【ビッグマシン・ゼロ:文-中村友彦 写真-真弓悟史】

近年のピレリの状況と、エンジェルGT IIの開発経緯。それを知るべく、ピレリジャパンを訪れた我々を迎えてくれたのは、アジアパシフィックの2 輪事業責任者であるマルコ・エッリさんと、車両メーカーと共にOEMタイヤの開発を行っている澤本泰平さんだ。

TECHNICAL INTERVIEW
摩耗してもハンドリングが変化しないタイヤ

▲左:マルコ・エッリさん 右:澤本泰平さん

Pirelli Asia Pte Ltd コマーシャルダイレクター マルコ・エッリさん
'06~ 13年にピレリジャパンの社長を務めたマルコさんは、'14年からはロシアに赴任。以後はドゥカティチャイナの社長を経て、'18年に現職に就任した。ゴルフの腕前はプロ級。

ピレリジャパン OEMテクニカルスペシャリスト 澤本泰平さん
以前は某メーカーの開発部にいた澤本さんは、'18年にピレリジャパンに入社。数値ではなく、人間の感覚を重視するタイヤ開発には、かなりの面白さを感じているそうだ。

新しい価値観を提示すべく毎年必ず新作を発表

近年のピレリの2輪用タイヤを語るうえで、最も重要な出来事は、ドイツ、ブラジル、中国に次ぐ第4の生産拠点として、'15年からインドネシア工場の稼働が始まったことだろう。その新工場の運営を含めて、ピレリのアジアパシフィック地域における2輪事業の責任者が、同社のコマーシャルダイレクターを務めるマルコ・エッリさんだ。
「インドネシアに工場を新設した背景には、現地の需要に迅速に対応する、という意図もありますが、新工場ではヨーロッパやオーストラリア、日本市場用のタイヤも手がけています。もちろん、クオリティコントロールはきちんと行き届いていますよ。現状ではバイアスがメインですが、今後はラジアルも生産することになるでしょう」

急成長を続ける東南アジアと比較すると、近年の日本市場は活況を呈しているとは言い難い。そのあたりを、マルコさんはどう考えているのだろう。
「率直な話をするなら、もっと日本市場が盛り上がって、もっと当社のタイヤが売れて欲しいですね(笑)。とはいえ、成熟したライダーが多い日本は、我々にとっては重要な市場で、新製品の反応は本社もかなり注目しています。また、当社はOEMタイヤの開発・供給で古くから日本の4メーカーと協力関係を築いていますし、そのために'70年代後半には日本にオフィスを開設しています。日本市場を抜きにして我々のタイヤの開発は考えられません」

ちょっと唐突な質問になるけれど、イタリアの本社では、どんな姿勢でタイヤを開発しているのだろうか。
「技術的なことは澤本サンに語ってもらうとして、世界中のライダーに新しい価値観を提示するため、当社では毎年必ず新製品を発表しています。もっともそれは、同グループのメッツラーを含めてですが、ひとつのジャンルで理想的なタイヤが完成した場合でも、異なるアプローチの新作を開発する。エンジェルGT IIはその好例で、既存のエンジェルGTとは方向性が異なる、スポーツツーリングタイヤの新しい世界が提示できたと思います」

縦ミゾによるたわみが親しみやすさに貢献

ここからは、エンジェルGT IIの技術的な話。我々の質問に答えてくれたのは、車両メーカーとの共同開発を主業務としている、OEMテクニカルスペシャリストの澤本泰平さんだ。
「ピレリの2輪用タイヤの大半は、車両メーカーと共に開発したOEMがベースになっています。エンジェルGTの場合、基本性能はドゥカティ社と共同で構築しました。なおOEMに求められる性能と言うと、一昔前はグリップ力や耐久性が多かったのですが、最近の傾向としては、ロードノイズの低減や乗り心地の向上、軽量化などを重視するケースが増えています」

エンジェルGT IIの最大の特徴は、トレッド面の中央に刻まれた2本の縦溝。SBK用レイン/インターミディタイヤの技術を転用したこの縦溝は、排水性の向上が目的と思えるものの、狙いはそれだけではないようだ。
「縦溝の話の前に、GT IIの概要を説明すると、ピレリがこのタイヤで最も重視したのは、新品時の性能をできるだけ長く維持すること、性能の劣化を最小限に抑えることです。スポーツツーリングタイヤの世界では、ライフが長ければ長いほど優秀、という雰囲気があって、そういう方向性でタイヤを作るとなると、構造やコンパウンドは自ずと決まって来るのですが……。GTIIはライフをGTと同等として、その一方で寿命を迎える直前まで、ピレリらしい軽快感やスポーツ性が味わえることを心がけました」

