賀曽利隆の「70代編日本一周」(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「70代編日本一周」(1)

9月11日(第11日目)仙台では牛タンを食べた!

5時30分、福島駅前の「東横イン」を出発。相棒のスズキVストロームに「さー、行くぞ。今日も頼むぞ!」とひと声かけて走り出す。福島からは国道114号を行く。

▲福島駅の西口を出発!

道の駅「川俣」でVストローム250を止めると、「ぎんさん」がやってきて、「はい、コレ!」といってカンコーヒーを差し入れてくれた。続いて、車で旅している盛岡の千葉さん夫妻に声をかけられた。みなさんとの道の駅「川俣」での楽しい歓談がしばしつづいた。

▲国道114号の道の駅「川俣」では、うれしい出会いが待っていた。

川俣からは県道12号で飯舘村に入り、八木沢峠を越えて南相馬へ。南相馬からは国道6号で相馬に戻った。このようにループでの内陸周遊ルートに入るときは、出発点にまた戻ってくることをルールにしている。

▲阿武隈川河口の荒浜では、わたり温泉「鳥の海」の湯に入る

相馬から国道6号で宮城県に入ると、亘理からは県道10号を行く。阿武隈川河口の荒浜では、わたり温泉「鳥の海」に入った。名取川河口の閖上では小丘の日和山に登り、東日本大震災の大津波で壊滅的な被害を受けた町跡を見下した。

▲閖上の日和山には富士姫神社と閖上湊神社がまつられている

仙台からは国道45号を行く。牛タン専門の「たんや善次郎」で昼食。牛タンと牛タンつくね、牛タンソーセージの「牛タン定食」を食べた。「おー、これぞ仙台!」。

▲牛タン専門店「たんや善次郎」の「牛タン定食」を食べる

多賀城では多賀城跡の政庁跡を歩き、多賀城碑の「壺碑」を見た。塩竃では奥州の一宮の塩竃神社を参拝し、松島では「日本三景」を眺めた。

▲多賀城跡の陸奥国の政庁跡を歩く
▲陸奥国の一宮、塩竃神社を参拝する

松島からは海沿いの県道27号を行く。東松島市に入ると、東日本大震災の大津波で大きな被害を受けた東名(とうな)、野蒜(のびる)を通っていく。JR仙石線は高台の新線になり、新しい東名駅、野蒜駅の周辺には高台移転した新しい町ができていた。

石巻市に入ると国道398号で石巻の中心街を走り、石巻駅前でVストローム250を止めた。石巻駅前からさらに国道398号を走り、渡波駅前で牡鹿半島に通じる県道2号に入っていく。
万石浦にかかる万石橋を渡り、17時30分、今晩の宿「サンファンヴィレッジ」に到着。バイキング形式の夕食を食べた。ボリューム満点!(本日の走行距離227キロ)

▲石巻の「サンファンヴィレッジ」に到着

9月12日(第12日目)大津波に襲われた三陸海岸を行く

石巻の「サンファンヴィレッジ」の朝食を食べて出発。県道2号で牡鹿半島に入っていく。牡鹿半島の中心の鮎川は大津波で町が壊滅した。ここはかつての鯨漁の基地。金華山への渡船口でもある。復興工事のつづく鮎川から牡鹿半島最南端の黒崎に向かう。
牧場の中の道を通り、電柵のゲートを自分で開けて入る。草のおい茂る道を走り、そして黒崎の灯台前に立った。

▲牡鹿半島南端の黒崎への道。電柵のゲートを自分で開けて入る。

黒崎からは牡鹿半島の快走路、コバルトラインを走り、女川に出た。女川も大津波で町が全壊したが、まだまだ新しい町づくりの真っ最中。ここでは女川駅の駅舎温泉「ゆぽっぽ」の湯にどっぷりつかった。

▲女川駅の駅舎温泉「ゆぽっぽ」。2階の湯に入る。

女川からは国道398号を行く。大津波で町が消え去った雄勝の復興は遅々として進んでいない。町が見捨てられたような感じさえする。ここでは仮設商店街の「おがつ店こ屋街」の「洸洋」で昼食。「ホタテ丼」を食べた。肉厚のホタテがうまかった。カニ汁つきだ。

▲雄勝の仮設商店街「おがつ店こ屋街」。ここで昼食。

雄勝からは国道398号で釜谷峠を越え、東北最大の大河、北上川の河畔に出る。今回の東日本大震災最大の惨事といってもいい大川小学校では、亡くなった児童たちに手を合わせた。小学校の建物は震災遺構として残すようだ。北上川にかかる新北上大橋を渡る。北上川の堤防上の道を走り、白浜海岸で北上川河口の風景を眺めた。

