賀曽利隆の「Vストローム250を相棒に 東北一周3000キロ」(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「キリマンジャロ挑戦!」(1980年)

8月1日。4時30分、新東名の厚木南ICを出発。「東北一周」の開始だ。10万キロを突破した相棒のVストローム250に、「さー、行くぞ!」とひと声かけて走り出す。圏央道→東北道→北関東道→常磐道と高速道を走り、9時30分、いわき勿来ICに到着。ここからは下道だ。

▲新東名の厚木南ICを出発

まずは東北太平洋岸最南端の岬、鵜ノ子岬へ。関東と東北を分ける鵜ノ子岬の北側、福島県の勿来漁港の岸壁にVストローム250を止めた。鵜ノ子岬の南側はアンコウ漁で知られる茨城県の平潟漁港になる。

▲鵜ノ子岬に到着

鵜ノ子岬を出発。海水浴客でにぎわう勿来海岸では海の家でイチゴの「かき氷」を食べ、源義家像の建つ「奥羽三関」の勿来関址を歩き、勿来(いわき市)からは国道6号を北上する。

▲にぎわう勿来海水浴場

▲「奥羽三関」のひとつ、勿来関址

四倉(いわき市)の道の駅「よつくら港」で昼食の「海鮮ちらしずし」(1000円)を食べた。この具だくさんの「海鮮ちらしずし」はよかった。

▲道の駅「よつくら港」の「海鮮ちらしずし」

いわき市から広野町を通り、楢葉町に入る。楢葉町の入口には道の駅「ならは」があるが、東日本大震災から9年目にして、ついに道の駅の温泉は再開された。さっそく入ってみる。道の駅の温泉、ならは羽黒山温泉の入浴料は700円。明るく広々とした浴室には清潔感が漂う。塩分を含んだ薄茶色の湯。無色透明の湯もある。この日は猛烈に暑い日で、道の駅「ならは」の湯に入って、さっぱりするのだった。

▲道の駅「ならは」の温泉再開!

楢葉町のJR常磐線の駅、木戸駅と竜田駅に寄り、楢葉町最北の波倉に行く。波倉の海岸からは楢葉町と富岡町にまたがる東京電力の福島第2原子力発電所がよく見える。前日の7月31日、東電は福島第2の廃炉を正式に決めた。これから何十年という長い年月をかけての廃炉作業が始まる。大津波でズタズタにされた波倉の防潮堤は、新しく造り直されていた。

▲廃炉が決まった東京電力福島第2原子力発電所

楢葉町から富岡町に入る。国道6号の富岡~浪江は二輪の通行禁止区間になっているので、その間は常磐富岡IC~浪江ICの常磐道で迂回した。常磐富岡IC~浪江IC間には3月31日に大熊ICが開通したが、二輪の通行は不可。浪江ICで常磐道を降り、国道114号で浪江の町へ。町役場の前にはイオンができていた。

▲浪江にイオンができた!

国道6号で南相馬市に入り、小高ではJR常磐線の小高駅前でVストローム250を止めた。自販機のリンゴジュースを飲んだあと、海沿いの県道260号を行く。長い間、通行止の区間のあった県道260号だが、今は全線が通行可。海岸には万里の長城のような巨大防潮堤がつづく。

▲JR常磐線の小高駅で小休止

そのまま県道74号に入り、相馬市に入ったところで、一軒宿の蒲庭温泉「蒲庭館」に泊まった。温泉にどっぷりとつかり、湯から上がると夕食。「昭和の膳」を思わせるような膳での食事。海鮮鍋、刺身、煮魚、ツブ貝といった海鮮料理の夕食だった。

▲今晩の宿、蒲庭温泉「蒲庭館」に到着

▲蒲庭温泉「蒲庭館」の夕食。昭和の膳!

▲蒲庭温泉「蒲庭館」の朝湯に入る

8月2日。蒲庭温泉「蒲庭館」の朝湯に入り、朝食を食べ、7時30分に出発。県道74号から大洲松川浦ラインを行く。大津波で破壊されたこの道も、2車線の快適なシーサイドラインに生まれ変った。右手に太平洋、左手に松川浦を見ながら走る。

▲太平洋と松川浦を分ける大洲松川浦ライン

鵜ノ尾岬では駐車場にVストローム250を止めて岬を歩く。展望台からは新松川浦漁港を足元に見下ろした。白い四角い灯台を見て、岬突端の海洋調査船「へりおす」遭難の碑まで行った。「へりおす」は1986年6月16日、鵜ノ尾岬で遭難し、9名の乗員が亡くなった。

▲松川浦をまたぐ松川浦大橋

松川浦大橋を渡り、松川浦の町に入っていく。ここからは海沿いの県道38号を行く。県道38号は宮城県境近くの落橋で長らく通行止だったが、今では真新しい舗装の2車線の快走路になり、全線が通れるようになった。

