
【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】
チタンはレーシングパーツの定番素材
いささか旧聞になりますが、4年前、バレンシアサーキットで行われたRC213V-Sの試乗会で、記念品に用意されたのが、写真のような木箱に収められたチタンボルト(ハンドルバー取り付け用)でした。ボルト類がチタン製であるレーシングマシンを象徴するパーツだったのです。
また、市販車であっても、高性能エンジンの吸排気バルブやコンロッドは、チタン製が珍しくありません。重量が鋼のほぼ3分の2と軽いうえに、強度的にも高張力鋼を凌駕する水準にあり、価格面を除けば、全てにおいて鋼よりも優れる材質であるからです。
今も記憶に残るM・ドゥーハンのNSR500での不思議体験
22年前、試乗させてもらったGP500のチャンピオンマシン、NSR500のマイケル・ドゥーハン車の印象は、それはもう強烈でした。アナドレリンの分泌を促進させるがごとく、エンジン性格がピーキーなことは元より、ステアリング回りの剛性感ときたら、これまで経験したことのない高さだったのです。
要らぬ動きを徹底排除したとのことで、ドシッと安定していて、私はてっきりステアリング回りが専用設計になっていると思ったのですが、聞けばブラケット類の締め付けトルクの調整で対処したとのこと。それがまた意外でした。
強く締め付けるだけで、あそこまで高剛性感が得られるのだろうか。それでいて、高剛性化に伴う外乱の吸収性悪化というネガがないことが不思議で、そのことが長い間、私にとって謎でもありました。
それが近年になって、チタン材の車体パーツを装着した車輛への試乗を通して、そのことも納得できるようになってきたのです。
弾性に富むチタン材は情報量が豊か
チタンは弾性に富み、同じ力を加えたときの変形量は鋼の2倍程度と大きい性質があります。しかも、変形に伴う減衰効果は小さいのだそうです。ですから、変形とその戻りが忠実に生じます。それでいて高強度なのですから、破断することもありません。
つまり、弾性による撓みが吸収性を高め、安定性を高めるだけでなく、撓みによってフィードバックが豊かになり、コントロール性を高めてくれるのです。
ランドマスター社が市販するチタン製アクスルシャフトをK1300Rに装着したところ、しなやかながらも剛性不足感はなく、路面追従性と吸収性が向上。ステアリングをこじても不穏な挙動はなく、安定性が向上。ステアリングレスポンスも良好で、操縦性も向上したではありませんか。
また、リヤホイールボルトを同じくランドマスター社のチタン製にすると、加減速が実にスムーズで、ラインも忠実のトレースできます。フロントキャリパー取り付けボルトがチタンだとブレーキングがコントローラブルで扱いやすく、フィードバックも豊かで握りゴケなどしない印象。キャリパー取り付けボルトやキャリパーブリッジボルトもそれぞれ確実にコントロール性を高めてくれました。
さらに、R1200RのトルクロッドにR-Styleのチタン製を用いたら、スロットルのオンオフによるテールリフトや沈み込みが、マイルドでコントローラブルなものに変貌。挙動のフィードバックも豊かになったのです。
つまり、あのNSR500の場合は、締め付けトルクアップによってフォークの締結剛性が高まっても、ボルトのしなりによって吸収性やコントロール性が損なわれることがなかったものと思われます。
ワークスマシンのハンドリングのコントロール性の素晴らしさには、チタン材によるものも貢献しているのではないかと考える次第です。
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