賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(3)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(2)

「九州一周」後半戦。夜明けの鹿児島を走り出す

4月26日5時、鹿児島中央駅東口の「東横イン」を出発。
スズキの150ccバイク、ジクサーを走らせての「九州一周5,000キロ」もいよいよ後半戦の開始だ。頼むぞ、ジクサーよ。

▲鹿児島中央駅東口の「東横イン」を出発。夜明けの鹿児島を走り出す

40年前と変わらず、噴煙を上げ続ける桜島

鹿児島中央駅前からまずは城山の展望台に行く。
城山は鹿児島の町にせり出したシラス台地の先端で、高さ100メートルほどの小山。展望台から鹿児島の町並みを見下ろし、噴煙を上げる桜島を間近に眺める。それはまさに「地球が生きてる!」という声の出るような光景だ。

▲城山の展望台から鹿児島の中心街を見下ろし、噴煙を上げる桜島を見る

桜島はなんともすごい。ぼくは40年前の「日本一周」(1978年)※1で初めて見たが、それ以来、鹿児島に来るたびに桜島は噴煙を上げている。
地球の持っているとてつもないパワーを桜島には感じてしまう。

大藩薩摩の栄枯盛衰と、城跡に残る西南戦争の激戦

城山の下に鶴丸城址がある。ここは薩摩藩、島津氏270年間の居城。城跡の擬宝珠のついた石橋や苔むした石垣に、77万石という日本第2の大藩の面影を垣間見る。

城山は明治10年(1877年)の西南戦争最後の戦場。すさまじいばかりの激戦を今に伝えるかのように、城跡の石垣には無数の弾痕が残っている。西南戦争での敗戦は、薩摩に致命的な打撃を与えた。

▲鶴丸城の石垣。ここは薩摩藩77万石の拠城

薩摩は日本の中の独立国のようなもので、古代薩摩人の熊襲や隼人は、大和朝廷に頑強に抵抗しつづけた。勇猛果敢な熊襲や隼人の血はその後も薩摩人に脈々と流れ、時代を越えて受け継がれた。

薩摩の独立性の強さは、「島津」という大名が鎌倉時代以降、700年間もこの地を治めたことによってさらに強まった。薩摩の島津氏のような例はほかにはない。

西南戦争では、西郷隆盛を総大将とする薩摩軍は熊本の田原坂で政府軍と激突し、そこで大敗を喫してしまう。そのあと九州山地の山中を鹿児島まで敗走し、城山が西郷隆盛ら薩摩志士の終焉の地になった。勇猛果敢で有能な薩摩人は根こそぎ葬られ、この時点でもって独立国、薩摩の歴史に幕が下りたといっていい。

照国神社前にある「南九州の十字路」

▲照国神社前の交差点から国道10号を行く

「鹿児島探訪」を終えると、照国神社前の交差点から走りはじめる。この交差点が九州の2大幹線、国道3号と国道10号の終点だ。

さらには鹿児島から種子島、奄美大島を経由し、沖縄本島に通じる国道58号の起点になっている。国道224号、国道225号、国道226号の3本の国道の終点でもある。照国神社前の交差点はまさに「南九州の十字路」といっていい。

照国神社前の交差点から国道10号を行く。さきほど城山の山頂から見た桜島を今度は国道10号を走りながら見る。10キロほど走ると、鹿児島市から姶良市に入る。この鹿児島・姶良の市境が薩摩と大隅の国境になっている。
鹿児島県というと誰もが薩摩をイメージするが、じつは薩摩と大隅の2国から成っている。

かつての大隅国の中心地へ。鹿児島神宮を参拝

加治木を過ぎると霧島市に入り、国道10号を左折、国道223号経由で大隅国の一宮の鹿児島神宮へ。国道10号の交差点から5キロほどで、隼人の町中にある鹿児島神宮に到着。

近くには隼人塚、天降川の対岸には国分寺跡がある。このあたりがかつての大隅国の中心地になっていた。

▲大隅の一宮、鹿児島神宮の大鳥居

▲大隅の一宮、鹿児島神宮の拝殿

鹿児島神宮の祭神は日子穂穂出見(ひこほほでみ)命と豊玉比売(とよたまひめ)命。日子穂穂出見命は「海幸彦・山幸彦神話」の弟の山幸彦で、海神の娘の豊玉比売命はその妻。2神は初代神武天皇の祖父と祖母になる。兄の海幸彦は隼人の始祖になる火闌降(ほのせせり)命だ。

