賀曽利隆の「街道を行く!」羽州街道編(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「街道を行く!」羽州街道編(1)

最上氏時代に栄えた、羽州街道の山形を行く

羽州街道の山形は城下町。慶長年間(1596年~1615年)の最上義光時代は57万石で、東北では伊達政宗の仙台と並ぶ大城下町だった。最上氏以降は藩主の交代が激しく、幕末の頃は10万石程度。霞城と呼ばれた山形城跡は、今では霞城公園になっている。

「街道旅」の相棒のスズキV-ストローム1000を走らせ、山形市内の目抜き通りの七日町通りを北へ。この道が羽州街道になる。

▲山形市内の七日町通りを北へ。この道が羽州街道

芭蕉が「奥の細道」で最も長く滞在した町、尾花沢

▲JR天童駅前でV-ストローム1000を止める

▲羽州街道の楯岡宿を行く

旧山形県庁の脇を通り、将棋の駒作りで知られる天童宿、村山市の中心になっている楯岡宿を通って尾花沢宿に到着。尾花沢は芭蕉の「奥の細道」で最も長く滞在した町としてよく知られている。

山刀伐峠を越えて尾花沢に着いた芭蕉は、豪商の鈴木清風宅に泊まった。清風は鈴木家の3代目当主で、39歳という若さだった。

鈴木家は大名に貸し付けるほどの資金力のある金融業を営み、この地方の特産品、紅花を買い集める大問屋でもあった。江戸や京都にも支店を持ち、全国規模で商売をしていた。清風は商売人であっただけではなく、そうとう名の知られた俳人でもあった。

芭蕉は江戸でそんな清風に会っており、3年ぶりに再会した。芭蕉は清風宅から養泉寺に移ったが、清風宅で3泊、養泉寺で7泊と、尾花沢では10泊している。そんな尾花沢宿の中心街にある「芭蕉清風歴史資料館」を見学。その前には芭蕉像が立っている。

▲尾花沢宿の「芭蕉清風歴史資料館」

▲「芭蕉清風歴史資料館」の内部

▲「芭蕉清風歴史資料館」前に立つ芭蕉像

▲尾花沢宿の養泉寺。芭蕉はここで7泊した

温泉宿に一人で宿泊中…女将に「お客さんですよ」!?

尾花沢宿の入口にあるおもだか温泉「鈴の湯」でひと晩、泊まった。泊り客はぼく一人。
小さな湯船の温泉から上がり、湯上りのビールを飲んでいると、女将さんに「お客さんですよ」といわれてビックリ。外に出てみると、何と「最上のタカさん」が立っているではないか。

「鈴の湯にバイクで来るなんて、カソリさんに決まってるでしょ!」といってぼくとの再会を喜んでくれた。村山市の乗馬コースでインストラクターをしているとのことで、仕事を終え、最上町の自宅に帰る途中でV-ストローム1000を見たという。

「最上のタカさん」とは「300日3000湯」(2006年~2007年)で何湯もの温泉を一緒にめぐったので、しばらくは思い出話に花を咲かせた。

「最上のタカさん」を見送ると、「鈴の湯」の夕食をいただいた。この地方の家庭料理を食べているかのようで、羽州街道を旅している気分がいっそう高まった。デザートの寒河江のサクランボと尾花沢のスイカは抜群のうまさだった。

▲おもだか温泉「鈴の湯」の夕食

峠の旅人を見守り続ける「猿羽根地蔵」

▲羽州街道の名木沢宿を行く

尾花沢宿を出発。次の名木沢宿を過ぎると猿羽根峠を越える。この峠は「七十七曲がり」といわれたほどの羽州街道の難所だったが、今ではあっというまに峠を貫く猿羽根山トンネルで走り抜けてしまう。トンネルを抜け出たところで、今度は旧道で猿羽根峠の頂上まで登ってみる。そこから最上川の河谷の風景を眺めた。

▲猿羽根峠の猿羽根山トンネル

猿羽根峠は南の村山地方と北の最上地方の境で、山形盆地と新庄盆地を分けている。江戸時代には南の幕府直轄の天領と、北の新庄藩の境にもなっていたので、新庄藩境の石標が立っている。羽州街道の一里塚もある。