三陸海岸の名勝、神割崎を見て、南三陸町の志津川へ。志津川も町全体が復興工事の真っ最中。ここでは志津川湾に浮かぶ荒島に渡った。歩いて渡れる島。濃い緑に覆われた山道を歩き、荒嶋神社を参拝した。

▲三陸海岸の名勝神割崎。名前通りの「神割」伝説が伝わる。

南三陸から気仙沼へ。潮吹き岩で知られる岩井崎を歩いたあと、気仙沼の中心街に入っていく。南気仙沼の復興は進み、新しい土地の造成は終わり、何棟もの高層の災害公営住宅が建っていた。

▲岩井崎の横綱秀ノ山像。大津波にも残った奇跡の像だ。

気仙沼漁港を見たあと唐桑半島に入っていく。今晩の宿は唐桑半島最南端の御崎にある国民宿舎「からくわ荘」。ここの夕食はすごかった。刺身の舟盛り、海鮮天ぷら、生ガキ、ホヤ、ホタテ、握りずし…と、食べきれないほどの海鮮三昧だった。(本日の走行距離202キロ)

▲国民宿舎「からくわ荘」の海鮮三昧の夕食。すごい!

9月13日(第13日目)本州最東端のトドヶ崎に立つ!

▲唐桑半島南端の御崎に昇る朝日。あまりの神々しさに手を合わせた。

国民宿舎「からくわ荘」の朝食を食べ、6時30分に出発。唐桑半島最南端の御崎を歩き、皮桑半島の名勝、巨釜・半造を歩いた。国道45号に出ると、県境を越えて岩手県に入った。

大津波で町が壊滅した陸前高田の復興は進まず、国道沿いには荒野が広がっている。

県道38号で広田半島に入り、広田半島最南端の広田崎に立った。ここは絶景岬。手前に緑したたる青松島、その向こうにはウミネコの椿島を見る。

▲広田半島南端の広田崎からの眺め。青松島と椿島が見えている。

陸前高田市から大船渡市に入ると、末崎半島南端の碁石岬に立った。ここも絶景岬。岬突端の展望台からは対岸の広田半島を眺めた。そのあと、碁石岬の「岬食堂」で昼食。サケとイクラの「親子丼」を食べた。

▲末崎半島南端の碁石岬では、「岬食堂」でサケとイクラの「親子丼」を食べた

大船渡では町の入口にある大船渡温泉の湯に入り、大船渡の中心街を走り抜けていく。大船渡の中心街は復興の真っ最中。そこからわずかに上がった盛駅の周辺は大津波にやられることはなかった。津波というのは、わずかな高さの違いによってクッキリと明暗を分ける。盛駅は三陸鉄道の起点にもなっている。

▲大船渡温泉の絶景湯に入る。大浴場からは大船渡湾を眺める。

大船渡から国道45号を北上。釜石、大槌、山田を通り、県道41号で重茂半島に入っていく。今回の大津波で38・9メートルの波高を記録した姉吉漁港にVストローム250を止めると、本州最東端のトドヶ崎を目指して山道を歩く。4キロほど歩くと「本州最東端碑」の建つトドヶ崎に到着。
ここでは埼玉県から来たライダーの宮崎さんと出会った。秘境でのうれしい出会い。宮崎さんと別れると、トドヶ崎に立つ東北一のノッポ灯台の下でひと休み。ここから眺める太平洋は格別だ。しばし大海原に見入った。姉吉漁港に戻ると、県道41号で重茂半島を一周。宮古の「ルートイン」に泊まった。(本日の走行距離185キロ)

▲本州最東端のトドヶ崎に立つ東北一のノッポ灯台

9月14日(第14日目)宮古を出発点にしての内陸周遊ルートを行く

「ルートイン」の朝食を食べ、7時に出発。宮古から閉伊川沿いの国道106号を走り、区界峠を越えて盛岡へ。
盛岡を拠点にして、反時計回りで周遊ルートを走る。国道4号から国道282号に入り、まずは岩手山の大溶岩流の「焼き走り」を歩いた。
そのあとは岩手山パノラマライン→八幡平樹海ラインを走り、岩手・秋田県境の見返峠へ。そこからは絶景ルートの八幡平アスピーテラインで秋田県側に下り、国道341号に出た。

▲岩手山の大溶岩流「焼き走り」を歩く。すごい風景だ。
▲絶景ルートの八幡平アスピーテラインを走る

国道341号を南下。田沢湖を一周し、国道46号に出ると仙岩峠を越えて盛岡へ。盛岡からは国道106号で区界峠を越えて宮古に戻った。今晩の宿は宮古から国道45号を北に20キロほど行った「グリーンピア三陸みやこ」だ。(本日の走行距離413キロ)

▲宮古の「グリーンピア三陸みやこ」に到着

9月15日(第15日目)「日本一周」最大の危機!

