賀曽利隆の「街道を行く!」羽州街道編(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「街道を行く!」甲州街道編(2)

「街道を行く!」シリーズ、新章突入。
旅心を刺激する追分から「脇街道を行く!」

東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道と、東京・日本橋を起点にする「江戸五街道」を走破したことによって「街道のカソリ」はますます旧街道に心をひかれるようになった。

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賀曽利隆の「街道を行く!」シリーズ

「江戸五街道」のさまざまなシーンを振り返ってみると、まっさきに目に浮かんでくるのは「追分」だ。追分は街道の分岐点のことで、趣のある追分が日本各地に残されている。

追分に立つと、自分が今、走っている街道とは別の、もう1本の街道にも行ってみたくなる。無性に旅心を刺激されるとでもいおうか、旅をしていながら、新たな旅を夢みてしまう。それが追分だ。

東海道と伊勢街道の日永追分(三重)や中山道と北国街道の信濃追分(長野)、奥州街道と羽州街道の桑折追分(福島)などはとくにぼくの目に焼きついて離れない。


▲東海道と伊勢街道が分岐する日永追分

▲北国街道と中山道が分岐する信濃追分

▲奥州街道と羽州街道が分岐する桑折追分

ということで賀曽利隆の「街道を行く!」シリーズの続きは、「江戸五街道」の追分で分岐する脇街道に焦点を当てようと思っている。
その第1弾目は奥州街道の桑折追分で分岐する羽州街道だ。

「東北の二大街道」を分岐する桑折宿。繁栄を謳歌した歴史が残る

街道旅の相棒のスズキV-ストローム1000で東京を出発。抜群の高速性能で一気に東北道の福島西ICまで走る。20リッターのビッグタンクのおかげでその間は給油する必要もない。

福島西ICで東北道を降り、国道115号を4キロほど走ると、奥州街道の国道4号に合流する。阿武隈川にかかる弁天橋と大仏橋の2つの橋を渡ると、現代版羽州街道といっていい国道13号との交差点に出る。昔風にいえば、ここが追分になる。

左折して国道13号を行けば福島駅の周辺に出る。福島が県都として発展したのは、国道4号と国道13号という東北縦貫の幹線が分岐する要衝地であることが大きな理由になっている。

福島から国道4号を北に10キロほど行ったところが奥州街道の桑折宿。宿場町を抜け出たあたりに奥州街道と羽州街道の追分がある。

「奥州街道 羽州街道 追分」の木標が立ち、追分は小公園になっている。屋根つきの休み処もある。そこには桑折追分から油川追分(青森)までの羽州街道のルート図が張られている。さらに羽州街道沿いの市町村のパンフレットまで置かれている。無人の観光案内所といったところだ。

▲奥州街道の桑折宿を行く

奥州街道と羽州街道という「東北の二大街道」が分岐する桑折宿には大勢の旅人が集まり、多くの物資も集まり、繁栄を謳歌した。桑折宿には旧伊達郡役所の洒落た洋館が残されているが、ここは追分のおかげで明治以降も伊達郡の中心地になった。

▲桑折宿に残る旧伊達郡役所

「脇街道」羽州街道を行く!奥州街道と対照的な魅力

▲桑折宿の追分。右が奥州街道で左が羽州街道

桑折追分の右が奥州街道、左が羽州街道。「さー、行くぞ!」とV-ストローム1000のエンジンを始動させ、羽州街道を走り出す。だがこの道はすぐに行止りになってしまう。

ということでいったん奥州街道を行き、県道353号で奥州街道と分かれ、JR東北本線、東北新幹線、東北道をくぐり抜けて第1番目の小坂宿に向かっていく。

日本有数の銀山、半田銀山のあった半田山の麓を通り、益子神社前を通り、桑折町から国見町に入る。県道46号に合流すると、羽州街道沿いに細長く家並みのが延びる小坂宿を走り抜け、福島・宮城県境の小坂峠を登っていく。そして小坂峠に到達。羽州街道はこの小坂峠を皮切りに次々と峠を越えていく。

羽州街道の大きな魅力は峠越え。これといった峠のない奥州街道とは対照的だ。

▲羽州街道の第1番目の宿場、小坂宿に入る

▲羽州街道の小坂峠を登っていく

▲福島・宮城県境の小坂峠に到達

小坂峠には峠の茶屋の「萬歳楽荘」がある。建物はそのまま残っているが、残念ながら今はやっていない。こうして峠の茶屋がひとつ、またひとつと消えていくは何とも残念なことだ。

