ジクサーで行く「東北一周3000キロ」(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

カソリの「ジクサー旅」の第3弾目。第1弾目は「中国一周3000キロ」、第2弾目は「九州一周5000キロ」、それにつづいての第3弾目は「東北一周3000キロ」だ。7月19日から7月26日までの「東北一周3000キロ」のメインテーマは「岬めぐり」。東北の岬、92岬をめぐった。

当サイトの「賀曽利隆の東北10選(岬編)」でも述べたように、我らライダーは道の尽きるところまで走って行きたいという気持ちがきわめて強いので、岬は絶好のツーリングポイントになっている。
岬に立つと「あー、遠くまでやってきた!」というしみじみとした旅情を味わえるし、それとともに「よくやった!」といった達成感も味わえる。ということで「岬めぐり」は最高におもしろいツーリングなのだ。

茨城・福島県境にある鵜ノ子岬をスタート

▲常磐道の三郷料金所を出発。「東北一周」の開始

7月19日9時15分、常磐道の三郷料金所を出発。東北に入る前に、関東最後の北茨城ICで高速を降りた。東北の岬めぐりの前に、『アンダー400』の「首都圏日帰り林道ガイド」の取材で、編集部のY氏、カメラマンのS氏とともに北茨城の林道群を走った。

▲ジクサーで北茨城の林道群を走る

ジクサーは5本の林道をまったく問題なく走ってくれた。スズキの150ccバイクのジクサーは、ほんとうにたいしたものだ。
北茨城の林道群を走り終えるとY氏、S氏と別れ、北茨城から県道10号で福島県のいわき市に入り、ひと晩、白米鉱泉の「つるの湯」に泊まった。翌7月20日から東北の岬めぐりを開始する。

▲県道10号で茨城県から福島県に入る

第1番目は茨城・福島県境の鵜ノ子岬だ。東北の太平洋岸最南の岬。岬を境にして北は福島県の勿来漁港、南は茨城県の平潟漁港。平潟漁港はアンコウ漁で知られている。ここでは勿来漁港の岸壁にジクサーを止めた。岬突端の海食洞越しに東北から関東が見える。

鵜ノ子岬の山側には「奥州三関」の勿来関跡があるが、この地はまさに東北の玄関口になっている。

▲ここは「奥州三関」のひとつ、勿来関跡。騎馬姿の源義家像が建っている

▲勿来漁港から見る鵜ノ子岬。岬の向こうは茨城県の平潟漁港

勿来から国道6号を北上。植田から県道239号に入り、竜宮岬を通っていく。小浜漁港でジクサーを止めると、海に落ちる第2番目の竜宮岬を見た。岬は天然の防波堤になっているので、大半の岬は漁港とセットになっている。

竜宮岬を後にすると小名浜へ。ここでは新しく完成した小名浜漁港の魚市場前の岸壁にジクサーを止め、第3番目の三崎を見た。

▲小浜漁港から見る竜宮岬
▲小名浜漁港から見る三崎

奇跡のポイントが残っている岬地帯

三崎は小名浜漁港の天然の防波堤。展望台からは小名浜漁港を見下ろす。海上展望台の潮見台からは北につづく断崖を見る。小名浜の町のすぐ隣りでこのような荒々しい自然が見られることに驚かされる。

▲三崎の潮見台から見る断崖

三崎から北には竜ヶ崎、合磯崎、塩屋崎、富神崎と、3、4キロの等間隔で岬が並んでいる。この一帯はまさに「岬銀座」だ。

第4番目の竜ヶ崎、第5番目の合磯岬と通り、第6番目の塩屋崎へ。岬突端の高さ50メートルの海食崖上には塩屋埼灯台。ここは登れる灯台。上からの眺めは絶景で、南側に豊間漁港を見下ろし、北側には薄磯海岸を一望する。
豊間、薄磯ともに東日本大震災の大津波で壊滅的な被害を受けたが、灯台下の美空ひばりの『みだれ髪』の歌碑は大津波にも流されずに残った奇跡のポイントだ。

▲中之作漁港入口の竜ヶ崎
▲江名漁港から見る合磯岬

▲塩屋崎の塩屋埼灯台。ここは上まで登れる灯台

▲塩屋埼灯台から合磯岬を見る。真下には豊間漁港

第7番目の富神崎は薄磯海岸の尽きるところにあるが、北側の沼ノ内漁港から岬を見た。三崎から富神崎までが「岬銀座」の岬地帯で、ここを過ぎると県道382号で新舞子浜の単調な海岸線を走り抜ける。県道沿いには松林がつづく。海岸には砂浜が北へと長く延びている。

▲沼ノ内漁港から見る富神崎

四倉の交差点で国道6号に合流すると、いわき蟹洗温泉前の分岐を右へ。国道6号の旧道に入っていく。

第8番目は波立岬。国道の左側にある波立薬師を参拝し、岬の突端にある弁天島を見る。国道の脇にあった波立食堂は東日本大震災の大津波で流されたが、波立薬師も弁天島の鳥居も大津波にも残った。ここも奇跡のポイントだ。

▲波立岬の波立薬師を参拝。緑濃い常緑樹に覆われている

▲波立岬の弁天島。岩の上の鳥居は東日本大震災の大津波にも残った

波立岬から久之浜へ。ここにも奇跡のポイントがある。大津波からも津波の後の大火からも残った稲荷神社(秋葉神社)だ。第9番目の殿上崎は久之浜にある岬。久之浜漁港の岸壁から目の前の殿上崎を見た。

