「賀曽利隆が選ぶ日本の100峠」(西日本編)

前回:中部編

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

関西編、中国・四国編、九州編を西日本編にする。関西と中国の境は峠、中国地方の山陰と山陽の境も峠だ。奄美大島の網野子峠を日本100峠に選んだが、奄美大島は日本最南峠の地。ここより南の徳之島に峠名のついた峠はない。沖縄本島には北部の山原(やんばる)を横断する県道2号の峠があるが、やはり峠名はない。西日本編では24峠を選んだが、最高所峠は1333メートルの牧ノ戸峠(大分)。関西、中国に1000メートル級の峠はない。峠を通して東高西低の日本列島の地形的な特徴が読み取れる。

関西編

77、荷坂峠(三重)234m

▲荷坂峠。展望台から紀州の海を見る

三重県内の国道42号で越える峠。峠の北には阿曽温泉(大紀町)がある。廃校を利用した温泉施設で、ここは熊野詣が盛んだった頃からの古湯。阿曽温泉から荷坂峠へ。
三重県は旧国でいうと伊勢、志摩、伊賀、紀伊の4ヵ国から成っているが、荷坂峠はそのうちの伊勢と紀伊(紀勢)の国境。峠を境にして伊勢の茶畑から紀伊のミカン園へと風景が変わる。峠のトンネルを抜け出たところには展望台。そこからは紀州の海が見下ろせる(写真)。
荷坂峠を下ると紀伊長島。道の駅「紀伊長島マンボウ」ではマンボウが食べられる。

78、鈴鹿峠(三重・滋賀)357m

▲鈴鹿峠。峠のトンネルを抜けて滋賀県に入った

東海道(国道1号)の三重・滋賀県境(伊勢・近江国境)の峠。箱根峠と並ぶ東海道二大難所の峠越えだ。鈴鹿トンネルで峠を越えて、三重県から滋賀県に入る。わずかに下ったところで国道1号を左に折れ、旧道を登ると、峠の周辺は一面の茶畑。その中に人の背丈の倍近くもある大きな常夜灯が立っている。
写真は鈴鹿トンネルを抜け出て滋賀県側に入った国道1号だが、左手にその旧道が見えている。

79、高見峠(三重・奈良)904m

▲高見峠。高見山ループ橋で峠を下る

伊勢街道(国道166号)で越える三重・奈良県境(伊勢・大和国境)の峠。旧道を行けば「和製マッターホルン」といわれる高見山地の主峰、高見山(1248m)を目の前に見る。
新道は高見トンネルで峠を越えるが、三重県側には高見山ループ橋を見下ろすPA(写真)がある。ここからは高見山から大台ヶ原へとつづく台高山脈の雄大な山岳風景も眺められる。大台ヶ原は日本一の多雨地帯だ。

80、天辻峠(奈良)800m

▲天辻峠。旧道で峠上の天辻へ

国道168号で越える峠。旧道(写真)を登っていくと、峠上には天辻の集落がある。そこには「天誅組本陣跡」の碑。幕末期、天誅組は「天誅だ!」と叫んで峠から五條へとかけ下り、五條の代官所を襲撃した。天辻峠はそんな歴史の舞台。「天辻」の峠名がいかにも峠らしい。
峠は峠道と尾根筋の天上道の交差点。まさに「天の辻」なのである。

81、紀見峠(大阪・和歌山)370m

▲紀見峠。ここは和歌山県側の峠のトンネル入口

高野街道(国道371号)で越える大阪・和歌山府県境(河内・紀伊国境)の峠。紀伊見峠ともいうが、まさに紀伊国が見えるので紀見峠なのだ。ということで、この紀見峠は河内側から紀伊側に越える方がいい。旧道を登り、国境の峠を越えると、紀ノ川の谷間の向こうに高野山が見えてくる。昔は高野山の参詣者でにぎわった。
新道と南海高野線はトンネルで峠を越えている。紀見峠を下った橋本からさらに国道371号を行くと高野山に到着だ。

