賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(4)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(3)

「九州一周」最終章。まずは豊後の一宮、2社をめぐる

4月28日5時、大分駅前の「東横イン」を出発。この時間帯だと、大分の中心街にはほとんど交通量もなく、スイスイ走れる。うれしくなるようなジクサーでの快適走行だ。

▲夜明けの大分駅前を出発

まずは豊後の一宮をめぐる。大分県は旧国でいうと、豊前の一部と豊後から成っている。豊後の一宮は2社あるが、最初は柞原(ゆすはら)神社に行った。柞原神社は大分駅前から国道10号を別府方向に走り、左折して県道696号で山中に入ったところにある。

▲豊後の一宮、柞原八幡宮の大鳥居をくぐり抜ける

大分の市街地のすぐ近くにあるとは思えないほどの自然の豊かさで、まるで深山幽谷の地に入り込んだかのようだ。神社入口の南大門の脇には樹齢3,000年といわれる大楠が空を突いている。

苔むした石段を登って参拝。祭神は仲哀(ちゅうあい)天皇、応神(おうじん)天皇、神功(じんぐう)皇后の3神。仲哀天皇は日本武(やまとたける)尊の第2子で、神功皇后との間の子が応神天皇になる。
ぼくは『古事記』の日本武尊の足跡を追っているが、これがすこぶるおもしろいのだ。

▲柞原八幡宮の樹齢3,000年といわれる大楠

▲豊後の一宮、柞原八幡宮を参拝

柞原神社の参拝を終えると、もう1社の豊後の一宮、西寒田(ささむた)神社へ。ここはちょっとわかりにくいが、国道210号から県道41号を南に行ったあたりにある。

神社の近くの古国府(ふるごう)は豊後の国府が置かれたところで、かつての豊後の中心地。神社境内の藤が満開で、「ふじまつり」が開催されていた。朝早くから次々と、地元の人たちがお参りにやってくる。

▲大分の中心街に戻ってくる

▲豊後の一宮、西寒田神社を参拝

西寒田神社の祭神は西寒田(ささむた)大神、伊弉諾(いざなぎ)尊、伊弉冉(いざなみ)尊など9神。主神の西寒多大神は天照(あまてらす)大神、月読(つきよみ)尊、天忍穂耳(あめのおしほみ)命の総称だ。

多士済々の神々がまつられているので、西寒田神社はすべての願い事をかなえてくれるという。それが魅力で、こうして朝早くから大勢の人たちがやってくるのだろう。

▲豊後のもう1社の一宮、西寒田神社の石橋

河岸の露天風呂は運良く貸し切り状態!

▲国道210号で水分峠を越える

大分からは国道210号を行く。由布院に向かっていくと、豊後富士の由布岳(1,583m)がきれいに見えてくる。さすが「豊後富士」。

由布院温泉を通り過ぎ、水分峠を越えて日田へ。その途中では別府温泉、由布院温泉と並ぶ「豊後三湯」のひとつ、天ヶ瀬温泉の温泉街に入っていった。筑後川上流の玖珠川の両岸に温泉宿が立ち並んでいる。

ここではジクサーを止め、河岸の混浴露天風呂「薬師湯」(入浴料100円)に入った。最高の気持ち良さ。体の疲れがスーッと抜けていく。湯につかりながら目の前を流れていく玖珠川を眺めた。入浴客はぼく一人で、貸し切り湯のようなものだ。

▲豊後の名湯、天ヶ瀬温泉では混浴露天風呂の「薬師湯」に入る

天ヶ瀬温泉から日田盆地の中心地、日田へ。
ここで久住山を源とする玖珠川と阿蘇山を源とする大山川が合流して三隈川となり、大分県から福岡県に入ったところで九州一の大河、筑後川になる。国道210号で県境を越えて福岡県に入ると風景は一変し、前方には広々とした筑後平野が広がっている。

▲国道210号で福岡県に入る。前方には筑後川流域の筑後平野が開ける

筑後平野のど真ん中を走り、久留米の国道3号との交差点まで行ったところで折り返し、日田に戻った。筑後は平野、豊後は山地と、風景がきわめて対照的。趣のある日田の町中を走り、「水郷日田」を見てまわる。周囲の山々は「日田美林」で覆いつくされている。

