賀曽利隆の「温泉めぐりの半島一周」第4弾 紀伊半島編(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:「温泉めぐりの半島一周」第3弾 伊豆半島編(2)

相棒のV-ストローム1000と紀伊半島の湯めぐりへ

昨年の11月18日、紀伊半島を目指して神奈川県伊勢原市の自宅を出発。
相棒はスズキのV-ストローム1000。

10時、我が家に近い秦野中井ICで東名に入り、新東名→伊勢湾岸→東名阪→伊勢自動車道→紀勢自動車道と高速道の一気走り。14時30分、紀勢自動車道に入った最初のインターの勢和多紀ICに到着。秦野中井ICから380キロ。ここから紀伊半島一周の国道42号を走り始めた。

▲紀勢自動車道の勢和多紀ICに到着。さー、紀伊半島一周の開始だ

待望の第1湯目は国道42号のすぐ脇にある阿曽温泉(入浴料500円)の湯。
廃校を利用した温泉施設で、石造りの湯船にどっぷりとつかる。薄緑色の湯につかった瞬間、400キロ以上走ってきた体の疲れがスーッと抜けていく。このように温泉の即効性には大きいものがある。阿曽温泉といえば、熊野詣が盛んだった頃からの古湯だ。

▲紀伊半島一周の第1湯目は阿曽温泉。この第1湯目のうれしさといったらない

温泉に入りながら、イベント会場の下見へ

阿曽温泉を出発し、国道42号で荷坂峠を越える。
三重県は旧国でいうと伊勢、志摩、伊賀、紀伊の4ヶ国から成っているが、荷坂峠は伊勢と紀伊の国境。峠を境にして伊勢の茶畑から紀伊のミカン園へと風景が変わる。

▲国道42号の荷坂峠のトンネル入口。荷坂峠は伊勢と紀伊の国境の峠

▲国道42号の荷坂峠を越えると、紀伊の山々と海が見えてくる

荷坂峠を下ると紀伊長島。ここでは第2湯目の古里温泉(入浴料510円)の湯に入った。
無色透明のツルツル湯。肌に薄い膜が貼るような湯の感触だ。

▲紀伊長島の古里温泉。国道42号からわずかに入ったところにある

紀伊長島でいったん紀伊半島一周を中断し、国道260号で志摩半島に向かっていく。
じつは11月20日に度会町の宮リバーパークで開催される「南三重バイクミーティング」にぼくはメインゲストで呼ばれていた。それへの参加をも兼ねての「温泉めぐりの紀伊半島一周」なのだ。

▲国道260号の行止り地点の御座。以前は対岸の浜島にフェリーが出ていた

▲近鉄の終点、賢島駅前の食事処「翔」で志摩名物の「てこねずし」を食べる

▲志摩の一宮、伊雑宮を参拝。志摩の一宮にはもう一社、伊射波神社がある

紀伊長島から国道260号で南伊勢町に入ると、五ヶ所の温泉旅館「二葉」に泊まった。
湯から上がると、生ガキと赤貝、タコ刺し、刺身の盛り合わせ、白身魚のフライといった海鮮料理を食べた。

伊勢神宮を参拝。夜はイベント前夜祭!?

▲南伊勢町の温泉旅館「二葉」の朝食を食べて志摩半島一周に出発

翌日は志摩半島を一周し、伊勢神宮を参拝。最後に度会町の「南三重バイクミーティング」の会場を下見して五ヶ所の温泉旅館「二葉」に戻った。

ここでクレタのみなさんと落ち合った。何誌ものバイク雑誌を発行しているクレタがイベントを全面的にサポートするのだ。

イベントを進行する未飛登さんと柴田奈緒美さんとなつかしの再会。イベントを飾る人気タレントのときひろみさんもやってくる。前夜の一人ぼっちの夕食とは違って、みなさんとの大盛り上がりの夕食会になった。

そのあとは二次会と称してクレタの社長、K氏の部屋での飲み会。つがれるままにチャンポンで飲み干し、正体を失くすくらいに飲んだ。
そのあとは未飛登さんと同室で眠りこけるのだった。

大盛況のイベントを終え、温泉めぐりの再開!

翌日の「南三重バイクミーティング」はすごかった。関西圏のみならず日本全国から3,000台ものバイクが集まった。宮川の河原では盛大な焚火。焚火を囲みながら参加者のみなさんとおおいに語り合った。

『風まかせ』編集長の斎藤さんとのトークショーでは、南三重の話だけではなく、斎藤さんも興味を持ってくれている日本の旧国めぐりで話がさらに盛り上がった。

ときひろみさんの餅まきには大勢のみなさんが集まった。ひとつみなさんに申し訳なかったのは、ぼくは左足を痛め歩くのがやっとの状態。それでもバイクには乗れる!?

