賀曽利隆の「70代編日本一周」(4)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「70代編日本一周」(3)

▲早朝の宗谷岬を出発

9月23日(第23日目)稚内港から利尻島へ

民宿「宗谷岬」の朝食を食べ、7時30分、宗谷岬を出発。8時30分には稚内に到着だ。日本最北端駅の稚内駅前にスズキVストローム250を止めた。
「根室→稚内」は1092キロ。稚内駅前から「稚内探訪」を開始する。

▲日本最北端駅の稚内駅前に到着

まずは稚内港の北防波堤ドームへ。この総延長427メートルの半アーチ式ドームは北海道遺産で、古代ローマ風の美しい建造物。稚内と樺太(サハリン)の大泊(コルサコフ)を結んだ旧稚泊航路の岸壁を守る施設として造られ、強風と荒波を防ぐ防波堤の役目を果たした。その役割は今でも果たしつづけている。

▲思い出の稚内港の北防波堤ドーム

それにしてもなつかしい。1991年には北防波堤ドーム前の岸壁からロシア船にバイクともども乗り込み、サハリンのホルムスク(旧真岡)に渡った。船が稚内港を離れて行く時のシーンが目に浮かんでくる。

稚内港の北防波堤ドームのあとは高台上の稚内公園へ。氷雪の門、開基百年記念塔、北方祈念館と見てまわり、稚内港のフェリーターミナルへ。10時50分発のハートランドフェリー「サイプリア宗谷」に乗り込み、利尻島に渡った。

▲稚内公園の「九人の乙女の碑」。9人は旧樺太の真岡で殉職した

12時40分、利尻島の鴛泊(おしどまり)港に到着。フェリーターミナル前の「食堂さとう」で「ホタテラーメン」を食べ、「利尻島一周」の開始。反時計回りで島を一周する。沓形岬、仙法志御崎、石崎と岬をめぐり、鴛泊港に戻ってきた。「利尻島一周」は52キロ。利尻島一周道路を走りながら、あちこちで利尻富士山の利尻山(1721m)を眺めた。

▲ハートランドフェリー「サイプリア宗谷」で利尻島に到着
▲利尻島の鴛泊港前の「食堂さいとう」で「ホタテラーメン」を食べる

つづいて「利尻島一周」の第2周目に出発。利尻ふれあい温泉、北のしーま温泉に入り、利尻島を半周して鬼脇の「富士旅館」に泊まった。(本日の走行距離212キロ)

9月24日(第24日目)利尻島から礼文島へ。島旅はつづく

▲鴛泊港から反時計回りで利尻島を一周

6時、鬼脇を出発。鴛泊港に戻るとうれしい出会いがあった。「利尻うみねこゲストハウス」をやっている西島徹・加奈子さんご夫妻との出会いだ。西島さんは福岡、加奈子さんは浜松の出身。お二人は「カソリ本」の読者で、『50㏄バイク日本一周』(JTB)や『世界を駆けるゾ!』(フィールド出版)にサインをすると、とっても喜んでくれた。

息子さんの一樹君はただいま自転車での「分割・北海道一周」中。まさに旅人一家。「利尻うみねこゲストハウス」では、入れていただいたコーヒーを飲みながら、西島さんご夫妻としばしの歓談。じつに楽しい一時だった。

▲「利尻うみねこゲストハウス」の西島さん一家とのうれしい出会い

9時20分発のハートランドフェリー「サイプリア宗谷」で礼文島に渡る。10時05分、礼文島の香深港に到着。すぐに「礼文島縦断」を開始。南北に細長い礼文島には島一周の道はない。道道40号で船泊まで行き、そこを拠点にしてスコトン岬、澄海岬、金目ノ岬の3岬に立った。礼
文島最北端のスコトン岬からはサハリンが見えることもあるとのことだが、残念ながらこの日は見えなかった。

▲ハートランドフェリー「サイプリア宗谷」で礼文島に到着
▲礼文島を縦断し、礼文島最北端のスコトン岬に立つ!

船泊から香深に戻ると、フェリーターミナル内のレストラン「武ちゃん」で握りずしの「上寿司」を食べ、新桃岩トンネルを抜けて西海岸へ。道の尽きる地蔵岩まで行った。香深に戻ると礼文島温泉「うすゆきの湯」に入り、再度、礼文島を縦断。船泊の「久種湖畔キャンプ場」にテントを張ってキャンプした。(本日の走行距離151キロ)

▲礼文島の美深港のレストラン「武ちゃん」で「上寿司」を食べる
▲礼文島西海岸の行止り地点の地蔵岩

9月25日(第25日目)極北の地の牧場を訪ねる

▲礼文林道で礼文島の稜線上を行く

夜明けとともに目覚め、香深に戻ると、礼文島南端の集落、知床へ。そこからは利尻島が目の前に見える。次に礼文林道を走る。礼文島の稜線上を縫って走る見晴らしのよい林道。山岳風景を眺めながら走った。6・6キロのダートランを終えると香深に戻り、「セイコーマート」のコンビニ弁当を食べ、8時45分発のハートランドフェリーに乗船。
10時40分、稚内港に戻ってきた。

