RMX250Sでの「インドシナ一周」(2)

→RMX250Sでの「インドシナ一周」(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

211111_kasori_IMG_6674-680x453.jpg

ラオスの首都ビエンチャンを出発!

タイの国境の町ノンカイからメコン川を渡ったものの、ラオス側の川港タドゥアの税関では、RMX250Sを引き取ることができなかった。ラオスは国が開かれつつあるとはいっても、まだ鎖国同然で自由に旅することはできない。首都のビエンチャンを一歩出るのにも、旅行許可証が必要なのだ。その旅行許可証が取れた時点で、RMX250Sを引き取れるという。だがバイクでの旅行許可証はまったく前例がないのだ。

ノンカイまで迎えにきてくれたスズキ・ラオス副社長の張元靖浩さんの車で30キロほど離れた首都のビエンチャンへ。ビエンチャンは人口40万人の落ち着いた町だ。メコン川に沿って市街地が細長く延びている。
メコン川にほど近い「サムセンタイホテル」に泊まった。1泊20米ドル。ラオスの通貨はキープ(1キープは約0.2円)だが、タイ・バーツ、米ドルは、そのまま使えた。 バイクでの旅行許可証を手に入れるための役所まわりが始まった。外務省、内務省、対外経済関係省…と、各省庁をまわったが、その壁は厚い。
「これでは、もう無理だ」と何度か、諦めかけたが、そのたびにスズキ・ラオスの張元さんに助けてもらった。

張元さんのおあかげもあって、ラオス政府はじまって以来という、バイクでの旅行許可証を発行してもらった。対外経済関係大臣、内務大臣両大臣の署名の入った10数枚から成る書類だ。このバイクでの旅行許可証を持ってメコン川のタドゥア港に行き、RMX250Sを引き取った。税関のゲートを出る時は感激の一瞬だ。

211111_kasori_IMG_6668-680x454.jpg▲1992年の大晦日。スズキ・ラオスのみなさんと新年を祝って乾杯!

1993年1月1日、ビエンチャンを出発。古都ルアンプラバンに通じる道を北へと走る。抜けるような青空が広がっている。遠くには青い山影が見える。高床式の家々。刈り取りの終わった水田。道を横切る水牛。すげ笠をかぶり、釣竿と魚籠を持った子供たちが、水田の中の溜池へと歩いていく。のどかな田園の風景だ。

211111_kasori_IMG_6669-680x454.jpg▲1993年の元日、ラオスの首都ビエンチャンを出発!

ラオスの古都ルアンプラバン

ビエンチャンから北に400キロ走り、ルアンプラバンに着いた。メコン川とその支流カーン川との合流点に位置するルアンプラバンはラオスの古都。山あいのこじんまりとした町だ。

211111_kasori_IMG_6670-680x454.jpg▲ビエンチャンのメコン川沿いの道を行く

211111_kasori_IMG_6671-680x454.jpg▲街道沿いのガソリンスタンドで給油する

211111_kasori_IMG_6672-680x454.jpg▲ラオスの山岳地帯に入っていく

211111_kasori_IMG_6673-680x454.jpg▲ラオスは「山紫水明」の国だ

211111_kasori_IMG_6674-680x453.jpg▲ラオスの古都ルアンプラバンへの道

211111_kasori_IMG_6675-680x454.jpg▲街道沿いの村で止まると大勢の子供たちに囲まれた

211111_kasori_IMG_6676-454x680.jpg▲村の食堂に入ると大勢の村人たちが集まってくる

211111_kasori_IMG_6677-680x454.jpg▲ルアンプラバンに到着。夕日に染まるメコン川

211111_kasori_IMG_6678-454x680.jpg▲ルアンプラバンの市場

211111_kasori_IMG_6679-680x454.jpg▲市場の外には焼きバナナの露店

その昔はムアンサワー、後にシェントーンと呼ばれたこの地に、ランサーン王国が建国されたのは14世紀。それがルアンプラバンの王都としての歴史の始まりだ。聖なるプシー丘に登って町を見下ろす。旧王宮の国立博物館を見学し、隣り合ったワットマイ(マイ寺院)を参拝。ワットマイ本堂の黄金のレリーフは見事なもので、釈迦の生涯が描かれている。

211111_kasori_IMG_6680-680x453.jpg▲ワットマイ寺院の黄金のレリーフ

ルアンプラバンから北へ。メコン川沿いに30キロ走ると、パクウー村に着く。メコン川とその支流ウー川の合流点にある。村の中を走り抜け、ウー川の河畔に出た。川幅は100メートル以上はある。船外機のついた渡し船がウー川を行き来している。

211111_kasori_IMG_6681-680x454.jpg▲ルアンプラバンからムンサイへの道

何人かの人たちの力を借りて、RMX250Sを渡し船に乗せた。渡し船はエンジンをかけ、川岸を離れる。大きく転回しようとした瞬間、RMXはバランスを崩し、川の中に落ちてしまった。
「あー、これで、インドシナ一周も終わりか」と思った瞬間、船頭をはじめ、川岸にいた何人もの人たちが川の中に飛び込み、力を合わせてRMXを川岸まで引き上げてくれた。水を切り、しばらく天日で乾かす。そのあとで、エンジンのスターターをキックした。すると5,6発目のキックでエンジンがかかった。
「よかった!」。

再度、RMXを渡し船に乗せ、今度は無事に対岸に渡ることができた。

211111_kasori_IMG_6683-680x453.jpg▲ウー川の渡し船。RMXはこのあと川に落ちた

211111_kasori_IMG_6684-680x454.jpg▲ムサンサイへの道は超悪路!

