賀曽利隆の「街道を行く!」奥州街道編(3)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:賀曽利隆の「街道を行く!」奥州街道編(2)

7697_渋民の「啄木公園」から見る岩手山。岩手県の最高峰の岩手山は「岩手富士」とか「南部富士」、「南部片富士」といわれる

岩手に入り、さらに北へ。芭蕉の足あとを辿る

宮城県から岩手県に入って最初の宿場、一関宿は奥州街道の第85番目の宿場。ここは伊達一族の田村氏3万石の城下町でもある。一関宿の次が前沢宿で、その間には世界遺産の平泉がある。
ひと晩泊った一関駅前の「東横イン」を出発。相棒のスズキV-ストローム1000を走らせ、さらに北へ、北へとひたすらに北を目指す。

平泉に到着すると、まずは義経・弁慶の最期の地であるとされる「高館義経堂」に行き、足下を流れる北上川を見下ろした。高館には「夏草や兵どもの夢の跡」の芭蕉句碑が建っている。
そのあと中尊寺を歩いた。中尊寺には芭蕉碑と芭蕉像が建っている。奥州街道には芭蕉の痕跡を多く見ることができるのだ。
7552_平泉にやってきた。JR東北本線平泉駅前でV-ストローム1000を止める▲平泉にやってきた。JR東北本線平泉駅前でV-ストローム1000を止める

7575_中尊寺の参道を歩く
▲中尊寺の参道を歩く
7580_中尊寺の芭蕉碑と芭蕉像。中尊寺では本堂や金色堂、弁慶堂などを見てまわる
▲中尊寺の芭蕉碑と芭蕉像。中尊寺では本堂や金色堂、弁慶堂などを見てまわる

平泉は「奥の細道」の奥州路最北の地。街道に詳しい芭蕉は仙台で奥州街道を離れ、石巻街道で松島を通って石巻へと出た。そして石巻からは北上川沿いの一関街道で一関までやってきた。一関の旅籠に連泊し、平泉の高館から中尊寺の金色堂を見てまわったあと、その日のうちに一関に戻っている。というのが一連のルートだ。

平泉は「奥の細道」のきわめて重要な舞台。「それなのになんで平泉に泊まらなかったのだろうか」と不思議でならなかったが、こうして奥州街道をたどってみると、平泉が奥州街道の宿場ではないことが大きな理由なのではないか、旅籠がなかったから平泉には泊まらなかったのではないか。という思いに至った。

奥州街道沿いで生まれ育った、2人の文人

平泉からは前沢宿、水沢宿、金崎宿、鬼柳宿、黒沢尻宿を通り花巻宿へ。花巻では北上川の堤防上にV-ストローム1000を止め、宮沢賢治が名づけた「イギリス海岸」を歩いた。

水量が多く、ドーバーの「ホワイト・クリフ(白い断崖)」とは似ても似つかない風景だったが、心に残る北上川の眺めだ。そのあとは小高い丘の上にある「宮沢賢治記念館」を見学した。

7594_奥州街道の前沢宿を行く。前沢は今では「前沢牛」で有名だ▲奥州街道の前沢宿を行く。前沢は今では「前沢牛」で有名だ

花巻宿からは石鳥谷宿、郡山宿を通り盛岡宿に到着。盛岡では盛岡城址の岩手公園を歩いた。盛岡といえば南部藩20万石の城下町。それなのに城址には石垣が残るのみ。ちょっと寂しい光景である。しかし城内の桜山神社本殿裏手の烏帽子岩は目に残った。

盛岡宿から次の渋民宿へ。ここは石川啄木の故郷。ということで「石川啄木記念館」(入館料450円)を見学する。館内をひとまわりすれば、石川啄木の生涯がよくわかる。敷地内には啄木が代用教員を務めた時代の旧渋民尋常小学校の校舎が残されている。

「石川啄木記念館」に隣あって建っている宝徳寺は、啄木が幼年期を過ごした寺。境内には啄木の歌碑が建っている。国道4号(旧道)をはさんだ反対側の渋民公園にも啄木の歌碑がある。

啄木公園からは北上川の向こうに聳る奥州街道の名山「岩手富士」の岩手山(2038m)が大きく見える。奥州街道の宿場の中では、渋民宿からの距離が一番、近い。

7677_「石川啄木記念館」の旧渋民尋常小学校。啄木はここで代用教員を務めた
▲「石川啄木記念館」の旧渋民尋常小学校。啄木はここで代用教員を務めた
7697_渋民の「啄木公園」から見る岩手山。岩手県の最高峰の岩手山は「岩手富士」とか「南部富士」、「南部片富士」といわれる
▲渋民の「啄木公園」から見る岩手山。岩手県の最高峰の岩手山は「岩手富士」とか「南部富士」、「南部片富士」といわれる

