賀曽利隆の「70代編日本一周」(5)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「70代編日本一周」(4)

10月1日(第31日目)津軽半島の岬めぐり

青森港のフェリー埠頭に到着したのは4時10分。相棒のスズキVストローム250に「さー、行くぞ!」とひと声かけて走り出す。津軽半島最北端の龍飛崎を目指して、国道280号を北へと走る。

▲夜明け前の青森港に上陸
▲陸奥湾に朝日が昇る

陸奥湾に朝日が昇る。夏泊半島がよく見える。下北半島の脇野沢へのフェリーの出る蟹田を通り、津軽海峡の高野崎に立った。岬の突端には赤白2色の灯台。前方には北海道最南端の白神岬、右手には本州最北端の大間崎、左手には龍飛崎が見える。

▲津軽海峡の高野崎。北海道が大きく見えている

高野崎からは「義経の北行伝説」の伝わる三厩を通り龍飛へ。「本州の行止り」の龍飛漁港から自動車道で高さ100メートルほどの海岸段丘上に登り、岬の灯台へ。
その先には海上自衛隊のレーダー基地がある。津軽海峡の向こうには北海道がはっきりと見えている。龍飛崎は昔も今も北方警備の要衝の地。弘前藩は文化5年(1808年)、ここに台場を築き、狼煙台と砲台を設置した。

▲津軽半島最北端の龍飛崎。岬の突端にはレーダー基地

龍飛崎からは日本でも屈指の絶景ルート、龍泊ラインで日本海の小泊へ。展望台の眺瞰台を過ぎると一気に日本海に下っていく。海岸に降りる手前には絶好の見晴らしポイントがある。そこからは日本海の海岸線線を一望し、小泊半島突端の権現崎を望む。小泊から鰺ヶ沢に出た。

▲絶景ルートの龍泊ラインで日本海へ
▲奥入瀬渓流の銚子滝。国道103号のすぐ脇にある

鰺ヶ沢から弘前、黒石と通り、十和田湖を一周。奥入瀬渓流を見ながら走り、八戸から青森に戻った。今晩の宿は青森駅前の「東横イン」。(本日の走行距離470キロ)

10月2日(第32日目)日本海を南下する

▲早朝の青森港を出発!

6時、青森を出発。鰺ヶ沢に戻ると国道101号を南下。日本海を右手に見ながら走る。深浦、岩崎と通り、十二湖を見てまわる。八景の池から青池まで、全部で9湖を見たが、十二湖にはそのほかに10以上もの湖がある。

▲ここは鰺ヶ沢漁港
▲鰺ヶ沢から国道101号で日本海を南下

▲十二湖の青池。神秘的な湖だ

青森・秋田県境の須郷岬に到着。豊かな自然の残る白神山地はここで日本海に落ちる。展望台からは青森県側の日本海の海岸線を一望!

▲青森・秋田県境の須郷岬。展望台から北へと延びる海岸線を見る

青森県から秋田県に入ると、国道101号沿いの八森いさりび温泉「ハタハタ館」に泊まる。大浴場と露天風呂の湯にどっぷりつかり、湯から上がるとレストランで「ハタハタ御膳」の夕食を食べた。(本日の走行距離161キロ)

▲八森いさりび温泉「ハタハタ館」の「ハタハタ御膳」

10月3日(第33日目)男鹿半島一周!

八森いさりび温泉「ハタハタ館」の朝湯に入り、朝食を食べて出発。能代を通り、男鹿半島に入っていく。

男鹿半島最北端の入道崎は、北緯40度線上の岬。北緯40度線のモニュメント建っている。岬の周辺は芝生に覆われた園地。白黒2色の灯台に登った。

秋田県内でも有数の観光地の入道崎には何軒かの店が軒を連ねている。そのうちの一軒、「なまはげ御殿」で昼食。「なまはげ丼」を食べた。ウニ、ホタテ、アワビ、イクラ、エビ、カニ足、ブリコと具だくさんの海鮮丼だ。

入道崎からは男鹿半島の西岸から南岸を走り、男鹿の町へ。その途中の潮瀬崎では日本海に向かって吠えるゴジラ岩を見た。男鹿からは妻恋峠まで行き、寒風山からの大展望を眺める。真山、本山、毛無山の「男鹿三山」がよく見えた。

▲男鹿半島の潮瀬崎のゴジラ岩。ゴジラが日本海に向かって吠えている
▲寒風山の妻恋峠に到達!