「由布院」と「湯布院」が存在する理由

日田ICで大分道に入ると、高速道で湯布院ICへ。由布院温泉のある由布院はほんとうにまぎらわしいのだが、「由布院」と「湯布院」が入り混じり、湯布院温泉と書かれることも多い。高速道は湯布院ICだが、鉄道は由布院駅だ。

1955年に由布院温泉のある由布院町と湯平温泉のある湯平村が合併し、湯布院町になったのが原因。それ以降、由布院と湯布院がゴチャマゼになった。その湯布院町と庄内町、挟間町が合併し、今では由布市になっている。

快晴のなか、九州一の絶景ロード「やまなみハイウェイ」を行く!

大分道の湯布院ICから国道210号で水分峠へ。今度はここから九州一の絶景ロード、やまなみハイウェイに入っていく。天気は快晴。

▲水分峠に戻ってきた。以前は峠の茶屋風ドライブインがあったが今はない

▲水分峠から「やまなみハイウェイ」を行く

ワインディング区間を走り抜けると飯田高原に降りる。そこからはストレート区間を一気に走り、標高1,320メートルの牧の戸峠に到達。ここがやまなみハイウェイの最高地点。牧の戸峠からヘアピンカーブの連続する峠道を下っていくと阿蘇山が見えてくる。感動の瞬間だ。

▲「やまなみハイウェイ」は九州一の絶景ルート。前方に久住山を見る

▲「やまなみハイウェイ」の最高点、牧の戸峠に到達

▲牧の戸峠を下ると阿蘇が見えてくる

20年来の行きつけの店

大分県から熊本県に入り、瀬の本高原から阿蘇の外輪山へ。ゆるやかなアップダウンが連続し、どこが峠なのかわからないうちに北阿蘇の外輪山を越えている。阿蘇山の外輪山だが、北阿蘇はなだらかで二重峠を除けば峠名のついた峠は1峠もない。

それに対して南阿蘇の外輪山には高森峠から俵山峠までの間にいくつもの峠名のついた峠がある。北阿蘇と南阿蘇の対比はじつにおもしろい。このあたりの違いを見ていけるのが、バイク・ツーリングの大きな魅力といっていい。

城山展望台で阿蘇の大カルデラを見下ろし、カルデラ内に降りると肥後の一宮、阿蘇神社の脇を通り、JR豊肥本線の宮地駅前で九州横断の国道57号に出た。

国道57号で大分へ。阿蘇外輪山の峠、滝室坂を登っていく。峠上の食事処「山庵」で昼食。「たかな飯定食」(650円)を食べた。阿蘇名物の高菜飯にうどんがついている。

我が「50代編日本一周」(1999年)※1でも、ここで食事をした。その時は「たかな飯」(550円)と「だんご汁」(550円)を食べたが、「山庵」の値段はこの20年あまりでほとんど変わっていない。

▲国道57号の滝室坂の食事処「山庵」

▲滝室坂の食事処「山庵」の「たかな飯定食」

「日本のナイアガラ」、雄大な原尻ノ滝

国道57号で熊本県から大分県に入り、JR豊肥本線の豊後竹田駅前でジクサーを止めた。缶コーヒーを飲んでひと息入れたところで、「日本のナイアガラ」ともいわれる原尻ノ滝を見に行く。

険しい谷間の滝ではなく、山地から平地の出たところにある滝なので、広々とした雄大さを感じさせる。まさに「日本のナイアガラ」の形容通りで、日本離れした大陸的な滝。遠くには右手に祖母山、左手に傾山と九州中央部の山々を見る。

▲国道57号の熊本・大分県境

▲JR豊肥本線の豊後竹田駅。ここから「荒城の月」の岡城跡は近い

▲「日本のナイアガラ」の原尻ノ滝を見る

15年前の島めぐりで渡った姫島と、危険なアクシデント

大分からは国東半島へ。国道213号でグルリと半島を一周する。半島北端の伊美港ではジクサーを止め、沖合の姫島を眺めた。胸がジーンとしてしまう。
ここは「島めぐり日本一周」(2001年~2002年)※2の時に伊美港から渡った島。島の横断は6キロほどでしかなかったが、行き止り地点の観音崎まで行った。