82、栗尾峠(京都)420m

▲栗尾峠。峠のトンネルを抜けると周山の町が見えてくる

周山街道(国道162号)で越える峠。京都を出ると御経坂峠、笠峠、栗尾峠の3峠を越えて周山の町に下っていく。そのうちの笠峠が山城・丹波国境の峠になっている。栗尾峠を越えると周山の町を見下ろす(写真)。周山は若狭に通じる周山街道の宿場町。古い家並みが残っている。
ここからさらに中央分水嶺の深見峠を越え、京都・福井府県境(丹波・若狭国境)の堀越峠を越えて小浜に通じている。周山街道は関西圏おすすめの峠越えルートだ。

83、戸倉峠(兵庫・鳥取)中央分水嶺の峠891m

▲戸倉峠。新戸倉トンネルの兵庫県側の入口

国道29号で越える兵庫・鳥取県境(播磨・因幡国境)の峠。山陽と山陰を結ぶこの街道を兵庫県側では因幡に通じる街道なので因幡街道と呼び、鳥取県側では播磨に通じる街道なので播州街道と呼んでいる。ここでも峠を境にして、同じ1本の街道の呼び名が変わる。
戸倉峠を越えて鳥取県に下ると若桜なので、鳥取県側では若桜街道ともいう。峠のトンネルを抜け出ると、世界が変わる。

84、蒲生峠(兵庫・鳥取)335m

▲蒲生峠。関西から山陰へ。蒲生峠は大きな境目だ

山陰道(国道9号)で越える兵庫・鳥取県境(但馬・因幡国境)の峠。関西と中国の大きな境目だ。「峠は境!」を実感できる。写真は新道だが、ここには旧道(県道119号)が残っている。峠上には民家がある。峠をはさんで兵庫県側には湯村温泉、鳥取県側には岩井温泉の名湯がある。蒲生峠は古くからの山陰道の要地。
江戸時代には山陰の大名の参勤交代路としてにぎわった。

中国・四国編

85、犬挟(いぬばさり)峠(鳥取・岡山)中央分水嶺の峠514m

▲犬挟峠。狭路の峠も今は長大なトンネルで駆け抜けていく

国道313号で越える鳥取・岡山県境(伯耆・美作国境)の峠。関金温泉(倉吉市)から峠を登っていくと、上蒜山、中蒜山、下蒜山と連なる蒜山の山々を見る。その蒜山の東側を越える峠が犬挟峠だ。この街道を鳥取県側では美作に通じているので作州街道と呼び、岡山県側では伯耆に通じているので、伯耆街道とか伯州街道と呼んでいる。
「犬挟」の峠名の由来だが、その名のとおり犬が挟まるほどの狭路で、通り抜けるのが困難な峠道だったからだといわれている。昔の峠越えの大変さが目に浮かぶようだ。今では新道の犬挟トンネルで一気に峠を駆け抜けていく幅広の峠道。

86、赤名峠(島根・広島)554m

▲赤名峠。峠に到達。この先のトンネルを抜けて赤名に下る

国道54号で越える島根・広島県境(出雲・備後国境)の峠。峠の西側の三国山(795m)は出雲、石見、備後の三国国境。三国山の西側を中国地方第一の大河、江の川が流れている。江の川はきわめて特異な川で、中央分水嶺の中国山地を突き破り、三次盆地から日本海に流れ出る。赤名峠は本来は中央分水嶺の峠になるはずだった。
江の川は中央分水嶺を突き破って流れる日本で唯一の川。島根県側の峠下が赤名(飯南町)だ。

87、三坂峠(島根・広島)580m

▲三坂峠。交通量の少ない静かな峠

石見街道(県道5号)の島根・広島県境(石見・安芸国境)の峠。峠の南側の広島県側が、江の川の源流になる。江の川はぐるりとまわって三次盆地から中央分水嶺の中国山地を突き破り、峠北側の島根県側を流れ、江津で日本海に流れ出る。
一本の川の源流から河口までバイクを走らせるのはじつにおもしろい。ぼくはそれを「大河源流行」といっているが、もちろん河口から源流まで走るのもいい。
江戸時代、浜田藩の参勤交代の大名行列は三坂峠を越えた。国道261号の中三坂峠、その東側の亀谷峠と合わせ「三三坂」と呼ばれているが、現在はそのうち、国道261号の中三坂峠越えがメインルートになっている。浜田道は石見街道に沿っている。

