地球40周分走った男の「世界の峠越え」(その2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

バイクを走らせて世界を駆けめぐる中で、いくつもの峠を越えてきた。「峠越え」はおもしろいし、いつまでも心に残るものだ。峠を越えることによって、それぞれの世界の地形や文化もわかる。ということで第2回目の今回も、思い出に残る世界各地の「峠越え」を年代順にお伝えしよう。

こうして「世界の峠越え」を振り返り、まとめてみると、「もっともっと世界中を駆けまわって、未踏の峠を越えてみたい!」という強い思いが湧き上がってくる。

「生涯旅人!」のカソリ、さらなる「世界の峠越え」を目指そう!

1、大関嶺(韓国832m)朝鮮半島横断2001年

ソウル発の北朝鮮ツーリングにはBMWのR1200Cで行った。BMWコリアが用意してくれたマシン。ソウルからは国道6号→国道42号→国道38号で朝鮮半島を横断し、日本海の東海港から、現代商船の大型客船「現代金剛号」で北朝鮮の長箭港に渡った。金剛山や海金剛などを見てまわり、同じ船で東海港に戻ると国道7号で江陵へ。

▲現代商船の「現代金剛号」で東海港に戻ってきた。ここから大関嶺へ

江陵から朝鮮半島横断の国道35号で太白山脈の大関嶺を越えた。韓国には峠名のついた峠はほとんどないが、その中にあって大関嶺は一番有名な峠といっていい。「嶺」は峠を意味する。これは中国文化の影響。平坦な峠上は広いPAになっている。峠の茶屋で「ジャージャー麺」を食べ、ソウルに戻った。この38度線をまたぐソウル発の北朝鮮ツーリングというのは、史上初のことになる。

▲大関嶺に到達。峠の上は広いPAになっている

▲大関嶺の「峠の茶屋」。ここで昼食

▲大関嶺で食べた「ジャージャー麺」

大関嶺から首都ソウルへ

2、ウラル山脈の峠(ロシア)シベリア横断2002年

道祖神のバイクツアー、「賀曽利隆と走る!」の第7弾目は「ユーラシア大陸横断」。富山県の伏木港からロシア船でロシアのウラジオストックに渡り、シベリア横断を開始。DR-Z400Sで西へ、西へと走る。

▲富山県の伏木港からロシア船で出発

▲シベリア横断路を行く

ウラジオストックを出発してから20日目、チェラビンスクの町に到着。翌日、アジア側最後の町、ミアスを過ぎると、前方にはウラル山脈の山並みが見えてくる。ウラル山脈に突入し、ゆるやかな峠道を登り、ついに峠に到達。

▲前方にウラル山脈が見えてきた!

北極海に流れ出るオビ川とカスピ海に流れ出るボルガ川を分ける分水嶺で、アジアとヨーロッパを分ける峠になっている。チェラビンスクから124キロの地点の峠には、大きな石柱が建っている。東に向かっては「アジア」、西に向かっては「ヨーロッパ」と書かれている。このウラル山脈の峠は「大陸境」なのだ。
日本の峠と違って、そこからさらにいくつものウラル山脈の峠を越えていく。南北2000キロのウラル山脈は幅も広い。本州がすっぽり入ってしまうくらいの300キロ近い幅があるのだ。

▲ウラル山脈の「大陸境」の峠。ここからヨーロッパが始まる

▲連続するウラル山脈の峠越え

3、ハイバン峠(ベトナム)インドシナ一周2002年~2003年

RMX250Sを走らせての「インドシナ一周」では、ベトナム中部の古都フエから国道1号を南下し、ハイバン峠を越えた。連続する急カーブのコーナーをひとつ、またひとつとクリアし、高度を上げるごとに気温が下がっていく。やがて、雲海の中に突入。海のすぐ近くの峠とは思えないほど山深い。

▲タイのバンコクを出発

▲ベトナムの国道1号を南下

▲ハイバン峠を登っていく

ハイバン峠は、ベトナムを南北に分ける昔からの要衝の地。日本でいえば東海道の箱根峠とか鈴鹿峠のようなところだ。ベトナム語でハイバン峠の「ハイ」は海を、「バン」は雲を意味するとのことだが、「海雲峠」の名前どおりの峠。雲海を抜け出て、峠の頂上に到達すると、南シナ海から吹き上げてくる雲というか海霧で流れていた。

▲ハイバン峠に到達!

