賀曽利隆の「70代編日本一周」(8)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「70代編日本一周」(7)

11月14日(第61日目)国道1号を行く

伊勢原の自宅を5時に出発。「日本一周」の相棒Vストローム250を走らせ、午前6時30分、東京・日本橋に立った。

▲東京の日本橋を出発!

早朝の日本橋を出発し、国道1号を行く。日比谷の交差点から警視庁前を通り、五反田から多摩川を渡って神奈川県に入る。川崎の「吉野家」で「納豆定食」を食べ、横浜から保土ヶ谷宿、戸塚宿、藤沢宿、平塚宿、大磯宿、小田原宿と東海道の宿場を通っていく。

▲東京の五反田を通過
▲ここは国道1号の横浜駅前

箱根宿から箱根峠を越える。ここは神奈川・静岡の県境であり、相模・伊豆の国境であり、さらには東国と西国を分ける峠にもなっている。まさに日本を東西に二分する峠。そんな箱根峠の「峠茶屋」で「焼肉定食」を食べた。

▲箱根峠の「峠茶屋」で昼食#

静岡県に入ると雨。15時、静岡着、17時、浜松着。愛知県に入る頃には雨は止んだ。
19時、岡崎着。ここではセロー250に愛犬の「りんちゃん」を乗せた吉田さん、Vストローム1000に乗る2人の若者の「鉄火巻さん」と「けーんさん」に再会。岡崎の「王将」で一緒に夕食を食べた。

▲岡崎の「王将」で夕食。吉田さん(右)と鉄火巻さん

「王将」にはスーパーカブに乗った「あおさん」も来てくれた。何ともうれしいライダーのみなさんとの出会い。みなさんに見送られて岡崎を出発するのだった。

国道1号のナイトラン。22時、名古屋着。三重県に入り、23時30分、四日市着。東海道の難所、鈴鹿峠を越え、滋賀県に入ると大津を通り、1時30分、京都に到着。烏丸五条の「東横イン」に泊まった。(本日の走行距離584キロ)

11月15日(第62日目)京都を拠点にしての関西周遊

5時30分、京都を出発。洞ヶ峠を越えて大阪府に入り、7時30分、大阪駅前の梅田新道の交差点に到着。
ここが国道1号の終点で、国道2号はここから始まる。和歌山に通じる国道26号の起点にもなっている。「大阪の十字路」、梅田新道の交差点からは国道26号を南下する。奈良盆地から流れ出る大和川を渡り、堺、岸和田を通り、和歌山県に入った。

▲大阪の梅田新道の交差点

▲朝日に照らされた大和川

紀ノ川を渡り、10時30分、和歌山城を間近に見る「和歌山城角」の交差点に到着。ここが国道26号の終点になる。ここはまた京都から奈良経由で和歌山に通じる国道24号の終点であり、浜松を起点にする紀伊半島一周ルートの国道42号の終点にもなっている。まさに「和歌山の十字路」なのである。

▲「和歌山の十字路」の和歌山城角の交差点

和歌山からは国道24号で紀ノ川に沿って走る。橋本を過ぎると奈良県に入り、五條からはゆるやかな峠を越えて奈良盆地に入っていく。大和郡山、奈良を通り、京都府に入り、15時、京都に戻った。「京都→京都262キロ」の関西周遊だ。

▲国道24号のゆるやかな峠を越えて奈良盆地へ

京都からは山陰道の国道9号を行く。老ノ坂峠を越えて亀岡に入ると、道の駅「ガレリアかめおか」で小休止。名産亀岡牛のコロッケを食べた。

▲京都からは山陰道の国道9号を行く

▲国道9号の老ノ坂峠を越えて亀岡へ

園部(南丹市)を過ぎ、中央分水嶺の観音峠を越えて福知山へ。福知山到着は18時30分。福知山駅前のビジネスホテル「松代屋」に宿をとると、駅前の居酒屋「ライオン丸」で枝豆、もつ煮をつまみにして生ビールを飲む。そのあとは和牛カルビーの溶岩焼き、濃厚赤ホルモンを食べながら地酒を飲んだ。
最後はラーメン店で「タンメン」を食べた。(本日の走行距離376キロ)


▲福知山の「ライオン丸」の「和牛カルビ溶岩焼」

11月16日(第63日目)境港から隠岐に渡る!

福知山出発は6時。ビジネスホテル「松代屋」を出るとびっくり。スーパーカブ110に乗る「かえりんさん」が待ち構えていたのだ。一緒に国道9号を走る。「ファミリーマート」で明太子と紀州梅のおにぎりを食べ、兵庫県境の夜久野峠で「かえりんさん」と別れた。

▲「かえりんさん」と一緒に国道9号を走る

兵庫県に入ると和田山(朝来市)、八鹿(養父市)、湯村温泉と通り、蒲生峠を越えて鳥取県に入る。蒲生峠は関西と中国を分ける西日本の大きな境目。
Vストローム250で国道9号を西へ、西へと走る。10時30分、鳥取着。13時30分、米子着。米子からは国道431号を行き、14時、境港に到着。

▲国道9号の蒲生峠。ここは関西と中国の境
▲鳥取県に入る。日本海が目に飛び込んでくる

14時25分発の隠岐汽船の「フェリーしらしま」に乗船。隠岐の島旅が始まった。

▲境港から隠岐汽船の「フェリーしらしま」に乗船。隠岐へ!