峠にV-ストローム1000を止めると、何百年もの間、峠を行き来する旅人を見守りつづけてきた道中安全の「猿羽根地蔵」に手を合わせた。

▲猿羽根峠の猿羽根地蔵を参拝

猿羽根峠から舟形宿に下っていく。舟形宿の町並みを抜け出ると、最上川の支流の小国川を渡る。悠々と流れる小国川には、本流の最上川に負けないくらいの風格が漂っている。

そして新庄盆地の中心地、新庄宿の町並みに入っていく。ここは羽州街道の宿場町であるのと同時に、戸沢氏6万8000石の城下町だった。

▲新庄宿を通過。秋田まであと154キロ

新庄宿から金山宿を通り、主寝坂峠を越え、及位宿へと下っていく。「及位」で「のぞき」と読む。難解地名だ。ここが山形県最後の羽州街道の宿場。

JR奥羽本線の及位駅前でV-ストローム1000を止め、小休止。そのあと山形・秋田県境の雄勝峠を越えた。主寝坂峠も雄勝峠も、峠はトンネルで貫かれている。

▲旧羽州街道の松並木

▲羽州街道の国道13号を行く

▲羽州街道の及位宿を行く。ここが山形県内最後の宿場

▲山形・秋田県境の雄勝峠を貫く雄勝トンネル

秋田に入り宿場を巡る。「後三年の役」の金沢宿へ

秋田県最初の宿場は下院内宿。宿場の入口には院内関所跡碑が建っている。院内は大森銀山(島根)、生野銀山(兵庫)と並ぶ「日本三大銀山」といわれた。

院内銀山は久保田(秋田)藩の財政を支えたほどで、院内宿は鉱山町としてもおおいに栄えた。最盛期は明治中後期の頃で、鉱山は昭和28年に閉山した。

▲羽州街道の下院内宿を行く。ここは秋田県内最初の宿場

V-ストローム1000を走らせて秋田県内の羽州街道の宿場めぐりを開始する。
下院内宿につづいて横堀宿、湯沢宿、岩崎宿、横手宿とめぐり、「後三年の役」の金沢宿へ。後三年の役は平安後期の1083年から1087年にかけて奥羽の豪族、清原氏の起こした乱。「八幡太郎」で知られる源義家は乱を平定し、東国支配の基礎を築いた。

羽州街道の旧道沿いには「後三年の役」の史蹟公園(金沢公園)があり、金沢八幡宮がまつられている。「金沢柵跡」(本丸跡)も見られる。ここには後三年の役の歴史資料館もある。
その後の奥羽の歴史に大きな影響を与えた後三年の役だけに、金沢公園も歴史資料館も一見の価値がある。

▲横手城の天守閣から横手の町並みを見下ろす

「羽州街道どまん中」の追分

次の六郷宿は湧水群で知られているが、ここには「羽州街道どまん中」の碑が立っている。羽州街道の総延長は126里16町29間で、六郷宿がその中間になるという。

羽州街道はここで上街道と下街道の2本に分かれる。上街道は角館から大覚野峠を越え、マタギで知られる阿仁を通る。今の国道105号に相当する。下街道は秋田を通る。今の国道13号→国道7号に相当する。2本の街道は綴子宿(北秋田市)で合流する。

▲羽州街道の六郷宿を行く。ここで上街道と下街道が分かれる

ということで六郷宿は羽州街道同士の追分になるのだが、それもあって羽州街道では城下町を除けば最大の宿場。六郷宿からはメインルートの下街道を行った。

旧家と参道の杉並木。歴史を辿る

次の大曲宿からは花館宿、神宮寺宿、北楢岡宿、刈和野宿と、秋田の大河、雄物川の流れに沿っていく。流域は広々とした水田地帯。刈和野宿ではJR刈和野駅前でV-ストローム1000を止めた。すると地元の婦人に声をかけられた。

「今、羽州街道の宿場をめぐっているんですよ」というと、年配の婦人はこの地方の見所を教えてくれた。さらに「私の家に寄っていらっしゃい」といって羽州街道沿いの旧家の自宅を案内してくれた。土蔵の中も見せてくれたが、歴史を感じさせる調度品の数々があった。

▲刈和野宿に近い道の駅「かみおか」にある羽州街道の一里塚

刈和野宿を過ぎると雄物川から離れ、上淀川宿を通り、境宿へ。国道13号の南を走る旧羽州街道沿いに町並みが延びている。ここには唐松神社がある。参道の空を突くような杉木立が境宿の歴史を感じさせた。

▲境宿の唐松神社参道の杉並木

さらに和田宿、豊島宿と通って秋田へ。
秋田県内の宿場のうち神宮寺宿と北楢岡宿、それと和田宿と豊島宿は半月交代だったという。半月交代とは当時の旅人にとって必須であった宿場としての機能を、それぞれの土地で取り決めをして交代制にするものである。
街道の宿場ということで繁栄をもたらしてくれたが、負担も大きかった。そこでこのような半月交代というシステムができたという。

カソリの鉄則。地酒と名産で「のんべえくうべえ」。

山形から260キロ走って秋田に到着。秋田駅前の「東横イン」に泊まり、隣りの居酒屋「のんべえくうべえ」で秋田の地酒を飲みながら、秋田名物の「きりたんぽ鍋」を食べた。「今、秋田にいる!」と実感。味覚を通してその土地を知るのは旅の鉄則だ。

▲秋田の居酒屋「のんべえくうべえ」で「きりたんぽ鍋」を食べる

賀曽利隆の「街道を行く!」羽州街道編(3)へ続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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