ハイバン峠を下ると、ベトナム中部最大の町ダナン。ベトナム戦争が激しかった頃は、ダナン発のニュースは連日、新聞の紙面で踊った。ここにはアメリカ軍最大の基地があり、ダナンの攻防をめぐって激しい戦闘がくり広げられた。

4、アティガン峠(アメリカ2499m)アラスカ縦断2003年

道祖神のバイクツアー、「賀曽利隆と走る!」の第8弾目は「アラスカ縦断」。出発点のアンカレッジから北極海を目指した。バイクはカワサキのKLR650。アンカレッジから北に延びるアラスカ州道3号でフェアーバンクスに向かっていくと、北米大陸最高峰のマッキンリー山(6194m)がよく見えた。

▲マッキンリー山に向かって走る

青空を背にしたマッキンリー山は神々しいほどで、雪の白さが目に残った。フェアーバンクスを過ぎると、ダートのダルトンハイウェーに入る。ユーコン川にかかる橋を渡ったところがユーコンリバーの町。ここから北に80キロ行ったところで、北極圏(アークティック・サークル)に突入。北緯66度33分以北の北極圏に入ったのだ。
ぼくにとっては初めての北極圏なので、「ついにやって来た!」といった感動に襲われた。

▲ブルックス山脈の峠道

さらに北に向かって走ると、前方に山並みが見えてくる。大陸分水嶺のブルックス山脈だ。まず最初に標高2189メートルの峠を越える。絶景峠で残雪の山々を間近に眺める。次に2番目の標高2499メートルのアティガン峠を越える。険しい山並みが迫り、道端にはまで雪が見られた。ここは夏でも雪の降る峠。

▲ブルックス山脈の最初の峠に到達

▲ブルックス山脈のアティガン峠

アティガン峠を下ると、風景は一変する。針葉樹の樹林は消え、一望千里のツンドラ地帯が広がっている。夏のツンドラは一面の青々とした草原。だが見た目には草原でも、バイクを停めてその上を歩くとズボズボッと沈み、水がしみ出してくる。ツンドラ地帯に入ってからは、カリブーやグリズリー(大熊)を見た。

▲アティガン峠を越えて、大ツンドラ地帯に下っていく

アンカレッジから1459キロを走って、ついにゴールのプルドーベイに到着。夢にまで見た北極海だ。Tシャツ1枚になり、冷たい海に飛び込んだ。北極海を肌で感じ、「アラスカ縦断」を実感するのだった。

▲北極海だ!

5、大興安嶺(中国)旧満州走破行2004年

中露国境の満州里からハイラルを通り、ヤケシの町を過ぎると、前方には大興安嶺山脈が見えてくる。ゆるやかな山並みに向かって中国製スズキのQS110を走らせる。やがて山中に入り、峠道を登っていく。とはいっても日本の峠道のような険しさはなく、ゆるやかな勾配のカーブをいくつか曲がると最初の峠に到達。

▲大興安嶺山脈の峠からの眺め

▲大興安嶺山脈の山並み

峠上でQS110を止めて雄大な風景を眺めた。そこからは遙かかなたまで延びる峠道が見渡せた。さらにその向こうには次に越える峠が見えている。これが大陸の山脈。日本の山脈とは違って、1本の山並みというのではなく、何本もの山並みが束になって連なっている。
そのため峠もひとつだけではなく、いくつもの峠を越えていくのだ。そのうちのひとつの峠上には、小さな興安の町がある。満州里と黒龍江省の省都ハルビンを結ぶ鉄道の「興安駅」もある。この興安の町と興安駅のある峠が、西のハイラル川と東のネン川を分ける分水嶺の峠の大興安嶺だ。ちなみに「嶺」は「峠」を意味する。「大興安嶺」は「大興安峠」のことである。

