
【青木拓磨:プロレーサー】
1990年代に国内外のロードレースでその名を轟かせた青木三兄弟の次男、青木拓磨氏。全日本で王座に輝いた後、世界グランプリの500ccクラスにステップアップし、これからという時に1998年のテスト中の事故で下半身の自由が効かない身体になってしまいました。
その後4輪レースへ転向し、最近ではル・マン24時間耐久レースにも参戦。また、ハンドシフトのバイクでサーキット走行を楽しむなど、2輪での活躍も再び注目されています。この連載では、青木拓磨さんの今でも溢れ続けるモータースポーツへの情熱を語ってもらいます!
実速で306km/hをマーク! NSRのようなフロントの剛性感が印象的
今回はホンダが誇る世界最強の市販マシン、RC213V-Sに乗ってきたときのインプレをお伝えしましょう。このマシンはMotoGPマシンであるRC213Vのエンジンや車体はほぼそのままに、保安部品を付けて公道を走ることも可能にしたという、限りなくレーサーに近いとても過激なマシン。
それだけにお値段もなんと2190万円と過激プライス。ホンダはMotoGPのプライベーター選手向けにRCV213Vの市販レーサーとなるRCV1000というのも作ったのだけど、ホンダアジア監督の青山博一くんに聞いたところ、RC213V-SはこのRCV1000とほぼまんま同じ性能とのことでした。
跨ってみるとこれで999cc4気筒もあるとは思えないほど車格が非常にスリムでライポジもコンパクトであることが印象的。まるで250ccクラス…までは言い過ぎですが、僕がWGPで乗っていたNSR500Vによく似ている感じです。
僕が乗ったRC213V-Sは公道仕様のスタンダード状態に純正オプションとなるレースキットが組み込まれており最高出力215ps以上とされるフルパワーまで開放可能となったもの。さらに僕の場合は手でシフトチェンジできるシステムを組み込んでいますが、リヤブレーキの方は我慢しようということで使わずでのライディングとなりました。
▲日本自動車研究所の高速周回路で最高速にチャレンジしました。
走り出すとさすが公道MotoGPマシン。一気に250km/hオ―バーの世界まで突入です。RC213V-Sは走ってみた感じでもやっぱりNSR500Vを思い出させるところがありました。エンジン形式については僕が全日本スーパーバイク時代に乗ったRC45も同じV4ですが、RC213V-Sのそれとは全然違います。
もう排気音からしてRC45が野太いトルキーなものだったのに対し、RC213V-Sは高回転で吠えるような感じとなっているまったくの別物で、213V-Sのエンジンは直4のように高回転パワーを求めている感じでしょうか。レスポンスの鋭さも際立っています。
その一方で、フロントの剛性感の出し方などは4気筒のNSR500にも通じる昔ながらのホンダのオーソドックスな作りという印象を受けました。考えてみればNSR500VもRC213Vも、それにこのRC213V-Sも伊藤真一さんが開発ライダーとして携わっていたので、似たような方向性になっていて当然なのかもしれません。
ちなみにCBR1000RR-Rも伊藤さんが開発に加わっていたと思うんですが、こちらもフロントの剛性感はスーパーバイク最強の名に恥じない高さが印象的でした。
ですが、このRC213V-Sのフロント剛性感はそのRR-Rよりもさらに1.5倍くらいは高い印象となっていました。これはもう僕が知っているワークスマシンのレベルに匹敵していましたよ。WGPを戦った僕から言わせると、このパッケージングで2190万円というのはバーゲンプライスと呼べる安さだと言っても過言ではないと思います。
レースキットを装着していたとはいえ、本当にこのバイクを公道用として発売したというのが信じられません(笑)。同じようにCBR1000RR-Rが300万円以下で買えるのも神と言っていいでしょう。
プロレーサーではない人でも270km/hくらいまで出せてしまうバイクを手にすることができるなんて、本当にいい世の中になりました。JARIの高速周回路で僕が記録したRC213V-Sでの最高速はGPSにより実測値で約306km/h。このときは6速1万2000rpmでしたが、レッドゾーンはまだ2000rpmも上の1万4000rpm!
なので、コーナリングスピードをもっと上げていけば、さらなる最高速も期待できるという…。と言っても、このときだってコーナーは250km/hで走ってたんですよ?
このバイクは一体どれだけ速いんだと驚き以外の何ものでもありません。
▲走り出す時や戻ってきて停止する時はこのように仲間に助けてもらいます。
▲速度はGPSデータロガーにて計測しました。まだまだ伸びそうでした。
CBR1000RR、RR-R、RC213V-Sに乗って技術の進歩を実感
4輪レースを続けているのでスピード自体には慣れていたとはいえ、バイクで300km/h以上出すのは、WGP時代のアツさが自分の中に戻ってきました。鈴鹿の東コースではCBR1000RR-Rで走ってみたのですが、S字の坂を全開で上っていく際など実に楽しかったですねえ。そのときのラップタイムは1分ちょっとといったところ。
さすがにレースに出るようなタイムではありませんが、一般の人に混じってスポーツ走行するには十分すぎるタイムがポンと出せたのは自分でもちょっと驚きでした。これなら、しっかり練習すればかなりのタイムまで出せるのではなんて真面目に思ってしまいます。
ヨーロッパではハンディキャップを持ったライダーたちによるレースも実際に開催されているんですよ。いつかは僕も…、なんて夢を抱きたくなってくるじゃないですか。
さて、僕が再びバイクに乗れるようになってからCBR1000RR、RR-R、そして今回のRC213V-Sと体験してきて、あらためて感じたのは技術の飛躍的な進歩でした。特にタイヤの進化には目を見張るものがあります。溝付きのSPタイヤでもそのグリップ力は僕がWGPを戦っていた頃のスリックタイヤに匹敵するほど。
これに電子制御のトラクションコントロールなんてものが付いているのですから、タイヤが滑る心配は格段に少なくなりました。僕の場合、腰から下は感覚が一切ないので、マシンからのフィードバックはほぼ手のみで受けている状態です。
それでも、こうした技術の進歩の助けがあれば、300km/hの世界でサーキットを攻める走りもできるようになりました。
しかも、今の僕は上半身のみでマシンを寝かせる特殊な乗り方なんですよ。サーキットライディングのセオリーであるハングオフとは無縁の乗り方でも、それなりにタイムを出すことができるというのは僕の中で新しい発見となっています。実はライディングテクニックにも、もっと違うものがあったのではないか。
そのあたりもいずれしっかりと理論付けて、皆さんにフィードバックしていきたいですね。
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