賀曽利隆の「ジクサーで行く 中国地方3000キロ」(1)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

カソリとジクサーの、衝撃的な出会い

2月18日と19日の両日、岩手県花巻市で「IWATEモーターサイクルフェスタ」が開催された。

ぼくはメインゲストとして呼ばれ、『ツーリングマップル北海道』(昭文社)を担当している小原信好さんとの2日連続のトークショーをおこなった。
立見席までいっぱいになるほどの大盛況。

その会場に日本初公開のジクサーが展示されていた。スズキの150ccバイク、ジクサーとの衝撃的な出会い。「花巻オート」の照井清美さんの説明を受けたのだが、「満タンにすれば500キロ以上は走れますよ」という一言にぼくの心は強烈にひきつけられた。

その瞬間、「よーし、これで中国一周3000キロを走ってやろう!」と決心した。

「中国地方一周」へ!衝動の理由

なぜ「中国一周3000キロ」かといえば、すべては昨年11月20日、3000人ものライダーを集めた南三重のバイクイベントに始まる。

『風まかせ』(クレタ)編集長の斎藤直人さんとの熱烈トークショーを終えるとカソリ、すぐさまスズキのV-ストローム1000で「温泉めぐりの紀伊半島一周」(近日中に当サイトでお伝えします)に出発した。

「紀伊半島一周」を走り終えると、大阪を出発点にして中国地方をぐるりと一周する予定にしていた。ところが左足を痛めてしまい、中国一周を断念して東京に戻った。それが悔しくて、そのリベンジをジクサーで果たそうと考えたのだ。

思い立ったが吉日。「IWATEモーターサイクルフェスタ」から10日後の3月2日9時、ジクサーでの「中国一周3000キロ」に旅立った。

出発点は東京・立石の「スズキ二輪」東京サービスセンター。相棒のジクサーは走行距離がまだ108キロで新車同然。チーフメカニックの石川さんに見送られて水戸街道(国道6号)を走り出した。

▲東京・立石の「スズキ二輪」東京サービスセンター前を出発。目指せ下関!

旧国単位で見ると、日本ははるかにおもしろい!

ところで「中国」といっても、大陸の中国でないことは、わかっていただけたと思う。ではなぜ日本の中国地方が中国かといえば、古代日本では畿内を中心にして距離別に「近国」、「中国」、「遠国」に分けられたことに由来する。

中国地方というのはその名残で、山陽道の美作、備前、備中、備後、安芸、周防、長門と、山陰道の岩見、出雲、隠岐、伯耆、因幡の全部で11ヶ国がある。

ぼくは当サイト(賀曽利隆のバイク旅5を参照してください)でも言っているように、日本を県単位で見るのではなく、旧国を意識して旧国単位で見る方がはるかにおもしろいと思っている。

我々日本人のDNAには千何百年もの旧国の歴史がしみついているので、各国には国独特の文化や気質が色濃く残っている。それを見ていけるのがバイクツーリングのよさであり、それがバイクツーリングのおもしろさだと思っている。

スタンプラリーのような「一宮めぐりの旅」

ということでジクサー150での「中国一周3000キロ」では、中国の全11ヶ国をまわろうと計画した。今の旧国には国府も残っていないので、国のシンボルとして、それぞれの国の一宮をめぐることにした。

一宮は日本全国68ヶ国のすべてに残っているので、旧国を見るのには最適なポイント。おまけにどの一宮にも豊かな自然の鎮守の森があり、今や人気のパワースポットになっている。

一宮めぐりの「中国一周3000キロ」というのは、魅力満載のスタンプラリーを楽しみながら中国地方を走るようなものなのだ。

150ccバイクで高速走行・・・問題なし!