大興安嶺山脈を越えると、前方には見渡すかぎりの大平原が広がっている。大平原をひたすら走りつづけ、ハルビンへと向かうのだった。

▲大興安嶺の興安の町

▲大興安嶺の興安駅

▲ハルビンまであと325キロ

6、トルガルト峠(中国・キルギス3752m)シルクロード横断2006年

道祖神のバイクツアー、「賀曽利隆と走る!」の第12弾目は「シルクロード横断」。中国の天津を出発点にして、トルコのイスタンブールまで走った。バイクはDR-Z400S。中国西端の町カシュガルから中国・キルギス国境のトルガルト峠に向かった。

▲カシュガルのエイティガール寺院前を出発

60キロ走ったところに中国側の国境事務所がある。そこで出国手続き。とはいってもトルガルト峠までは、まだ100キロ以上ある。
舗装路は途切れ、ダートに突入。そんなダートをモウモウと土煙を巻き上げて中国と中央アジアの国々を結ぶ大型トラックが走っている。大型トラックを追い抜くときが大変。前方はまったく見えない。
不用意にその土煙の中に飛び込み、万が一、対向車がやってきたらもう一巻のおしまいだ。逃げようがない。わずかに土煙が途切れた瞬間に前方を確認し、一気に大型トラックを抜き去っていく。

▲トルガルト峠への道

トルガルト峠に向かってグングンと高度を上げ、カシュガルから166キロ地点で中国最後の村を通過。カシュガルから172キロ地点で、トルガルト峠に到達。標高3752メートルのフェルガナ山脈の峠。フェルガナ山脈は北の天山山脈と南のパミール高原を結び付ける山脈だ。
トルガルト峠を越え、峠を下ったところにあるキルギスの国境事務所へ。出入国を待つ荷物満載の大型トラックが長い列をつくっていた。キルギスの入国手続きが終わったのは日が暮れてから。ナイトランでナリンを目指した。ナリンまでは200キロ近いダートがつづく。なんともきついナイトラン。
夜道を走る農業用トラクターがまったく見えず、あやうく激突しそうになった。そんな危機一髪を乗り越え、ナリンの町に到着したのは2時過ぎ。宿に入ると、真夜中の夕食を食べる。食べ終わると、ベッドに倒れ込み、死んだように眠った。

▲トルガルトと峠で「万歳!」

翌日は天山山脈のドーロン峠(3038m)を越え、イシククル湖へと下った。

▲ドーロン峠への街道沿いでは馬乳酒を売っている

▲天山山脈のドーロン峠を越える

7、ラヤ峠(ペルー・4338m)南米・アンデス縦断2007年~2008年

道祖神のバイクツアー「賀曽利隆と走る!」の第13弾目、「南米・アンデス縦断」では、「インディオの都」のクスコを出発すると、ボリビアの首都ラパスを目指してDR-Z400Sを走らせた。ビルカノタ川に沿った道を走り、ラヤ峠に到達。アマゾン川とチチカカ湖を分ける峠だ。

▲ラヤ峠への道

▲アンデスの子供たち

▲アンデスのジャガイモ畑を耕している

▲ラヤ峠に到達

クスコからビルカノタ川に沿って走ってきたが、この川はウルバンバ川、ウカヤリ川と名前を変え、アマゾン本流となって大西洋へと流れ出る。このビルカノタ川のわずかに西を流れるアプリマック川が、アマゾン川最長の流れになっている。その源頭というのは、かぎりなく太平洋に近い。

