大きな課題であるバッテリーコスト(EM1 e:のバッテリー単体価格は88,000円)も改善できる。寿命を迎えたバッテリーはリサイクルすることが前提となっており、太陽光や風力、水力など再生可能エネルギーによって充電することで地域のリソースサーキュレーションとカーボンニュートラルの推進に貢献できる。
カーボンニュートラル推進に寄与すると同時にグローバルも含めたモビリティ・エネルギービジネスで勝ち続けるためにはこの交換式バッテリーによるコミューターの電動化で世界的なシェアを獲得する必要がある。こうした流れを次代の我が国を担う高校生に理解してもらうためにも、統一仕様バッテリーであるHondaモバイルパワーパックを採用した電動バイクEM1 e:が教材となったのだ。
免許不要の特定原付のほうが良いのでは? 道路・通学環境での使い分けが重要
中山間地における高校生や高齢層の移動課題は今後ますます大きなものとなる。現在は、専用スクールバスのチャーターやデマンドタクシーの運行、保護者の自家用車による送迎などで支えられているが、前者は運営に1000万円以上かけている自治体が多く補助金なしには運営できない状態で今後は人手不足も深刻になるとされ、自動運転車両の導入も求められている領域だ。地域のミニマムな公共交通を守るための行政負担、若年層の移動を守るための家庭の負担、どちらも無視できない課題となっている。
高校生の移動で言えば、身体能力・学習能力的にも成長が見込める時期であり、安全教育とセットにして送り届けることができれば既存のパーソナルモビリティで支えていくこともできるはずだ。例えば、現在バイク通学を実施している学校規則の条件を見ると、その多くが「学校から10km以上離れていること」とある。中山間地の10km圏内という道路環境を考えると山越えのひとつやふたつは当たり前だし夜間は街灯のない道がほとんどとなる。
こうした通学ルートをいかに個人で安全に通学しうるかがパーソナルモビリティに求められる性能のひとつだ。そうした点では、ガソリン原付で長年培ってきた車体・技術を受け継いでいる電動原付スクーターは現在の航続距離や登坂能力であっても十分高校生の通学手段となりうるモビリティだ。航続距離や充電時間などクリアすべき課題もあるが、学校でバッテリーの充電や交換(シェア)ができるようになればさらに安心だろう。
一方、2023年7月に施行された特定原付(特定小型原動機付自転車)は16歳以上・免許不要で乗れるのが大きな利点だが最高速度20km/hという制限が電子的に行われるため10km以上の山越えとなると問題が多いかもしれない。少なくとも荷物を積むことが難しい電動キックボードタイプでは難しいだろう。学校から3km以内など自走モビリティによる通学条件が緩和されていくようならマイクロモビリティとしての力を発揮するかもしれないが。
秩父農工を含む秩父地域の高校では、埼玉県が三ない運動を続けていた間も特例としてバイク通学が許されてきた。バイク通学に対して学校はもちろんのこと保護者や地域住民にも理解がある。学校は公的機関なのでバイク置き場で気軽に充電するというわけにはいかないかもしれないが、バイク通学で電動スクーターが使われていくことで、自治体や地域住民、保護者のバイクを見る目が少しずつ変わると同時にカーボンニュートラルへのマインドが醸成され、自主自立の精神にのっとって教育現場が安全運転に取り組むことができれば、高校生の移動にも希望が見えてくるのではないか。そのための手助けについて二輪業界はこれまで以上に注力すべきだ。
【画像】埼玉県の県立高校で電動バイクの授業と試乗会が開催された! (0枚)この記事にいいねする