▲久之浜漁港から見る殿上崎

第1番目の鵜ノ子岬から第9番目の殿上崎まではいわき市の岬。いわき市は「岬めぐり」には絶好のエリアになっている。

福島でまたシーサイドツーリングができる日を願う

久之浜から広野町を通り、楢葉町へ。

第10番目は楢葉町の天神岬。岬の展望台「みるーる天神」に立ち、足下を流れる木戸川を見る。この木戸川は東日本でも有数の鮭の遡ってくる川として知られている。大津波で大きな被害を受けた海岸線では防潮堤の工事が進んでいる。木戸川の護岸工事も進んでいる。その向こうには東京電力の広野火力発電所が見える。

▲天神岬の展望台からの眺め。真下を木戸川が流れ、堤防が建設中。その向こうに東電の広野火力発電所が見える

天神岬はすごい岬だ。日帰り温泉の天神岬温泉「しおかぜ荘」があり、宿泊できる「楢葉町サイクリングターミナル」もある。ここのレストランでは昼食を食べられるが、「マミーすいとん定食」はおすすめ。広々としたキャンプ場があるし、オートキャンプ場もある。これだけそろった岬というのは、日本中を探してもそうはない。

天神岬では展望台からの眺めを目に焼き付けたあと、天神岬温泉「しおかぜ荘」(入浴料700円)の湯に入った。大浴場と露天風呂。薄茶色をした湯。露天風呂の湯にどっぷりつかりながら目の前に広がる太平洋の大海原を眺めた。絶景湯だ。

▲天神岬温泉「しおかぜ荘」の露天風呂

天神岬を後にすると、国道6号で富岡町に入り、常磐線の富岡駅まで行ってみる。新しい駅前広場が完成していた。新しい駅舎とホームが建設中。ホームは特急「ひたち」が停車できるような長いホーム。年内には楢葉町の竜田駅と富岡駅間が開通する予定。まもなく富岡から東京まで鉄路がつながる。

国道6号の富岡~浪江間は二輪車通行禁止。その間は常磐道(常磐富岡~浪江)で迂回する。浪江からは国道6号を北上し、南相馬を通り相馬へ。相馬で県道38号に入り、松川浦へ。松川浦では食事処「斉春」で昼食。「焼き魚定食」(1800円)を食べたが、カレイの焼き魚は超美味だった。

松川浦でうれしかたのは松川浦大橋が6年ぶりに通れるようになったことだ。橋を渡った新松川浦漁港の先は通行止だが、新松川浦漁港からは第11番目の鵜ノ尾岬がよく見える。

▲6年ぶりに通れるようになった松川浦大橋を渡る。感動の瞬間!

鵜ノ尾岬は松川浦と太平洋を分ける砂洲の突端の岬。その間に松川浦大橋がかかっている。東日本大震災の大津波で砂洲はズタズタにされてしまったが、また元のように快適なシーサイドツーリングができるようになる日が戻ってくることを願うばかりだ。

▲松川浦大橋を渡った新松川浦漁港から鵜ノ尾岬を見る

鵜ノ尾岬でもって福島県の岬めぐりは終了。

ツーリングマップで岬を確認し、次々と半島をめぐる

宮城県に入ると七ヶ浜半島まで岬がないので、山元ICから常磐道を走り、三陸道の仙台港北ICで高速を降りた。そこから七ヶ浜半島に入っていく。

▲山元ICから常磐道に入る

東北の岬は太平洋岸に集中している。それも大半の岬は半島にある。岬めぐりというのは言葉を変えれば半島めぐりのようなものだ。福島県の太平洋側の浜通りは例外的で、岬は多いが半島はない。この七ヶ浜半島を皮切りにして牡鹿半島、雄勝半島、泊崎半島…と、次々に半島をめぐっていく。

▲松ヶ浜漁港から見る飛ヶ崎。ここを皮切りにして七ヶ浜半島の岬をめぐる

七ヶ浜半島では飛ヶ崎、御殿崎、黒崎、七郎治崎、吠崎、花渕崎、波多崎と全部で7岬をめぐった。『ツーリングマップ』を見ながらひとつづつの岬を確認しながらジクサーを走らせるのは何とも楽しいことだった(これらの岬は大半が『ツーリングマップル』に載っていますが、まだ載っていない岬は2018年版に載ります)。

七ヶ浜半島では最後に貞山橋で貞山堀を渡った。貞山というのは伊達政宗のことで、貞山堀の名からもわかる通り、伊達政宗が米の輸送のために掘らせた運河。塩釜から阿武隈川の河口まで全長36キロの日本最長の運河だ。
この運河が七ヶ浜半島を横断しているので、七ヶ浜は見た目には半島ではなく島になっている。

▲御殿崎の兜岩。ここは伊達政宗伝説の地
▲花淵崎の鼻節神社。岬と神社はセットになっている
▲砂浜を歩いて波多崎へ
▲七ヶ浜半島の貞山堀。伊達政宗が造らせたこの運河で半島は島になった

七ヶ浜半島を後にすると塩釜、松島、東松島を通り、石巻へ。牡鹿半島の入口にあるサン・ファンパークの「サンファンヴィレッジ」に泊まった。

▲夕日を浴びた石巻のサン・ファンパークの「サン・ファン・バウティスタ号」。支倉常長の一行がヨーロッパへと航海した帆船だ
▲サン・ファンパークの「サンファンヴィレッジ」に到着

「ジクサーで行く東北一周3,000キロ」(2)へ続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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