▲国東半島を一周。北端の伊美港から姫島を見る

忘れられないのは姫島から伊美港に戻ってから後のことだ。

国道213号で宇佐に向かったが、信じられないないようなことが起きたのだ。先行するトラックが交差点の赤信号で止まった。すると突然、そのトラックはバックするではないか。あわててクラクションを鳴らしても、「おーい!」と大声で叫んでも、運転手には聞こえない。

バイクのギアをニュートラルにして、地面を足で蹴ってバックした。ぼくが左の路肩に逃げたのと、トラックがバックしてぼくのすぐ脇まで来たのはほぼ同時。間一髪で助かった。あやうく人間もバイクもトラックの下敷きになり、ペシャンコになるところだった。

トラックの荷台をバンバンたたいて停車させたが、運転手は「いやー、すいません、すいません」を繰り返すばかり。何でトラックがバックしたのか…まったくわからないままだった。

全国2万4,000以上ある八幡神社の総本社

そんな思い出の地点から豊後高田を通り、国道10号に合流して豊前の一宮の宇佐神宮へ。
広い境内には朱塗りの大鳥居と朱塗りの社殿。「宇佐八幡」で知られる宇佐神宮は全国に2万4,000社以上ある八幡神社の総本社。多くの人が訪れる。

▲豊前の一宮、宇佐神宮を参拝。ここは全国の八幡神社の総本社

ここの祭神は八幡(はちまん)大神、比売(ひめ)大神、神功(じんぐう)皇后の3神。一之御殿に八幡大神、二之御殿に比売大神、三之御殿に神宮皇后をまつっている。神社から東南に6キロほど離れた大元山(御許山)が御神体になっている。
ここでは台湾人の団体と出会ったが、宇佐神宮は台湾でも人気のようだ。

九州一周達成!最初に泊まった門司港で宿泊

宇佐神宮の参拝を終えると門前の店で「ブンタン」(1個200円)を食べ、国道10号を北へと走る。大分県から福岡県に入り、小倉からは国道3号で門司港へ。
門司港に到着したのは22時45分。「九州一周」で最初に泊まった「ルートイン」が今晩の宿。部屋に入ると、ポテトチップをパリパリ食べながら、缶ビールを飲み干した。

▲門司港の「ルートイン」に戻ってきた!

帰路で再挑戦。因幡の一宮「宇倍神社」へ

翌4月29日は3時45分の出発。外はまだ真っ暗。国道2号の関門トンネルで関門海峡を渡り、下関からは国道2号と重複の国道9号を行く。

小郡で国道2号と分かれ、山口で夜が明けた。木戸峠のトンネルを抜け、徳佐盆地を走っているときに山の端から朝日が昇った。

▲山口県内の国道9号で見る朝日

島根県から鳥取県に入ると、ジクサー旅の第1弾目、「中国一周3,000キロ」※3の時には雪にはばまれて行けなかった因幡の一宮、宇倍神社を参拝した。

▲因幡の一宮、宇倍神社の鳥居

▲因幡の一宮、宇倍神社を参拝

夕方に京都に到着。さらに厚木まで一気走り!

その後、国道9号で中国と近畿の境の蒲生峠を越え、兵庫県から京都府に入った。17時30分、門司港から658キロの京都に到着。

▲中国と近畿を分ける国道9号の蒲生峠

▲国道9号を走って京都に到着。さ~、東京へ。

京都東ICで名神に入り、名神→東名の高速道の一気走りで、1時に東名の厚木ICに到着。門司港からは1,128キロ。その夜は伊勢原の自宅に帰り、自宅で眠った。

ゴールは自宅じゃない…出発地点の日本橋まで完走!

翌4月30日、厚木ICから東名→首都高と走り、東京の日本橋に到着。「九州一周」の全行程は4,907キロ。残念ながら5,000キロには93キロ及ばなかった。
ジクサー旅の第3弾目は岬めぐりの「東北一周」だ。ジクサーよ、また頼むぞ!

▲東京・日本橋に到着。ジクサーよ、ご苦労さん!

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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