賀曽利隆の「日本16端紀行」東日本編2

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「日本16端紀行」東日本編1

10月7日、本州最東端のトドヶ崎と本州最北端の大間崎の2端に立ち、大間崎に近い大間港にやってきた。ここから津軽海峡フェリーで函館に渡り、北海道の4端をめぐるのだ。

津軽海峡フェリーは14時10分、大間港を出港。津軽海峡を越えて函館港へ。甲板から遠ざかっていく大間の町並みを眺める。スーッと海に落ちていく下北半島の先端が本州最北端の大間崎になる。

▲大間港から津軽海峡フェリーで函館へ

▲大間港を出港

▲きらめく津軽海峡

下北半島が遠くなっていくのにつれて、前方の北海道の山並みがはっきりと見えてくる。目立つのは特徴のある山容の函館山。大間と函館は近い。
15時45分、函館港に到着。ここを出発点にして北海道東西南北端の4端をめぐるのだ。
「さー、行くぞ!」
と、相棒のVストローム250にひと声かけて走り出す。

▲函館港に上陸!

函館港から国道228号を行く。津軽海峡を左手に見ながら走る快走路。木古内、知内と通り、福島峠を越えて福島へ。道の駅「横綱の里ふくしま」で小休止。ここは千代の山、千代の富士の2人の大横綱の出身地だ。

17時20分、北海道最南端の白神岬に到着。函館港から80キロ。国道の脇には「北海道最南端」の碑が立っている。高台の上には赤白2色の灯台。対岸は津軽半島最北端の龍飛崎になる。ここは津軽海峡の出口。白神岬を過ぎると海は日本海になる。

▲北海道最南端の白神岬に到着。対岸は津軽半島最北端の龍飛崎

白神岬から10キロほどで北海道唯一の城下町、松前に到着。夕暮れの松前城を見る。 松前からはナイトラン。交通量はほとんどない。上ノ国に到着すると「セイコーマート」で夕食。「焼肉弁当」を食べて元気をつけて、さらに日本海沿いの国道228号を北上する。左手の暗い日本海には漁火が見える。

▲上ノ国の「セイコーマート」で夕食

19時、函館港から170キロの江差に到着。ここで泊まろうと思い、ホテル「ニューえさし」に行ったが、満室で泊まれず…。ということで、さらにナイトランをつづける。 江差からは国道228号を行く。

19時30分、函館港から180キロの乙部に到着。飛び込みで乙部温泉「光林荘」に行くと、うまい具合に泊まれた。助かった。ホッとした気分で、24時間入浴可の大浴場の湯にどっぷりとつかるのだった。

10月8日5時、乙部温泉「光林荘」を出発。国道229号を北上。夜明けの日本海を見ながら走る。日本海に浮かぶ奥尻島がよく見える。

▲夜明けの国道229号を行く

熊石(八雲町)を過ぎ、大成(せたな町)へ。
国道229号といったん分かれ、海沿いの道道740号を行く。大成の町を通り、太田の集落に近づくと、北海道本土最西端の尾花岬が見えてくる。岬への道はないので、太田漁港にVストローム250を止め、行止り地点まで海沿いの小道を歩いてみた。その先では切り立った断崖がストンと海に落ちている。

▲北海道最西端の尾花岬を見る

太田から尾花岬を貫く太田トンネル(全長3360m)を走り抜け、国道229号に合流。北檜山を通り瀬棚へ。「セイコーマート」で朝食。北海道では各地に「セイコーマート」があるのでありがたい。ここから奥尻島へのフェリーが出ているが、船上からは尾花岬がよく見える。

▲尾花岬を貫く太田トンネル(3360m)を走り抜ける

▲瀬棚の「セイコーマート」で朝食

瀬棚から国道229号を北上。茂津多岬を通り、弁慶岬へ。

▲茂津多岬突端の岩場

弁慶岬には弁慶像が建っている。大男の弁慶は高下駄をはき、右手にはナギナタを持っている。ここは義経の「北行伝説」の地。伝説によると、義経と弁慶の主従は奥州・平泉の衣川の戦いで敗れ去ったのではなく、それ以前に三陸の宮古に逃れたという。宮古からは八戸、十三湊を経て三厩から北海道の松前に渡り、日高の平取へ。そこから日本海に出て船出した。その後のルートだが、樺太に渡り、黒龍江(アムール川)沿いに蒙古(モンゴル)に入ったという。国内の義経の「北行伝説」のルート上には点々と義経神社や義経寺などがあり、伝説をもっともらしい話にしている。

▲弁慶岬の弁慶像

この先の雷電岬には「刀掛岩」と呼ばれる大岩がある。義経主従がこの地で休憩したとき、弁慶の刀が大きすぎて置くことができず、「エイッ!」とばかりに岩をひねってつくったという刀掛けなのだという。弁慶が背負っていた薪を降ろしたという「薪積岩」もある。

