カソリの続・桜紀行(奥武蔵~秩父の峠越え編)賀曽利隆が桜の名所を巡る

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:カソリの桜紀行 賀曽利隆がVストローム250で桜の名所を巡る

4月9日。相模路につづいて、秩父路の「桜紀行」に出発。これが我が平成最後の桜紀行になる。新東名の厚木南ICから圏央道に入り、6時、狭山日高ICに到着。そこから飯能へ。西武池袋線の飯能駅前で相棒のVストローム250を止めた。

▲西武池袋線の飯能駅前を出発

「奥武蔵~秩父の峠越え」を開始。飯能から国道299号で秩父に向かう。
まずは第1番目の高麗峠を越えた。峠の桜は満開。大きく枝を広げた見事な桜だ。峠下の滝不動の桜も満開。その先の高麗の「ローソン」で朝食の「幕ノ内弁当」を食べた。

▲高麗の「ローソン」で朝食

高麗川沿いの国道299号を走りながら川沿いの桜を見る。華やかな桜の風景。天気は快晴で抜けるような青空が広がっている。青空の下の桜は一段と映える。

▲国道299号沿いの桜

吾野では国道299号のバイパスから旧道に入り、秩父街道の吾野宿を走り抜けた。

▲秩父街道の吾野宿を行く

▲吾野の高麗川沿いの桜

吾野からは「八徳の桜」を見に行く。国道299号の吾野トンネル西の交差点から顔振峠への道に入り、最初の分岐を直進。山中に入り、3、4キロほど登ったところが八徳の集落。急な斜面に何戸かの家がある。ここの桜は素晴らしい。満開の桜の下からは奥武蔵の山々を一望する。

▲八徳の桜からの眺め

▲八徳の桜を見下ろす

八徳からさらに登っていくと奥武蔵グリーンラインに出るが、T字の分岐を右折し、第2番目の顔振峠へ。ここでも満開の桜を見た。展望台からは奥武蔵の山並みの向こうに富士山が見えた。

▲絶景の顔振峠の桜

顔振峠から吾野に下り、国道299号を走る。西武秩父線の正丸駅で小休止したあと、第3番目の正丸峠へ。ここでは旧道を登っていく。春の雪が降った直後のことなので雪道を心配したが、まったくの杞憂で、路面にも路肩にも雪は見られなかった。凍結箇所もなかった。この季節ならではで、雪が降ってもすぐに消える。

標高650メートルの正丸峠に到達。Vストローム250を止めると、峠の茶屋の「奥村茶屋」で「田舎しるこ」を食べた。おしる粉には黄色い餅が入っていた。キビ餅だ。
正丸峠の峠上に桜はなかったが、峠を下った峠下の桜を見た。

▲正丸峠の峠の茶屋「奥村茶屋」

▲「奥村茶屋」の「田舎しるこ」

国道299号に合流し、秩父盆地へと下っていく。秩父の町に入る手前では国道299号を右折し、寺坂棚田まで行ってみる。そこからは目の前に聳え立つ秩父のシンボル、武甲山を眺めた。

▲寺坂棚田から見る武甲山

つづいて国道299号を左折して秩父の花の名所、羊山公園へ。満開の桜の下で、花見弁当を食べながら花見をする人たちの光景は、まさに「秩父の春」。一面に芝桜が咲く「芝桜の丘」の正面にも武甲山が大きく聳え立っていた。

11時30分、秩父に到着。町の中心にある秩父神社を参拝。境内のしだれ桜が咲き誇っていた。ここまでが前半戦。圏央道の狭山日高ICから70キロの走行距離だ。

▲秩父神社のしだれ桜

さー、「奥武蔵~秩父の峠越え」の後半戦開始だ。
秩父から国道140号を長瀞方向へ。大野原の交差で右折し、定峰峠を越える県道11号に入る。県道11号沿いの桜は満開だ。

定峰峠に向かう前に、「秩父34ヵ所」第1番の札所、四萬部寺に寄っていく。なつかしの「秩父34ヵ所」。我が「60代編日本一周」の第2部では、「日本100観音霊場めぐり」をした。関西の「西国33番」、関東の「坂東33番」、それと秩父の「秩父34番」が日本100観音霊場になる。125ccスクーターのアドレスV125Gを走らせての巡礼旅だった。その最後が秩父。第1番札所の四萬部寺から第34番札所の水潜寺までをめぐった。そんな秩父が無性になつかしく思い出されてくるのだった。

▲「秩父34ヵ所」第1番札所の四萬部寺

県道11号に戻ると、第4番目の定峰峠を目指して山中に入っていく。道は狭路に変る。渓谷の桜がきれいに咲いていた。定峰の集落を過ぎ、峠道を登りつめ、標高620メートルの定峰峠に到達。ここで奥武蔵グリーンラインと交差する。峠の茶屋「定峰峠」で昼食の「山菜そば」を食べた。

▲県道11号で定峰峠を登っていく

▲定峰峠の峠の茶屋「定峰峠」

▲「定峰峠」の「山菜そば」

定峰峠からは山上道の奥武蔵グリーンラインで第5番目の白石峠まで走り、そこで折り返して定峰峠に戻った。定峰峠は秩父市と東秩父村の境。東秩父村は埼玉県に残った唯一の村だ。豊かな自然と穏やかな田園風景がたっぷりと残っている。

