賀曽利隆の「街道を行く!」中山道編(4)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「街道を行く!」中山道編(3)

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信濃から美濃の国境を越え、美濃最初の宿場町は落合宿

中山道の信濃路を走り終え、美濃路に入った。美濃最初の宿場、落合宿に到着。ここは中山道第44番目の宿場。加賀の前田家から贈られたという門構の本陣前で、相棒のスズキV-ストローム1000を止めた。

落合宿から美濃路の宿場めぐりが始まった。次の中津川宿に向かっていくと、美濃・信濃国境の恵那山(2191m)がよく見える。恵那山は美濃の最高峰。美濃人たちは恵那山が白くなり始めると冬が近いことを知る。

IMG_2580▲美濃路最初の落合宿の本陣

中津川宿に入っていく。中津川は東濃の主要な町。東美濃を略しての東濃だが、美濃は東濃、中濃、西濃に分けられる。それに北濃、南濃を加えることもある。中津川宿の入口には「東の高札場」が復元されいる。

高札場というのは法度や掟書など、奉行名で書かれた札を掲げる掲示板。そこには常夜灯と庚申塔(こうしんとう)、二十三夜塔もある。

恵那市の中心になる町「大井宿」

中津川宿から大井宿へ。田園風景の中の中山道を行く。ここからも恵那山がよく見える。大井宿には本陣が残り、復元された高札場(こうさつば)もある。大井宿は恵那市の中心になる町だが、中山道の面影を残している。恵那も中津川同様、東濃の主要な町のひとつ。合併して恵那市になる以前は大井町だった。

IMG_2582▲大井宿を行く。ここは恵那の中心

大井宿から大湫宿(おおくてじゅく)、細久手宿を通って御嶽宿までというのは、中山道・美濃路のハイライト。この間は交通量のほとんどない細道だ。

大湫宿には古い家並みが残っている。脇本陣の「保々家」、旅籠の「三浦家」、問屋の「丸森森川家」は江戸時代からの建物。ここにも復元された高札場がある。神明神社には樹齢1300年の大杉が空を突いてそびえ立っている。

大湫宿と長久手宿の間では琵琶峠を越えるが、旧道は300年前の姿を今にとどめる石畳の道。その長さは600メートルで、日本一長い石畳の道だといわれている。

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▲大湫宿の復元された高札場

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▲琵琶峠の入口。石畳の峠道がここから始まる

国道21号に合流し、御嶽宿へ

弁天の祠のある弁財天の池、奥之田の一里塚を通り、「ちょうちん祭り」で知られる長久手宿へ。ここには旅籠「大黒屋」の江戸時代そのままの建物が残っている。

細久手宿を過ぎると国道21号に合流し、御嶽宿(みたけじゅく)へ。ここでは中山道資料館の「中山道みたけ館」と公開されている商家「竹屋」を見学し、名鉄広見線の終点、御嵩(みたけ)駅まで行った。終着駅というのは心を引かれるものだ。

御嶽宿からは国道21号沿いの伏見宿、太田宿、鵜沼宿(うぬまじゅく)と宿場をめぐり、岐阜の加納宿へとV-ストローム1000を走らせる。

IMG_2590▲奥之田の一里塚

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▲長久手宿の旅籠「大黒屋」

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▲御嶽宿の商家「竹屋」

宿場町の風情が色濃く残る「太田宿」

伏見宿には宿場町の面影はほとんど見られないが、本陣跡には「是より東 尾州領」の碑が立ち、中山道公園の「一本松公園」がある。

伏見宿とは対称的に、太田宿には宿場町の風情が色濃く残っている。木曽川にかかる太田橋を渡って行くが、江戸時代の中山道に橋はなく、渡し舟に乗って渡ったという。

「太田の渡し」は「碓氷峠越え」、木曽川の渓谷にかかる「木曽の桟」と並ぶ「中山道三大難所」といわれたほど。ここは中山道と飛騨街道の追分で、今でも国道21号と国道41号が分岐している。

太田宿では本陣跡と造り酒屋を見たあと、脇本陣の林家を見学。当時のままの建物が残っている。それは見事なもので、現存する脇本陣の中では中山道随一といわれている。

太田宿を過ぎると、国道21号で木曽川沿いに走り、「中山道鵜沼宿町屋館」のある鵜沼宿へ。ここでは郊外の「うぬまの森」まで行き、「うとう峠の一里塚跡」を見た。

美濃十六宿の中でも最大の加納宿は「加納城」の城下町

鵜沼宿から岐阜市内の加納宿に入っていく。加納宿は「美濃十六宿」の中でも最大。ここは加納城の城下町でもある。加納城跡は今ではわずかに石垣が残るのみ。本丸跡の園地は市民の憩いの場になっている。

ひと晩、名鉄岐阜駅前の「東横イン」に泊まり、翌日、加納宿を出発。河渡宿、美江寺宿、赤坂宿、垂井宿、関ケ原宿、今須宿と西濃の宿場をめぐっていく。

加納宿から河渡橋で長良川を渡ったところが河渡宿。その名の通り、昔は「河渡の渡し」で渡った。美江寺宿はちょっとわかりにくいが、樽見鉄道の美江寺駅の踏切を越えたあたりが宿場になる。

