賀曽利隆の新年恒例「富士山一周」ツーリング

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

4470_本栖湖から見る富士山

みなさ~ん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。お正月はいかがお過ごしでしたか。ぼくは元旦の「初日の出ツーリング」につづいて、3日には新春恒例の「富士山一周」ツーリングに行ってきました。

新春恒例の「富士山一周」ツーリングへ出発!

1月3日7時、神奈川県伊勢原市の我が家を出発。天気は快晴。スズキの250ccバイク、ビッグボーイで国道246号を走り、伊勢原市と秦野市の境の善波峠を越える。

峠のトンネルを抜けると、ドバーッと大きな富士山が目の中に飛び込んでくる。富士山には一片の雲もかかっていない。「これは新年早々、縁起がいいぞ!」とカソリ、ビッグボーイに乗りながら一人、ほくそ笑んだ。

4406_国道246号の善波峠から見る富士山▲国道246号の善波峠から見る富士山

慢性的な渋滞の国道246号だが、3日の早朝はガラガラ状態で、8時前には我が家から43キロの御殿場に到着。御殿場が「富士山一周」の起点であり終点になる。御殿場まで来ると、富士山は目の前にそそり立ち、威風堂々と聳えている。さすが日本一の山。

御殿場からは反時計回りで富士山を一周する。その間では絶景ポイントから富士山を眺めるだけでなく、世界遺産に登録されている「富士信仰」の地をも巡っていく。

4407_御殿場の国道138号から見る富士山▲御殿場の国道138号から見る富士山

快晴の中、三国峠、山中湖から富士山を見る

御殿場からまずは国道138号で須走へ。ここでは東口本宮の富士浅間神社を参拝。鳥居には「不二山」の額がかかっている。富士山は日本に二つとない山なのだ。拝殿の真後ろには霊峰富士の真っ白な山頂が見えている。

4414_須走の富士浅間神社を参拝。拝殿の真後ろに富士山が見えている▲須走の富士浅間神社を参拝。拝殿の真後ろに富士山が見えている

須走からは国道138号で静岡・山梨県境の籠坂峠を越え、国道413号→県道730号で三国峠へ。その途中のパノラマ台からの富士山を眺め、三国峠まで行った。

三国峠は山梨・神奈川の県境になるが、峠の南側の三国山(1328m)は甲斐・相模・駿河の三国境になっている。三国峠から山中湖畔に下り、山中湖越しの富士山を見た。

4427_三国峠の峠道から見る富士山
▲三国峠の峠道から見る富士山
4433_山中湖から見る富士山
▲山中湖から見る富士山

江戸時代から栄えた「富士信仰」の歴史

ふたたび国道138号に出ると、富士吉田の富士浅間神社を参拝。ここは北口本宮で、初詣の人たちで大にぎわい。大鳥居をくぐり、神楽殿を過ぎる拝殿だ。

拝殿の両側には御神木の「富士太郎杉」と「富士夫婦檜」の巨木がそそり立っている。樹齢千年の古木は富士浅間神社の古くからの歴史を証明している。その下を富士の清流が流れている。

4434_富士吉田の富士浅間神社を参拝。初詣の人たちで長い列ができている▲富士吉田の富士浅間神社を参拝。初詣の人たちで長い列ができている

富士山は江戸時代以来、江戸人、東京人の篤い信仰心を集めてきた。爆発的な人気といっていい。それがいわゆる「富士信仰」だ。

富士講の大勢の信者たちは、山開きになると、富士山の山頂を目指した。富士講の祖、身禄以来、北口の吉田口が富士登山道の本道になった。そのため吉田の町は富士登山の拠点になった。

「富士の十字路」を越え、さらに富士五湖を巡る

富士浅間神社からビッグボーイで門前町を走る。金鳥居に向かった一帯がかつての御師町。富士信仰の最盛期には通りに面して短冊状に御師の家が100軒近くも建ち並んでいたという。どこも間口が狭く、奥に細長く延びているという造りだった。この御師たちが富士信仰を日本中に広めた。

富士吉田の金鳥居は御坂峠を越えて甲府盆地に下る国道137号と、籠坂峠を越えて御殿場に下る国道138号の起点になっている。さらに浅間大社のある富士宮から富士山西側の石割峠を越え、富士吉田から大月に通じている国道139号もここを通っている。3本の国道が交差する金鳥居は、まさに「富士の十字路」といっていい。

金鳥居の交差点から国道137号で富士河口湖町の中心の船津へ。その間は途切れることなく家並みがつづく。船津も富士信仰で栄えた町。吉田と同じように御師町があった。

河口湖北側の河口浅間神社は9世紀後半の創建といわれるほど歴史が古い。河口湖の南側には富士御室神社がある。かつては船津口の富士登山道もあった。

現代版富士登山道の富士スバルライン(県道707号)の起点も船津。富士急行の終点、河口湖駅も船津にある。大月駅と河口湖駅を結ぶ富士急行は、元々は富士信仰の登山者を運ぶためにつくられた鉄道なのである。