渋民で生まれた石川啄木と花巻で生まれた宮沢賢治。岩手を代表する2人の文人はともに奥州街道沿いで生まれ育った。これは偶然のことではないと思う。街道を通して入ってくる文化に小さい頃から慣れ親しみ、街道を通してより大きな世界を感じとっていたからではないか。

渋民宿の次の沼宮内宿を過ぎると国道4号を右折し、旧奥州街道に入っていく。2キロほど行くと左手に御堂観音堂がある。その境内から湧き出る「弓弭の泉」は、昔から東北一の大河、北上川の源だといわれている(正確にいうと北上川の源は奥中山高原の西岳になるが)。

「弓弭の泉」の流れ出る所は北上川源流公園として整備され、東屋もあり、そこでしばらくゴロ寝する。いや~、気持ちいい。この近くには、北上川源流の滝の「御堂新田の滝」もある。

7720_北上川の源に建つ「御堂観音堂」。この奥に「弓弭の泉」がある▲北上川の源に建つ「御堂観音堂」。この奥に「弓弭の泉」がある

旧奥州街道を行き、青森へ

「弓弭の泉」から旧奥州街道を行くと一里塚があり、ゆるやかな峠に達する。そこで交差する県道30号を左折し、国道4号に出た。そこは中山。IGRいわて銀河鉄道の奥中山高原駅前だ。

7730_旧奥州街道を行く。交通量は極少。国道4号の1本、東側の道になる▲旧奥州街道を行く。交通量は極少。国道4号の1本、東側の道になる

7732_旧奥州街道沿いに残る「御堂・馬羽松一里塚」
▲旧奥州街道沿いに残る「御堂・馬羽松一里塚」

中山から北に走るとすぐに国道4号の最高所、十三本木峠(中山峠)に到達。ここまでが北上川の世界になる。峠を越えると川は変わり、馬渕川の世界になる。小繋宿、一の戸宿、福岡宿、金田一宿と通り、国道4号で青森県に入った。県境は青岩大橋だ。

7733_国道4号の最高所地点の十三本木(中山)峠を越える▲国道4号の最高所地点の十三本木(中山)峠を越える

常夜灯に残される、野辺地宿の賑わい

青森県最初の宿場、三の戸宿では三戸城址を見た。

7740_奥州街道の三の戸宿では三戸城址を歩いた。ここには復元された城がある▲奥州街道の三の戸宿では三戸城址を歩いた。ここには復元された城がある

そして浅水宿、五の戸宿、伝法寺宿、藤島宿、七の戸宿を通り、野辺地宿に到着。目の前には陸奥湾の海が広がっている。 野辺地の海岸には常夜灯が残されているがその説明が興味深い。

浜町の常夜燈は、文政10年(1827)、野辺地の廻船問屋野村治三郎によって建てられた。関西の商人橘屋吉五郎の協力を得て海路運ばれてきた。常夜燈には、毎年3月から10月まで夜ごと灯がともされ、航海の安全を守る灯明台として野辺地湊に行き交う船を見守ってきた。

江戸時代には物資輸送の大動脈であった大坂(大阪)と蝦夷地(北海道)を結ぶ日本海航路。野辺地湊はこの航路への盛岡藩の窓口であり、領内の海産物・大豆・銅などを積み出す船や、塩・木綿・日用品などを積み入港する船でにぎわった。湊には湊役所・銅蔵・大豆蔵などの施設や廻船問屋の船荷蔵があり、船は沖合に停泊し、はしけ船によって船荷を運んでいた。

野辺地宿は奥州街道と当時の日本の大動脈、千石船の北前船が行き来する日本海航路との接点であり、相当にぎわった港だったことが、海岸に残る常夜灯から読み取れる。

7751_奥州街道の野辺地宿の常夜灯。野辺地湊が栄えた時代を証明している
▲奥州街道の野辺地宿の常夜灯。野辺地湊が栄えた時代を証明している

郷土料理を堪能。北への旅は続く

野辺地宿を出ると海沿いに走り、小湊宿、野内宿と通り、青森宿に到着した。

青森駅前の「東横イン」に宿をとると、近くの居酒屋「鱒の介」へ。郷土料理「じゃっぱ汁」を味わいながら飲み干した津軽の地酒が腹にしみる。そのあとたっぷりとイクラののった「イクラ丼」を食べるのだった。

7766_青森駅前に到着。まだまだ北へと旅はつづくが、まずは「やったね!」という気分だ
▲青森駅前に到着。まだまだ北へと旅はつづくが、まずは「やったね!」という気分だ
7778_青森駅前の居酒屋「鱒の介」で津軽の郷土料理「じゃっぱ汁」を食べる。北海のタラのあらがうまい!
▲青森駅前の居酒屋「鱒の介」で津軽の郷土料理「じゃっぱ汁」を食べる。北海のタラのあらがうまい!

賀曽利隆の「街道を行く!」奥州街道編(4)に続く

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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