Vストローム250で行く「鵜ノ子岬→尻屋崎2021」(6)復興地域をめぐる26回目の旅

→Vストローム250で行く「鵜ノ子岬→尻屋崎2021」(5)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

20211007_kasori_IMG_5013-680x510.jpg▲石巻の「サンファンヴィレッジ」を出発

街を見て実感する東日本大震災からの10年

3月16日。「サンファンヴィレッジ」の朝食を食べ、7時30分に石巻を出発。「牡鹿半島一周」の開始だ。県道2号で風越峠を越えて牡鹿半島に入っていく。

牡鹿半島の西海岸には入江が連続するが、最初の入江の桃浦漁港でVストロームを止めた。漁港はすっかり整備され、新しい岸壁が完成している。震災直後の桃浦漁港の惨状を思い浮かべたが、東日本大震災から10年が過ぎたことを改めて実感するのだった。

20211007_kasori_IMG_5014-680x510.jpg▲牡鹿半島の桃浦漁港

高台に移された県道2号も完成している。高台移転した新しい家並みもできている。その入口には「小網倉浜団地」のように、団地名のついた表示板が立っている。

20211007_kasori_IMG_5018-680x510.jpg▲高台に移った県道2号

20211007_kasori_IMG_5023-510x680.jpg▲高台移転した集落の入口

牡鹿半島の中心地、鮎川に到着。東日本大震災で町は壊滅したが、ここにきて復興の速度を上げている。鮎川は大津波に襲われただけでなく、東日本大震災の震源地に近いこともあって、大地震での揺れもひどかった。震災直後は、ほかでは見られないような道路の陥没や段差、亀裂ができていた。

金華山への船が出る鮎川だが、ここはかつては日本の捕鯨基地。捕鯨でおおいに栄えた。そのような鮎川の町には「ホエールタウンおしか」が完成し、捕鯨船も見られる。

20211007_kasori_IMG_5024-680x510.jpg▲鮎川港を一望

20211007_kasori_IMG_5029-680x510.jpg▲金華山行の船乗場

20211007_kasori_IMG_5030-680x510.jpg▲鮎川の「ホエールタウン おしか」

20211007_kasori_IMG_5031-680x510.jpg▲「ホエールタウンおしか」の捕鯨船

鮎川を出発し、牡鹿半島南端の御番所公園へ。展望台からは、目の前に横たわる金華山を眺める。金華山の最高峰は金華山(445m)で、山名が島名になっている。
山鳥渡からコバルトラインに入った。牡鹿半島の稜線上を行く快適なワインディングロード。石巻市から女川町に入り、大六天の展望台から女川湾を見下ろした。

20211007_kasori_IMG_5032-680x510.jpg▲御番所公園から見る金華山

20211007_kasori_IMG_5035-680x510.jpg▲山鳥渡からコバルトラインに入る

20211007_kasori_IMG_5038-680x510.jpg▲大六天展望台の案内板

20211007_kasori_IMG_5045-680x510.jpg▲女川港には「しまなぎ」が停泊している

20211007_kasori_IMG_5050-680x510.jpg▲女川のスーパー「おんまえや」が完成

20211007_kasori_IMG_5052-680x510.jpg▲国道398号で石巻市に入っていく

女川から石巻に戻った。震災から10年目にして、県道240号の日和大橋までのかさ上げ工事は完成。石巻漁港の魚市場に寄っていく。魚市場周辺には水産会社の加工場が建ち並んでいる。大津波で激しくやられた石巻漁港の復興は遅れた。1年たっても2年たっても浸水がつづき、悪臭の漂う魚市場とその周辺だった。
それが今ではすっかり蘇り、活況を呈している。

20211007_kasori_IMG_5053-680x510.jpg▲かさ上げされた県道240号

20211007_kasori_IMG_5054-680x510.jpg▲石巻漁港の魚市場前の道

20211007_kasori_IMG_5055-680x510.jpg▲石巻漁港の岸壁から魚市場を見る

石巻漁港から日和大橋を渡って日和山へ。旧北上川沿いの堤防は完成している。日和山への登り坂からは、旧北上川が見下ろせる。
日和山山頂の鹿島御児神社を参拝し、旧北上川の河口一帯を見下ろす。新しい橋の架橋工事が進んでいる。日和山下の門脇小学校は震災遺構で残され、「南浜津波復興祈念公園」が開園した。

