賀曽利隆の「温泉めぐりの半島一周」第4弾 紀伊半島編(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:「温泉めぐりの半島一周」第4弾 紀伊半島編(1)

紀伊半島一周、殿様気分で後半戦スタート

和歌山県湯浅町の湯浅温泉「湯浅城」の朝湯に入り、朝食を食べて出発。
天守閣の温泉宿には十分に楽しませてもらった。湯浅の城主になったかのような気分でつかる湯はたまらない。みなさんも「紀伊半島一周ツーリング」では湯浅温泉「湯浅城」に立ち寄ってみたらいい。一時、殿になったかのような気分を味わえること間違いなし。

▲湯浅温泉「湯浅城」の部屋からの眺め。天守閣が温泉宿になっている

▲朝湯に入り、朝食を食べ、湯浅温泉「湯浅城」を出発する

さ~、「紀伊半島一周」の後半戦、開始。「頼むぞ!」と相棒のスズキV-ストローム1000にひと声かけて走り出す。左足の痛みは相変わらずだが我慢、我慢。

その昔、岡山とよばれていた「和歌山」を行く

「紀伊半島一周ルート」の国道42号を北上する。国道の周辺は一面のミカン畑。さすが「有田ミカン」の本場を思わせる光景。国道沿いには有田ミカンを販売する店が見られた。

山中を抜け出し、有田川に下っていく。国道42号はしばらくは有田川沿いの道になる。
国道42号の左側にある有田川温泉「光の湯」でV-ストローム1000を止めた。ここを今日の第1湯目にしたかったが、残念ながらオープンは11時から。有田川の河口を渡り、海南市に入ったところで紀州黒潮温泉に行ったが、オープンは10時から。ここも残念ながらパスした。

▲国道42号沿いの有田川温泉「光の湯」は11時から。残念ながらパスする

国道42号で和歌山市の中心街に入っていく。
和歌山城を間近に見る「和歌山城角」の交差点が浜松を起点にする国道42号の終点。ここはまた京都から奈良経由で和歌山に通じる国道24号の終点であり、大阪から和歌山に通じる国道26号の終点にもなっている。まさに「和歌山の十字路」といったところだ。

▲国道42号で和歌山の中心街に入っていく

▲国道42号の終点の「和歌山城角」の交差点

「和歌山」というのは紀ノ川の沖積平野にポツンと立つ小丘の名前。天正13年(1585年)、豊臣秀吉がその山頂に和歌山城を築き、弟の秀長の居城になった。

江戸時代は徳川御三家の紀伊家の居城。和歌山は元々は岡山といわれていた。その岡山と景勝地として名高い和歌浦が合体して和歌山になったようだ。

和歌山のシンボルの和歌山城を見てまわる。搦手門の岡口門から入り、石段を登り、天守閣を見た。

▲和歌山の中心、和歌山城の天守閣

緑の豊かさと静けさ。一宮の魅力

次に和歌山城前の道を東にまっすぐ走り、紀伊の一宮に行く。
ここには日前神宮と国懸神宮の2社があり、両社は同じ境内に隣りあっている。駐車場にV-ストローム1000を止めると、うっそうと樹木のおい茂る参道を歩いていく。和歌山の市内にいるとはとても思えないような緑の豊かさ、そして静けさ。これが一宮の魅力というものだ。

T字にぶつかると、最初に左の日前神宮、次に右の国懸神宮という順に参拝する。
日前神宮の神社名は「ひのくまじんぐう」。ここは南海電鉄の日前宮(にちぜんぐう)駅近くにあるが、この駅名からわかるように地元のみなさんは「にちぜんぐう」と呼んでいる。国懸神宮の方は「くにかかすじんぐう」になる。

▲紀伊の一宮、日前神宮を参拝。緑豊かな境内

本日第1湯は、関西圏屈指の炭酸鉄泉


▲阪和自動車道の和歌山ICに近い花山温泉に到着。さ~、温泉だ!

紀伊の一宮の参拝を終えると、和歌山城からの道をそのまま走り、阪和自動車道の和歌山ICの方向へ。ICの手前に花山温泉がある。

第1湯目の花山温泉「薬師の湯」(入浴料1100円)に入る。
ここの営業時間は8時から23時までなので入りやすい。宿泊もできるし、食事もできるありがたい温泉。湯がまたすごい。大浴場の湯船の縁には温泉の成分がぶ厚く堆積している。

湯は濃いミカン色。温泉の成分の味がする。大浴場の湯にどっぷりつかったあと、露天風呂に入った。花山温泉は関西圏屈指の炭酸鉄泉の温泉だ。

▲花山温泉の赤茶けた湯は高濃度の炭酸鉄泉。露天風呂もある

「紀伊半島一周」の出発点、紀勢道の勢和多気ICからここ和歌山までは、紀伊半島一周ルートの国道42号を走った。和歌山から勢和多気ICまでは紀伊半島横断ルートを行く。その第1本目は国道24号。紀ノ川に沿った道だ。