船津から国道137号で河口湖の北側に行き、つづいて湖岸の県道21号を走った。

ワインディングルートのあちこちから湖越しに富士山を見る。「湖北ビューライン」と名付けられた県道21号は絶景ルート。大石公園からもきれいな富士山を眺められる。

4439_河口湖から見る富士山▲河口湖から見る富士山

河口湖を離れ、西湖、精進湖越しの富士山を見て、富士五湖の最後は本栖湖。ここでは国道300号の本栖峠まで登り、峠のトンネルの手前の展望台から富士山を見る。

ここは富士山を見る絶好の展望台。千円札の「逆さ富士」はここからの風景が描かれている。富士山を堪能したあとは本栖湖畔の食事処「本栖館」で甲州名物の「ほうとう」(1350円)を食べた。

4449_西湖から見る富士山
▲西湖から見る富士山
4453_精進湖から見る富士山
▲精進湖から見る富士山

4470_本栖湖から見る富士山▲本栖湖から見る富士山

朝霧高原を通り浅間大社へ

本栖湖を後にすると国道139号を南下。山梨・静岡県境の石割峠から富士山を眺め、峠を下った朝霧高原からも富士山を眺め、富士宮の浅間大社へ。ここは富士山本宮で駿河の一宮にもなっている。

4483_朝霧高原から見る富士山▲朝霧高原から見る富士山

さすが浅間大社だけあってそこまでの道は大渋滞。ビッグボーイならではの機動性で浅間大社まで走り、大勢の初詣の人たちと一緒に参拝した。

神社の脇が富士の湧水の「湧玉池」。膨大な水量の湧水で、水量の豊かな川となって流れ出ていく。浅間大社の参拝を終えると、門前の店で「富士宮焼きそば」(500円)を食べた。

4489_富士宮の浅間大社を参拝。ここが全国の浅間神社の総本社になる▲富士宮の浅間大社を参拝。ここが全国の浅間神社の総本社になる

歴史を感じさせる浅間神社を巡る

富士宮からは国道139号を戻り、富士山麓を走る国道469号で御殿場へ。その間では「山宮浅間神社」、「村山浅間神社」、「須山浅間神社」と3ヶ所の浅間神社を巡っていく。

富士山本宮の山宮浅間神社では社殿の跡地から真正面に富士山を眺めた。富士根本宮の村山浅間神社の御神木の大イチョウは樹齢千年。須山浅間神社は富士山の須山口登山道の入口に位置している。それぞれに歴史を感じさせる浅間神社だった。

4490_山宮浅間神社から見る富士山
▲山宮浅間神社から見る富士山
4498_十里木高原から見る富士山
▲十里木高原から見る富士山

こうして「富士山一周」を終えて御殿場に戻ったのは15時。「御殿場→御殿場」間の走行距離は163キロ。名残おしい富士山に一礼すると、国道246号で伊勢原の我が家に帰っていくのだった。

4591_御殿場に戻ってきた。「富士山よ、またな!」
▲御殿場に戻ってきた。「富士山よ、またな!」

旅した日数20年分。走行距離は地球38周分。カソリは走り続ける!

ぼくは昨年末に2016年分の旅の記録をまとめました。今までしっかりと記録を付けてきているので、これは毎年の恒例行事です。

2016年に旅した日数は156日で、旅を始めて通算すると7267日(約20年分)になりました。2016年にバイクで走った距離は5万1883キロで、こちらも旅を始めて通算すると152万0064キロ(約地球38周分)になりました。これらの通算の記録は20歳(1968年)の時からのものです。

ということでカソリ、今年はいよいよ70歳!2017年もバイクで走りまくりますよ!
このあとはすぐに厳冬期の「信州一周」に行ってきます!

【関連コラム】
◆Webikeバイクニュース 賀曽利隆コラム バックナンバー
賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

この著者の最新の記事

関連記事

編集部おすすめ

  1. 鈴鹿F1日本グランプリ地域活性化協議会は、鈴鹿市役所 1階の『モータースポーツ振興コーナー』…
  2. 生活の可能性が拡がる喜びを提供 Hondaのナイジェリアにおける二輪車生産販売子会社「ホン…
  3. オートバイパーツ・用品の販売を全国展開する2りんかんは、バイク乗りコスプレイヤーの「美環(み…
  4. ボッシュが形づくる二輪車の未来 ボッシュは、自社のモーターサイクル&パワースポーツ事業が、…
ページ上部へ戻る