88、傍示峠(島根・広島)中央分水嶺の峠710m

▲傍示峠。浜田への途中ではさらに笹ヶ峠、大峠を越える

国道186号で越える島根・広島県境(石見・安芸国境)の峠。真冬の峠越えは印象深い。峠には「芸北高原大佐スキー場」があって、カラフルなスキーウエアを着た大勢のスキーヤーたちを見た。「傍示」というのは杭などを立てて境界の目印にすることで、昔はこの峠にも国境の杭が立っていたのだろう。
国道187号の島根・山口県境(石見・周防国境)の峠も傍示ヶ峠で、この傍示ヶ峠の「峠」は「たお」と読む。中国地方には「たわ」とか「たお」読みの峠が多くあるが、「たわ」が東部で、「たお」が西部になる。

89、地芳峠(愛媛・高知)1080m

▲地芳峠。旧道の峠上から四国カルスト道を行く

国道440号で越える愛媛・高知県境(伊予・土佐国境)の峠。旧道は狭路で急勾配、急カーブが連続する。地芳峠最大の魅力は峠から天狗高原へとつづく尾根道だ。大展望の開けるこの尾根道を走ると、「日本三大カルスト」のひとつ、四国カルスト(写真)を見てまわることができる。
峠を貫く地芳トンネルの完成で、四国屈指の難所もずいぶんと越えやすくなった。

90、京柱峠(徳島・高知)1130m

▲京柱峠。四国一番の絶景峠に到達!

国道439号で越える徳島・高知県境(阿波・土佐国境)の峠。「与作国道」で知られる国道439号は剣山を望む川井峠を越え、剣山の登山口の見ノ越を越え、狭路の峠道を登って絶景峠の京柱峠に到達する。峠をはさんで徳島県側と高知県側では、風景が大きく異なる。徳島県側には剣山へとつづく四国山脈の高峰群が連なる。
高知県側(写真)には見渡す限りのゆるやかな山並みが幾重にもなって重なりあっている。

91、四足峠(徳島・高知)1017m

▲四足峠。四足峠トンネルの高知県側の入口

国道195号で越える徳島・高知県境(阿波・土佐国境)の峠。徳島県側は那賀川沿いの道。その上流部の渓谷美には、バイクに乗りながら、何度となく目を奪われてしまう。「おー、これぞ、日本の自然美!」。
峠は長いトンネルで貫かれているが、古道の峠上には「四ツ足堂」と呼ばれるお堂があって、地蔵がまつられている。4本の足で支えられたお堂の2本の足は高知県側、もう2本の足は徳島県側に立っている。
四ツ足堂はまさに境のお堂。四足峠を越えて高知県側に入ると、紀伊水道に流れ出る那賀川から土佐湾に流れ出る物部川へと川が変る。高知県側の峠下には、日帰り入浴可の別府峡温泉がある。

92、杓子峠(高知)465m

▲杓子峠。「与作」の最後の峠に到達!

国道439号の越える峠。京柱峠を越えて高知県に入ると、郷ノ峰峠、大峠、矢筈峠を越え、狭路の峠道を登って杓子峠(写真)に到達する。四万十町と四万十市の境のこの峠を越えると、あとは四万十市の中心の中村へと下っていくだけだ。
「徳島~中村」(徳島~見ノ越は国道438号と重複)の国道439号は「与作」で知られる酷道だが、高知県内は整備され、峠もトンネル化されてずいぶんと走りやすくなった。

九州編

93、観音峠(佐賀)450m


▲観音峠。峠には佐賀から30・6キロの標柱が立っている

国道323号で越える峠。佐賀市と唐津市の市境になっている。佐賀から北に行くと、肥前の一宮の與止日女(よどひめ)神社を通り、趣のある温泉地の熊の川温泉を通っていく。観音峠を越えると、日本三大松原のひとつ、唐津湾岸の「虹の松原」へと下っていく。虹の松原を走り抜けると、唐津城のある唐津の町に入っていく。