「グリーンピア三陸みやこ」の朝食を食べ、今回の大津波で波高37・9メートルを記録した小堀内漁港まで下っていく。ここでは痛恨の転倒。突堤の先端にVストロームを止めて写真を撮ろうとしたのだが、突堤はツルツルヌルヌル状態でツルーンと滑って転倒した。
あやうくVストロームともども海に落ちるところだった。もし落ちていたら万事休す。さすが「強運カソリ」、2、30センチの差で助かった!

▲ここが「あわや危機一髪!」の小堀内漁港

三陸海岸の名勝、鵜ノ巣断崖の「海のアルプス」を眺めたあと、県道44号を行き、弁天崎、北山崎、黒崎の3岬をめぐった。
普代で国道45号に合流すると、道の駅「のだ」で名物の「のだ塩ソフト」を食べ、2階のレストラン「ぱあぷる」でラーメンを食べた。道の駅「のだ」は三陸鉄道の陸中野田駅でもある。うれしいことにラーメンを食べている最中に、三陸鉄道の列車がやってきた。

▲鵜ノ巣断崖の「海のアルプス」を眺める
▲黒崎の北緯40度線のモニュメント

国道45号を北上。久慈を通り、県境を越えて青森県に入った。ここからは海沿いの県道1号を行く。種差海岸の園地ではVストローム250を止めてゴロンと横になった。最高の気持ちよさ。芦毛崎の展望台からは太平洋の大海原を見渡した。
残念なのは蕪島。ウミネコの生息地で知られる蕪島の蕪島神社は火事で燃えてしまった。だが神社跡では、再建に向けての工事が始まっていた。

八戸からは国道45号→国道338号で三沢へ。三沢の「三陸温泉」の湯に入り、スーパー「ユニバース」で半額セールの握りずしを買って食べ、「太郎温泉」に泊まった。ここは温泉銭湯だが、低料金で泊まれる温泉宿でもある。湯から上がると、カンビールをキューッと飲み干すのだった。(本日の走行距離201キロ)

9月16日(第16日目)青森駅前に到着!

三沢の「太郎温泉」を5時に出発し、国道338号を北上。三沢漁港、淋代海岸、ラムサール条約登録湿地の仏沼と見てまわり、小川原湖から流れ出る高瀬川を渡って六ケ所村に入った。「サークルK」で「幕ノ内弁当」の朝食を食べ、下北半島を北上。
白糠漁港を通り、東北電力の東通原子力発電所前を通り、9時には下北半島北東端の尻屋崎に到着。三沢から115キロ。ここが東北太平洋岸の最北の地になる。

▲下北半島最北東端の尻屋崎に到着。岬の灯台前で

尻屋崎の岬入口のゲートを通り抜け、放牧されている骨太の馬、「寒立馬」を見て尻屋崎の灯台前でVストローム250を止めた。尻屋崎は絵になる風景。ここには「本州最涯地」碑が建っている。

尻屋崎から下北半島の中心地むつへ。むつは田名部と大湊の2つの町から成っているが、田名部から恐山街道で恐山へ。「日本三大霊場」のひとつの恐山では地獄を歩き、宇曽利山湖の湖畔を歩いた。

▲「日本三大霊山」の恐山の地獄を歩く

恐山からむつに戻ると、国道289号で本州最北端の大間崎へ。その途中では、下風呂温泉の共同浴場「大湯」に入った。木の湯船、木の洗い場。白濁の湯がすごくいい。熱い湯と温い湯の2つの湯船があるが、温い湯でも十分に熱い。ここでは湯上りにコーヒー牛乳を飲んだ。

▲本州最北端の大間崎。北海道がよく見える

本州最北端の大間崎に到着。「ここ本州最北端の地」碑が建っている。マグロの一本釣りのモニュメントも建っている。沖合の弁天島には大間埼灯台。津軽海峡の対岸には北海道の山々が見えている。大間崎から大間の町に入ると、食堂「すみよし」で「津軽海峡海藻ラーメン」を食べた。

大間からは「海峡ライン」の国道338号を南下。脇野沢からは断崖が海に落ちる北海岬まで行き、陸奥湾岸を走ってむつの町に戻ってきた。「むつ→むつ」は104キロ。

▲下北半島南西端の北海岬。道はここで尽きる

むつからは国道279号で野辺地へ。野辺地の「ファミリー食堂」で「イカ刺定食」の夕食を食べ、国道4号で青森へ。青森駅前に到着したのは20時40分。「東京→青森」は3974キロになった。(本日の走行距離464キロ)

▲青森駅前に到着。ここが「東京→青森」のゴール!

「70代編日本一周」(3)へ続く

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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