ドイツで結実しつつある市場復活策をINTERMOTで見た

【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】

かつての三国同盟国は、バイク産業の三大中心国?

現在、世界的にメジャーなバイク博覧会は、毎年開催のEICMAミラノショーと偶数年に開催のINTERMOTケルンショーです。このイタリアとドイツはバイク市場としても大きく、これらに加え我らが日本は4大メーカーがある世界最大の生産国です。

この日独伊の3国は、第二次世界大戦当時に三国同盟を結んでいました。これらファシズムに走った敗戦国は、戦後の混乱期に庶民の足としてバイクが普及、今日に繋がっているのは全くの偶然ではないでしょう。

ところが、この3国、国民性は実に異質です。リーマンショックでバイク市場が落ち込んだ頃のショーやイベントでの主催者の挨拶を想像してみてください。

日本「この業界の前途は多難であります。(でも、せいぜい頑張りましょう)」
ドイツ「我々の将来に何も恐れるものはありません。(そのために、やるべきことにしっかり取り組まなくては)」
イタリア「こんなときこそ我々はポジティブでないといけないのです。(気分が暗くなってどうするの)」

まあ、こんな具合でしょうか。こうした姿勢の違いはそれぞれに反映されていると思えます。

今年のINTERMOTでは、21歳以下の入場者が50%も増加した

ケルンから帰って間もなく、閉幕したINTERMOTからレポートが届きました。それによると、21歳以下の入場者が2年前より50%も増加したそうです。若者のバイクに対する興味が高まってきたということです。

私はその事実に身震いがしました。やるべきことをやれば報われるということ、そして、施策を企画し実行してきたIVM(ドイツ二輪車工業会)の最高責任者、ライナー・ブレンディッケ氏の凄さに感激したのです。

INTERMOTでは例年、3人のスピーチによる開会セレモニーが行われます。写真は向かって左から、会場であるケルンメッセの代表者ゲラルト・ボーゼ氏、IVM代表のラルフ・ケラー氏(この役職は各メーカーが持ち回りで担当、彼はヤマハ・ドイツのジェネラルマネージャーでもある)、そして、右端がブレンディッケ氏です。

ブレンディッケ氏には、18年余り前にお話を伺ったことがあります。当時の彼はIFZ(二輪車安全研究所)の代表者で、IFZの研究結果を元に、IVMは車輛規則とか免許制度、税制などに関しての活動も行っています。彼によると、事故は高速道路では少なく、同乗者の死亡率はわずか10%。事故率と馬力との間に相関関係はなく、高速道路二人乗り禁止や馬力規制の不合理さを証明、100ps規制も撤廃させてきたのです。

また、ドイツでさえ1960年代はバイクに不良のイメージがあったそうですが、マナーの改善をはたらきかけ、スポーツバイクの世界最大の市場を築き上げてきたといいます。関係者の努力あってのものと実感させられたのです。

若者がバイクに興味を示さないのは、バイクと触れる機会がないから

そのドイツも日本に倣うように、2000年代中盤には市場が落ち込み、若者のバイク離れが始まっていました。そんな折、2008年のINTERMOTで現職に就任していた彼にお会いしました。彼はその現状をいかに打破していくのか。彼は具体的に多くを語りませんでしたが、自信たっぷりに「打つ手はある」と呟いたことが印象的でした。

そして、その2年後の2010年のINTERRMOTは、それまでの博覧会とか商談会としてだけでなく、人々がバイクと触れ合う場として変貌していました。これが彼の打った手なのかと思ったものです。

様々なカテゴリーのバイクの試乗会や、簡単な競技会、バイクショーなどが催され、それはまるで遊園地を思わせました。子供たちがバイクに触れ合う機会が用意され、写真のように、自転車からミニモトクロスまで、とにかく二輪車と関わるきっかけを与えようとしたのです。

▼INTERMOT 2010の様子

そのうえショー会場だけでなく、ADAC(日本のJAFに相当)などとも協力して、イベントを展開してきたといいます。今回の会場内に保育園が設けられていることも、機会を広げるための取り組みでしょう。

その10年来の結果が、若年層の入場者増加に繋がっていると思えてならないのです。
若年層がバイクに興味を示さなくなったのは、バーチャルの世界で満足するとともに、他に楽しめるものが多くなったためと言われています。でも、ひょっとすると彼は、子供たちがバイクと触れ始めることのできる場が減ったためと考えたのかもしれません。

昔なら私がそうであったように、空き地や農地、非合法ながら交通量の少ない田舎道でバイクに触れ、そのバイクも90cc以下が多く、身長130cm以下の子供にだってこなすことができたのですが、今ではそうした場が必要なのでしょう。

一人の実力者が腰を据えて仕事に打ち込める土壌があること、目標達成のために団体間に垣根がないことなど、日本とは違った事情もありそうですが、まだまだ日本にも可能性があると思わざるを得ないのです。

▼関連記事まとめ

和歌山利宏

和歌山利宏 モーターサイクルジャーナリスト

投稿者プロフィール

1975年にヤマハ発動機に入社。ロードスポーツの開発に携わる。
レーシングライダーとしても活躍し、鈴鹿8耐第4回大会では4位入賞。
85年からはヨコハマゴム契約となり、タイヤの開発テストを行うとともに、
ワイルドカード参戦した87年の日本GPでは、250ccクラスで11位に入る。
90年からはジャーナリストとしての活動を始め、現在に至る。

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