賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(1)

博多港に到着。熊本経由で鹿児島を目指す

4月23日、対馬の厳原港で九州郵船の「フェリーちくし」に乗船し、13時25分、博多港に到着した。福岡からは鹿児島を目指す。

▲九州郵船の「フェリーちくし」、博多港に到着!

スズキの150ccバイク、ジクサーを走らせ、国道3号を南下。大宰府、久留米、八女と通り、小栗峠を越えて熊本県に入った。福岡の中心街から渋滞が連続する国道3号だが、熊本県に入るとやっと交通量が減って走りやすくなった。

▲福岡から国道3号を南下。小栗峠を越えて熊本県に入る

福岡から120キロの熊本には17時に到着。
熊本駅前の「東横イン」に泊まると、熊本駅前のラーメン店「まるうまラーメン」で「熊本ラーメン」(620円)を食べた。ストレート系の細麺にはしっかりとした腰がある。豚骨スープは濃厚な味わい。そのあと居酒屋「十徳屋」で熊本名物の馬刺を肴にして焼酎を飲んだ。

▲熊本駅前の「まるうまラーメン」で「熊本ラーメン」を食べる

地震から1年。未だ爪痕の残る熊本をまわる

▲熊本駅前の夜明けの風景

翌日は「熊本→熊本」のコースで、熊本地震から1年がたった熊本県内をまわる。その間では肥後の一宮の阿蘇神社に寄っていく。まずは市内の熊本城へ。

加藤清正の像を見て櫨方(はれかた)門から熊本城に入ろうとしたが通行止。城内には入れない。熊本城の石垣は熊本地震で大きく崩れたが、熊本城周辺では大地震の爪痕は見られなかった。

▲熊本城の櫨方門。石垣が崩れている

熊本からは九州横断の幹線、国道57号を行く。大津を通り、熊本駅前から34キロ、阿蘇の山並みを前方に望む地点で通行止になっている。国道57号の通行止はこの先、まだ相当長い期間つづくので大変だ。

▲九州横断の幹線、国道57号の通行止地点

国道57号の右手にあるJR豊肥本線と南阿蘇鉄道の立野駅に行く。熊本地震の影響でJR豊肥本線と南阿蘇鉄道はともに不通になっているので、立野駅の線路はすっかり錆びついていた。

立野は阿蘇でも特別の地。ここが「阿蘇の割れ目」になっている。大古の阿蘇は大カルデラ湖の阿蘇湖だった。その阿蘇湖の水は阿蘇外輪山の一番弱いところを突き破って流れ出した。その地点が立野なのである。

▲JR豊肥線の立野駅。運休中なので線路には赤錆が浮いている

JR豊肥本線は立野駅を出ると、スイッチバックで阿蘇の外輪山を登っていく。立野駅は標高277メートル、次の赤水駅は標高465メートルなので、188メートルの標高差を登ることになる。

立野駅の近くには2つの阿蘇の名瀑がある。ひとつは北阿蘇を流れる黒川の数鹿流ヶ滝で高さ60メートル。もうひとつは南阿蘇を流れる白川の鮎返しの滝で高さ40メートル。ともに阿蘇外輪山の割れ目を流れ落ちる滝だが、現在は道路が通行止なので見に行けないのが残念だ。

世界最大級の阿蘇カルデラと、世界からみた火山国日本

立野を後にすると、国道57号を熊本方向に戻り、道の駅「大津」の手前の交差点を右折してミルクロードに入っていく。人気の観光道路、ミルクロードが国道57号の迂回路になっている。

▲阿蘇外輪山の二重峠旧道の石畳

迂回路は阿蘇外輪山の二重峠を越えて阿蘇カルデラ内に下り、赤水で国道57号に合流。そこから先は大分まで問題なく走れる。ぼくはそのままミルクロードを走り、阿蘇外輪山の城山展望所から「阿蘇カルデラ」を見下ろした。

▲阿蘇外輪山の城山展望所

▲阿蘇外輪山の城山展望所からの眺め

東西25キロ、南北18キロの阿蘇カルデラは世界最大級の大カルデラ。正面には根子岳、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳の「阿蘇五岳」が連なっている。

阿蘇五岳は二重式火山、阿蘇山の中央火口丘になる。高岳(1,592m)が最高峰で、中岳からは噴煙が上がっている。山裾には一の宮(阿蘇市)の町並み。カルデラ内には水田地帯が広がっている。

海外ツーリングでぼくは何度となく、出会った人たちに阿蘇の話をしたことがあるが、そんなシーンが思い出されてくる。日本が火山国であり、地震国であることを知っている人は多いので、興味深そうに聞いてくれる。

