本田宗一郎ものづくり伝承館を訪れ、思ったこと

【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】

本田宗一郎さんの生まれ故郷に10年前設立されたものづくり伝承館

浜松市天竜区二俣町には、10年前にNPO法人によって開設された「本田宗一郎ものづくり伝承館」があります。ものづくり精神を後世に残すとともに、本田宗一郎さんを育んだ風土と環境を地元のみならず世界に発信していこうというのです。

本田宗一郎さんの生誕地は磐田郡光明村なので厳密には隣村なのかもしれませんが、伝承館は本田さんの母校である光明小学校の跡地から直線距離でわずか数100mのところです。

伝承館では毎年10~11月に企画展が開かれます。私はそのことを知ってはいたのですが、その時期はヨーロッパのモーターサイクルショーが開催され多忙で、これまで訪れることはできませんでした。でも、今年はショーの開催もなく、私の住むところからバイクでわずか20分少々のところだけに、散歩気分で出掛けてみました。

はっきり言って、ミュージアムのような歴代車などの展示が豊かなわけではありません。でも、いかにも地方の田舎町といった風情のあるところで、本田さんの足跡や人となりが伝わり、まったりとした気分の中で心が洗われ、活力が湧いてくるようで、充実した時間を過ごせたのでした。

ホンダのものづくりの土壌の原点を見た

さて、ここからが本題です。

私は45年前にヤマハにエンジニアとして入社、10年間在籍しておりました。そのとき強く印象に残っていることに、「エンジニアは直感でものを言うな。データと理論でものを言え」があります。当然、開発の発端には直感が大切なはずですが、エンジニアはそれを封印して仕事に取り組んでいるみたいでした。

そして、30年前からジャーナリストとしての活動を始め、ホンダのエンジニアの方々とも接するようになったのですが、私には両者の違いが大変に新鮮でした。ホンダの人たちは直感を包み隠していないどころか、あからさまにしていたのです。

もっとも、ホンダが直感だけでものづくりをしているわけではなく、理詰めと緻密なテストで完成度を高めていきますし、ヤマハもデータと理論で方向性を決めながら感動性能を追究しようとしているのですから、大局的にはさほど異なるわけでないのかもしれません。

でも、開発部門の土壌に違いを感じざるを得ませんでした。私にはそれが謎でもあったのですが、今回の企画展を見て、目から鱗が落ちる気がしました。本田宗一郎さんと関りが深かった人たちのコメントが展示されていたのですが、それらの中で特に私は、三代目社長である久米是志さんのコメントに目が釘付けになったのです。

八重洲出版のホンダモーターサイクルレーシングレジェンドからの抜粋で、写真にあるように、要は、直感は創造の原動力であり、本田さんはそれが凄かったというのです。そのことで、ホンダには直感を磨くという風土が育まれたのではないかと思ったのです。

おかげで、私はスキっとした気分で伝承館を後にすることができました。今年の企画展は11月29日(日)まで(月火曜は休館日)です。

→本田宗一郎ものづくり伝承館

和歌山利宏

和歌山利宏 モーターサイクルジャーナリスト

投稿者プロフィール

1975年にヤマハ発動機に入社。ロードスポーツの開発に携わる。
レーシングライダーとしても活躍し、鈴鹿8耐第4回大会では4位入賞。
85年からはヨコハマゴム契約となり、タイヤの開発テストを行うとともに、
ワイルドカード参戦した87年の日本GPでは、250ccクラスで11位に入る。
90年からはジャーナリストとしての活動を始め、現在に至る。

この著者の最新の記事

           

ページ上部へ戻る