賀曽利隆が選ぶ日本の100峠(関東編)

前回:北海道・東北編

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県の1都6県の関東は、福島県、新潟県、長野県、山梨県、静岡県の周辺5県と接している。関東と周辺5県との境の大半は峠だ。
「関東編」では全部で24峠を選んでみたが、そのうち16峠が周辺5県との県境峠(国境峠)になる。これらの境の峠をめぐってみると、関東の広さ、大きさが実感を持ってとらえられる。それでは関東編の24峠を紹介しよう。

関東編

24、明神峠(茨城・福島)370m

▲明神峠。国道349号の茨城・福島県境(常陸・陸奥国境)の峠。ここは東北の最南端峠

国道349号で越える茨城・福島県境(常陸・陸奥国境)の峠。峠を越えれば東北だ。この明神峠は東北のほぼ最南端になる。正確ににいうと、峠から南西方向に1キロ弱の地点、北の観音山(514m)と南の花立山を結ぶ稜線上の茨城・福島県境が最南端になっている。
国道349号は茨城県側では棚倉街道と呼ばれ、福島県側では茨城街道と呼ばれる。峠道が拡幅されてからは、久慈川沿いの国道118号ではなく、この国道349号を通る大型トラックが多くなった。

25、明神峠(栃木・福島)385m

▲明神峠。旧奥州街道(国道294号)の栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠

栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の明神峠には、旧奥州街道(国道294号)と東山道(県道76号)の2つの明神峠がある。ここでは旧奥州街道の明神峠の方を取り上げる。国道294号の明神峠の峠上には、境の明神がまつられている。下野側には玉津島神社、奥州側には住吉神社。両社は隣りあっている。
峠を下ると奥州州街道の白河宿に入っていく。奥州街道は青森までつづくが、「江戸五街道」としての奥州街道は白河宿までになる。栃木県側の国道294号の道の駅「東山道伊王野」から県道28号→県道60号→県道76号で行く東山道の明神峠は、関東と東北を結ぶ最古の峠。峠から3キロほど白河側に下った旗宿には、奥州三関のひとつ、「白河関」の跡がある。

26、山王峠(栃木・福島)中央分水嶺の峠850m

▲会津西街道の栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠。重複する3本の国道で峠を越える

会津西街道の越える栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠。関東と東北を分ける帝釈山脈の峠で、日本列島を太平洋側と日本海側に二分する中央分水嶺の峠になっている。かつては会津中街道、会津東街道の峠越えの街道もあった。
会津側では日光街道とか下野街道ともいう。なお山王峠越えは、国道121号、国道352号、国道400号の3本の国道の重複区間になっている。私事になるが、この山王峠はぼく自身の一番、回数多く越えた峠。1975年の「峠越え」開始以来、現在までに55回、越えている。

27、田代山峠(栃木・福島)中央分水嶺の峠

▲田代山峠。田代山林道(県道350号)の栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠。帝釈山脈の山々を一望する

田代山林道(県道350号)で越える栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠。栃木県側のダート8.9キロを走破すると田代山峠に到達。絶景峠で帝釈山脈の山並みを一望。正面には那須の連山が見える。峠から2.6キロ下ると田代山の登山口。
人気の山なので広い駐車場がある。そこから10.9キロ地点で舗装路に出る。舗装路を下ると湯ノ花温泉に出る。栃木県側が通行止でも、福島県側から峠まで行かれることもある。冬期閉鎖。

28、馬坂峠(栃木・福島)中央分水嶺の峠

▲馬坂峠。川俣檜枝岐林道の栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠。峠は帝釈山脈の主峰、帝釈山の登山口になっている

川俣檜枝岐林道で越える栃木・福島県境(下野・陸奥国境)の峠。川俣湖にかかる川俣大橋を渡ったところが林道入口。川俣湖の湖畔を走り、馬坂林道(舗装林道)との分岐点を左折。この分岐点から13.5キロ走って馬坂峠に到達。関東の山々を一望する。峠は帝釈山脈の主峰、帝釈山(2059m)の登山口。山頂まではわずか0.9キロ。
峠を越えると、奥会津の山々を眺めながら下り、檜枝岐に出る。ダート合計34.6キロの川俣檜枝岐林道。栃木県側が通行止でも、福島県側から峠まで行かれることもある。冬期閉鎖。