噴煙を上げる桜島。大正の大噴火跡を目の当たりに

▲「桜島一周道路」の県道26号を行く

鹿児島神宮の参拝を終えると国道10号→国道220号で大隅半島に入っていく。桜島が大きく見えてくる。桜島口から桜島を一周する。今でこそ地つづきになった桜島だが、もともとは独立した島だった。それが大正3年(1914)の桜島の大爆発で大量の溶岩が流れだし、大隅半島とつながった。その接合部が桜島口なのだ。

▲桜島港から鹿児島港へ、桜島フェリーの「第十三桜島丸」がまもなく出港

▲桜島の避難港。桜島が大噴火を起こしたときはここから船で対岸に避難する

まずは有村溶岩展望台でジクサーを止め、溶岩原越しに噴煙を上げる桜島を見る。

▲有村溶岩展望台から溶岩原越しに桜島を見る

次に大正の大噴火で埋まってしまった烏島の埋没地を見る。ここは周囲500メートルほどの小島だったが、それが埋まってしまうほどの大噴火。桜島の持つ膨大なエネルギーを見せつけられる。

最後に大正の大噴火で高さ3メートルの鳥居が埋まった「黒神埋没鳥居」を見る。あらためて桜島の噴火のすさまじさを思い知らされるのだった。

▲これが「黒神埋没鳥居」。桜島の大正大噴火のすさまじさを今に伝える

雨が降ったら温泉!

40キロの「桜島一周」を走り終えて桜島口に戻ると、国道220号→県道68号→269号で日本本土最南端の佐多岬へ。天気は崩れ、ザーザー降りの雨になる。

南大隅町に入ると、ねじめ温泉「ネッピー館」(入浴料330円)でジクサーを止め、大浴場と露天風呂の湯につかった。「雨が降ったら温泉!」だ。大浴場は無色透明の湯、露天風呂は茶色の濁り湯だが、ともに塩分の濃い湯。

「ネッピー館」の湯から上がると、館内のレストランで「最南みそだれステーキ」(1,200円)を食べた。単に「みそだれステーキ」ではなく、それに「最南」がついているのがいいではないか。「最南」や「最北」は我らライダーの旅心をおおいに刺激する。

▲ねじめ温泉「ネッピー館」。雨の日の温泉はありがたい

▲ねじめ温泉「ネッピー館」で昼食。「最南みそだれステーキ」を食べる

九州一周の重要ポイント「佐多岬」

▲雨の大泊に到着。大泊漁港の岸壁にジクサーを止める

ねじめ温泉を出発。ザーザー降りの雨に降られながら国道269号の終点の佐多へ。そこからは県道68号で大泊へ。大泊から佐多岬に向かっていく。

かつての有料の「佐多岬ロードパーク」で、今は無料になっている。北緯31度線を越えるが、その地点には「カイロ・ニューデリー・上海・ニューオリンズ」と、同緯度の都市名の書かれた木標が立っている。

大きなガジュマルの木のある駐車場が終点。その先は歩いていくのだが、佐多岬は今、大規模な再開発の真っ最中。歩行者専用トンネルの入口で通行止になっていた。残念…。広場にできた新しい展望台から佐多岬を遠望するしかなかった。

▲佐多岬の行止り地点の展望台から岬の突端を眺める。灯台が霞んで見える

佐多岬は「九州一周」の重要なポイントだ。
ということで2015年に岬に立った時の様子を紹介しよう。

▲2015年9月20日の佐多岬。岬突端の展望台から佐多岬灯台を見る

歩行者専用トンネル入口の料金所で300円を払い、遊歩道を歩いた。その途中にある御崎神社を参拝。この神社の祭神は国生み伝説の男女神の伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)。航海安全、五穀豊穣、商売繁盛の神としてこの地方の人たちの厚い信仰を集めている。

御崎神社からさらに歩き、日本本土最南端の佐多岬の展望台に立った。目の前の大輪島に佐多岬灯台がある。

以前訪れたとき、その日は快晴で、佐多岬の展望台からはさらに南の島々が見えた。左手には長々と種子島が横たわっている。正面には屋久島がうっすらと霞んで見える。右手には三島村の竹島と硫黄島が見えるが、黒島は見えなかった。それは2015年9月20日のことだった。

佐多岬で一泊。宮崎県に入ったところでサプライズ!

