【賀曽利隆 コラム】ウラジオストック→イスタンブール 1万5000キロ(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

前回:ウラジオストック→イスタンブール 1万5000キロ(1)

アジア大陸横断の始まり

7月27日、ロシア沿海州の州都ウラジオストックを出発し、トルコのイスタンブールを目指す。
シベリア横断&シルクロード横断ルートでのアジア大陸横断が始まった。ウラジオストックからはM60(国道60号)を北へ。4車線のハイウェイを快走する。雄大な風景の中を時速100キロ超で走行。カソリのDR-Z400Sが先頭を走り、その後に参加者のみなさんのバイクがつづく。
バックミラーに映る後続のバイクのきれいなラインに胸がジーンとしてしまう。

20160927_kasori_ui_01▲ハバロフスクに通じるM60を行く。ダリネレチェンスクとの分岐点で

ウスリースク、ダリネレチェンスクで泊まり、ウラジオストックを出てから3日目にロシア極東の中心地ハバロフスクに到着。
ウラジオストックからは1033キロ。世界の大河アムール川(全長4416キロ)が流れている。川岸の展望台に立ち、悠々とした流れを見下ろす。
大河を横切って対岸から渡船がやってくる。

20160927_kasori_ui_02▲ハバロフスクを流れるアムール川

20160927_kasori_ui_03▲ロシアの名物料理、水餃子(ペルメニ)を食べる

懐かしの町、ブラゴベシチェンスク

ハバロフスクからはM58(国道58号)を行く。ピロビジャンを通り、アムール川河畔の町ブラゴベシチェンスクへ。
2002年にDRでシベリア横断ルートを走ったが、その時はこの間の100キロ以上がダートで、雨に濡れたツルツルの路面にはおおいに泣かされた。
それが今では2車線の舗装路。交通量が格段に増え、どの車も時速100キロ以上の高速で走る。車はトヨタが圧倒的に多い。レクサスの新車も多く見かける。大型トラックも高速で走っているので追い越しが大変だ。

ブラゴベシチェンスクは懐かしの町。アムール川対岸の町並みは中国の黒河になる。
2002年のシベリア横断でこの風景を見たときは、胸をギュッとつかまれるような思いがした。その2年後の2004年には、スズキの110㏄バイクで旧満州(中国東北部)を一周。そのときに黒河から黒龍江(アムール川)対岸のブラゴベシチェンスクの町並みを見た。
ブラゴベシチェンスクを出ると、シマノフスク、スコボロディーノ、モゴチャ、チェルニフスクに泊まりチタへ。

20160927_kasori_ui_04▲ブラゴベシチェンスクの夜景。アムール川の対岸は中国の黒河

20160927_kasori_ui_07▲シマノフスクの町に入っていく

スコボロディーノではヤクーツクから氷点下71・2度を記録した世界最寒冷地のオイミャコンを経由し、オホーツク海のマガダンに通じるM56(国道56号)が分岐している。
いつの日か、M56でマガダンまで走ってみたいと熱望しているカソリなのだ。

「旧満州一周」の思い出

スコボロディーノ→モゴチャ間では、中国の大興安嶺山脈から北に延びる丘陵地帯を越えていく。中国最北端の漠河村が近い。
2004年の「旧満州一周」では中国最北端の地に立った。黒龍江(アムール川)の河岸には「神州北極」と彫り刻まれた碑が立っていた。
中国では自国のことを「神州」という。「北極」というのは最北端の意味。漠河村は「北極村」で知られている。
「旧満州一周」では中国最東端の「東極」にも立った。そこはハバロフスクに近い黒龍江(アムール川)と烏蘇里江(ウスリー川)の合流地点。
その後、黒龍江(アムール川)の黒瞎子島(大ウスリー島)が新たな中露国境になり、それにともなって「東極」は若干、東にずれた。

20160927_kasori_ui_05▲中国最北端の地に立つ(2004年)

20160927_kasori_ui_06▲中国最東端の地に立つ(2004年)

チタで結婚式に遭遇

シベリアから中国への玄関口のチタに到着。ここからは陸路と鉄路が中露国境の満州里経由で中国・黒龍江省の中心地ハルビンに通じている。

20160927_kasori_ui_08▲シベリア鉄道のモゴチャ駅に展示されている蒸気機関車

20160927_kasori_ui_09▲シベリア横断の大型トラック

チタでは「東方の真珠ホテル」に泊まった。ホテルの壁にはロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席が握手している大きな写真が掲げられている。
「東方の真珠ホテル」ではちょうど結婚式の最中で大盛り上がり。外に出てきたロシアの花嫁さんは我々のバイクを目ざとくみつけると、三浦さんのロイヤルエンフィールドにまたがらせてもらって大喜び。忘れられないシーンだ。

20160927_kasori_ui_10▲三浦さん(左)のロイヤルエンフィールドに乗って喜ぶロシアの花嫁さん

地平線の果てまで広がる大草原、名もない峠

チタからはM55(国道55号)を行く。モンゴルへとつづく大草原が地平線の果てまで広がっている。天も地もとてつもなく大きい。
地球がまるで円板のように見える。その中をバイクで突き進む快感。草原からはプーンとハーブの匂いが漂ってくる。天然の大ハーブ園といったところだ。
ヒロックの手前でゆるやかな峠を越えた。名前もついていないようなこの峠が、オホーツク海に流れ出るアムール川と北極海に流れ出るエニセイ川の水系を分けている。
といってもここはシベリアの内陸部。海からは2000キロも3000キロも離れている。峠を越えると、ウラル山脈までつづく広大なシベリアを流れる川は、すべてが北極海へと流れ出る。

モンゴルへの入口、ウランウデ

ウラジオストックから4198キロのウランウデに到着。ここはシベリアからモンゴルへの入口。
町を歩くと多くのモンゴル人に出会う。日本人に似ているので、思わず「こんにちは!」と声をかけそうになる。
ウランウデには連泊したが、「コホールコグ」というモンゴル料理店をみつけると、ラムの骨つき肉のモンゴル料理を食べた。食後には濃厚な味わいのモンゴルのバター茶を飲んだ。

20160927_kasori_ui_11▲ウランウデに到着。町中のレストランで乾杯!

20160927_kasori_ui_12▲ラムの骨付き肉のモンゴル料理を食べる。ウランウデのモンゴル料理店で

取材協力 (株)道祖神 参加者の皆様

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賀曽利隆

賀曽利隆冒険家・ツーリングジャーナリスト

投稿者プロフィール

1947年東京生まれ。
1968年から2年間をかけてアフリカを一周したのを皮切りに、バイクで世界の6大陸を駆け巡る。
1982年には「パリ→ダカールラリー」に日本人ライダー初の参戦。1987年には「サハラ砂漠往復縦断」。7度の「日本一周」を成しとげ、「70代編日本一周」を目指している。
ツーリングマップル東北の担当ライダーで、東北の道という道を精力的に走っている。
モットーは「生涯旅人!」

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