29、細尾峠(栃木)1196m

▲細尾峠。日光市の国道122号の峠。日光と足尾を結ぶ日足トンネルが峠を貫いている

国道122号で越える日光市の峠。足尾峠ともいわれる。足尾銅山跡のある足尾と日光を結ぶ峠。足尾銅山といえば小坂(秋田)、日立(茨城)、別子(愛媛)と並ぶ「日本四大銅山」。足尾は古河、日立は日立、別子は住友だ。ここにはわたらせ渓谷鉄道の終着駅、間藤駅がある。
足尾から峠を貫く日足トンネルを抜け、峠を下ると細尾。そこで国道120号との「細尾大谷橋」の交差点に出る。日光宇都宮道路の終点、清滝ICが近い。かつて足尾銅山の粗銅は細尾峠を越えて清滝に送られ、清滝の精錬所で精銅へと精錬された。

30、金精峠(栃木・群馬)1880m

▲金精峠。国道120号の栃木・群馬県境(下野・上野国境)の峠。栃木県側からの眺めは絶景。男体山が大きく見える

国道120号で越える栃木・群馬県境(下野・上野国境)の峠。金精山(2241m)北側の峠。群馬側から登り、峠を貫く金精トンネルを抜け、栃木県側に下る方がはるかに感動が大きい。栃木県側の眺めは最高だ。湯ノ湖の向こうに聳える男体山がドーンと目の中に飛び込んでくる。
男体山と湯ノ湖を見ながら峠を下ると、湯ノ湖畔の日光湯元温泉に出る。湯ノ湖から流れ落ちる湯滝は迫力がある。峠道は冬期閉鎖。

31、三国峠(群馬・新潟)中央分水嶺の峠1242m

▲三国峠。国道17号の群馬・新潟県境(上越国境)の峠。峠の頂上には三国権現(御阪三社神社)が祀られている。その後には三国山

三国街道(国道17号)の群馬・新潟県境(上越国境)の峠。群馬県側の永井宿から三国峠を登っていく。標高1000メートル地点をすぎると、まもなく三国峠のトンネル。全長1218メートルの三国トンネルは、標高1084メートルの地点を貫いている。
トンネルを抜け出た新潟県側から峠まで歩いて登る。歩きやすい峠道。ブナ、ミズナラ、ホウ、トチ、ハンノキなどの豊かな広葉樹林が広がっている。沢水がふんだんに流れ出ている。30分ほど歩くと、標高1242メートルの三国峠に到達。
そこには三国権現(御阪三社神社)が祀られている。三国峠の峠名は上州の赤城、越後の弥彦、信州の諏訪と、3国の格の高い神々を合祀した三国権現に由来する。神社の背後には三国山(1636m)が聳えているが、三国峠も三国山も上越2国の境だ。

32、野反峠(群馬)中央分水嶺の峠1561m

▲野反峠。中之条町の国道405号の峠。野反湖を見下ろす。目を南側に向けるとはるか遠くに富士山を見る

群馬県中之条町の国道405号の峠。峠を下っても群馬県で、野反ダムで国道406号は途切れる。野反湖から流れ出る中津川の渓谷が群馬・長野県境(上信国境)になっている。分断国道の国道405号は長野県、新潟県にまたがる秋山郷を通っていく。
野反峠は絶景峠。眼下の野反湖は透き通った青空を映して吸い込まれそうになるほど青い。反対側に目を向けると、関東山地の山々を一望する。その向こうには富士山がチョコンと見えている。野反峠の別名は冨士見峠。峠には「野反峠休憩舎」があって食事もできる。峠道は冬期閉鎖。

