山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.5「初年度3勝に膨らむ夢と、立ちはだかりはじめた現実の壁」

ブリヂストンがMotoGPでタイヤサプライヤーだった時代にその総責任者を務め、国内外にその名を広く知られた山田宏さん。2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田さんに、かつてのタイヤ開発やレース業界にまつわる表や裏の話をあれこれ語ってもらいます。今回は、世界選手権に乗り込んだ山田さんたちブリヂストンに訪れた試練について。

TEXT: Toru TAMIYA

何を食べたかも覚えていないほどの目まぐるしさ

ブリヂストンがロードレース世界選手権(WGP)での挑戦をスタートした1991年は、そのきっかけとなったテクニカルスポーツ(現在のTSR)の上田昇選手に加えて、レーシングサービス業務を請け負ってくれたブリヂストンドイツの要請で、ドイツ人のピーター・エッテル選手をサポートして、GP125を中心に活動していました。結果的には上田選手が2勝、エッテル選手が1勝で、ブリヂストンとしては3勝(GP125は全13戦)。参戦初年度ということを考えれば、まずまず満足できる結果でした。

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情報提供元 [ WEBヤングマシン ]

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