▲東名の東京料金所。東名→名神→中国道とジクサーでの高速一気走りの開始

「スズキ二輪」の東京サービスセンターを出発すると水戸街道から首都高に入り東名へ。何しろ150ccバイクのジクサーなので、高速走行が一番の心配だった。

ところが東名を走り出してすぐにその不安は吹き飛んだ。100キロから110キロぐらいで走れるし、遅い車やトラックはまったく問題なく追い越していける。

まいったのは雨・・・。御殿場を過ぎるとずっと雨。おまけに西に行けば行くほど雨足は激しくなった。それでも大雨をついてジクサーを走らせる。

神奈川県、静岡県と走り抜け、最初の給油は東京から348キロ地点の上郷SA。燃料計のガソリンマークが点滅した時点の給油で9.00リッター入った。

燃費は1リッター当たり38.6キロ。タンク容量は12リッターなので、まだ3リッター分の116キロ走れる。計算上、高速でも500キロ近く走れることがわかった。

東京を出てから11時間後の20時20分、722キロの高速一気走りで岡山県の津山に到着。津山は土砂降りの雨・・・。何しろずっと降られっぱなしだったのでもうズブ濡れ状態。「津山セントラルホテル」に泊まったが、部屋中を満艦飾(まんかんしょく)にしてウェアを干すのだった。

一宮めぐりのスタート。岡山の歴史を巡る

津山は岡山県北部の美作の中心地。「津山セントラルホテル」の朝食を食べ、7時30分に出発。天気は回復し、うれしいことに日が差してくる。まずはガソリンを満タンにして美作の一宮の中山神社を参拝した。

▲美作の中心、津山の町並み。ここから山陽路の「一宮めぐり」を始める

▲中山神社(美作の一宮)。美作の中心、津山の5キロほど北にある。県道329号の一宮交差点から入っていくがちょっとわかりにくい。このあたりの地名は一宮。門前には造り酒屋。欅の大木もある。祭神は古代製鉄と関係の深い氏族神の鏡作神

中山神社の参拝を終えると、津山からは国道53号を南下。美作から備前に入り、次に備前の一宮、石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社を参拝する。
ここは探し出すのが難しかった・・・。

▲石上布都魂神社(備前の一宮)。見つけ出すのが大変。国道53号→国道484号→県道468号で行った。備前の山深い地にある。周囲は照葉樹林のアブラジイの原生林。岡山県の貴重な樹林だ。祭神は天照大神の弟の素盞嗚尊

11時、岡山に到着。備前の一宮にはもう一社、吉備津彦神社がある。一宮は一国一社ではなく、このように2社以上の国も多い。

伝説の「吉備の中山」をはさんで東側に備前の一宮の吉備津彦(きびつひこ)神社、西側に備中の一宮の吉備津(きびつ)神社が相対している。この一帯は古代吉備国の中心地。吉備国が美作、備前、備中、備後の4国に分かれた。

▲吉備津彦神社(備前の一宮)。国道180号から南に入ったところにある。近くにはJR吉備線の備前一宮駅。神社西側の「吉備の中山」は桃太郎伝説の地。桃太郎の吉備津彦(桃太郎)は鬼ノ城の温羅を打ち破った。祭神は大吉備津日子命

▲吉備津彦神社と吉備津神社の間の備前・備中の国境。細谷川に両国橋がかかる

▲吉備津神社(備中の一宮)。吉備津彦神社の西1キロほどにある。両社の間にある「吉備の中山」が御神体になっている。ここは分国以前の吉備国の一宮。釜鳴神事で知られている。吉備津造りの社殿(写真)は国宝。祭神は大吉備津彦命

吉備津彦神社、吉備津神社の参拝を終えると、旧街道の山陽道を西へ。このルートは歴史の宝庫。本陣や脇本陣の残る矢掛宿のような宿場もある。

▲旧山陽道の矢掛宿。ここではジクサーを降りて宿場内を歩いた

広島に桃太郎像?旧国”吉備”の歴史

岡山県から広島県に入り、15時、福山に到着。ここから備後の国府の置かれた府中へ。その間では備後の一宮の素盞嗚(すさのお)神社と吉備津神社の2社をめぐった。

▲素盞嗚神社(備後の一宮)。吉備が分かれて備前、備中、備後、美作の4国になったが、備前、備中、美作は岡山県で、備後だけが広島県になっている。ここはちょっとわかりにくいが、国道486号の北側で、JR福塩線の上戸手駅に近い。祭神は素盞嗚尊

