「40年前の鈴鹿8耐が転換期だった?!」

間もなく、3年ぶりの鈴鹿8耐が始まります。かつて8耐に関わった人にとっては、立場のいかんに関わらず、この時期が来ると郷愁の念に駆られるはずです。それだけ、それぞれに情熱を燃やした世界があるのだと思います。私にとっては特に40年前、1982年の8耐でのことは今の自分の礎にもなっています。

私は82年の8耐にXJ750で参加しました。それは、私自身が設計した車体に、後輪駆動をシャフト式からチエーン式にしたエンジンを搭載するマシンでした。開発に当たっては、まず車体の方向性を明確にする必要がありました。

当時のレーシングマシンでは、車体の方向性は様々でした。ヤマハは70年代終盤からキャスター角を23度位まで立て、前輪分布荷重を高めるとともに、ライポジもケツ上がりとするスタイルに振っていましたが、当時無敵を誇ったカワサキKR250/350はキャスター角は寝て、ケツ下がりのライポジで駆っていく伝統的なスタイルでした。また、F・スペンサーらが乗った1982~83年のホンダNS500も伝統的な構成でした。

ましてや、当時の4ストマシンは、キャスター角が寝ていて、シートが低くタンクが高いフォルムで、快適に寝たキャスター角の効果に依存してライディングしていくスタイルだったのです。

でも私は、4ストマシンも近い将来、キャスター角が立った前下がりフォルムに変化していくに違いないと考えました。レースの高度化に伴い、コーナー進入においてダイナミックな荷重コントロールで、積極的にフロントを使い曲げていくライディングスタイルになっていくであろうというわけです。

そこで、私自身がレースで乗った経験のあるTZ500(2スト並列4気筒)の車体にXJ750のエンジンを押し込むという大方針を打ち立てました。実際にも、スイングアーム長をTZ500と同じ490mmとし、ホイールベースは15mm伸びただけの1375mmに収めたのです。また、リヤサスをボトムリンク式とするなど革新的なマシンだったと思います。

「そのマシンには問題もあったが、方向性は間違っていないと確信」

初走行は8耐の3週間前。ただ、旋回イメージは予想通りながら、高重心感があり、リーンにしたがい急激に倒れ込み、ショックを受けたものでした。2ストのTZ500のシリンダ上部に4ストの重いシリンダヘッドが置かれていると考えれば、当然と言えば当然です。付け加えておくと、85年登場のFZ750が大胆にシリンダを前傾させたのは、この経験を反映させたためでもあります。

これには、セッティングで対策するしかありませんでした。予選順位13位は、トップから4秒半落ち。しかも、酷暑の中で熱ダレを起こし、本番が思いやられたものです。ところが、レースは台風で大雨。運が向いてきたとさえ思ったものです。最初の1時間はトップを快走するも、クラッチトラブルで後退を余儀なくされるのですが、4位で完走できたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。


雨の8耐の鈴鹿1~2コーナーを走る#48が私で、#40はモリワキモンスター(ライダーは現アールズギヤ代表の樋渡治さん)です。マシンのフォルムやライポジの違いがよく分かると思います。


予選でヘアピンを立ち上がる私の#48にも注目してください。今日的と言えなくもないですが、やけにシートが低いことが今となっては違和感があります。今日的なライディングスタイルを狙うなら、シートも高くすべきだったのですが、低いほうが耐久レースなら楽チンと考えたのは浅はかでした。まあ、これも勉強でした。

現在のスーパーバイクの車体は、モトGPマシンと方向性を同じくしています。40年前の私の独断は間違っていなかったと、一人納得している私であります。

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