稚内港からは海沿いの道でノシャップ岬へ。岬の突端には赤白2色の稚内灯台が建っている。高さ42メートルのこの灯台は北海道一のノッポ灯台。岬公園の「恵山泊漁港公園」からは右に礼文島、左に利尻島が見えた。

▲稚内のノシャップ岬。ここには北海道一のノッポ灯台が立つ

さらに海沿いの道を行き、稚内温泉「童夢」の湯に入り、道道106号に合流。稚咲内でいったん日本海を離れ、サロベツ原野を横断して豊富温泉まで行った。

豊富温泉からさらにその奥へ。田中雄次郎さんの牧場を訪ねた。

還暦を迎えた田中さんだが、若い頃、宗谷岬から佐多岬まで徒歩での日本縦断を成しとげたことがある。ぼくが初めて田中さんに会ったのは、彼がまだ高校生の頃。
農大を卒業すると憧れの北海道に移り住んだ。厳しい自然と闘いながらの牧場経営。その中で奥さんと力を合わせ、6人のお子さんたちを立派に育て上げた。そんな田中さんには「日本一周」の旅ごとに会っている。

▲田中雄次郎さんの牧場を訪問。田中さんはより精悍な顔つきになっていた

田中雄次郎さんの牧場をあとにすると、豊富温泉に戻り、「ニュー温泉閣ホテル」に泊まった。大浴場のにごり湯にどっぷりつかり、湯から上がると海鮮三昧の夕食だ。(本日の走行距離164キロ)

▲豊富温泉「ニュー温泉閣ホテル」の海鮮三昧の夕食

9月26日(第26日目)天塩でのうれしい出会い

豊富温泉「ニュー温泉閣ホテル」の朝湯に入り、朝食を食べて出発。稚咲内まで戻ると、日本海に浮かぶ利尻島がきれいに見えている。稚咲内漁港では早朝から鮭の水揚げでにぎわっていた。

稚咲内からは快走路の道道106号を南下し、北海道第2の大河、天塩川を渡って天塩の町に入っていく。ここではうれしい出会い。栃木県の佐野からやってきた焼肉店「あぶり屋」の店主、「ドミンゴ高田さん」との出会いだ。弾丸ツアーで1000キロを走ってきたドミンゴ高田さんとは天塩川の河口でしばしの歓談。「バイクが好き」というだけで話がはずむ。

▲天塩川河口での「ドミンゴ高田さん」との出会い

天塩からは恐怖の国道232号を行く。「日本海オロロンライン」で知られるこの国道232号では、いままでに4回もスピード違反で捕まっているのだ。とにかく先頭を走らないようにし、少し速めの車の後について走った。

遠別、初山別、羽幌と通り、苫前から内陸に入っていく。

国道239号で霧立峠、士別峠、西士別峠、学田峠を越えて士別へ。士別から国道40号で塩狩峠を越えて旭川へ。旭川を拠点にして「大雪山一周」を開始。反時計回りでまわる。美馬牛峠、深山峠を越え、上富良野町の十勝岳温泉「凌雲閣」に泊まった。
露天風呂の赤茶けた湯につかりながら、目の前の上ホロカメトック山(1920m)の爆裂火口を眺めた。すごい風景だ。(本日の走行距離329キロ)

▲国道232号の霧立峠を越える

9月27日(第27日目)「大雪山一周」の峠越え

▲十勝岳温泉「凌雲閣」の朝湯に入る

十勝岳温泉「凌雲閣」の朝湯に入り、朝食を食べて出発。上富良野から富良野に下ると国道38号で樹海峠、狩勝峠を越えて帯広へ。北海道らしい豪快な峠越えルート。
帯広からは国道274号→273号で三国峠を越える。雄大な風景を見下ろし、峠の茶屋風の店「三国峠カフェ」で「ソーセージカレー」を食べ、峠を貫くトンネルに突入。トンネルを抜けると石狩川の源流地帯。三国峠はまさに北海道のど真ん中。

▲国道38号の狩勝峠を越える。展望台からは十勝の大平原を見下ろす
▲「三国峠カフェ」の「ソーセージカレー」

国道39号に合流すると、「峠返し」で石北峠まで行って折り返し、旭川に戻った。「旭川→旭川」の「大雪山一周」は454キロ。旭川駅前の「東横イン」に泊まった。(本日の走行距離385キロ)

9月28日(第28日目)国道232号を無事に走り切った!