アマゾン川というのは太平洋岸スレスレぐらいのところから、南米大陸を横断し、大西洋に流れ出てる川なのだ。そのアマゾン川最長のアプリマック川だが、パンパ川を合わせ、マンタロー川と合流してエネ川になり、さらにタンボ川になり、ウルバンバ川と合流し、ウカヤリ川と名前を変え、アマゾン川の本流となる。
アマゾン川の全長は6300キロ。長さではアフリカのナイル川(全長6990キロ)に次いで世界第2位だが、流域面積ではナイル川を大きく引き離して世界第1位。ナイル川を一目見ればすぐにわかることだが、アマゾン川の水量は桁外れだ。アマゾン川は世界最大の川。

ぼくはラヤ峠に立って、いつの日か、アマゾン川の源流から河口までをたどってみたいと思うのだった。

▲ラヤ峠を越えてチチカカ湖へ。標高3810mのチチカカ湖は世界最高所の大湖。

8、界山峠(中国5248m)チベット横断2009年

道祖神のバイクツアー「賀曽利隆と走る!」の第14弾目は「チベット横断」。シルクロードの敦煌からチベットの中心地ラサへ。ラサからはチベット横断路を西へと走り、西部の町トーマからチベット自治区と新疆ウイグル自治区の境の界山峠に向かった。
雨が降っている。跳ね上げる泥が目の中に入り、まぶたの開け閉めができないほど。「あー、目がつぶれる…」と悲痛な叫び声。中国製バイクのフロントフェンダーは脱落し、猛烈な泥の跳ね上げをくらっているのだ。雪の連山に突入。雨は雪に変わった。

▲「敦煌→ラサ」間では崑崙山脈の崑崙峠(4767m)を越える

▲最初の5000m級の峠は風火峠(5010m)

▲ギャウ峠(5120m)を越えてチョモランマ(8850m)を見る

▲こちらはシシャパンマ(8012m)

▲チベット横断路を行く

まずは標高5230メートルの紅土峠を越える。つづいて標高5248メートルの界山峠に到達。峠の標高は以前は6700メートルだったが、今は「界山達坂 海抜5248M」と書かれている。「達坂」は峠のことだ。目の前の6000メートル級の山は小丘程度にしか見えない。
界山峠は「チベット横断」最後の5000メートル級の峠になるが、ここまで5000m級の峠だけで、全部で11峠を越えた。さすが「世界の屋根」だけのことはある。

▲「チベット横断」最後の5000m級の峠、界山峠に到達!

9、武嶺(台湾3275m)台湾一周2015年

Vストローム1000での「台湾一周」。標高3158メートルの合歓山山頂直下の駐車場を出発し、山上道の快適な山岳ロードを行く。さらに高度を上げて、標高3275メートルの武嶺(ウーリン)へ。「嶺」は「峠」を意味するので、日本風にいえば「武峠」になる。

▲武嶺への山岳ロードを行く

▲武嶺への山岳ロードから見る台湾山脈の山並み

武嶺に到達。台湾の国道の峠としては最高所。ちなみに日本の国道の最高所峠は国道292号の渋峠。群馬・長野県境の峠で標高2172メートルだが、武嶺はそれより1000メートル以上も高い。日本の自動車道の最高所峠といえば、川上牧丘林道の山梨・長野県境の標高2360メートルの大弛峠になるが、それよりも900メートル以上高いのだ。

▲武嶺に到達。カソリ、ガッツポーズ!

台湾山脈は標高3952メートルの玉山が最高峰で、3000m級の山々が連なっているが、その高さを実感できる武嶺だ。

▲武嶺の峠碑で台湾のVストローム1000に乗るみなさんと記念撮影

【ウェビック バイク選び】
【R1200C】の新車・中古車を見る
【DR-Z400S】の新車・中古車を見る
【RMX250S】の新車・中古車を見る
【KLR650】の新車・中古車を見る
【Vストローム1000】の新車・中古車を見る

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

この著者の最新の記事

           

ページ上部へ戻る