紀伊横断は難解ルート。和歌山から奈良へと湯をめぐる

▲かつらぎ温泉「八風の湯」。京奈和自動車道の紀北かつらぎICに近い

第2湯目はかつらぎ温泉「八風の湯」(入浴料1,000円)。
設備の整った温泉施設。北には和泉山脈の主峰、和泉葛城山(858m)がそびえている。大浴場の一の湯、二の湯、三の湯、四の湯と入ったが、それぞれに源泉の違う湯。さらに大露天風呂もある。すべての湯が源泉掛け流しだ。

▲かつらぎ温泉「八風の湯」の露天風呂。ここには4つの源泉がある

国道24号で橋本を通り、県境を越え、奈良県に入る。紀ノ川は吉野川と名前を変える。

▲県境を越えた奈良県側の国道24号沿いにある「金剛乃湯」

第3湯目は五條市の金剛乃湯温泉「金剛乃湯」。
国道24号沿いにあるので入りやすい。大浴場の湯は白濁のツルツル湯。湯船は槇の木。庭園風の露天風呂には気持ちよく入れる。ここは1,300メートルまで掘った大深度温泉。湯から上がるとカレーライス(500円)を食べた。


▲「金剛乃湯」の露天風呂。肌がツルツルするツルツル湯

金剛乃湯のほぼ真北には名峰、金剛山(1125m)がそびえている。和歌山から勢和多気ICまでの紀伊半島横断ルートは次々にルートナンバーが変わっていく。

和歌山から五條までは国道24号だが、「五條→下市(下市町)」は国道370号、「下市→宮滝(吉野町)」は国道169号と国道370号の重複区間、「宮滝→窪垣内(吉野町)」は国道370号、窪垣内からは県道16号で東吉野村に入り、国道166号に出る。

フォローするのが難しいルートなので、紀伊半島横断では何度となく『ツーリングマップル』を見た。

▲吉野川沿いの下市を行く

▲東吉野村に入っていく

共鳴!「ニホンオオカミ」と「カソリオオカミ」

山深い東吉野村の県道16号沿いには「ニホンオオカミ像」が建っている。
「サハラの狼」の異名をとるカソリは、V-ストローム1000を止めるとニホンオオカミの等身大のブロンズ像に見入ってしまった。

▲東吉野村のニホンオオカミ像。日本最後のニホンオオカミの像だ

これは明治38年(1905年)、この地で捕獲されたもので、日本最後のニホンオオカミだといわれている。実物の標本は大英博物館に展示されているという。

東吉野の山野を咆哮した姿を彷彿とさせるニホンオオカミの像にはもう大感動。自由自在に思いのままに駆けめぐれるバイク旅の良さは、このように各地で次々と感動に出会えることだ。

伊勢街道(参宮街道)の国道166号に出ると右へ。奈良・三重県境の高見峠に向かっていく。その手前を左折し、第4湯目のたかすみ温泉「たかすみの里」(入浴料500円)の湯に入る。

▲たかすみ温泉「たかすみの里」

大浴場は木の湯船。槇風呂だ。木の感触がすごくいい。さすが日本有数の林業地帯、東吉野村だけのことはある。女湯は檜風呂だとのことで、一週間ごとに男湯と女湯は替わるという。

▲たかすみ温泉「たかすみの里」の大浴場は木の湯船。槇風呂だ

峠越えと、旅人たちの「湯の中談義」

奈良県最後のたかすみ温泉を出発。国道166号に戻ると、台高山脈の高見峠を越える。峠の北には高見山(1,248m)、南には大台ケ原の山並みが連なっている。

▲国道166号の奈良・三重県境の高見峠。高見トンネルで峠を抜けていく

▲高見峠を越えた三重県側の山岳風景

▲高見峠の三重県側にはループ橋

県境の高見峠の三重県側を下り、第5湯目の奥香肌温泉「かはだの湯」に入る。
大浴場は濁り湯、露天風呂は無色透明の湯。大浴場の湯につかりながら、車が大好きだという人と「湯の中談義」をする。「北海道一周6,000キロ」を走って、各地の温泉をめぐったという。車大好きの人は温泉も大好きな人だった。

▲奥香肌峡温泉「かはだの湯」

▲奥香肌峡温泉「かはだの湯」の露天風呂

第6湯目は国道166号の道の駅「飯高駅」にある香肌峡温泉「いいたかの湯」。
大浴場には11種類もの湯船がある。それらの湯船にひとつづつ入り、最後に露天風呂の湯につかった。湯から上がるとレストランで「冷やしうどん」(430円)を食べた。

▲飯高温泉「いいたかの湯」

▲飯高温泉「いいたかの湯」で夕食。「冷やしうどん」を食べる

日本一の大半島、紀伊の湯めぐりを無事終了!

ここからはナイトラン。国道166号から国道368号に入り、桜峠を越えた。
最後に国道42号を走り、18時45分、紀勢自動車道の勢和多気ICに到着。「勢和多気IC→勢和多気IC」の「紀伊半島一周」は551キロになった。さすが日本一の大半島だけのことはある。その間では全部で15湯の温泉をめぐった。

▲紀勢自動車道の勢和多気ICに戻ってきた。「紀伊半島一周」、終了!

勢和多気ICからは伊勢自動車道→東名阪道→伊勢湾岸道→新東名→東名と高速道の一気走り。V-ストローム1000の本領発揮というところで、高速走行はすごく楽。
東名の厚木ICまで一気に走り、24時30分、神奈川県伊勢原市の自宅に戻った。

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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