211111_kasori_IMG_6686-680x454.jpg▲山地民の高床式の家

211111_kasori_IMG_6687-454x680.jpg▲この家で昼食をご馳走になった

211111_kasori_IMG_6688-680x454.jpg▲ラオス北部の少数民族の村

211111_kasori_IMG_6689-680x454.jpg▲祭りで着飾った少数民族の女性たち

ベトナム国境のタイチャン峠

北部ラオスの中心地、ムンサイに到着。中国雲南省にも近いこの町は、「アジア最奥」の感がする。ここから北西に進路をとれば中国国境だが、それとは逆の北東にRMX250Sを走らせ、ベトナム国境へと向かった。

211111_kasori_IMG_6690-680x454.jpg▲夕暮れのムンサイに到着

211111_kasori_IMG_6691-680x454.jpg▲ベトナム国境への道から見る集落。川には竹橋がかかっている

朝もやの道を走る。点々と山地民の集落を見る。子供たちが道路を遊び場にしている。ブタが多い。イノシシのような顔をした黒ブタで、放し飼いにしている。ニワトリも放し飼いだ。RMXのエンジン音に驚いて、バタバタッと飛んでいく。ラオスのニワトリは空を飛ぶ。

211111_kasori_IMG_6692-680x454.jpg▲ベトナム国境への道を運搬用の像が行く

やがて峠にさしかかり、峠道を登るにつれて雲海を見下すようになる。
ビエンチャンから770キロ走り、ベトナム国境のタイチャン峠に到達。峠上にベトナム側の国境事務所と国境警備隊の建物があった。ここではすぐさま国境警備隊長のタインさんのところに連れていかれた。

211111_kasori_IMG_6693-680x454.jpg▲ベトナム国境の山岳地帯

211111_kasori_IMG_6694-680x454.jpg▲峠道から雲海を見下ろす

211111_kasori_IMG_6696-680x454.jpg▲タイチャン峠のベトナムの国境警備隊。左が隊長のタインさん

パスポートとビザ(入国査証)を見せると、「このビザではハノイには行けない」と言われた。ベトナムは旅行者の陸路での入国を認めていないからだ。ビザにはハノイのノイバイ空港か、ホーチミンのタンソニュエット空港から出入国するようにと書かれている。それを承知でここまでやってきたのだ。

タインさんはぼくのパスポートをあずかり、ライチャオ省の省都ライチャオと無線電話で連絡を取ってくれた。その夜は、国境警備隊の宿舎で泊めてもらった。夕食もごちそうになった。ポロポロのご飯と炒めた豚肉、それと青菜のスープ。ラオスでは粘っこい糯米が主食だが、国境を越えると米が変わった。食後は小さなカップで緑茶を飲んだ。

翌朝は6時半に起床。峠の空気はキリリッと冷たい。朝日が昇る。ラオス側は一面の雲海だが、峠の上空は抜けるような青空。桃の花がほころびかけていた。

昼すぎになって、ライチャオから返電がきた。陸路でのベトナム入国は認められないというもの。「もし、カソリを通したら、ワタシはコレだよ」といって、タインさんは首を切る真似をする。「もはや、ここまで」、といったところだ。

タインさんにパスポートを返してもらい、ラオスに戻った。ラオス側の国境の役人は、「ハノイに行けなかったのか」と、同情するような顔つきで、フリーパスで国境を通してくれた。来た道をムンサイの町まで戻り、さらにルアンプラバンから首都ビエンチャンまで戻るのだった。

スズキ RMX250Sの価格情報

スズキ RMX250S

スズキ RMX250S

新車 0

価格種別

中古車 1

本体

価格帯 ―万円

万円

諸費用

価格帯 ―万円

万円

本体価格

諸費用

本体

44万円

価格帯 44万円

諸費用

万円

価格帯 ―万円


乗り出し価格

価格帯 ―万円

万円

新車を探す

乗り出し価格


乗り出し価格

44万円

価格帯 44万円

中古車を探す

!価格は全国平均値(税込)です。

新車・中古車を探す
kasori-70x70.jpg

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

この著者の最新の記事

           

レッドバロン
   
Webikeアプリにニュース機能が新規追加
ページ上部へ戻る