▲定峰峠の桜

県道11号を下っていく。峠下の集落が白石。白石を過ぎると、県道11号は道幅が広くなり、走りやすくなる。皆谷の手前を左に折れ、第6番目の粥新田を目指して登っていく。八幡神社の前を通り、狭路の峠道を登り詰めると標高540メートルの粥新田峠に到達。北の登谷山(658m)と南の大霧山(767m)を結ぶ稜線上の山道と自動車道の交差する地点が粥新田峠だ。自動車道の最高所は粥新田峠を過ぎた地点。

▲粥新田峠を登っていく。八幡神社前で

▲粥新田峠に到達。ここで登山道の山上道と交差する

粥新田峠の東屋で『ツーリングマップル』を見ながら小休止。一息入れたところで第7番目の二本木峠に向かう。来た道を引き返し、分岐を左へ。大霧山と登谷山を結ぶ稜線に沿った山上道を行く。県道361号に合流すると2車線の道になる。そこは秩父高原牧場。観光施設の「モーモーハウス」や直売場、関東平野を一望する展望広場がある。

▲山上道の県道361号で秩父高原牧場を走り抜けていく

秩父高原牧場を過ぎると県道361号は急なカーブの連続する狭路になり、標高594メートルの二本木峠に到達。ここで秩父盆地と東秩父村を結ぶ峠道と交差する。Vストローム250を止めて秩父盆地側を見ると、桃の花の向こうに連なる秩父の山並みが見えた。二本木峠は山ツツジの群落で知られている。5月になると、峠の周辺は山ツツジの赤い花で彩られる。

▲二本木峠からの眺め。秩父の山並みが見える

二本木峠からさらに県道361号を行く。第8番目の峠は茱萸ノ木(ぐみのき)峠。峠上で道は二又に分かれている。真中の登山道は登谷山山頂への道。茱萸ノ木峠からまずは右へ。狭路の山道を下ったところは東秩父村の大内沢の集落。ここは「花桃の郷」で知られているが、あたり一面が花桃の濃い桃色で覆われていた。桜とはまた違うすごい眺めだ。

▲茱萸ノ木峠。右は「花桃の郷」の大内沢へ。釜伏峠は左

茱萸ノ木峠に戻ると、今度は分岐を左へ。この道が第9番目の釜伏峠への道になる。左手の秩父盆地と秩父の山並みを見ながら走り、標高533メートルの釜伏峠に到達。満開の桜の下にVストローム250を止めた。峠の交差点の右が関東平野の寄居への道、左が秩父盆地の皆野への道。峠上の釜山神社を参拝すると皆野に下った。

▲釜伏峠の桜の下にVストローム250を止める

▲釜伏峠の峠上の釜山神社を参拝

今回、越えた9峠のうち、正丸峠と粥新田峠、釜伏峠は秩父と江戸(東京)を結ぶ重要な峠だった。秩父に市の立つ日などは、何百頭もの荷物を積んだ駄馬が峠を越えたという。3峠のうち、正丸峠は今でも重要な峠だが、粥新田峠と釜伏峠は忘れ去られたような峠になっている。峠の盛衰を見る思いがした。

皆野からは国道140号で関越道の花園ICへ。その途中では長瀞の桜並木を走った。長瀞の桜は満開だった。道の駅「はなぞの」では「みたらしだんご」を食べた。これが「花見の団子」。18時、関越道の花園ICに到着。圏央道の狭山日高ICから155キロ走っての到着だった。

▲関越道の花園ICに到着。「奥武蔵~秩父の峠越え」、終了!

今回の「奥武蔵~秩父の峠越え」は、「ツーリングマップルツーリング第4回目」の「秩父編」で走りきれなかったルートです。みなさん、ぜひとも「ツーリングマップルツーリング第4回目」の「秩父編」をもご覧になってください。

【関連コラム】
賀曽利隆の「ツーリングマップル・ツーリング」(第4回目)ツーリングマップル関東甲信越 P47 秩父編

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカと、バイクで世界の6大陸を駆けめぐる。
1975年の結婚後も旅をつづけ、赤ん坊連れでの「シベリア横断→サハラ砂漠縦断」を成しとげる。
1980年、鈴木忠男さん、風間深志さんとバイクでキリマンジャロ挑戦。1982年には風間深志さんと「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦を果たす。
1987年~1988年には「サハラ砂漠往復縦断」を成しとげる。
「30年代編日本一周」以降、10年ごとの「年代編日本一周」を繰り返し、2018年12月31日には1年4ヵ月に及ぶ「70代編日本一周」を終えた。
「年代編日本一周」とは別に、「島めぐり日本一周」、「温泉めぐり日本一周」、「林道日本一周」の「テーマ編日本一周」もおこなっている。2006年~2007年の「温泉めぐり日本一周」では1年間で3,063湯の温泉(温泉地)に入り、ギネスの世界記録に認定されている。『ツーリングマップル』の「東北」担当で、東北の道という道を精力的に走りまわっている。モットーは「生涯旅人!」

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