賀曽利隆の「Vストローム1000と街道を行く!」羽州浜街道編(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:「Vストローム1000と街道を行く!」羽州浜街道編(1)

大好きな朝湯に入り、相棒と出発!

新潟を出発点にして羽州浜街道を北上し、ひと晩、湯野浜温泉の民宿「浜泉」に泊まった。翌朝は目をさますとすぐに朝湯に入る。この朝湯の気持ち良さといったらない。ぼくは朝湯が大好きだ。

▲夜明けの湯野浜温泉

▲湯野浜温泉の民宿「浜泉」の朝食

民宿「浜泉」の朝食を食べ、湯野浜温泉を出発。街道旅の相棒、スズキV-ストローム1000に「さー、行くぞ!」とひと声かけて走り出す。

▲湯野浜温泉の民宿「浜泉」を出発

▲湯野浜温泉の温泉街を行く

▲羽州浜街道の国道112号を北上。酒田まであと17km

羽州浜街道(国道112号)を北へ。庄内空港の滑走路の下をトンネルでくぐり抜け、浜中宿を通り、出羽大橋で最上川を渡って酒田の町に入っていく。

羽州浜街道は酒田より南は越後街道、酒田より北は秋田街道(秋田県内に入ると酒田街道)と呼ばれることもある。酒田に到着すると、最上川河口近くの酒田港の岸壁にVストローム1000を止める。飛島行の船が出港を待っていた。

▲庄内空港の滑走路下のトンネルに突入!

▲大根を干している。庄内の晩秋の風物詩

▲最上川河口の酒田港に到着。飛島行きの船が見える

酒田港から「酒田探訪」を開始する

▲日和山公園の修景池に浮かぶ北前船の模型

まずは最上川河口の日和山公園へ。公園内の修景池には江戸時代、酒田に大きな繁栄をもたらした北前船が浮かんでいる。2分の1の大きさに造られた千石船の模型だ。案内板には次のように書かれている。

河村瑞賢により西廻り航路が開発された寛文12年(1672年)から、出羽の国の幕府米を酒田港から江戸に回漕するために活躍したのが千石船である。

江戸時代、日本海沿岸の廻航船を北前船または弁才船と呼んだが、千石船は文字通り、米を千石(150トン)積めるという意味で、荒波に耐えるためドングリ型になっている。

当時の酒田港には、横帆一枚、十数人の乗組員で西廻り航路八百里の荒波を往来した千石船が毎日数多く入港してにぎわいを極めた。

修景池を目の前にする日和山公園の駐車場には、高さ2メートルほどの「河村瑞賢庫跡」の記念碑が建っている。上から見ると「米」の字をかたどっているのがわかる。

ここは河村瑞賢の建てた米蔵跡。東西151メートル、南北96メートルもの敷地に1843本の杭を打ち込み、「御城米置場」を築いたという。

修景池を見下ろす高台には河村瑞賢の像が建っている。そこには「奥の細道」の芭蕉像も建っている。日和山公園にはそのほか、常夜灯や六角灯台も建っている。

▲日和山公園の高台に建つ河村瑞賢像

▲日和山公園には芭蕉像も建っている

▲日和山公園の常夜灯。かつては灯台としての役目も担った

▲日和山公園の六角灯台。日本最古の洋式木造六角灯台だ

常夜灯は文化10年(1813年)の建立。廻船問屋の寄進により、灯台としての役目を担って日和山の高台に建てられた。六角灯台は明治28年(1895年)、最上川の左岸に建てられた日本でも最古の洋式木造六角灯台。昭和33年、この地に移築された。

「酒田探訪」はさらにつづく

▲酒田港の繁栄を象徴する山居倉庫。今でも現役で使われている

酒田港の繁栄を象徴する山居倉庫へ。ここは今でも現役で使われているのがすごい。その一角にある「庄内米歴史資料館」を見学した。展示されている稲作の歴史はじつに興味深いものだった。

▲山居倉庫の一角にある「庄内米歴史資料館」を見学

つづいて本間家旧本邸へ。ここは武家屋敷と商家造りの両方から成る貴重な歴史遺産。表は武家屋敷、奥は商家造りになっている。

酒田の本間家といえば「日本一の大地主」として知られ、「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」と歌にも詠まれたほどの栄華を誇った。戦後の農地解放では1750町歩(約1750ヘクタール)もあった農地のうち、本間家に残ったのはわずか4町歩(約4ヘクタール)でしかなかったという。