ボルケイノ(火山)の中を列車が走り、ナショナルハイウェー(国道)が通っている。ボルケイノの中にはいくつもの町や村があって、大勢の人たちが住んでいる

そんな阿蘇の話をすると、誰もが決まって、「信じられない!」という顔をする。それなのに日本人は誰一人として不思議に思わないところがじつにおもしろい。

鉄人たる所以はここに!? 不老長寿の名水をいただく

城山展望所から阿蘇のカルデラ内に下り、一の宮町(阿蘇市)の阿蘇神社へ。地名からもわかるように、ここが肥後の一宮。
阿蘇神社に到着し、ジクサーを駐車場に止めると、まずはいつものようにふんだんに湧き出ている門前の「神の泉」を飲む。昔からの不老長寿の名水。うまい水だ。

▲肥後の一宮、阿蘇神社門前の名水「神の泉」

目の前には「日本三大楼門」のひとつ、阿蘇神社の豪壮な造りの楼門があるが、熊本地震で大きな被害を受け、修理中ですっぽりとシートで覆われている。

楼門をくぐり抜けたところにあった堂々とした造りの拝殿は熊本地震でペシャンコにつぶれた。再建の工事が始まり、新しい土台ができている。拝殿の奥にある一の神殿(左)と三の神殿(中)、二の神殿(右)の本殿は残っていた。ほんとうによかった!

▲阿蘇神社の本殿は残っている!

阿蘇神社の祭神は健磐龍(たけいわたつ)命、阿蘇都比咩(あそつひめ)命、速瓶玉(はやみかたま)命などの12神。主神の健磐龍命は阿蘇を開いた伝説の神だ。初代神武天皇の孫で、多くの肥後人はその名を知っている。

阿蘇神社の案内板には「古い昔の事ですが、この阿蘇谷は満々と水をたたえた湖水でありました。阿蘇大神の健磐龍命は湖水の水を切って落とし、美田を開き、農耕の道を教え、国土の開拓に尽くされました」とある。

健磐龍命伝説によると、最初は阿蘇外輪山の二重峠あたりを蹴破り、湖水を流し、肥沃な農地に変えようとしたが失敗に終わった。次に立野にねらいを定めて成功し、立野の「阿蘇の割れ目」から阿蘇湖の湖水を流したという。阿蘇神社の御神体は噴煙を上げる阿蘇山だ。

阿蘇神社の参拝を終えると門前を歩いた。趣のある家並み。あちこちで泉が湧き出ている。冷たい泉で冷やしたトマトをまるかじりしたが、門前の家並みに熊本地震の影響はまったく見られなかった。

▲阿蘇神社の門前は熊本地震以前とまったく変わらない風景

阿蘇外輪山の峠越え。熊本の今をみる

阿蘇神社を出発。国道57号に出ると、熊本方向に走り、国道沿いの食事処「山賊旅路」で昼食。「だご汁定食」(1,250円)を食べた。熊本の郷土料理「団子汁」と阿蘇の名物料理「高菜飯」がセットになったおすすめの定食だ。

▲国道57号沿いの食事処「山賊旅路」で昼食

▲「山賊旅路」の「だご汁定食」。団子汁と高菜飯のセット

午後は阿蘇外輪山の峠越え。まずは国道57号の滝室坂を行く。
峠で折り返すと、次に国道265号で箱石峠、大戸ノ口峠を越え、高森の町に下った。高森からさらに国道265号で高森峠まで行って折り返した。

▲阿蘇外輪山の箱石峠を登っていく

▲阿蘇外輪山の高森峠のトンネル

阿蘇外輪山の最後の峠は俵山峠。その前に国道325号の阿蘇大橋の崩落現場を見にいく。東海大学のキャンパス入口前がその現場。

阿蘇大橋は黒川の深い谷に崩落し、その残骸すら見えない。黒川の対岸の山肌は大きく崩れている。この大規模な土砂崩れに阿蘇大橋は飲み込まれた。新しい橋の完成までにはまだ2、3年はかかるという。

▲国道325号の阿蘇大橋の崩落現場

県道28号の俵山峠は阿蘇随一といっていい絶景峠。トンネルで峠を抜ける新道も、峠越えの旧道も通行可。交通量の少ない旧道で峠を登り、峠の展望台に立って阿蘇の中央火口丘の山々を見た。

俵山峠を下ると新道に合流し、県道28号で熊本に向かう。熊本地震で大きな被害を受けた西原村、益城町を通っていく。とくに益城町は4月14日と4月16日の2度にわたって震度7の激震に襲われた。