赤坂宿は揖斐川(いびがわ)の支流の杭瀬川を渡ったところにある。ここは杭瀬川の水運で栄えた宿場で、赤坂港跡が残っている。古い家並みの残る垂井宿は美濃の一宮、南宮大社の門前町として栄えた。

垂井宿を過ぎると国道21号に合流し、広大な濃尾平野から伊吹山地に入っていく。そして関ヶ原宿に到着。JR東海道線の関ヶ原駅前の案内板には、日本の歴史を大きく変えた関ヶ原の合戦の地が詳しく出ている。

IMG_2610▲国道21号沿いの関ケ原宿

国境をまたぐ宿は「寝ながら他国の人間と話をする」ことができる!?

関ヶ原宿から美濃路最後の今須宿へ。ここは中山道第59番目の宿場。「美濃16宿」とよくいわれるが、落合宿から鵜沼宿までの「東濃9宿」と、加納宿から今須宿までの「西濃7宿」を合わせて「美濃16宿」になる。

美濃と近江の国境(今の岐阜・滋賀の県境)に到着。そこには「近江美濃両国境寝物語」と書かれた碑が立っている。国境は細い溝。国境をまたいで両国の旅籠があり、壁越しに「寝ながら他国の人間と話をすることができる」ということで、「寝物語の里」といわれるようになったという。

IMG_2619▲「寝物語の里」で知られる美濃・近江の国境

美濃から近江に入った。近江は一国一県で、近江の全域が滋賀県になっている。近江路最初の柏原宿は大きな宿場。目を引くのは「伊吹堂亀屋」の建物。伊吹艾(もぐさ)を商う老舗だ。

お灸に使う艾(もぐさ)は柏原宿の特産品で、最盛期には10軒以上の店があったという。ここでは昔ながらの民家を改装した「柏原宿歴史館」を見学した。

やまとたける伝説の伝わる「居醒の清水」

柏原宿を過ぎたところで国道21号に合流し、醒井宿(さめがいじゅく)、番場宿とめぐる。

醒井宿は「名水の里」。西行水や十王水、居醒の清水などの湧水を集めた地蔵川が中山道の旧道に沿って流れている。澄みきった川の流れ。

そのうちの「居醒の清水」は伊吹山の大蛇の毒にやられた日本武尊(やまとたけるのみこと)が、この湧水で体を冷やしたところ高熱が下がり、体が元に戻ったという伝説の清水。ここには日本武尊像が建っている。醒井の地名もこの日本武尊伝説に由来している。

醒井養鱒場内にある食事処「きたがわ」で昼食。「鱒定食」を食べた。塩焼き、洗い、フライ、甘露煮の鱒三昧だ。

IMG_2620▲醒井養鱒場の食事処「きたがわ」の「鱒定食」

情緒を感じる鳥居本宿は携帯胃薬で栄えた

「番場の忠太郎」で知られる番場宿からは、摺針峠を越えて鳥居本宿へ。鳥居本宿の入口には「おいでやす」と彫り刻まれた中山道のモニュメントが建っている。

鳥居本宿に入っていくと、有川家の建物が目を引く。ここは旅の携帯胃薬「赤玉神教丸」の販売元。かつて鳥居本宿には何軒もの「神教丸」を売る店があったが、今では有川家のみ。

IMG_2624▲鳥居本宿の「神教丸」の有川家

旧街道の情緒が凝縮されたかのような鳥居本宿の名は多賀大社の鳥居があったことに由来する。次の高宮宿は多賀大社の門前町。多賀大社の大鳥居がある。

高宮宿から愛知川宿に向かっていくと、旧中山道沿いには「伊藤忠兵衛の生家」。近江商人の伊藤家は代々、呉服の行商をしていたが、忠兵衛は大阪に出て近江麻布を商って大儲けした。この伊藤忠兵衛が日本の大商社、伊藤忠商事と丸紅の祖となる人物だ。

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▲愛知川宿に入っていく

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▲旧中山道沿いの「伊藤忠兵衛の生家」

日が暮れた頃、京都の三条大橋にゴール!

さらに近江路の武佐宿、守山宿をめぐって、中山道第68番目の宿場、草津宿に入っていく。天井川の草津川をトンネルでくぐり抜けたところが東海道との追分。そこには道標が立っている。右手には本陣がある。このあたりが草津宿の中心になる。

草津宿から第69番目の大津宿を通り、日が暮れてすっかり暗くなった頃、京都の三条大橋にゴール。草津宿から京都の三条大橋までは東海道との重複区間になる。

東海道はすでに走り終えているので、これで日本の二大街道を走破したことになる。「やったね!」という気分。

こうして東海道53次、中山道69次のすべての宿場をめぐって二大街道を走破すると、日本をまるかじりしたかのような格別な味がする。これぞバイク旅ならではの醍醐味だ。

IMG_2635▲京都・三条大橋に到着!

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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