男鹿半島を後にすると、秋田からは国道7号で日本海を南下し、本荘(由利本荘市)の「ルートイン」に泊まった。(本日の走行距離227キロ)

▲秋田の道の駅「あきた港」の「ポートタワーセリオン」

10月4日(第34日目)本荘拠点の内陸ルートを行く

今日は一日雨…。雨にもめげずに、本荘を拠点にして内陸ルートを行く。本荘はすごいところで、国道105号、国道107号、国道108号と、3本の東北横断国道の起点になっている。

そのうちの1本、国道107号で横手へ。城下町横手では横手城の天守閣に登った。

▲横手城の天守閣。天守閣からは横手の町を見下ろす

横手からは国道13号を南下する。十文字では「十文字ラーメン」を食べた。酒造りの町、湯沢では、趣のある「両関」の前でVストローム250を止めた。院内ではJR奥羽本線の院内駅に隣り合った「院内銀山異人館」を見学する。院内は日本でも有数の銀山だった。

▲湯沢の「両関」の前でVストローム250を止める

院内から国道108号で本荘へ。その途中では鳥海山麓の「法体の滝」を見る。末広がりの3段の滝。鳥海山の山麓は名瀑の宝庫。秋田県側には奈曽の白滝、山形県側には玉簾の滝などいくつもの名瀑がある。

▲鳥海山麓の「法体の滝」。鳥海山の周辺は名瀑地帯

本荘からは日本海側の国道7号を南下。西目の「にしめ湯っ娘ランド」に泊まった。(本日の走行距離211キロ)

10月5日(第35日目)象潟は「奥の細道」最北の地

西目から国道7号を南下。仁賀保では町中に入り、JR羽越本線の仁賀保駅前から平沢漁港へ。次に漁港の近くにある「TDK歴史館」(無料)を見学する。仁賀保は世界企業「TDK」の生まれ故郷だ。

仁賀保から象潟へ。ここは芭蕉の「奥の細道」最北の地。象潟に到着すると、国道7号を左折し、JR羽越本線の踏切を渡ったところにある蚶満寺(かんまんじ)を参拝。この寺が芭蕉時代の干満珠寺。境内には芭蕉像が建っている。
しかし今では、『おくのほそ道』に描かれているような風景は見られない。なんとも残念なことだが、文化元年(1804年)の象潟地震でこの一帯は隆起し、象潟は陸地になってしまったのだ。

▲蚶満寺の芭蕉像。ここは「奥の細道」の最北の地

蚶満寺の境内には舟つなぎ石が残されているが、それが当時は潟の岸辺にある寺だったことを証明している。ポコッ、ポコッと盛り上がった小丘をいくつも見るが、それが当時の九十九島。今では稲田の中に浮かんでいる。

芭蕉は「松島は笑うがごとく、象潟は憾がごとし」といっているが、まさにそのとおりになってしまった。松島は観光客が押し寄せて大盛況。それにひきかえ、潟でなくなってしまった象潟はまるで忘れ去られたかのような存在で、訪れる人は少ない。松島と象潟は何とも対照的な「奥の細道」のハイライトの2地点なのである。

象潟を出発すると秋田・山形県境の三崎へ。観音崎、大師崎、不動崎の3岬を合わせて三崎といっている。駐車場から観音崎の展望台までは簡単に登れる。そこからは日本海に浮かぶ飛島を見た。

▲秋田・山形県境の三崎からの眺め

山形県に入ると、黄色く色づいた稲田越しに鳥海山を眺めながら走り、酒田に到着。飛島航路のターミナルビルに隣り合った「海鮮どんや とびしま」で「海鮮丼」を食べ、日和山公園を歩いた。
公園内の修景池には江戸時代、酒田に大きな繁栄をもたらした北前船が浮かんでいる。2分の1の大きさに造られた千石船の模型だ。

▲山形県に入ると稲田の向こうに鳥海山が見える
▲日和山公園の修景池に浮かぶ千石船の模型

最上川河口の酒田からは内陸ルートを行く。山形県の大河、最上川沿いに走り、かつては最上川の河港としておおいに栄えた大石田の町を見てまわった。今晩の宿はおもだか温泉「鈴の湯」。(本日の走行距離166キロ)

10月6日(第36日目)最上川の流れに沿って走る!

