BMW HP4レースへのカーボン採用の狙いは軽量化だけではなかった その1

【和歌山利宏:モーターサイクルジャーナリスト】

画期的なHP4レースの走り

HP4レースの走りは、全てが異次元の領域にあると言えます。
何しろ、モトGPマシンに3.5kgと迫る軽量な車体に、ワークスSBKマシンのレプリカとも言えるエンジンを搭載。サスやブレーキの足回りもワークスマシン直系品なのですから、一般の人たちが買って乗れるマシンとして最高水準にあることは言うまでもないのです。

でも、それだけではありません。ハンドリングが既存のマシンを超越した領域に突入していると言っていいでしょう。

軽快で俊敏で、旋回性が高くても、神経質さはなく、あくまでもライダーの意思に忠実に追随してくれます。ライダーが望まない挙動は見事に排除されているのです。

一般に、マシンを軽量化すると、操縦性が向上しても、安定性が損なわれることがあります。でも、HP4レースは、軽量化によって操縦性向上を実感できても、そのネガはないのです。

それは、カーボンファイバー製となったフレームとホイールの変形特性が、金属製のものとは異質なためとしか考えられないのです。

重要なフレームの剛性バランス

ニューモデルが登場したとき、車体の剛性バランスの最適化について発表されることがあります。今日では、剛性は単なる高低ではなく、バランスが追求されるのです。

剛性バランスに関してまず着目されるのが、変形モードに対するバランスです。ピボット側を固定して考えたとき、ヘッドパイプを左右に(ひね)ったときにねじり変形が生じ、ヘッドパイプを真横に押したときの変形が横曲げ、ヘッドパイプがお辞儀するのが縦曲げです。

ねじり剛性が最も基本的な剛性モードとなりますが、これがある程度高くないと操舵に対しての応答性も得られません。横曲げは高速安定性に重要ですが、高過ぎるとフレームが硬くて曲がらないことになります。

また、縦曲げはブレーキング時から初期旋回での安定性と接地感を高めるのに必要ながら、高過ぎても乗り心地悪化などの固さが出ます。そして、これらは絶対値もさることながら、お互いのバランスが大切になってきます。

さらに、フレーム内の部位ごとのバランスも大切になってきます。今日のフレームはそれぞれに、そうしたバランスが追及され、デザインされているのです。

剛性チューンの自由度が高いカーボンフレーム

一般的な金属製フレームでは、そうしたバランスは、いわゆる形状によって決まってきます。
でも、カーボンフレームの場合は、素材そのものにカーボン繊維の方向によって剛性が変わる性質があるため、繊維の配置によっても剛性をコントロールすることができます。

カーボンファイバーはカーボン布を樹脂で固めた素材です。多くのカーボン製品のカーボン布は、カーボンの繊維束の縦束と横束をお互いに織り込ませた織布なのですが、HP4レースのフレームには、角度違いの繊維束を織り込まず、重ね合わせただけの不織布が用いられます。

そのことで、編み込み部の影響を受けることなく、繊維の伸び特性をそのまま引き出そうとしているのです。

フレームが捻り、あるいは縦曲げ変形を受けると、繊維が伸ばされて抵抗力が発揮されるので、剛性を高めることができます。でも、横曲げには繊維はすんなり曲がり、しなやかということになります。

今日では、このしなやかさに関し、ゴルフクラブや釣竿、棒高跳びのポールなどから分かるように、繊維の方向や繊維と樹脂の配分によって、金属では得られない弾性が得られるようになっています。さらに高強度がゆえに、しなっても折れないのです。

こうした剛性特性によって、ブレーキング安定性も高く、シャープで軽快で応答性も良くコーナーに進入でき、ストレスなく曲がってくれるというわけです。

しかも、ツインスパーフレームの不織布は、前下部で積層数が高められています。そのことで、部位によって剛性バランスを最適化しているのです。

つまり、カーボンフレームは、剛性バランスを理想化するための自由度も高いのです。

【HP4:Webike車種別情報】
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和歌山利宏

和歌山利宏モーターサイクルジャーナリスト

投稿者プロフィール

1975年にヤマハ発動機に入社。ロードスポーツの開発に携わる。
レーシングライダーとしても活躍し、鈴鹿8耐第4回大会では4位入賞。
85年からはヨコハマゴム契約となり、タイヤの開発テストを行うとともに、
ワイルドカード参戦した87年の日本GPでは、250ccクラスで11位に入る。
90年からはジャーナリストとしての活動を始め、現在に至る。

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