ダンパーのないサスユニットだって!? 革命児のエアテンダー

【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】

サスペンションのショックユニットは、バネとダンパーの2つの要素から成り立っています。バネが荷重の変化によって動き、衝撃を吸収するとともに、車体を姿勢変化させます。でも、バネだけだといつまでも伸び縮みを繰り返すので、ダンパーの減衰力によって振動を抑え、サスの動きを最適化させています。

ところが、イタリアのウンブリア・キネティクス社によるエアテンダーというリヤクッションユニットには、ダンパーがありません。1年余り前、イタリアのモトスプリント誌の友人から聞かされたのですが、ダンパーがないばかりか、体重や積載量に違いがあっても、跨って少し走れば自動的に車高を最適化できるというではありませんか。

そんなものが実現可能なのでしょうか。“I can’t understand! Unbelievable!”を繰り返す私に、彼は簡単な資料を送ってくれたのですが、釈然としません。

でも、先のEICMAで、発明者のガブリエレ・ベラーニに会い、リヤにエアテンダーが装着されたアフリカツインの車体を押し、その奇奇怪怪なるものが現存していることを確認してきました。

▲ガブリエレ・ベラーニ氏

メカニズムについて疑問も残りますが、私が理解した範囲内で、その仕組みをお伝えしましょう。

ヒステリシスの特性を得るには

手書きの説明図の右上にあるバネ特性線図を見てください。
縦軸が荷重(LOAD)、横軸がストローク(DISPLACEMENT)で、2段バネ特性になっています。ただ、一般的な2段バネだと1段目がソフト(線図の傾きが弱い)で2段目がハードなのですが、エアテンダーでは1段目がハード(プリロードは0)で2段目がソフトです。

そして、一般的なバネでは荷重を増える過程と減る過程で線図が一致しますが、エアテンダーでは荷重増加時にE→B→C、減少時はC→D→Eとなり、一致しません。このように変形過程の荷重とストロークが一致しないことをヒステリシスといいます。

実は、ダンパーによる減衰力が加わったサスペンションの特性線図には、ヒステリシスがあります。荷重を掛けてもスコッと沈まず、荷重を抜いてもすぐには戻ってこないのです。実際、エアテンダー装着のアフリカツインも、ダンパーが効いているような動きを実現していて、ダンパーがなくてもセルフダンピング効果でフワつきません。

では、この特性をいかに得ているのでしょうか。エアテンダーでは、ユニットにセットされたコイルバネと、エアバネが直列に配置されています。

別体のアキュムレーター(油圧ホースでユニットと繋がれたタンク)には、フリーピストンで隔壁されたエア(窒素ガス)室が設けられ、そのエア圧がオイルを介してユニット側の油圧(図にはイタリア語でIdraulicとある)ピストンに伝わります。

ただし、ストローク初期にその油圧ピストンは動かず、コイルバネだけが作動します。図のAからBの傾きはコイルバネだけの常数(通常のユニットよりもハード)になります。そして、B点に達すると油圧ピストンが動き始め、Cに掛けての傾きは、コイルバネとエアバネが組み合わさったソフトなバネ特性となります。

ここでヒステリシスを得るためには、油圧ピストンは荷重の変化に対してすぐには動かないことが求められます。そのメカニズムは不明なのですが、カムを介在させているのかもしれません。

また、積載量に合わせてエアバネの常数を調整できます。アキュムレーターに併設されるレギュレーターからオイルを送り込むと、エア室の容積が小さくなり、圧力も高まるので常数が大きくなります。2段目の傾きが強くなるのです。

車高自動調整機能の装備

もう一つ、これも詳細は不明ですが、車高自動調整機能が備わっているといいます。乗車時にB点を合わせるとか、ストロークをC点まで使いきるように油圧ピストンの位置を自動調整できるようになっているのでしょうか。


ともかく、このバネ特性は、プリロードが0で伸び切り時の固さはなく、ストローク初期がハードで無駄な姿勢変化が抑えられています。トップアウトスプリングにも似た効果によって、操縦性面で有利となります。また、ストローク中盤以降のソフト領域では、高荷重への吸収性が高められます。

ダンピングシステムが不要のためシンプルかつ安価で、どのモデルへも汎用性があって、特性的にも優れるとなれば、まさにエアテンダーはサスの革命児です。常識の打破なのか発想の転換なのか、こうしたものが生まれてくることにロマンを感じずにはいられません。

和歌山利宏

和歌山利宏 モーターサイクルジャーナリスト

投稿者プロフィール

1975年にヤマハ発動機に入社。ロードスポーツの開発に携わる。
レーシングライダーとしても活躍し、鈴鹿8耐第4回大会では4位入賞。
85年からはヨコハマゴム契約となり、タイヤの開発テストを行うとともに、
ワイルドカード参戦した87年の日本GPでは、250ccクラスで11位に入る。
90年からはジャーナリストとしての活動を始め、現在に至る。

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