賀曽利隆の新春ツーリング(伊豆半島編)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

2020年の第一弾目のツーリングは「岬めぐりの伊豆半島一周」。1月10日に旅立った。日帰りでの伊豆半島一周だ。

午前5時、神奈川県伊勢原市の我が家を出発。相棒のVストローム250に、「今年も頼むぞ!」とひと声かけて走り出す。西湘バイパス→熱海ビーチラインで熱海へ。熱海からは国道135号で東伊豆を南下する。

6時40分、伊東に到着。道の駅「伊東マリンタウン」で小休止。ここにはバイク専用の駐車エリアがある。
伊東を過ぎると、朝日に照らされた東伊豆の海を見る。

▲伊東に到着。道の駅「伊東マリンタウン」で小休止

▲朝日に染まる東伊豆の海

第1番目の岬は稲取岬。国道135号から東伊豆町の稲取に入っていく。伊豆急の稲取駅前を通り、稲取漁港を走り抜けて稲取岬の先端へ。岬の展望台からは伊豆大島、利島の伊豆七島を見る。ここにはどんつく神社があって、稲取の「どんつく祭り」で使われる巨根の「どんつく様」がまつられている。稲取岬の灯台は四角形。岬と神社、灯台、漁港はセットのようなものだ。

▲稲取岬を一望する

▲稲取岬の稲取漁港

▲稲取岬の「どんつく神社」の「どんつく様」

▲稲取岬の灯台

▲稲取岬では道を間違え、ここであやうく転倒するところだった

稲取岬から国道135号に戻ると、河津町を走り抜け、南伊豆の下田市に入る。河津・下田の市町境は本根岬。そのすぐ南側に第2番目の岬、尾ヶ崎の「尾ヶ崎ウイング」がある。そこからは南伊豆の海岸線を一望する。その先端がこれから向かう爪木崎。正面の海には利島、左手に伊豆大島、右手に新島と、伊豆七島の島々も見える。

▲尾ヶ崎から見る南伊豆の海岸線。その先端に爪木崎が見える

尾ヶ崎から白浜を通り、下田の町に入る手前で国道135号を左折し、小半島の須崎半島に入っていく。須崎半島の突端が第3番目の爪木崎。爪木崎は「水仙まつり」の最中で、群生する水仙の白い花が岬を埋め尽くしていた。その数300万本。爪木崎の灯台からは伊豆七島の新島が正面に見える。岬の遊歩道を歩いたあと、岬の「浜の食堂」で名物の「さんまずし」(700円)を食べる。

▲爪木崎にやってきた!

▲爪木崎突端への道。水仙の花が咲いている

▲爪木崎の灯台

▲爪木崎の「浜の食堂」

▲爪木崎の「浜の食堂」で「さんまずし」を食べる

南伊豆でさんまずしを食べるたびに、ぼくは南紀の新宮で食べたさんまずしを思い出す。黒潮で結ばれた南紀と南伊豆はよく似た風土。房総半島南部の安房も似ている。昔の南紀は日本の漁労文化の先進地帯で、進んだ技術を持った南紀の漁民たちは伊豆へ、安房へ、さらには遠く三陸へと黒潮にのって移り住み、日本の漁業技術は飛躍的に上がったという。そんな日本の「黒潮文化圏」を考えながら「さんまずし」を食べるのだった。

爪木崎をあとにすると下田の中心街を走り抜け、南伊豆町に入り、第4番目の石廊(いろう)崎へ。ここは伊豆半島最南端の岬。新しい道が完成し、有料(100円)の駐車場にVストローム250を止めた。
まずは完成して間もない「石廊崎オーシャンパーク」で昼食。「アジの干物定食」(600円)を食べた。さすが伊豆、アジの干物はうまかった。

▲下田に到着。ここは伊豆急の下田駅前

▲石廊崎の「石廊崎オーシャンパーク」で「アジの干物定食」を食べる

「石廊崎オーシャンパーク」から岬突端への遊歩道を歩いていく。この道は石室(いろう)神社の参道で、鳥居をくぐり抜けていく。石室神社があっての石廊崎、岬名も「石室崎」と書かれることもある。

▲石廊崎の灯台

▲石廊崎の突端を見下ろす

石廊埼灯台を過ぎると石室神社へと下っていく。石室神社を参拝すると、馬の背のように海に突き出た岬の突端まで行く。そこには熊野神社の祠がまつられている。黒潮つながりでの熊野神社だ。

▲石廊崎の突端にまつられている熊野神社の祠

石廊崎突端の展望台からは正面に伊豆七島の神津島を見る。左手には式根島、新島、鵜渡根島、利島の伊豆七島の島々がつづく。その手前には灯台のある神子元島が浮かんでいる。
石廊崎に立ち、こうして伊豆七島の島々を眺めていると、無性に「島めぐり」をしたくなるものだ。ぼくは「島めぐり日本一周」(2001年~2002年)をしたことがあるが、そのきっかけというのは、石廊崎から眺めるこの風景だった。

【関連コラム】
賀曽利隆のバイク旅(4)「島めぐり」

石廊崎を過ぎると、伊豆半島の西海岸を北上していく。国道136号に合流し、第5番目の波勝崎へ。「波勝崎苑」の広い駐車場から野猿の群れと出会える大窪浜に歩いて下っていくのだが、「波勝崎苑」は休園し、大窪浜への道も通行止になっていた。なんとも寂しい岬の風景だった。