そういった特性と2本の縦溝には、どんな関係があるのだろうか。
「いわゆるハイグリップタイヤとは異なり、スポーツツーリングタイヤの場合は、積極的な荷重を掛けられない状況、例えば冷間時やウェット路面などで、どれだけ安心して楽しめるかが重要になります。2本の縦溝は、その手助けをしてくれる。もちろん、縦溝は排水性にも大いに貢献しますが、縦ミゾで細かく分割されたトレッド面は、どんな状況でもしなやかに動き、適度にたわむ。そのたわみが、接地感や親しみやすさにつながるんです。ライフに特化した設計では、この縦溝は採用できなかったでしょう。なお性能の維持に関しては、プロファイルとグルーブの見直しが利いています。プロファイルはリヤのRをシャープにすること、グルーブはGTより、浅く、細くすることで、トレッド面の磨耗が均一に近づけられました」

ところで、スポーツツーリングタイヤの命題のひとつと言われている、安定性はどうやって構築しているのだろうか。そういう面では、縦溝は不利な要素になりそうな気がするが……。
「確かに、昔のタイヤでは縦溝がマイナス要素を生むことがありました。でも現代の当社の製品は、スチールベルトの張り方やカーカスの打ち込み方で、剛性バランスをコントロールしているので、縦ミゾ=不安定とはならないんです。極端なことを言うなら、どんなトレッドパターン、どんなコンパウンドでも、スチールベルトとカーカスで最適化を図れば、安定性に不満を生じません。なお安定性の確保という意味では、車体がリーンした際に、接地面が徐々に縦長に変化していくことも、安心材料のひとつになっています」

実際に乗っての印象としては、安定性が魅力のGTに対して、GT IIの感触は軽快かつダイレクトだった。この特性の違いは狙い通りなのだろうか。
「そうですね。履き心地という見方なら、GTは高級スニーカーで、GT IIは裸足に近い感覚だと思います。これはもちろん、どちらがいいと言えるものではないですが、多彩な電子制御を導入している現代のバイクは、裸足に近いGT IIのほうがABSやトラコンなどの感覚がわかりやすいでしょう。もっともこの点については、乗り手の趣向やバイクの種類によって評価が変わるので、できることならGTとGTIIの両方を履いて、自分の使い方にあったタイヤを選んで欲しいですね」

GT IIの技術(1)ライフ終盤までハンドリングが悪化しない?

▲ギリシャ文字のIIを思わせる2本の縦溝は、排水性だけではなく、適度な“ たわみ" を念頭に置いて設計。

タイヤの性能は徐々に劣化していくものである。中でもライフが長いスポーツツーリングタイヤは、まだ溝が十分に残っていても、本来のハンドリングは維持できていない……という事態に遭遇しがちだ。エンジェルGT IIはその問題を解消するべく、細くて浅いグルーブと均一な磨耗を実現するプロファイルを採用。さらにはスチールベルトとカーカス、コンパウンドの最適化を図ることで、ライフ中盤~終盤の性能劣化を最小限に抑えている。

車体がリーンすると接地面が縦長に変化

安定感を確保する手段として、GT IIの接地面はバンク時に縦長に変化。なお中央に2 本の縦溝が存在するにも関わらず、直進時もバンク時も接地面積は初代より増加。

GT IIの技術(2)マシンの電子制御をサポートする!

スチールベルトの張り方とカーカスの密度は、部位によって異なる。これは現代のバイクが採用する電子制御を有効に使うため、裸足に近い感覚を目指した結果だ。

縦溝があっても偏摩耗しない!

昔の縦溝タイヤは、長く使うと偏磨耗することがあったけれど、コンパウンドに対する依存度を低く抑え、パターン剛性を徹底解析したエンジェルGT IIでは、そういった心配は不要。

GT IIの技術(3)パターンはレーシングレイン譲り

▲PIRELLI DIABLO WET
▲PIRELLI ANGEL GT II

ウェット路面を筆頭とする悪条件への適応力を重視するGT IIは、SBKで培った技術を転用して開発。逆にGT IIは、レース用レイン/インターミディの公道仕様と言うべきかもしれない。

GT IIの技術(4)二重コンパウンド構造も踏襲しつつ見直し

リヤはGT と同様のデュアルコンパウンドで、左右のソフトコンパウンドの底部に、中央のハードコンパウを潜り込ませるCAP&BASEという構成もGTと共通。ただしGT IIでは、2本の縦溝が存在する中央部のシリカの配合率が低くなっている。

この記事にいいねする


コメントを残す