▲新地を走る県道38号の新道

県道38号で宮城県に入った。亘理からは県道10号を行く。阿武隈川河口の荒浜では、わたり温泉「鳥の海」の湯に入り、荒浜漁港前の「鳥の海ふれあい市場」を歩いた。

▲荒浜のわたり温泉「鳥の海」

▲鳥の海の荒浜漁港

県道10号の亘理大橋で阿武隈川を渡り、岩沼市から名取市へ。

名取市では県道10号を右折して名取川河口の閖上(ゆりあげ)に行く。日和山には富士姫神社と閖上湊神社がまつられているが、そこから今の閖上を見渡す。完成した水産加工場や、造成地に建設された災害公営住宅を見る。日和山や慰霊碑のある一帯は、「震災メモリアル公園」として整備されている。

▲閖上の日和山

県道10号の閖上大橋で名取川を渡り、仙台市に入った。
仙台市内の県道10号のかさ上げ工事はかなりできている。一部の区間ではすでに使用されている。この新道は仙台市内の県道10号の海側に、新たに高さ6メートルのかさ上げ道路をつくり、震災時、仙台東部道路が果たしたのと同じような堤防の役目を果たすという計画だ。

▲県道10号を北上。右側が盛土の新道

宮城県の被災地最前線の県道10号は現在、大半は片側一車線。交通量は多く、大型トラックが列を成して走るような産業道路なので、この新道が完成したらずいぶんと変わることだろう。

仙台市若林区の荒浜に行く。入口の荒浜小学校は震災遺構として残され、大津波に襲われた校舎を見学できるようになっている。屋上からは一軒の家も残っていない荒野を一望する。荒浜ではちょうどこの日、8月2日から住宅跡が震災遺構として公開され、記念の式典が開かれていた。荒浜には震災以前、約800世帯2200人が暮らしていた。ここだけで200人近い人たちが大津波で亡くなったが、海岸に建つ慰霊碑には犠牲者の名前が刻み込まれている。

▲荒浜(仙台市)の荒浜小学校跡は震災遺構になっている

▲荒浜(仙台市)の大津波に襲われた住宅跡

▲荒浜(仙台市)の東日本大震災の慰霊碑と観音像

県道10号で仙台市から多賀城市に入る。牛タンのチェーン店「たんや善次郎」で昼食にする。カソリおすすめの「牛たん定食」(1200円)を食べて店を出ると、CB750に乗る「みさみささん」が待ち構えてくれていた。XL250のパリダカに乗るお父さんも「カソリ本」の愛読者だとのことでうれしくなる。

▲多賀城の「たんや善治郎」の「牛たん定食」
▲多賀城での「みさみささん」との出会い

ここからは「みさみささん」のCB750と一緒に走る。
塩竈では「みさみささん」が奥州の一宮の塩竈神社を案内してくれた。若い「みさみささん」は大の神社ファンで、バイクを走らせて東北各地の神社めぐりをしている。ということで、ここでは塩竃神社のまわり方を教えてもらった。まずは隣接する式内社の志波姫神社を参拝するのだという。

次の塩竃神社では別宮からまわり、そのあとで本宮の左宮と右宮を参拝するのだという。左宮と右宮はどちらが先でもかまわないとのこと。塩竃神社を参拝しながら、「みさみささん」とは「東北の式内社談義」で盛り上がった。式内社というのは、平安時代の延喜式の神名帳に記載されている古社のことだ。

▲奥州の一宮、塩竃神社を参拝

「日本三景」の松島からは、松島湾沿いの県道27号を行く。東松島市の野蒜地区は大津波で壊滅的にやられたところだが、JR仙石線の旧野蒜駅は震災遺構として残されている。駅舎は建て替えられ、今では「野蒜地域交流センター」になっている。
「みさみささん」と一緒に2階の「東松島市震災復興伝承館」を見学。展示されている大津波に襲われた東松島市の惨状の写真を見てまわった。ここを最後に「みさみささん」と別れた。

▲野蒜の「震災復興伝承館」を見学

石巻市に入ると海沿いの道を走り、日本製紙の石巻工場の前を走っていく。東日本大震災直後に日本製紙の石巻工場を見たときは、「もう操業は不可能なのではないか…」と思った。それほど大きな津波の被害を受けた。ところが何と震災から6ヵ月後には操業を再開したのだ。2011年の9月に再訪した時、ぼくは思わず、「おめでとう、日本製紙よ!」と、日本でも最大級の製紙工場、日本製紙の石巻工場に向かって叫んだ。何ともなつかしい思い出だ。

▲日本製紙の石巻工場

旧北上川の河口にかかる日和大橋を渡り、国道398号に合流。渡波で右折して、「サン・ファンパーク」に隣接する「サンファンヴィレッジ」へ。17時に到着。ここでは風間深志さんが出迎えてくれた。翌日は「サン・ファンパーク」で「MFJ東北復興応援ツーリング2019」が開催される。風間さんはその主催者。翌日のイベントではカソリと風間さん、美人タレントの美環さんとのトークショーが予定されているのだ。

▲石巻の「サンファンヴィレッジ」に到着

風間さんと一緒にタクシーで石巻の市内へ。MFJ会長の鈴木哲夫さんらとお会いし、すし屋で刺身の盛り合わせや握りずしを食べた。さすが石巻、刺身も握りずしも実にうまかった。風間さん、おいしかったよ、ご馳走さま!