▲「波勝崎苑」の休業で寂しくなった波勝崎

南伊豆町から西伊豆の松崎町に入り、雲見温泉を通っていく。ほんとうはここでひと晩、泊まりたかったのだが、時間がとれずに日帰りツーリングになってしまったのだ。残念…。雲見温泉はどこに泊まっても豪勢な夕食を食べられる。

▲雲見温泉の温泉街を見下ろす

▲雲見温泉から見る西伊豆の海

国道136号を北上。松崎を過ぎ、西伊豆町に入る。仁科の町を走り抜けたところで、名勝の堂ヶ島海岸を見る。

▲松崎の町並みを一望する

第6番目は黄金崎。国道136号からわずかに入ったところで、岬突端の駐車場までバイクで行ける。その名の通りで、岬の断崖は日を浴びて黄金色に輝いている。

▲黄金崎の「馬の背」。断崖が金色に輝いている

黄金崎には三島由紀夫の文学碑が建っている。それには黄金崎を描いた『獣の戯れ』の一節が書かれている。
「船首の左に、黄金崎の代緒いろの裸かの断崖が見えはじめた。沖天の日光が断崖の真上からなだれ落ち、こまかい起伏は、光にことごとくまぶされて、平滑な一枚の黄金の板のように見える。断崖の下の海は殊に碧い。異様な鋭い形の岩が牙をすり合わせてそそり立ち、そのぐるりにふくらんで迫り上がった水が岩の角々から白い千筋の糸になって流れ落ちた」

国道136号で西伊豆町から土肥(伊豆市)へ。国道136号の恋人岬PAにVストローム250を止めて、第7番目の恋人岬まで歩いていく。一人で歩くのはけっこう辛い。ここにやってくるのは、ラブラブのカップルが大半だからだ。

▲恋人岬の展望台への道

恋人岬PAから500メートルほどの「金の鐘」を鳴らし、岬突端の展望台の「愛の鐘」を鳴らす。自分一人で鳴らすのはけっこう虚しい。展望台からは海越しに富士山を見る。この展望台は以前は「富士見台」といわれていた。昭和58年には「富士見遊歩道」として岬までの小道が整備された。平成元年にはグアム島の「恋人岬」と提携。それまでの名無し岬が「日本版恋人岬」になったという訳だ。それが大当たり。今では西伊豆有数の観光地になっている。

▲恋人岬の展望台の「愛の鐘」

土肥温泉のある土肥の町から海沿いの県道17号を行く。
第8番目の旅人岬は夕日を見る絶好のポイント。恋人岬の大成功に続けとばかりに旅人岬と名づけ、広い駐車場を造った。旅人岬は県道17号のすぐ脇にある。

▲土肥の町に近い旅人岬

旅人岬を後にすると、西伊豆海岸の断崖上を縫って走る県道17号で戸田(沼津市)へ。戸田の町の手前で、駿河湾と戸田湾を分けるようにして突き出た岬が第9番目の御浜岬になる。

ここはスカシユリの群生地。6月には5万本ものスカシユリの花が咲き、岬はオレンジ色一色に染まる。ハマユウの群生地もある。7月から8月にかけては3万株のハマユウが白い花を咲かせる。イソブキの群生地もある。秋には3万株のイソブキが黄色い花を咲かせる。さらに岬の突端にはイヌマキが群生している。古木は樹齢数百年。全長750メートルの砂嘴の御浜岬には豊かな自然が残されているのだ。

▲御浜岬の灯台

▲御浜岬の海岸

戸田の町からさらに海沿いの県道17号を行く。
第10番目の岬は絶景岬の出逢い岬。そこからは目の前に御浜岬を見る。戸田湾を一望し、戸田の町並みと背後の西伊豆の山並みも一望する。

▲出逢い岬から見る御浜岬

▲戸田の町並みを見る

最後の第11番目の岬は大瀬崎。この岬は御浜岬と同じような砂嘴の岬。海越しに富士山を眺める。岬には引手力命神社。延喜式の式内社で、1500年もの歴史を誇る神社の境内には「伊豆七不思議」の神池がある。海のすぐそばなのに淡水なのだ。神秘的な池には3万匹以上の淡水魚が生息しているという。岬の先端は柏槇の樹林で覆われ、樹齢1000年以上の古木が何本もある。御神木の柏槇やオブジェ風の柏槇もある。岬の灯台に出ると、夕暮れの駿河湾を眺めた。

▲伊豆半島の「岬めぐり」の最後を飾る大瀬崎

▲大瀬崎の引手力命神社を参拝

▲大瀬崎の神秘の神池

▲大瀬崎の灯台

▲暮れゆく大瀬崎を見下ろす

大瀬崎を後にすると県道17号→国道414号で沼津へ。沼津ICから東名で帰った。「岬めぐりの伊豆半島一周」は全行程358キロだった。

新年になると、ぼくは前年の「賀曽利隆の旅の記録」をまとめています。
昨年の旅した日数は210日で、通算すると7963日になりました。バイクで走った距離は4万7637キロで、通算すると169万3326キロになりました(通算の記録は1968年4月12日以降のものです)。
「目指せ、200万キロ!」ということで、今年もカソリ、ガンガン走ります!

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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