隠岐は島前(どうぜん)と島後(どうご)から成っているが、17時05分、「フェリーしらしま」は島前・西ノ島の別府港に到着。港近くの「竹並旅館」に泊まった。(本日の走行距離157キロ)

11月17日(第64日目)日本屈指の海岸美に感動!

▲夜明けの隠岐の海。波ひとつない

「竹並旅館」の朝食を食べ、西ノ島の中心、浦郷へ。ここにある隠岐の一の宮、由良比女神社を参拝。隠岐は佐渡、淡路、壱岐、対馬と同じように一国を成している。神社前の海は伝説の「イカ寄せの浜」だ。

浦郷を拠点にして西ノ島をまわる。西ノ島には島一周の道がないので、それぞれの道の尽きるところまで行く。

▲絶景の国賀海岸にやってきた!

まずは日本屈指の海岸美を誇る国賀海岸に行く。海に落ち込む断崖が浸食されて橋のような形になった「通天橋」や高さ257メートルもの大断崖がストンと海に落ちる「摩天崖」を見る。島とは思えないスケールの大きな海岸美が強烈に目に焼きついた。

▲赤尾の展望所から一望する国賀海岸

次に浦郷から海沿いの道を南下する。珍崎の集落を過ぎると、牛や馬の放牧地に入り、やがて道は尽きた。珍崎の集落に戻ると、赤尾の展望所まで登り、そこから国賀海岸を一望した。

つづいて鬼舞スカイラインで鬼舞の展望所まで行く。そこからは日本海の大海原を見渡した。この一帯も牛や馬の放牧地になっている。最後は峠を越えて三度(みたべ)の集落へ。道は小さな漁港で行き止まり。右手に見える三度崎が大小合わせて180もの島々から成る隠岐群島の最西端になる。
浦郷から別府に戻ると、港のレストラン「ドンキー」で昼食。名前にひかれて「隠岐に入りカレー」を食べた。

▲別府港の「ドンキー」の「隠岐に入りカレー」

12時20分発の隠岐汽船の「フェリーくにが」で島後の西郷港へ。島後は円形のひとつの島だが、島名はない。島後は島後なのである。
西郷港到着は14時。国道485号を北上し、樹齢2000年という八百杉が空を突く玉若酢命神社と、もうひとつの隠岐の一宮の水若酢神社を参拝し、島後最北端の白島崎まで行った。

▲隠岐・島後最北端の白島崎からの眺め

国道485号の終点、布施から東海岸経由で西郷に戻った。すぐさま島後の西海岸を北上し、最後に五箇温泉に入り、西郷に戻った。島後一周は111キロで100キロを超えた。ぼくは島一周が100キロを超える島を大島(大きな島の意味)の目安にしている。

▲西郷の郷土料理店「味乃蔵」の「刺身御膳」

西郷では「隠岐プラザホテル」に泊まり、郷土料理店「味乃蔵」で「刺身御膳」を食べた。タイ、ヒラマサ、イサキ、イカ、サザエの刺身は鮮度満点。タコの酢の物がうまかった。(本日の走行距離173キロ)

11月18日(第65日目)「雪に注意!」

隠岐汽船の「フェリーしらしま」は8時30分、島後の西郷港を出港し、島前の中ノ島の菱浦港、西ノ島の別府港、知夫里島の来居港に寄港し、13時20分、境港に到着。

天気は崩れ、ザーザー降りの雨。境港大橋を渡って島根県に入り、島根半島東端の地蔵崎に立った。ここには美保関灯台。国道431号で松江へ。松江からは国道432号で内陸に入っていく。雨は小降りになったが、強烈な寒さ。すでに冬の様相だ。

▲松江から国道432号で内陸へ。冬のような寒さ

そんな雨の国道432号で若きライダーの「銀さん」に出会った。JR木次線の亀嵩駅では名物駅そばの「割子そば」を食べ、中国山地の王貫峠に向かっていくと、「雪に注意!」の電光表示。ラッキーなことに雪に降られることもなく、峠を越えて広島県に入った。雪にこそならなかったが、冷たい雨が降りつづいている。

▲これがJR木次線亀嵩駅の名物駅そば「割子そば」
▲比和のレストラン「しごんぼ」の「ハンバーグ定食」

もうひとつの王居峠を越え、比和の宿泊施設「かさべるで」に泊まった。レストランの「しごんぼ」で夕食の「ハンバーグ定食」を食べられたのがありがたかった。(本日の走行距離147キロ)

11月19日(第66日目)スイス人夫妻との宴

6時30分に出発。朝の寒さは強烈だ。晴れていたが、グローブとブーツが昨日の雨でビショビショなのが辛い。
7時30分、三次に到着。「ジョイフル」の朝食で救われた。三次からは国道54号で松江に向かう。赤名峠が難関。積雪情報で越えられるかどうか不安だったが、雪がチラチラ舞う程度で、路面に雪は積もっていなかった。

▲国道54号の赤名峠。助かった、雪は降っていない!