▲万石浦に昇る朝日

8月3日。5時に「サンファンヴィレッジ」を出発。午前中は「石巻探訪」だ。万石浦に昇る朝日を見て、JR石巻線の渡波駅前から走り出す。まずは石巻漁港に行き、日本でも最大級の魚市場を見る。そのあと魚市場前の「斎太郎食堂」で朝食。「カツオ刺身定食」(800円)を食べたが、ショウガ醤油で食べたカツオの刺身は鮮度抜群!

▲「斎太郎食堂」の「カツオ刺身定食」

8時に石巻駅前に行き、そこで美環さんと女性編集者&カメラマンの保田さんに落ち合った。ここからは3人での「石巻探訪」だ。まずは鹿島御児神社がまつられている日和山に行き、そこから石巻を見下ろした。旧北上川が石巻湾に流れ出ていく。河口にかかる日和大橋がよく見える。足下には旧門脇小学校が見える。この一帯では大津波で多くの犠牲者を出したが、門脇小学校の児童全員は裏山に逃げて無事だった。旧門脇小学校は震災遺構で残されている。

▲石巻駅前を出発

▲日和山から見下ろす石巻

日和山を降りると石巻の旧北上川沿いにある「石巻元気市場」を歩き、子供連れでにぎわう石ノ森萬画館を見学し、「サン・ファンパーク」に戻った。

▲「石巻元気市場」を歩く

13時、「MFJ東北復興応援ツーリング2019」の式典開始。猛烈な暑さの中、多くのライダーのみなさんが会場にきてくれた。風間さん、美環さんとカソリのトークショーを終え、会場を出発したのは15時。ここからは坂間さん、渡辺さんと一緒に女川へ。神奈川から来てくれた坂間さんは、オーストラリアを一緒に走った「豪州軍団」の仲間。福島から来てくれた渡辺さんとは一緒に東北を何度も走っている。震災前の温泉めぐりをしたこともある。

我々の今晩の宿、女川温泉「ホテル華夕美」に到着。さっそく大浴場と露天風呂に入る。露天風呂は木の湯船で絶景湯だ。目の前の万石浦を一望し、対岸の牡鹿半島へとつづく山並みを眺めた。坂間さん、渡辺さんとは、湯につかりながらの「バイク談義」、「旅談義」で大盛り上がり。
やがて夕日が万石浦を金色に染めて落ちていく。湯から上がると飲み会開始。痛風の発症したカソリは麦茶、坂間さんと渡辺さんはビールで乾杯。夕食でも乾杯し、さらに夕食後の部屋での飲み会でも乾杯。乾杯、乾杯、乾杯を繰り返し、夜も更けていくのだった。

▲女川温泉「華夕美」の露天風呂に渡辺さんと入る

▲女川温泉「華夕美」の夕食

▲女川温泉「華夕美」を出発

8月4日。女川温泉「ホテル華夕美」の朝湯に入り、朝食を食べ、8時に出発。女川に到着すると、まずは高台の女川町地域医療センター(旧女川町民病院)前から、建設中の町を見下ろした。盛り土した土地の造成は終わり、かさ上げされているので、病院のある高台が低くなったかのような錯覚を覚える。
次にJR石巻線の終着駅、女川駅に行く。きれいな駅舎の2階には、日帰り湯の女川温泉「ゆぽっぽ」がある。駅前の新しい商店街を歩いたところで、坂間さんと別れた。

▲女川の今。復興の真っ最中!

渡辺さんと一緒に女川を出発。渡辺さんのバイクもVストローム250なので、2台のVストローム250を走らせ、国道398号で雄勝へ。震災後、見捨てられたような感のある雄勝だが、高台移転の町並みが少しづつ出来始めている。雄勝湾の巨大防潮堤はほぼ完成している。

雄勝からさらに国道398号を行く。釜谷峠のトンネルを抜け、平成三陸大津波最大の悲劇の現場といっていい大川小学校跡を見る。大川小学校の建物はまだ残っている。震災遺構で残すようだ。ここでは108人の児童のうち74人が亡くなった。

大川小学校を後にすると、北上川にかかる新北上大橋を渡り、北上川の堤防上を行く。堤防工事と2車線の新道が完成。白浜海岸でVストローム250を止め、広々とした北上川の河口を眺めた。白浜海岸の海水浴場は大勢の人たちでにぎわっていた。

▲三陸海岸の名勝、神割崎

三陸海岸の名勝、神割崎に寄り、南三陸町に入った。国道45号に合流し、南三陸町の中心の志津川へ。町全体が一大工事現場。その中に大津波のシンボル的存在の防災センターが見える。

▲南三陸町の「防災庁舎」は残っている

「南三陸さんさん商店街」の「ミニストップ」で昼食。コンビニ弁当を食べ、ここで渡辺さんと別れた。南三陸からは国道45号を北上。国道45号の気仙沼バイパスで気仙沼を走り抜け、宮城県から岩手県に入った。(つづく)

▲南三陸町の「南三陸さんさん商店街」での渡辺さんとの別れ

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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