33、渋峠(群馬・長野)中央分水嶺の峠2172m

▲渋峠。国道292号の群馬・長野県境(上信国境)の峠。標高2172メートルで、日本の国道最高所峠になっている

国道292号で越える群馬・長野県境(上信国境)の峠。横手山(2305m)と白根山(2138m)の間の峠で、標高2172m。日本の国道の最高所峠になっている。ちなみに2番目は国道299号の麦草峠。麦草峠よりも50メートル高い。2000メートル級の峠越えというのは格別だ。
群馬県側の草津温泉から登っていくと、万座峠への道との分岐を過ぎ、山田峠を通り過ぎ、稜線上を行く。この稜線上の道からの眺めは絶景。「日本国道最高地点」碑前を通るが、この碑の表示も2172メートル。渋峠を越えて信州側を下っていくと渋温泉に出る。峠道は冬期閉鎖。

34、鳥居峠(群馬・長野)中央分水嶺の峠1362m

▲鳥居峠。国道144号&国道406号の越える群馬・長野県境(上信国境)の峠。信州の真田氏はこの峠を越えて上州の沼田に進出した

国道144号&国道406号で越える群馬・長野県境(上信国境)の峠。鳥居峠を越えるときは上州の沼田から信州の上田まで走るとより面白くなる。沼田城も上田城も六文銭の真田氏の城。峠を越えて信州側に下った真田が真田氏発祥の地だ。上田城は真田昌幸によって天正13年(1585)に造られた。
江戸時代になると城主は真田氏から仙石氏、松平氏と変わっていったが、その影は薄い。上田といえば何といっても「六文銭の真田」なのだ。

35、碓氷峠(群馬・長野)中央分水嶺の峠958m

▲碓氷峠。国道18号の群馬・長野県境(上信国境)の峠。群馬県側は急勾配、急カーブの連続で、旧信越本線のめがね橋(写真)やアプト式の鉄路が見られる

中山道(国道18号)で越える群馬・長野県境(上信国境)の峠。碓氷峠は時代ごとに移っている。江戸時代の中山道は旧碓氷峠を越えていた。明治になると峠は南に移動し、国道18号の越える碓氷峠になった。昭和46年完成の碓氷バイパスはさらに南の入山峠を越えている。
新碓氷峠といってもいいこの入山峠は、じつは中山道以前の東山道の越えた峠。一番古い碓氷峠に戻ったのだ。「峠の力餅」が名物の旧碓氷峠には、長野県側の旧軽井沢から行ける。群馬県側は登山道だ。

36、内山峠(群馬・長野)中央分水嶺の峠940m

▲内山峠。国道254号の群馬・長野県境(上信国境)の峠。群馬県側の峠道から見る岩峰群は目に残る風景だ

国道254号で越える群馬・長野県境(上信国境)の峠。新道はトンネルで峠を抜けるが、旧道は峠を越える。目の前にそびえる荒船山の眺めは迫力満点。「荒船山」の名前通りで、巨大な廃船のような形をした岩山だ。内山峠の峠上近くにある内山牧場キャンプ場(長野側)は絶景のキャンプ場。
神津牧場(群馬側)には「我国酪農発祥の地」碑が建っている。ここで食べるジャージー牛のソフトクリームは絶品。濃厚な味わいだ。

37、志賀坂峠(埼玉・群馬)780m

▲志賀坂峠。国道299号の埼玉・群馬県境(武蔵・上野国境)の峠。峠の埼玉県側からは秩父の谷間の風景を見下ろせる

国道299号で越える埼玉・群馬県境(武蔵・上野国境)の峠。秩父は武蔵国と合併する以前は「知知夫国」として一国を成していた。今でも秩父というと、独立した空気を強く感じるのはそのせいであろう。志賀坂峠を越えるたびに、「秩父、ここに尽きる!」という思いがする。
国道299号は群馬県に入ると、さらに群馬・長野県境(上信国境)十石峠を越えて信州の佐久へと下っていく。