小坂峠からは福島盆地の水田地帯を見下ろせる。その向こうには阿武隈山地のゆるやかな山並み。小坂峠を越えて宮城県側に入り、峠をわずかに下ったところには萬歳稲荷神社がある。奉納された朱塗り鳥居が立ち並ぶ参道を歩いて萬歳稲荷神社を参拝した。

▲小坂峠の萬歳稲荷神社。奉納された朱塗りの鳥居をくぐり抜けていく

羽州街道の二つ名、「七ヶ宿街道」の由縁

宮城県内の羽州街道には上戸沢宿、下戸沢宿、渡瀬宿、関宿、滑津宿、峠田宿、湯原宿と7宿ある。そのため七ヶ宿街道ともいわれている。

上戸沢宿、下戸沢宿を過ぎると国道113号に合流するが、白石川をせき止めた七ヶ宿ダムから先は七ヶ宿町になる。七ヶ宿町はまさに羽州街道の町といっていい。

残念ながら渡瀬宿は七ヶ宿ダムの底に沈んでしまったが、道の駅「七ヶ宿」の一角にある郷土資料館「水と歴史の館」で渡瀬宿の写真や渡瀬宿を描いた絵画をみることができる。またここに展示されている七ヶ宿街道を行く参勤交代の精巧な模型は一見の価値がある。

▲宮城県内の羽州街道は七ヶ宿街道といわれる。最初の宿場の上戸沢宿

関宿は七ヶ宿町の中心で、町役場はここにある。次の滑津宿は七ヶ宿街道のハイライトといっていいような宿場。まずは街道沿いの「吉野屋」で手打ちの「もりそば」を食べた。ツルツルッとすするそばのうまさもさることながら、茅葺屋根の店構えには心ひかれるものがある。

「吉野屋」の反対側には本陣の「安藤家」。茅葺屋根で軒唐破風の玄関は立派な造り。隣りの土蔵にも目を奪われる。

▲滑津宿のそば処「吉野家」で食べた「もりそば」

▲七ヶ宿街道の滑津宿本陣の安藤家

国道脇にある、羽州街道第一の名瀑

滑津宿を過ぎたところには白石川の滑津大滝がある。駐車場にV-ストローム1000を止め、遊歩道を歩くと徒歩5分ほどで滑津大滝を見られる。

高さは10メートルほどだが、幅は30メートル以上ある。羽州街道第一の名瀑といっていい。国道113号のすぐ脇にこれだけの大滝があるのが驚きだ。

▲滑津宿近くの滑津大滝。羽州街道随一の名瀑だ

「奥羽」を結びつける金山峠

峠田宿、湯原宿と、七ヶ宿街道の7宿を過ぎると追分に出る。羽州街道はここを右に折れ、県道13号で奥羽山脈の金山峠を越える。直進する国道113号は奥羽山脈の二井宿峠を越えて高畠に出る。この追分から間ノ宿の干蒲宿を通り、金山峠へ。道幅は狭くなり、昼でも暗い樹林の中を行く。

標高629メートルの金山峠に到達。宮城・山形県境のこの峠には、白石川の源となる「鏡清水」がある。江戸時代、弘前の津軽氏や久保田(秋田)の佐竹氏、鶴岡の酒井氏など奥羽13藩の大名行列がこの峠を越えた。そんな大名行列の姫たちが清水に顔を映して鏡がわりにしたところから「鏡清水」の名があるという。

▲宮城・山形県境の金山峠に到達。奥州と羽州を分ける奥羽山脈の峠

金山峠を越えると陸奥から出羽に入っていく。「奥羽」というのは奥州と羽州の2国を合わせた合成語だが、金山峠はまさに東北を二分する峠で、奥羽を結びつける峠でもある。羽州街道の一番大きな境目といっていい。

江戸時代の姿を残す国定史跡、「楢下宿」

金山峠を下ったところが楢下宿。往時の宿場町がそのままの形で残されている。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのようで、楢下宿全体が国の史跡に指定されている。

宿場内の道はコの字形(鉤形)になっている。脇本陣の「滝沢屋」を見学。ここに残されている資料を見ると、羽黒山、月山、湯殿山の出羽三山めぐりの大勢の旅人たちがこの宿場に泊まっていたことがわかる。

▲金山峠下の楢下宿の脇本陣「滝沢屋」。ここは見学可

滝沢家の前には一里塚跡。羽州街道12番目の一里塚になる。さらに武田家、庄内屋、大黒屋と楢下宿の茅葺屋根の建物を見ていく。曲がり家の庄内屋が一番古く、18世紀の中頃に建てられたという。