20211007_kasori_IMG_5064-680x510.jpg▲日和山からの眺め

20211007_kasori_IMG_5068-680x510.jpg▲日和山の鹿島御児神社

20211007_kasori_IMG_5069-680x510.jpg▲日和山下の「南浜津波復興祈念公園」

20211007_kasori_IMG_5070-680x510.jpg▲震災遺構で残される門脇小学校

日和山を下りると、石巻港ICから三陸道に入った。鳴瀬奥松島ICを過ぎたところが料金所。三陸道は八戸JCTから鳴瀬奥松島ICまでの区間が無料供用中。鳴瀬奥松島ICでは国道45号に接続している。

三陸道の春日PAでVストローム250を止め、「牛たん定食」を食べた。これぞ仙台の味。三陸道から仙台東部道路に入り常磐道へ。仙台東部道路の岩沼ICから常磐道の山元ICまでの4車線化は3月6日に完成し、仙台東部道路は全線が4車線になった。常磐道もいわき中央ICまでの4車線化が進んでいる。

20211007_kasori_IMG_5072-680x510.jpg▲石巻港ICから三陸道に入る

20211007_kasori_IMG_5076-680x510.jpg▲三陸道春日PAの「牛たん定食」

常磐道を南下し、いわき勿来ICを目指す。その途中、南相馬鹿島SAでVストローム250を止めた。ここではど迫力の「相馬野馬追」像が目を引く。南相馬市の雲雀ヶ原で繰り広げられる「神旗争奪戦」のシーンが思わず目に浮かぶ。

ここでは「なみえ焼きそば」を食べた。濃厚ソースと極太麺の「なみえ焼きそば」は、一度食べると、また食べたくなるような味だ。
「なみえやきそば」で元気をつけて、南相馬鹿島SAを出発。常磐道の「広野→いわき中央」間の4車線化が完成している。

20211007_kasori_IMG_5085-680x510.jpg▲南相馬鹿島SAの「相馬野馬追」像

20211007_kasori_IMG_5089-680x510.jpg▲南相馬鹿島SAの「なみえ焼きそば」

いわき勿来ICで常磐道を降りた。国道289号から国道6号に入り、いよいよ鵜ノ子岬へ。JR常磐線の勿来駅近くの「ファミリーマート」で大好きな「焼きプリン」を食べ、左手の勿来海岸を見ながら走り、17時、鵜ノ子岬に到着。「鵜ノ子岬→尻屋崎」の往復1895キロを走り終えた。鵜ノ子岬の東北側の勿来漁港にVストローム250を止め、東北太平洋岸最南端の岬の風景を眺めるのだった。

20211007_kasori_IMG_5093-680x510.jpg▲いわき勿来ICで常磐道を降りる

20211007_kasori_IMG_5096-680x510.jpg▲「ファミリーマート」で食べる「焼きプリン」

20211007_kasori_IMG_5099-680x510.jpg▲鵜ノ子岬に到着!

東北と関東を分ける鵜ノ子岬を後にすると、いわき勿来ICで常磐道に入り、北関東道経由で東北道を南下。佐野SAで夕食。ここでは「鵜ノ子岬→尻屋崎」の往復走破を祝い、ちょっと贅沢してレストランで「佐野ラーメン」を食べ、デザートの「クリームあんみつ」を食べた。

東北道の久喜白岡JCTで圏央道に入り、最後は海老名南JCTで新東名に入り、22時20分、終点の伊勢原大山ICに到着。ここから我が家までは5分ほど。東日本大震災から10年目の「鵜ノ子岬→尻屋崎2021」が終わった。Vストローム250よ、ご苦労さん!

20211007_kasori_IMG_5109-680x510.jpg▲佐野SAの「佐野ラーメン」

20211007_kasori_IMG_5112-680x510.jpg▲佐野SAの「クリームあんみつ」

20211007_kasori_IMG_5116-680x510.jpg▲新東名の伊勢原大山ICに到着

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賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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