38、雁坂峠(埼玉・山梨)2082m

▲雁坂峠。国道140号の埼玉・山梨県境(武甲国境)の峠。埼玉県側では滝沢ダムのループ橋(写真)を通っていく

国道140号の埼玉・山梨県境(武蔵・甲斐国境)の峠。全長6625メートルの長大な雁坂トンネル(有料)で峠を抜けていく。雁坂トンネルの最高地点は標高1200メートル。武州と甲州を結ぶ雁坂峠はきわめて歴史の古い峠で、まさに「雁坂」だった。古くは「坂」が峠を意味した。
甲州側では三峰信仰が盛んで、甲州人は歩いて雁坂峠を越え、奥秩父の三峰神社を参拝した。自動車交通の時代になって雁坂峠越えは廃れてしまったが、雁坂トンネルの開通(平成10年)によって蘇った。峠を越えた山梨県側からは甲武信岳(2475m)がよく見える。
甲斐・武蔵・信濃の3国国境に聳える甲武信岳は三国山。雁坂トンネルは原付も通行可。

39、顔振峠(埼玉)500m

▲顔振峠。奥武蔵グリーンラインの峠。この顔振峠が奥武蔵グリーンラインでは一番の絶景峠だ

国道299号の吾野から越生に越える峠。国道299号には「顔振峠」の道標がある。
峠の茶屋で食べた「猪鍋」は忘れられない。絶景峠で奥武蔵の山々を一望する。峠のすぐ近くまで、急な斜面を耕す畑が見られる。ここから秩父の定峰峠へ、稜線上を奥武蔵グリーンラインが走っている。
その間には関東平野を一望する「関八州展望台」がある。奥武蔵グリーンラインは定峰峠までの間で、傘杉峠、飯盛峠、刈場坂峠、大野峠、白石峠を通っていく。

40、正丸峠(埼玉)650m

▲正丸峠。国道299号の越える峠。峠からは東京・新宿の高層ビル群が霞んで見える

国道299号で越える峠。飯能を出るとまずは高麗峠を越え、その次に正丸峠を越える。古くは秩父峠といわれたほどで、昔も今も、関東平野と秩父盆地を結ぶ重要な峠だ。正丸峠は全長1918メートルの正丸トンネルで貫かれているが、旧道での峠越えはおすすめだ。
曲がりくねった峠道を登りつめ、標高650mの正丸峠に到達すると、東京・新宿の高層ビル群を望む。峠上には「奥村茶屋」がある。正丸峠から稜線上の山道を歩き、旧正丸峠までいってみる。その途中では正丸山の頂上に立つ。正丸山から下ったところが旧正丸峠。ちょうど正丸トンネルの真上にあたる。
歩いて峠越えをしていた時代には、この旧正丸峠を越えていた。それが峠越えの自動車道ができると正丸峠は正丸山の北側から南側に移った。おもしろいことに新しい正丸峠の正丸トンネルは、また旧正丸峠の位置に戻ってきている。このように峠というのは時代とともに移り変わるもので、盛衰を繰り返す。
峠の魅力はこの「人間くささ」にあるといっていい。不動の山とは違い、峠は時代とともに動くものなのだ。

41、風張峠(東京)1140m

▲風張峠。奥多摩周遊道路(都道206号)で越える峠。東京都の最高所峠になっている。写真は数馬側の峠道

都道206号(旧奥多摩有料道路)の峠。東京都の最高所峠。甲州風の兜造りの大きな民家が見られる数馬(檜原村)を出発点にする。ここは甲州の武田軍の落武者が住みついたところだという。数馬を出ると一気の登りで奥多摩の山々を貫くスカイラインに入っていく。その途中で越えるのが風張峠だ。
見晴台に立つと、目の前には御前山(1405m)が聳えたっている。峠を下ると、小河内ダムの奥多摩湖に出る。

42、善波峠(神奈川)160m

▲善波峠。国道246号の関東平野と秦野盆地を分ける峠。写真は旧道の峠のトンネル

国道246号の越える峠。関東平野と秦野盆地を分けている。峠を貫く善波トンネルを抜けると、富士山が目の中に飛び込んでくる。善波峠には旧道のトンネル(写真)もある。新道はしばしば渋滞するほど交通量が多いが、旧道を通る車はほとんどない。
さらに善波峠には古道もある。古道の峠上には常夜灯が残されている。江戸時代の矢倉沢往還の峠で、菜種油を燃やしてひと晩中、常夜灯を灯していたという。