そのまま県道28号を走り、熊本市内に入る。健軍の電停からは市電の線路に沿って走る。熊本は市電の走る町。熊本駅前に戻ると「東横イン」に連泊した。

鹿児島へ入り、新田神社を参拝

翌朝は7時に出発。国道3号で八代、水俣を通り鹿児島県に入る。

▲熊本駅前を出発

▲国道3号で鹿児島県に入る

10時40分、川内(薩摩川内市)に到着。川内の町中の小山、神亀山にある薩摩の一宮、新田神社を参拝。このあたりには薩摩の国府が置かれ、国分寺が建てられ、薩摩国の中心地になっていた。

▲薩摩の一宮、新田神社を参拝

祭神は瓊瓊杵(ににぎ)尊、天照(あまてらす)大神、天忍穂耳(あめのおしほみみ)尊の3神。主神の瓊瓊杵尊は薩摩の黒瀬海岸に降臨すると山神、大山祇(おおやまずみ)の娘の木花開耶姫(このはなさくやひめ)命と結婚。瓊瓊杵尊と木花開耶姫命の2神は神武天皇の曽祖父と曽祖母になる。

川内から串木野(いちき串木野市)を通り、国道270号で薩摩半島に入っていく。国道270号沿いの「江口蓬莱館」で昼食。ここで食べた「まだいの刺身定食」(1,320円)はよかった。真鯛の刺身は新鮮でシコシコした歯ごたえ。「江口蓬莱館」では地魚料理が食べられる。

▲国道270号沿いの「江口蓬菜館」の真鯛の刺身。これはよかった!

かつての日本の玄関口、薩摩の坊津港

加世田(南さつま市)からは国道226号を南下。坊津でジクサーを止めたが、薩摩の坊津といえば、筑前の博多津や伊勢の安濃津とともに「日本の三津」と呼ばれ、中国大陸や南方諸国との交易の拠点になっていた。

今では忘れられたようにひっそりとしているが、かつての一時代、坊津は日本の表玄関で、遣唐使船もここから出た。坊津から東シナ海を越えて真西に行けば中国の上海に着く。

▲坊津港はかつての日本の玄関口。ここから遣唐使船が船出した

坊津から国道226号をさらに行き、枕崎を過ぎると薩摩富士の開聞岳(924m)が大きく見えてくる。開聞岳を目の前にするところに薩摩のもう1社の一宮、枚聞神社がある。

境内には樹齢千数百年の大楠。目の前にそそりたつ開聞岳が御神体。今は「かいもん」岳といわれるが、昔は神社名と同じ「ひらきき」岳だった。

▲薩摩の一宮の枚聞神社。薩摩富士の開聞岳が御神体

祭神は天照(あまてらす)大神。天照大神といえば「記紀神話」の女神だが、祭神には諸説の伝説がある。そのひとつが海神の娘の豊玉姫(とよたまひめ)命にまつわる竜宮伝説。豊玉姫命のいる竜宮に山幸彦の彦火火出見(ひこほほでみ)尊がやってきて2人は結ばれたという。

日本最南端の無人駅と龍宮城跡地

▲JR日本最南端駅の西大山駅。線路の向こうに開聞岳が見える

枚聞神社からはJR日本最南端駅の無人駅、西大山駅に立ち寄り、薩摩半島最南端の長崎鼻に立った。ここには浦島太郎伝説の龍宮神社がまつられている。浦島太郎が助けた亀に乗せられてやってきた龍宮城はこの地にあったという。

長崎鼻はソテツに自生地で、国の天然記念物に指定されている。岬の先端には灯台があり、その先は岩礁になっている。

▲薩摩半島最南端の長崎鼻。目の前には東シナ海の大海原が広がる

左手には大隅半島がはっきりと見える。その先端が日本本土最南端の佐多岬。正面の水平線上には硫黄島、竹島、黒島の口之三島が見えることもある。右手には開門岳。海岸にスーッとそそりたつ山なので、標高922メートルの数字以上に高く見える。

長崎鼻からは指宿を通り鹿児島へ。鹿児島中央駅前に着いたのは19時。東京・日本橋から2,439キロを走っての到着だ。

駅前の「東横イン」に泊まると、さっそく夜の町を歩く。鹿児島中央駅近くの居酒屋「こだま」で夕食。薩摩焼酎を飲みながら「薩摩定食」(2,000円)を食べたが、キビナゴの刺身、さつま揚げ、鶏の刺身、黒豚と薩摩の郷土料理三昧の定食だった。

▲鹿児島中央駅東口の居酒屋「こだま」で「薩摩定食」を食べる

賀曽利隆の「ジクサーで行く 九州一周5,000キロ」(3)へ続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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