
ホンダのバイクに使われるウイングマークは、ホンダ設立以前の1947年A型まで遡る長い歴史を誇る。現行のデザインは1988年から使われているが、そこに至るまでに百花繚乱期があったなど変遷も興味深い。ホンダによる展示を通して解説してみたい。
鷲やサモトラケのニケの翼をシンボライズ
ホンダのウイングマークには創業者の本田宗一郎氏の思いが込められている。本田氏は「ホンダは日本一ではなく、世界一を目指すんだ。世界にはばたいて飛んでゆくイメージをうんと強調してくれ」というオーダーを出しており、鳥類の王者である鷲やギリシャ彫刻のサモトラケのニケの翼にホンダの姿を重ねてシンボライズしたものと言われている。
創業期は飛翔する人をイメージしたものや鳥が両翼を広げたデザインもあり、現在のウイングマークの原型となる一枚翼のマークが登場したのは1955年のドリーム号SA型で、動きを強調するために進行方向に合わせてタンクの左右に取り付けられていた。
その後、1960年頃からイラストのウイングマークが使用されるようになり、1964年にホンダの社内技術規格(HES)として正式に制定され、一枚翼マークはバイクのタンクに置かれるようになった。1970~80年代には、「HM(Honda Motor)」の文字が省略されたり、様々な色や形がデザインされるなど激しい変化の時代を経て、創業40周年にあたる1988年に現行のウイングマークが考案された。

A型(1947年)は、ホンダ設立前年にホンダの名で初めて製品化された自転車用補助エンジン。このタンクに付けられたマークが第一号でサモトラケのニケ(勝利の女神)がモチーフと言われる。

A型から初期のドリームE型(1951年)のウイングマークは飛翔する人がリアルに描かれている。この時代からマークは左右で進行方向に向くようになっていたようだ。このA型は1948年のものとされる。

ベンリイJ型(1953年)で鳥が翼を広げたデザインに変化。前フェンダーのマスコットプレートは「世界へ羽ばたいて飛んでいくイメージをうんと強調してくれ」と本田氏が指示したものだ。

こちらはベンリイJC57(1957年)のウイングマーク。両翼を広げた形は「世界へはばたいて飛んでいく」という思いが込められている。その後、ホンダは1959年から世界グランプリに参戦した。

ホンダ初のOHCエンジンを採用したドリームSA型(1955年)で進行方向に合わせて一枚翼をタンクの左右に置くようになった。これが現在のマークのルーツとなる。

ウイングマークのモチーフになったのはルーブル美術館に展示されているサモトラケのニケ像の翼。左右とも進行方向に向くように一枚翼を置くことで、羽ばたくイメージが強調される。

ホンダは1959年に世界グランプリの1戦であるマン島TTレースに初出場し、1961年に初優勝を達成する。ウイングマークはイラスト化され市販車とレーサーで使い分けられていた。

ウイングマークは1964年にホンダ社内規格に制定され、1968年には商標として出願され制定された。写真は1969年のドリームCD250でシンプルなデザインにリニューアルされていた。

モデルが多様化した1970年代。XL125S(1972年)で初めてHMの文字が消え、ウイングマークとHONDAロゴがセットになった。このデザインはオフロード系モデルに適用された。

オンロード系はタンク横にHONDAのロゴが主流だったが、1979年のGL400/500カスタムで初めてオンロードにウイングマークとHONDAの組み合わせが適用された。

1980年代、バイクブームで市場が急拡大したのを機に、プロダクトマークの種類も増加の一途を辿り百花繚乱の時代に突入した。この混乱が現在の統一マーク検討のきっかけとなった。
1987年、新しいウイングマークのデザインを社内で募集
1987年、本田宗一郎氏から「最近のウイングマークは、イメージが古くて今の感覚にマッチしてねえな。種類もたくさんありすぎるんじゃないか。4輪のHマークのような2輪製品全体に統一して使えるマークを考えてくれよ」という要望を受け、プロジェクトチームが発足した。
全世界のホンダ従業員を対象にデザインの公募が行われ、約7800件の作品が集まった。最優秀は紀章(きの あきら)氏の作品で「ストレートな味が良く、スピード感・視認性があると同時に現状のウイングマークの伝統を受けついでいる」との評価を受けた。
受賞した紀氏は、「今までのウイングのシルエットをくずしたくありませんでした。自分が一番表現したかったのはオートバイの持つスピード感です。それを具現化するためにウイング内に直線的な横のラインを連続させる構成としました」とデザインの狙いを解説している。

入賞したデザインの中でも最優秀賞の紀氏のウイングマークが一際目をひくのが分かる。このマークはHRCワークスマシンで先行適用され、1988年8月に社内規定で変更不可と制定された。

2001年にはブランドの個性を視覚的に表すVI(ヴィジュアル・アイデンティティ)が制定され、ウイングマークは視認性を向上させるために細部が小変更された。写真はホーネット900(2001年)。
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