旭川から苫前へ。その途中では1978年に氷点下41・2度を記録した母子里や、三毛別の復元された「羆事件」の現場に行った。三毛別では1915年、巨大なヒグマに襲われた開拓民7名が亡くなっている。

▲「氷点下41・2度」の母子里から美深峠まで行く

▲三毛別の「羆事件」の復元現場。ヒグマのあまりの巨大さに声もない

苫前に戻ると国道232号を南下。小平では「鰊番屋」を見学し、小平温泉「ゆったり館」の湯に入った。留萌に到着した時は、心底、ホッとした。スピード違反で捕まることもなく、無事に国道232号を走り切ることができたからだ。留萌郊外の神居岩温泉「ホテル神居岩」に泊まったが、湯から上がるとまずは乾杯!(本日の走行距離291キロ)

▲小平の「鰊番屋」。鰊番屋内の広さには驚かされる
▲留萌の黄金岬。ザーザー降りの雨が降っていた

9月29日(第29日目)「西蝦夷三険岬」の雄冬岬

留萌からは日本海沿いの国道231号を南下。増毛を通り、雄冬岬に向かっていく。

雄冬海岸に入るとカムイエ崎、マッカ崎、日方崎、観音崎、赤岩崎と岬がつづき、赤茶けた岩山がそのままストンと海に落ちている。国道231号は岬を貫くトンネルの連続。 雄冬岬の手前に雄冬の集落があるが、ここは国道231号が開通するまではまさに「陸の孤島」。1日1便の増毛港に通う定期船が唯一の交通機関になっていた。
「30代編日本一周」(1978年)の時は雄冬岬までの道はなく、増毛の先で行止り。そこから留萌に戻らなくてはならなかった。国道231号の全線開通は1981年のことである。

▲雄冬岬の「白銀の滝」。優美な滝だ

雄冬漁港の目の前に立ちふさがるようにして日本海に突き出た雄冬岬。安山岩、蛇紋岩が高さ100メートル以上もある切り立った断崖をつくり、昔から「西蝦夷三険岬」のひとつとして恐れられてきた。断崖から流れ落ちる白銀の滝の前には、「雄冬岬」の碑が建っている。

雄冬岬から浜益の海岸に出ると、風景は一変。断崖の連続する海岸線からスーッと延びる長い砂浜に変った。

国道231号で札幌駅前まで行き、国道5号で小樽、余市を通って倶知安へ。倶知安を拠点にして蝦夷富士の羊蹄山を一周し、ワイス温泉に泊まった。(本日の走行距離320キロ)

▲小樽では人気スポットの小樽運河を見る
▲蝦夷富士の「羊蹄山一周」では京極の「羊蹄山の湧水」を見にいく

9月30日(第30日目)「北海道一周」、終了!

国道5号沿いのワイス温泉から余市まで戻ると、国道229号で積丹半島に入っていく。積丹半島では積丹岬、神威岬に立ち、盃温泉「潮香荘」の絶景湯に入った。

▲積丹半島の神威岬突端の岩礁には伝説の神威岩がそそり立っている

積丹半島を抜け出た岩内からさらに国道229号を走り、雷電岬、弁慶岬、茂津多岬の3岬をめぐり、瀬棚から北檜山へ。

▲国道229号の弁慶岬の弁慶像

北檜山からは道道740号で北海道本土最西端の尾花岬へ。尾花岬を貫く太田トンネル(全長3360m)を抜け出ると太田の集落。ここには太田神社がある。「道南五大霊場」のひとつに数えられている太田神社は北海道最古の山岳霊場。
海岸にそそりたつ太田山(485m)の洞窟内に本殿がある。急斜面の階段を登り、ロープを頼りに狭路を登り、最後は鎖場を登っていくので「日本一危険な参道」ともいわれている。

▲道道740号から見る北海道本土最西端の尾花岬

国道229号に合流すると熊石を通り、道の駅「ルート229元和台」の突符岬から日本海に落ちる夕日を眺め、「江差追分」の江差に到着。江差からはナイトランで海沿いの国道228号を行く。上ノ国の食堂「神ノ国」で「豚丼」を食べ、北海道唯一の城下町の松前を通り、北海道最南端の白神岬を通過する。
白神岬を境にして、海は日本海から津軽海峡へと変わった。

▲国道229号の突符岬から見る日本海に落ちる夕日
▲上ノ国の食堂「神ノ国」で食べた「豚丼」

函館駅前に到着したのは22時30分。「函館→函館」の「北海道一周」は4456キロ。函館駅前から函館港のフェリー埠頭に行き、24時30分発の津軽海峡フェリー「ブルードルフィン」に乗船。北海道に別れを告げて青森港に向かった。(本日の走行距離519キロ)

▲津軽海峡フェリー「ブルードルフィン」に乗船。さらば、北海道よ!

「70代編日本一周」(5)へ続く

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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