佐多岬入口の「ホテル佐多岬」で一泊し、翌4月27日は大根占(錦江町)から国道448号を行く。大隅半島を横断し内之浦(肝付町)へ。そこから大隅半島の東海岸を北上し、志布志に出た。

▲「ホテル佐多岬」の展望風呂に入る。極楽、極楽!

▲「ホテル佐多岬」の夕食。刺身を肴にして生ビールを飲み干す

▲「ホテル佐多岬」を出発。ありがたいことに日が差している

▲国道448号で大隅半島を横断。内之浦に向かう

▲国道220号で鹿児島県から宮崎県に入る

志布志からは国道220号で宮崎県に入った。
ここで今回の「九州一周」での一番のサプライズが待っていた。それは『ツーリングマップル北海道』を担当している小原信好さんとの出会いだ。

日南海岸の国道220号を走っていると、後続の車にクラクションを鳴らされた。止まると、何と、「ホッカイダー」の小原さんだ。ぼくとすれ違ったとのことで、ジクサーを見た瞬間、「あ、カソリさんだ!」と直感し、Uターンして追いかけてきたのだという。助手席には奥様の「レンさん」が乗っていた。

『ツーリングマップル九州』にも載っている食事処「びびんや」に一緒に行き、名物料理「カツオ炙り重」を食べたが、おおいに話は盛り上がった。

▲日南の食事処「びびんや」の「カツオ炙り重」。小原夫妻と一緒に食べる

一昨年(2015年)の下北半島での出会い※2も劇的だったが、小原さんとはそのほかにも、男鹿半島や青森県の道の駅「浅虫温泉」での出会いもある。

「300日3,000湯」の「温泉めぐり日本一周」(2006年~2007年)※3では、北海道の白金温泉でやはり劇的な出会いがあった。

「白金温泉ホテル」の湯に入り、湯から上がり外に出ると、「あっ!」と驚きの声が出た。小原さんと仲間のみなさんがぼくを待ち構えていたのだ。
みなさんは手に手に様々な書き込みをしたダンボール片を持っていた。それには「welcomeカソリ」とか「熱烈歓迎!」とか「賀曽利GOGO!」などと書かれていた。

こうして小原さんとの出会いをあちこちで繰り返しているのは、お互いに日本中を駆けまわっているからだと思う。小原さんとの次なる出会いが楽しみだ。

濃い緑と静けさに包まれた一宮、都農神社

小原夫妻と別れると、国道220号をさらに北上する。鵜戸神宮を参拝し、堀切峠を越え、青島を歩いた。県都の宮崎は有料の一ツ葉道路で迂回し、国道10号に合流した。

▲国道220号の旧道で堀切峠を越える

▲一ツ葉有料道路に入り、宮崎の市街地を迂回

国道10号を北上。都農町に入ると、日向国の一宮、都農神社を参拝。国道10号の右手にあるので行きやすい。
濃い緑に囲まれた都農神社には大きな池もあってすぐそばを国道10号が通っているとは思えないほどの静けさがある。これが一宮のすごさ。まさに自然度満点のパワースポットだ。

▲日向の一宮、都農神社の鳥居

▲日向の一宮、都農神社の拝殿

都農神社の祭神は大己貴(おおなむち)命。大己貴命は大国主(おおくにぬし)命のことで、密教の大黒天と融合し、七福神の「大黒様」にもなっている。大己貴命をまつる一宮は全国的に多いが、九州ではこの日向の一宮の都農神社だけだ。

北上を続け大分へ。ガラガラな国道を「一人行く!」

▲国道10号で宮崎県から大分県に入る。交通量はほとんどない

国道10号をさらに北上する。延岡を過ぎ、国道326号との分岐を過ぎると、交通量はほとんどなくなる。大分に行く車は大半が国道326号を通るからだ。東九州自動車道の完成も大きな理由になっている。

宮崎県から大分県に入ると、ガラガラ状態の国道10号を「一人行く!」という感じで走り抜けていく。

さきほどの国道326号と九州横断の国道57号に合流するとグッと交通量が増え、佐多岬から437キロの大分に到着。大分駅前の「東横イン」に泊まった。

夕食は大分駅ビル内のレストランで具だくさんの「野菜カレー」(980円)を食べた。

▲大分駅前に到着

▲大分駅ビル内のレストランで夕食。具だくさんの「野菜カレー」を食べる

賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(4)へ続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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