弁慶岬の語源はアイヌ語の「裂けたところ」を意味する「ペルケイ」だという。それに「弁慶」の字を当てた。岬の近くには「弁慶の土俵跡」が残されている。ここは弁慶が地元のアイヌの人たちと相撲をとった土俵跡だという。弁慶のはいていた高下駄をまつる弁慶堂や弁慶が別れの宴を催したという二ツ森の丘もある。
「悲劇のヒーロー」の義経を守り抜いた弁慶の体力と気力を神業と信じ、弁慶を守護神としてあがめる風習が北海道の各地に残されている。

寿都町から岩内町に入ったところが雷電岬で、ここも断崖がストンと海に落ちている。国道229号は刀掛トンネルで雷電岬を抜けていく。つづいて弁慶トンネル、雷電トンネルを抜けて岩内の町に入っていく。

岩内で積丹半島を一周する国道229号と分かれ、国道5号で稲穂峠を越えて余市へ。余市で国道229号と合流し、10時45分、小樽に到着。函館港から425キロ。「余市→小樽」間は国道5号と国道229号の重複区間になる。

▲小樽に到着。ここまでが国道229号

小樽からは国道5号→国道237号→国道231号で日本海を北上。石狩市から増毛町に入ったところが雄冬岬。国道231号沿いの「雄冬食堂」で昼食にする。「はまち丼」(1200円)を食べたが、これがすごい一品。天然ハマチのぶ厚い切り身が丼飯を覆い隠している。ボリューム満点のじつにうまいハマチだった。

▲雄冬岬の白銀の滝

▲雄冬岬の「雄冬食堂」で昼食

▲「雄冬食堂」の「はまち丼」

13時30分、増毛に到着。増毛は宝暦年間(1571年~1764年)に漁場として開発されて以来、ニシン漁の中心地として繁栄した。その栄華を今にとどめる歴史的な建造物が残されている。

増毛駅はかつてのJR留萌本線の終着駅(今は留萌が終着駅)。そんな増毛の駅前には旅館だった木造3階建の建物が残っている。駅前通りでは旧商家丸一本間家や増毛館、日本最北の造り酒屋、国稀酒造などの建物群が見られる。

▲かつてのJR留萌線の終点の増毛駅

増毛から留萌へ。留萌では黄金崎に立ち寄り、日本海沿いの国道232号を北上する。 Vストローム250を走らせながら、しばしばバックミラーに目をやる。というのはこの「留萌~天塩」間の国道232号では、何度も痛い目にあっているからだ。一斉やレーダーパト、白バイと3度もスピード違反で捕まった。
「今度はやられないぞ!」
という気分で、緊張感を持って走りつづけたのだ。

▲何度も痛い目にあっている国道232号を行く

▲羽幌の町を走り抜けていく

国道232号沿いの羽幌、初山別、遠別といった町々を通り過ぎ、15時45分、無事に手塩に到着。心底、ホッとした。天塩では町中を走り抜け、天塩港に出た。そこで日本海に流れ出る天塩川を眺めた。天塩川は全長306キロ。天塩岳(1558m)を源とする北海道第2の大河だ。

▲北海道の大河、天塩川の河口

天塩を出発。国道40号に合流すると稚内へ。稚内までは国道40号と国道232号の重複区間。稚内が国道232号の起点になっている。途中、豊富では豊富温泉に行き、「ニュー温泉閣ホテル」の湯に入った。

▲豊富温泉「ニュー温泉閣」の湯に入る

18時、稚内に到着。日本最北の駅、JR宗谷本線終点の稚内駅前でVストローム250を止め、「やったぜ!」のガッツポーズ。そのあと稚内港に面した日本最北の温泉、稚内温泉「港の湯」に入った。湯から上がると、隣接するロシア料理店「ペチカ」で夕食。スープの「ボルシチ」を飲み、ロシアパンの「ピロシキ」を食べた。

▲稚内駅前に到着。ここは日本最北端の駅

▲稚内のロシア料理店「ペチカ」で夕食。「ピロシキ」と「ボルシチ」。「シベリア横断」を思い出す

稚内からは国道238号で宗谷岬へ。
20時、日本最北端の宗谷岬に到着。函館港から830キロ。ライトアップされた「日本最北端の碑」の前に立ち、真っ暗な宗谷海峡を眺めた。この時間だと、人影もない。
暗い海の向こうのサハリンを見る。対岸はサハリン最南端のクリリオン岬。日本時代は西能登呂岬と呼ばれた。宗谷海峡の幅は43キロでしかないが、水平線上には明かりひとつ見えない。

▲日本最北端の宗谷岬に到着

「日本最北端の碑」を後にすると、すぐ近くの民宿「宗谷岬」に泊まるのだった。

▲民宿「宗谷岬」のバイク専用ガレージ

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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