43、乙女峠(神奈川・静岡)1005m

▲乙女峠。国道138号の神奈川・静岡県境(相模・駿河国境)の峠。神奈川県側から峠のトンネルを抜けて静岡県側に出ると、富士山が目の中に飛び込んでくる

国道138号で越える箱根外輪山の峠。峠は神奈川・静岡県境(相模・駿河国境)になっている。乙女峠は神奈川県側の仙石原から登り、静岡県側の御殿場に下るのがおすすめ。
峠を貫く乙女トンネルを抜け出ると、真正面に均整のとれた富士山が見えてくる。「乙女富士」といわれるほどの美しさ。「富士山一周ルート」の中でも絶好の展望ポイントだ。乙女峠越えは元々の古道だったが、乙女トンネルの完成で復活した。

44、三国峠(神奈川・静岡)1070m

▲芦ノ湖スカイラインの三国峠。富士山の絶好の展望台。三国峠は三国山とセットになっているが、ここの三国山は相模・伊豆・駿河の3国国境

国道1号の箱根峠から箱根外輪山の芦ノ湖スカイラインで湖尻峠に向かっていくと、山伏峠、杓子峠、三国峠と3峠を走り抜けていく。そのうち杓子峠と三国峠が富士山の展望台。三国峠からは正面に富士山。
左手に愛鷹山(1188m)を見る。沼津の町並みも見下ろせる。この芦ノ湖スカイラインの三国峠は、相模・伊豆・駿河3国境の三国山(1101m)西側の峠だ。

45、足柄峠(神奈川・静岡)756m

▲足柄峠。古東海道(県道78号)の越える神奈川・静岡県境(相模・駿河国境)の峠。峠には関所が置かれた。この足柄関の関東と関西を分けていた

古東海道(県道78号)で越える神奈川・静岡県境(相模・駿河国境)の峠。展望台からは富士山がよく見える。峠には足柄関が置かれたが、この関よりも東が関東、西が関西といわれた。神奈川県側の登り口は南足柄市の関本。伊豆箱根鉄道の終着駅、大雄山駅前には熊にまたがり、マサカリをかついだ金太郎像が建っている。
足柄峠を越え、静岡県側に下っていくとJR御殿場線の足柄駅に出るが、そこにも熊にまたがり、マサカリをかついだ金太郎像が建っている。

46、箱根峠(神奈川・静岡)846m

▲箱根峠。東海道(国道1号)の越える峠。バイパスの箱根新道もここで合流。静岡県側の三島への下りは改良工事が進んで走りやすくなった

東海道(国道1号)の神奈川・静岡県境(相模・伊豆国境)の峠。芦ノ湖畔の箱根宿から東海道を登りつめると箱根峠に到達。写真は静岡県側から見た箱根峠。峠上では国道1号と伊豆スカイラインに通じる県道20号、芦ノ湖スカイラインが交差している。峠は峠道と山上道(スカイライン)の十字路。それがよくわかる箱根峠だ。
箱根峠は神奈川・静岡県境の峠だが、日本を東国と西国に分ける峠にもなっている。「三島照る照る 小田原曇る あいの関所は雨が降る」と唄われるように、箱根峠を境にして天気は大きく変る。雨に降られるし、しばしば濃霧にも見舞われる。冬は雪に降られる。

47、三国峠(神奈川・山梨)1170m

▲三国峠。神奈川・山梨県境(相模・甲斐国境)の峠。山梨県側に下っていくと富士山と山裾の山中湖を一望!

国道246号の小山(静岡)から県道147号で三国峠に向かっていくと、まずは神奈川・静岡県境(相模・駿河国境)の明神峠に到達。そこから県境の稜線上の道を走り、神奈川・山梨県境(相模・甲斐国境)の三国峠に到達する。峠のすぐ南の三国山は相模・甲斐・駿河の3国国境だ。
三国峠は日本各地にあるが、峠は2国境で、3国境の三国山とセットになっている。三国峠を越えて山梨県側に入ると県道730号になる。峠道を下ると絶景が展開される。きれいな富士山を眺め、山麓の山中湖を一望する。その向こうには南アルプスの山々も見える。峠を下ると山中湖畔の平野に出る。

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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