【賀曽利隆 コラム】ウラジオストック→イスタンブール 1万5000キロ(4)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:ウラジオストック→イスタンブール 1万5000キロ(3)

カザフスタン縦断の始まり

8月14日、西シベリア最大の都市ノボシビルスクを出発。M52(国道52号)を南下し、「カザフスタン縦断」の旅が始まった。

今回の「ウラジオストック→イスタンブール」のアジア大陸横断は3部構成から成っている。
メインルートは出発点のウラジオストックからノボシビルスクまでの「シベリア横断ルート」と、カザフスタン最大の都市アルマトイから終着点のイスタンブールまでの「シルクロード横断ルート」だが、2つのルートを結びつけるのがノボシビルスクからアルマトイまでの「カザフスタン縦断ルート」なのである。

20161011_karori_01▲ノボシビルスクからM52を南下。「カザフスタン縦断」が始まった!

おー、これぞ大陸!地平線に向かって走る

ノボシビルスクの市街地を抜け出ると4車線道路が2車線道路になり、はてしなく広がる大平原を突き進む。行きかう車は時速100キロ前後で走っている。我が相棒のスズキDR-Z400Sで地平線に向かって突っ走る気分は最高。ハンドルを握りながら、思わず「おー、これぞ大陸!」の声が出る。行く手にはたえず地平線。桁外れの風景だ。

平原を一面に黄色く染めてヒマワリが咲いている。風が吹くと、黄色い平原が揺れる。一面のソバ畑も見る。
ロシア人はけっこうそばを食べる。麺に打つのではなく、粒のまま食べるのが一般的。日本でいえば四国の祖谷名物の「そば米」のようなもの。昼食にはレストランでそばを食べたが、そば(粒)にハンバーグがのっている。それとスープのボルシチとサラダだった。

20161011_karori_02▲M52沿いのレストランで昼食。そば(粒)の上にハンバーグがのっている

ロシアからカザフスタンに入国、中央アジアへ

ノボシビルスクから520キロ走ってルブツォフスクに到着。
カザフスタンとの国境に近いこの町でひと晩泊ったが、トロリーバスが走る町中の道の大半はデコボコ道。最果ての町にやってきたような気分を味わった。
ロシアからカザフスタンに入国すると、交通量はガクッと減った。我々は旧ソビエト連邦の中央アジアに入ったのだ。

20161011_karori_03▲ルブツォフスクの町を出発。カザフスタン国境へ

20161011_karori_04▲カザフスタンに入国。セメイまで111キロ

20161011_karori_05▲カザフスタンの広大な草原地帯

大草原の中に延びるひと筋の道を走り、セメイで泊まる。ここは旧セミパラチンスク。
1949年、旧ソ連はセミパラチンスクの西方150キロの草原地帯に核実験場を開設し、1989年までの40年間で456回もの核実験をおこなった。そのうち116回は大気中での核実験。セミパラチンスクは現代史の舞台なのだ。

セメイにはまだ明るいうちに到着したので町を歩き、理髪店を見つけると髪を切ってもらった。若い女性理容師はていねいにハサミで切ってくれた。料金は1500テンゲ(約450円)。さっぱりした!

セメイでの夕食。町中のレストランで、串焼き肉(羊肉)のシャシリックを食べた。これがカザフスタンでの第1食目。そのほか馬肉料理や馬の胃、牛タンを食べたが、シャシリックのうまさは際立っていた。

20161011_karori_06▲羊がズラリと並ぶセメイの市場

20161011_karori_07▲セメイのレストランで夕食。羊肉のシャシリックを食べる。これがカザフスタンでの第一食目!

セメイからアルマトイを目指し、高速ダートを突っ走る!

セメイからアルマトイを目指して南下。高速道路のような快走路を走っていると突然ダートに突入したり、舗装路なのに穴ボコだらけになったり、波打つような路面になったりしたが、おかまいなしに100キロ超の高速で突っ走る。

20161011_karori_08▲カザフスタンの高速ダートを突っ走る!

ところがその途中、スピード違反で捕まった。若い警官にはパトカーの後部座席につれ込まれ、罰金は200USドルだといわれた。カザフスタンの通貨のテンゲではなく、USドルで払えという。「いやー、おまわりさん、持っている現金はこれだけなんですよ」といって財布の中にあった50ドルを差し出した。
若い警官は「200ドルだ」と言い張ったが、パトカーを運転していた上司の警官が「50ドルにしてあげろ」といってくれたおかげで交渉成立。罰金は50ドルになった。
若い警官は帽子を脱ぐと、その中に50ドルを入れろという。警官の帽子の中で10ドル紙幣5枚を手渡した。違反の切符を切られることもなく、領収書が発行されることもなかった。

50ドルは警官のポケットに入るのか…。日本の免許証に傷がつく訳でもないので、まあいいか。

忘れられない出会い

この間では忘れられない出会いもあった。たまたま街道沿いの農場前の木陰にバイクを止めて小休止にしたのだが、農夫に手招きされ、農場内で甘味たっぷりの大きなスイカをご馳走になった。農場の夫婦はチェチェン人。
チェチェンといえば20万人もの犠牲者を出したロシアの紛争地帯。北コーカサス地方の一共和国だ。

ノボシビルスクから1800キロ、「カザフスタン縦断ルート」を走り終えてアルマトイに到着。中国の西安からイスタンブールまでつづくシルクロードに合流。さー、ここからは「シルクロード横断」だ。

20161011_karori_09▲アヤゴスの町の近くで出会ったカザフスタンの少女。DRに乗って大喜び

20161011_karori_10▲チェチェン人の農場で甘味たっぷりのスイカをご馳走になった

20161011_karori_11▲アルマトイに近づくと丘陵地帯に入っていく

賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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