金山峠を源とする金山川が楢下宿を流れているが、この川には新橋と覗橋の2つの石橋がかかっている。これらは肥後の石工が明治初期に造ったとのことで、ともに眼鏡橋と呼ばれている。

カソリ、フルコースをいただく

楢下宿には「丹野蒟蒻」の「こんにゃく番所」がある。ここでは特産のコンニャクが売られているが、食事処では「コンニャクのフルコース」が食べられる。これが「あっ!」と驚くほどのもの。

まずはコンニャクのラフランスが出た。この地方特産のラフランスそっくりの色と味と食感だ。そのあと次々にコンニャク料理が出てくる。先付の夏野菜の蒟蒻テリーヌ、前菜の黒豆蒟蒻、鮑見立て蒟蒻の粕漬け、牛肉巻蒟蒻、蒟蒻マリネ、そしてお造りもさらし鯨蒟蒻と凝りに凝っている。

さらに煮物、酢の物、揚げ物とオリジナルのコンニャク料理がつづき、最後は蒟蒻粥で締める。まさにコンニャク三昧のフルコースなのである。丹野家は楢下宿の旧家。脇本陣の「滝沢屋」も丹野家だ。


▲これが楢下宿「こんにゃく番所」の「コンニャクのフルコース」

名城、上山城天守閣からの町並み。と温泉。

楢下宿から県道13号で上山宿に向かっていくと国道13号のバイパスの下をくぐり、T字の交差点に出る。そこは羽州街道と米沢街道の追分で、苔むした追分碑が立っている。

米沢街道は米沢から板谷峠を越え、福島で奥州街道に合流する。今、そのルートに沿って新羽州街道といっていい東北中央道が建設中だ。

上山宿の町並みに入っていく。上山は松平氏3万石の城下町であり、羽州街道有数の温泉町でもある。まずは羽州街道の名城、上山城の天守閣に登り、上山の町並みを見下ろした。正面には三吉山(574m)が大きく見える。左手の奥には蔵王連峰の山々が連なっている。

城内の月岡公園には明治初期に東北を旅して『日本奥地紀行』を著したイギリス人女性、イサベラ・バードの記念碑が建っている。

▲羽州街道の名城、上山城

▲上山城の天守閣から上山の町並みを見下ろす。正面に三吉山が見えている

つづいて上山温泉の共同浴場「下大湯」(入浴料150円)に入った。
上山温泉にはこのほか「湯町共同浴場」や「新湯共同浴場」、「二日町共同浴場」など7ヶ所に共同浴場がある。その中でも「下大湯」は共同浴場の中では一番古く、浴室も広く、ゆったり気分で湯につかれる。

150円という入浴料金は十分に安いが、上山温泉の共同浴場は長らく「10円湯」で知られていた。それが30円になり50円になり100円になり、今は150円になっている。

▲上山温泉の共同浴場「下大湯」に入る

松原宿の町並み越しに観る、蔵王連峰

上山宿から松原宿へ。松原宿はJR奥羽本線の蔵王駅周辺の宿場。町並み越しに蔵王連峰の山々を見る。ここからいったん国道13号に出て、国道112号で山形の中心街に入っていく。

▲JR奥羽本線の蔵王駅。駅の周辺が羽州街道の松原宿

▲松原宿の町並み越しに蔵王連峰の山々を見る

▲国道13号と国道112号の分岐。国道112号で山形の中心街に入っていく

奥羽山脈最古の峠越えルート。その出口も昔は…

桑折宿からちょうど100キロの山形宿に到着。ここは羽州街道12番目の宿場。
目抜き通りの七日町通りが羽州街道になるが、突き当りには旧山形県庁の「交翔館」がある。ルネッサンス様式のレンガ造りの美しい建物。羽州街道を青森まで一気に走るとなると3日ぐらいの行程になるが、「桑折宿→山形宿」ならば楽に日帰りツーリングできる。

▲山形市内の羽州街道(七日町通り)の突き当りにある旧山形県庁(交翔館)

山形からは国道286号で奥羽山脈最古の峠、笹谷峠を越えて宮城県に入り、奥州街道の刈田の宮宿に出るルートはオススメだ。刈田の宮宿から東北道の白石ICは近い。

じつはこのルートが金山峠越え以前の古羽州街道で、刈田の宮宿は桑折宿以前の奥州街道と羽州街道の追分になっていた。

賀曽利隆の「街道を行く!」羽州街道編(2)へ続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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