▲本間家旧本邸。酒田の本間家といえばかつては「日本一の大地主」

こうして「酒田探訪」を終えると、酒田港に戻ってきた。飛島への船が出る旅客ターミナルビルに隣り合った「海鮮どんや とびしま」で「鮭親子丼」を食べた。

▲酒田港の飛島航路の旅客ターミナル

▲「海鮮どんや とびしま」の「鮭親子丼」

酒田を出発し、北へとV-ストローム1000を走らせる

国道7号に合流し、日向川を渡る。鳥海山から流れ出るこの川が酒田市と遊佐町の境になっている。

遊佐町に入ったところでは、旧青山本邸を見学した。ここは江戸時代末期から明治にかけて、蝦夷地のニシン漁で巨万の富を築いた青山留吉の本邸。青山留吉は同時期、蝦夷地に別邸を築いたが、それが小樽の「ニシン御殿」だ。

▲遊佐町の旧青山本邸を見学。ここは小樽の鰊御殿の本宅だ

▲遊佐町の旧青山本邸の内部

旧青山本邸を出発すると、国道7号から内陸の国道345号へ。出羽の一宮、大物忌神社の里宮の蕨岡口ノ宮を参拝する。そして県境の町、吹浦へ。

▲出羽の一宮-大物忌神社里宮の蕨岡口ノ宮を参拝

▲JR羽越本線の吹浦駅前に到着

JR羽越本線の吹浦駅前でV-ストローム1000を止める。ぼくは鉄道の駅が大好きなのだ。ここでは出羽の一宮、大物忌神社のもうひとつの里宮、吹浦口ノ宮を参拝する。

大物忌神社の本宮は鳥海山の山頂にまつられている。今度は鳥海山を登り、ぜひとも山頂の本宮をお参りしたいと思っている。

▲出羽の一宮、大物忌神社里宮の吹浦口ノ宮から見る吹浦の町並み

▲出羽の一宮、大物忌神社里宮の吹浦口ノ宮を参拝

鮭のふ化場と、神泉の水

▲鮭が上ってくる牛ノ渡川

つづいて吹浦から5キロの箕輪へ。ここには鮭のふ化場がある。鳥海山から流れ出る牛ノ渡川を上ってくる鮭を獲り、ふ化させている。鮭の直売もしている。牛ノ渡川はまったく汚れのない透き通った流れだった。

▲箕輪の鮭の採捕場。ここで鮭をふ化させる

▲箕輪の鮭の採捕場で獲れた鮭

吹浦に戻ると、国道7号で山形・秋田の県境へ。その手前では女鹿の集落に入っていく。女鹿には鳥海山の湧水を引いた「神泉(かみこ)の水」がある。

6つの水槽に分けられているが、1段目は飲み水用、2段目はスイカなどを冷やす水槽、3段目、4段目は野菜などを洗う水槽、5段目は洗濯用、6段目はオムツ洗い用とそれぞれに用途が決められている。ここでは「神泉の水」を通しての、集落のみなさんの結びつきの強さを感じた。

▲国道7号から女鹿の集落に入っていく

▲鳥海山の湧水を引いた女鹿の「神泉の水」

芭蕉の「三崎峠」と絶景岬

女鹿を過ぎると山形・秋田の県境だ。ここでは三崎公園に入っていく。
三崎公園の入口には「奥の細道」の「三崎峠」の碑が立っている。このあたりに中世の「有耶無耶の関」があったという。

▲三崎公園の「三崎峠」の碑

駐車場まで下ると、V-ストローム1000を止めて展望台に登る。そこからは日本海の海岸線を一望。正面の水平線上に浮かぶ飛島を見る。

不動崎、大師崎、観音崎の3岬を総称して三崎といっているが、ここから見る日本海に落ちる夕日は最高の美しさ。山形・秋田県境の三崎は絶景岬だ。

▲山形・秋田県境の三崎を一望!

賀曽利隆

賀曽利隆 冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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