▲吉備津神社(備後の一宮)。新市の中心街からわずかに北にいったところにある。地元では「イチキュウ(一宮)さん」と呼ばれて親しまれている。境内には桃太郎像。ここは備中の吉備津神社の分社といわれているが、祭神は大吉備津彦命。新市の西隣は備後の国府の置かれた府中になる

府中から尾道、三原を通り、19時、西条(東広島市)に到着。JR山陽本線の西条駅前の「東横イン」に泊まった。夕食は駅前のラーメン専門店「おおぞら」で。「ねぎそば」(800円)を食べたが、極細のストレート系の麺、スープはさっぱり味で美味だった。

世界遺産の厳島神社へ

翌日は広島から宮島口へ。宮島口に到着すると駐車場(500円)にジクサーを止め、船(往復360円)で宮島に渡り、安芸の一宮の厳島神社(拝観料300円)を参拝した。

一宮は日本全国に109社あるが、拝観料を取るのは厳島神社だけ。世界遺産に登録されて以降、外国人の観光客が大幅に増えた。

厳島神社の参拝を終えると、門前の店で小休止。こしあんとつぶあんの名物「紅葉饅頭」(2個200円)を食べた。

▲厳島神社(安芸の一宮)。日本三景の宮島は厳島の通称。厳島神社があるから宮島だ。シンボルは海に浮かぶ朱塗りの鳥居。本殿、拝殿、高舞台が回廊で結ばれている。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の「宗像三女神」。世界遺産に登録

カソリ、ジクサーのポテンシャルに惚れる

国道2号で山口県に入ると、岩国からは海沿いの国道188号を行く。柳井を通り、光で給油。津山を出てから最初の給油で、9.16リッター入った。

「津山→光」間は430キロなので、ジクサーの一般道での走行は、燃費が1リッター当たり46.9キロになった。計算上ではタンクが空になるまで走れば563キロ走れる。500キロをはるかに超える数字だ。エコランに徹すれば満タンで600キロ以上は十分に走れる。

いつの日か、いやいや近いうちに、ぜひともそのチャレンジ走行をしてみたい。国道4号での「東京→青森」の一気走りをしてみたいと思った。

山口県の旧国、周防と長門

徳山(周南市)から国道2号で下関へ。
山口県は周防と長門の2国から成っているが、まずは周防の国府、防府の北にある玉祖(たまのおや)神社を参拝。ここが周防の一宮になる。つづいて長門の国府の長府へ。歴史の残る古い町並みを走ったあと、長門の一宮の住吉神社を参拝した。

▲玉祖神社(周防の一宮)。周防の国府の防府にある。防府というと防府天満宮は有名だが、玉祖神社はあまり知られていない。防府の町から佐波川を渡った対岸、国道2号の防府バイパスのすぐ脇にある。祭神は瓊瓊杵尊に供した5神の1人の玉祖命

▲長門の国府の長府をまわる。ここは武家屋敷街。長府には長門の歴史が満載!

▲住吉神社(長門の一宮)。国道2号の関門トンネル入口近くにある。長門の国府の長府にも近い。鎮守の森はまさに原始の森で山口県では一番の自然の宝庫。本殿と御神体をまつる玉殿は国宝。第一殿から第五殿まで表筒男神、中筒男神ら5神をまつる

山陽を走破。東京から1286キロ!

17時、下関に到着。下関漁港の岸壁にジクサーを止めた。東京から1286キロ。「ご苦労さん、ジクサー!」。これにて「中国一周」の山陽編終了。

▲下関に到着。下関漁港の岸壁にジクサーを止めた!

下関駅前の「東横イン」に泊まり、夜の下関を歩いた。駅前食堂の「一善」で夕食。まずは下関到着を祝って生ビールで乾杯。そのあとで「貝汁定食」(800円)を食べるのだった。

賀曽利隆の「ジクサーで行く 中国地方3000キロ」(2)に続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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