赤名峠を越えて島根県に入ると、晴れたり曇ったり小雪が舞ったりで、コロコロ天気が変わる。ヒョウが降ったり、アラレが降ったりで嵐のような天気。強風に立ち向かってVストローム250を走らせた。

11時15分、松江に到着。雪は止み、ホッと一息。松江からは国道431号で出雲大社へ。出雲大社を参拝すると島根半島最西端の日御碕に行き、日本一のノッポ灯台に登った。

▲旧大社駅。見事な造りの駅舎だ

出雲市からは国道9号を西へと走る。島根県は出雲、石見、隠岐の3国から成っているが、出雲から岩見に入り、大田を通り、仁摩(太田市)の湯迫温泉に泊まった。
ひなびた一軒宿の温泉。

▲日本大好きのスイス人夫妻と乾杯!

ここではスイス人夫妻と一緒に大広間での夕食。ご主人は北ドイツ、奥さんは南ドイツの出身。日本大好きの夫妻で、今回が8回目の日本になるという。
夫妻とは生ビールで乾杯。そのあとヒゲダイ、アジの刺身、イサキの焼き魚、サバの燻製、天ぷら、牛肉の陶板焼きなどを食べながら、地酒の「石見銀山」を酌み交わした。

▲湯迫温泉の夕食。日本海の魚がうまい!

夫妻は日本食も日本酒も大好き。2人ともドイツ語のほかに英語を話すので、話はおおいにはずんだ。明日は世界遺産の岩見銀山に行くとのことで、それをずいぶんと楽しみにしていた。(本日の走行距離267キロ)

11月20日(第67日目)本州最西端の下関に到着!

湯迫温泉の朝湯に入り、朝食を食べ、スイス人夫妻に別れを告げて7時30分に出発。宿にはエストレア250に乗る小野澤幸勝さんが来てくれた。

小野沢さんの案内で山陰路を一緒に走る。中国地方最大の大河、江の川を渡って江津の町に入ると、江津名物の「うやがわ饅頭」を食べた。浜田では堂床山(金城町)の山頂にまつられているオートバイ神社を参拝。旅の安全を祈願した。ここは日本第1号のオートバイ神社として知られているが、ゆるやかに連なる中国山地の山並みが目に残った。

▲浜田(金城町)のオートバイ神社にやってきた!

▲浜田の「江木蒲鉾店」。ここが浜田名物「赤てん」の店

浜田の町中に入ると、「たこ初食堂」で「とんかつ」の昼食。そのあと「江木蒲鉾店」で浜田名物のピリッと辛い「赤てん」を食べた。浜田を出発し、小野澤さんとはさらに益田まで一緒に走った。


▲益田で小野澤さんと別れる。小野澤さん、ご案内ありがとう!

益田からは日本海沿いの国道191号を行き、山口県に入った。萩、長門と通り過ぎ、下関市に入ると、ライダーにも大人気の角島大橋(無料)を往復。最後に本州最西端の毘沙ノ鼻に立った。

▲益田から見る日本海
▲山口県に入る。国道191号を西へ

19時30分、下関駅前に到着。東京・日本橋から2057キロ。「東横イン」に泊まると、夜の町を歩き、フグ専門の「つた本店」で「フク定食」を食べた。
下関では「フグ」のことを「フク」という。透き通るようなフク刺しにはフク皮クとミカワが添えられている。ミカワは身と皮の部位で湯通ししてある。そのあとで「コフ揚げ」が出た。

▲下関に到着。「つた本店」で「フク定食」を食べた!

下関の「フク」に大満足して、「東横イン」に戻るのだった。(本日の走行距離336キロ)

「70代編日本一周」(9)へ続く

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

この著者の最新の記事

関連記事

編集部おすすめ

  1. BITO R&Dは、Z1000R(ローソンレプリカ)純正フルレストア車両を販売開始した。エン…
  2. ヤマハ発動機販売は、需要の創出や二輪市場活性化を目指し、より多くの人にツーリングの楽しみを提…
  3. トライアンフ モーターサイクルズ ジャパンは、福岡県にある正規販売店「トライアンフ福岡」を1…
  4. エレガントなスタイリング&優れた動力性能 スズキは、エレガントなスタイリングと快適性、充実…
ページ上部へ戻る