▲山形の大河、最上川の流れに沿って行く

大石田から最上川の流れに沿って国道13号→国道287号を行く。寒河江を通り、白鷹の道の駅「白鷹ヤナ公園」では「アユの塩焼き」を食べた。ここのヤナは日本でも最大級。フラワー長井線の終着駅、荒砥駅では駅舎前にVストローム250を止めた。
米沢からは白布温泉を通り、西吾妻スカイバレーで山形・福島県境の白布峠まで行く。その途中には「最上川源流の碑」。最上川は源流から河口までが山形県になる。

▲最上川の白鷹のヤナ場
▲フラワー長井線の終着駅、荒砥駅

白布峠で折り返し、米沢から山形へ。山形からは国道112号経由で酒田に戻り、「ルートイン」に泊まった。(本日の走行距離347キロ)

10月7日(第37日目)ナイトランで「佐渡一周」を開始

酒田から山形・新潟県境の鼠ヶ関へ。ここには古代の鼠ヶ関と近世の念珠関があった。鼠ヶ関は今も昔も東北の玄関口。鼠ヶ関漁港の天然の防波堤になっている弁天島は、陸続きの小島。厳島神社がまつられ、小島の突端には金刀比羅神社の祠があり、灯台が立っている。弁天島を歩いたあと、新潟県に入った。

新潟到着は15時30分。さー、佐渡一周だ。16時発の佐渡汽船「おけさ丸」に乗船。佐渡の両津港到着は18時30分。すぐさま時計回りで「佐渡一周」を開始する。ナイトランで2時間ほど走り、赤泊に到着。城が浜温泉に泊まった。(本日の走行距離232キロ)

▲佐渡汽船で佐渡の両津港へ。信濃川河口の新潟港を離れていく。

10月8日(第38日目)「佐渡一周」は200キロ超!

城が浜温泉の朝湯に入り、6時に出発。羽茂では佐渡の一宮、度津神社を参拝。佐渡は島国で、「佐渡国」として一国を成していた。
小木港では佐渡名物の「たらい舟」を見た。宿根木では博物館に展示されている千石船の「白山丸」を見た。佐渡最西端の沢崎には白い灯台。ここは最果て感の漂う岬だ。

▲佐渡の一宮、度津神社

▲佐渡最西端の沢崎

佐渡金山のある相川から外海府の海岸美を眺めながら北上。一枚岩の大野亀を見て佐渡最北端の弾崎へ。弾崎からは波静かな内海府の海岸を南下し、両津港に戻ってきた。「両津→両津」の「佐渡一周」は229キロになった。さすが佐渡。島一周が200キロを超えるのは、日本でも沖縄本島と淡路、佐渡の3島しかない。

▲佐渡の大野亀。巨大な一枚岩でてっぺんまで登れる。

新潟港に戻ると国道8号→国道17号で小出(魚沼市)へ。一晩、妻の実家で泊めてもらった。(本日の走行距離293キロ)

10月9日(第39日目)国道352号の枝折峠越え

▲小出から国道352号で枝折峠に向かっていく

小出からは国道352号で枝折峠を越える。枝折峠は越後三山の駒ヶ岳の登山口になっている。只見川源流にかかる金泉橋を渡って福島県に入ると、右手には東北の最高峰、燧岳(ひうちだけ・2356m)が見えてくる。

檜枝岐では尾瀬檜枝岐温泉の「駒乃湯」に入り、そば処「開山」で名物の「裁ちそば」を食べた。「もりそば」、「そばがき」、「そば団子」、「はっとう(そば餅)」と、そば三昧だ。今晩の宿は木賊温泉の民宿「若松屋」。夕食にはイワナの骨酒が出た。奥会津の銘酒「花泉」の骨酒は超美味。いや~、たまらん。(本日の走行距離120キロ)

10月10日(第40日目)

木賊温泉の民宿「若松屋」の赤かぶや山菜、きのこ料理など盛りだくさんの朝食を食べ、東京を目指して出発だ。国道121号、国道352号、国道400号と、3本の国道が重複する山王峠を越えて関東に入る。

▲木賊温泉の民宿「若松屋」の朝食。朝からたいへんなご馳走だ
▲3本の重複国道で山王峠に向かっていく

宇都宮からは国道4号のナイトラン。日本橋に到着したのは22時。伊勢原の我が家に帰り着いたのは23時45分だった。東日本編と西日本編に2分割しての「日本一周」だが、東日本編はまだまだつづく。(本日の走行距離401キロ)

▲日本橋に到着。東日本編はまだまだつづく

「70代編日本一周」(6)へ続く

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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