94、川内峠(長崎)267m

▲川内峠。峠の周辺は広々とした草原地帯

平戸と川内を結ぶ平戸島北部の峠。峠の周辺はゆるやかな丘陵地帯で、写真のような草原が広がる。晴れた日には五島列島の島々や壱岐が見える。対馬が見える日もあるという。峠を下った川内漁港周辺は波ひとつない静かな海だ。

95、牧ノ戸峠(大分)1333m

▲牧ノ戸峠。飯田高原から牧ノ戸峠を見る

九州一の絶景ルート、やまなみハイウェイで越える峠。北の国道210号の水分峠から入っていくのがおすすめだ。飯田高原から正面に見える九重連山の山並みに向かって走る(写真)。その九重連山を越える峠が牧ノ戸峠。久住山(1786m)の登山口になっている。
瀬ノ本高原への下りはヘアピンカーブの連続。日本離れした雄大な風景を眺めながら走る。瀬ノ本高原で大分・熊本県境(豊後・肥後国境)を越え、阿蘇に入っていく。

96、二重峠(熊本)660m

▲二重峠。旧道の峠から阿蘇カルデラを見下ろす

豊後街道(県道339号)で越える阿蘇外輪山の峠。阿蘇山麓の大津から登っていく豊後街道は、「清正公道」と呼ばれている。戦国の武将、加藤清正への思いの強い肥後人は、清正とは呼び捨てにはしないで「清正公」と尊称をつけて呼ぶ。二重峠は熊本から江戸への参勤交代路。
阿蘇を越え、豊後路で鶴崎(大分市)に出た。峠には旧道の石畳道が残されている。峠を下ると、阿蘇カルデラ内の赤水で国道57号に合流する。

97、俵山峠(熊本)700m

▲俵山峠。峠の展望台から見る阿蘇中央火口丘の「阿蘇五岳」

県道28号で越える阿蘇外輪山の峠。俵山(1094m)北側の峠。展望台からの眺めは絶景だ。阿蘇中央火口丘の最高峰の高岳、噴煙を上げる中岳、東の根子岳、西の杵島岳、烏帽子岳の「阿蘇五岳」を間近に見る。
南阿蘇の外輪山には俵山峠から地蔵峠、清水峠、中坂峠、高森峠と峠がつづくが、北阿蘇の外輪山には峠名のついた峠はない。

98、箱石峠(熊本)880m

▲箱石峠。峠から「阿蘇五岳」の根子岳を見る

国道265号で越える阿蘇外輪山の峠。宮地近くの国道57号で分岐すると、阿蘇五岳の根子岳(1433m)を見ながら東阿蘇の阿蘇外輪山を登っていく。快適な峠越えルート。峠からは根子岳がよく見える(写真)。箱石峠からは阿蘇外輪山上のスカイラインを走り、大戸ノ口峠から阿蘇カルデラ内の高森の町へと下っていく。

99、高森峠(熊本)800m

▲高森峠。峠道から南阿蘇の高森の町を見下ろす

国道265号で越える阿蘇外輪山の峠。南阿蘇の高森からつづら折りの峠道を登っていくと、阿蘇カルデラを見下ろし、中央火口丘の「阿蘇五岳」の山々を見る。旧道の峠道沿いには、「高森峠千本桜」で知られる桜並木がある。峠のトンネルを抜け、阿蘇外輪山を下っていくと熊本・宮崎県境(肥後・日向国境)を越える。
高森の町からは、このほか阿蘇外輪山の中坂峠、清水峠が越えられる。

100、網野子峠(鹿児島)350m

▲網野子峠。峠の展望台から加計呂麻島を見る。その向こうには請島

奄美大島にはいくつもの峠がある。奄美大島縦貫の国道58号は北からいうと本茶峠、朝戸峠、和瀬峠、三太郎峠、網野子峠、地蔵峠を越えて南の古仁屋に通じている。これらの峠は長大なトンネルで貫かれている。網野子峠は絶景峠だ。旧道を登って網野子峠の展望台に立つと、大島海峡対岸の加計呂麻島を見る。
加計呂麻島には古仁屋からフェリーで渡れる。網野子峠の南に地蔵峠があるが、この峠が日本最南の峠になる。

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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