15時にイベント終了。みなさんに別れを告げると、会場に近い玉城ICで伊勢自動車道に入り、紀勢自動車道の勢和多紀ICに戻ってきた。ここからは国道42号を南下する。
さー、「温泉めぐりの紀伊半島一周」の再開だ。

▲「南三重バイクミーティング」を終えると会場に近い玉城ICで伊勢自動車道に入り、紀勢自動車道の勢和多紀ICで高速を降りた。そこから国道42号を南下する

国道42号で再度、荷坂峠を越える。峠下の紀伊長島から尾鷲、熊野市を通って和歌山県に入ると新宮。夜の新宮の町並みを走り抜けていく。

▲熊野川を渡って和歌山県に入り、新宮の町並みを走り抜ける

第3湯目は錦温泉「丹敷(にしき)の湯」(入浴料600円)。JR紀勢本線の那智駅に隣り合った温泉施設。駅舎温泉といっていい。地元の人たちがけっこうやってくる。無色透明の湯につかっていると、紀勢本線の列車の音が聞こえてきた。それがいかにも駅舎温泉らしかった。

▲錦温泉「丹敷の湯」に入る。ここはJR紀勢本線那智駅の駅舎温泉だ

今晩の宿は勝浦温泉。国道42号の脇にある「勝浦観光ホテル」に泊まった。
7階の展望大浴場に入り、木の湯船につかりながら勝浦の夜景を見下ろした。ここには露天風呂もある。湯から上がると、新宮の店で買った「鮎のなれずし」を肴にして缶ビールを飲む。

温泉に入るのはけっこう難しい…

▲勝浦温泉「勝浦観光ホテル」の展望大浴場から見下ろす勝浦の町並み

翌朝は朝湯に入り、朝食を食べて出発。南紀のこの一帯には温泉が点在している。だが湯川温泉「きよもんの湯」は12時からで入れず。ゆりの山温泉もまだやっていない。

ということで第5湯目は太地温泉「白鯨」(入浴料400円)の湯になった。
無色透明のやわらかな湯につかりながら南紀の海を見る。ここは絶景湯だ。

▲太地温泉「白鯨」の湯。南紀の海を見ながら湯につかる

本州最南の町、串本へ。
名所の橋杭岩には「弘法の湯」があるが、営業日は火、木、土、日の週4日で入れなかった。串本の町中には「サンゴの湯」があるが、ここも月曜日が定休日で入れなかった。温泉に入るのはけっこう難しい。

▲串本温泉「弘法の湯」の営業日は火、木、土、日で、残念ながら入れなかった

最南端の岬で旅の証明書をゲット。3湯を一気にハシゴする

串本から本州最南端の潮岬へ。
ここでは岬の園地を見下ろす「潮岬タワー」(300円)に登り、「本州最南端到達証明書」をもらった。それを目にすると、「ユーラシア横断」のゴール、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬でもらった「ロカ岬到達証明書」が思い出された。
このような旅の証明書というのはいいものだ。

▲本州最南端の潮岬に到達。目の前に広がる黒潮の海を見る

▲潮岬の「潮岬タワー」に登ると、この「本州最南端到達証明書」がもらえる

潮岬から串本に戻ると、ふたたび国道42号を行く。串本までは南下したが、ここからは北上していく。天気が変わり、雨が降ってくる。その雨も次第に激しくなってくる。雨の温泉めぐり。「温泉につかってしまえば雨は関係ない」と強がりをいってV-ストローム1000を走らせる。

第6湯目は日置川温泉「渚の湯」(入浴料650円)。
設備の整った温泉施設で大浴場と露天風呂の湯に入る。無色透明のツルツル湯。湯につかりながら南紀の海を見る。海の見える温泉というのはもうそれだけで最高。

▲日置川温泉「渚の湯」。大浴場の湯につかりながら南紀の海を見る

湯から上がると、館内のレストランで昼食。「紀州丼」を食べた。丼飯には釜揚げシラスとマグロの刺身がのっていた。こうして温泉に入り、食事をとると、また雨の中をがんばって走っていこうという気になるものだ。

▲日置川温泉「渚の湯」の「紀州丼」。釜揚げシラスとマグロの刺身の丼

第7湯目は椿温泉「椿はなの湯」(入浴料500円)。
大浴場の木の湯船にどっぷりつかる。槇の湯船だとのことで、すごく趣のある湯船だ。

▲椿温泉「椿はなの湯」。国道42号沿いにあるので入りやすい

第8湯目は白浜温泉「崎の湯」(入浴料420円)。
ここは人気の露天風呂。受付では若い3人の中国人女性の旅行者と一緒になった。「ここはね、ネイキッド(裸)よ」と窓口のおばさんにいわれ、一瞬、躊躇した3人だが、意を決したように女湯に入っていった。

男湯の方はザーザー降りの雨なので、入浴客はぼく一人。雨に濡れながら露天風呂の湯につかり、目の前に広がる太平洋を眺めるのだった。

▲白浜温泉「崎の湯」。人気の露天風呂だがザーザー降りの雨なので入浴客はぼく一人。雨に濡れながら太平洋を眺める

殿様気分の温泉宿。紀伊半島に乾杯!

白浜温泉からは国道42号で田辺、御坊と通り、日本の醤油発祥の地で知られる湯浅へ。今晩の宿は湯浅温泉の「湯浅城」。天守閣が温泉宿になっている。ちょっとした殿様気分。

▲今晩の宿、湯浅温泉「湯浅城」に到着。その名の通りで、湯浅城が温泉宿。殿様気分で泊まれる温泉宿だ

無色透明のツルツル湯に入ったあと、まずは生ビールで紀伊半島に乾杯。海鮮鍋や刺身、天ぷらといった夕食を食べながら生ビールをもう1杯。串本から湯浅まで雨に降られぱなしだったので、「よくやったね」と自分で自分をほめてあげたい気分だった。

「温泉めぐりの半島一周」第4弾 紀伊半島編(2)へ続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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