【ケニー佐川 コラム】「世の中にバイクは必要?」究極の問いに我々はどう答えるのか

【ケニー佐川:Webikeニュース編集長】

20160914_sgw_column_01

モーターサイクルの存在意義を問う

先週はある輸入2輪車メーカーのオーナーズイベントに参加してきました。
ライディングレッスンやトークショーを担当させていただいたのですが、そこで一緒だった編集者やジャーナリストたちと二輪業界について、いろいろな話をする中で、「そもそも2輪車、特に大型スポーツバイクは必要なのか?」というテーマになりました。

モーターサイクルの存在意義を問う極めて根源的なテーマということで、しばし沈黙が流れた後、各々が意見を述べ合いました。
実は私自身も最近頭の片隅に引っかかっていたことなので、それを整理する良い機会となりました。

興味深い、鋭い考察

以下は会話から一部抜粋。
A氏「19世紀に自転車にエンジンを積んだらもっと便利になるだろう、と思った人が発明したのがモーターバイクの始まり。それが世の中に受け入れられ普及した。つまり、議論の前に必然であり、既成事実ということ。」
B氏「クルマが自動運転化の実現に向けて猛烈に進化している中、いつかは人間ありきの2輪との混合交通は成立しなくなる日が来るかも。そうなると、2輪は交通手段としてはパージされる可能性も。趣味のスポーツバイクはどうぞクローズドで楽しんでください、となるかも……」
C氏「絶対に必要かといわれると、それは微妙。でも世の中に“絶対”と言い切れるプロダクトなんていくつもないはず。4輪スポーツカーやスマホ、ファッションなども同じことだと思う」

などなど、皆さん雑談の中にも鋭い考察も交えていただき、なるほどと納得できるご意見も多く、興味深く聞き入りました。

答えは「ノー」、しかし!

たしかに、発展途上国における2輪車は移動手段であり、荷物を運ぶ輸送手段として日々の暮らしに必要不可欠な道具といえるでしょう。クルマが普及する前の発展段階であり、かつての日本も同じような道を辿ってきました。

20160914_sgw_column_02

ただ、今の日本や欧米などの先進国では2輪車、特に大型スポーツバイクは完全に趣味の乗り物といっていいでしょう。クルマ並みの排気量とパワー、それでいてせいぜい二人しか乗れず、運転リスクも高い。
絶対になくてはならないモノなのかと問われれば、答えは「ノー」です。

でも今回のイベントに全国から集まったライダーたちの生き生きとした姿や、仲間との絆を深め合う様子を見ていると、その人にとってモーターサイクルは掛け替えのないものなのだと確信できます。バイクを通じた仲間の支えが、ガンなどの難病を克服する力になったという話も聞くことができました。

個人では趣味であっても、ライダーが集まれば社会に貢献できる力となることもできます。
今回のゲストのひとりとして参加されていた、バイクによる史上初の北極点・南極点到達など世界的な冒険家として知られる風間深志さんも、自ら主宰するバイクミーティングの活動の一環としてビーチ清掃などを行うなど、環境保全にも注力しています。

人生に活力と彩を

また、先日試乗したヤマハの「電動クルマいす」では、“意のままに動かせる感覚”に驚きましたが、そこにはモーターサイクル開発で培った高度な制御技術が使われていると知りました。
体の不自由な障害者や生活体力の衰えた高齢者でも、元気に活動的なライフスタイルを継続的に楽しめる可能性を広げるアシストツールとして期待されます。2輪の先進テクノロジーが他の分野で応用されているのです。

20160914_sgw_column_03

私自身にとってもモーターサイクルは、人生に活力と彩を与えてくれる大切な存在。冒頭のテーマに対する私の答えはもちろん「イエス」です。
人それぞれ考え方の違いや意見はあって当然ですが、2輪が愛され、存在価値が認められる世の中にしていけるよう、私たちひとりひとりのライダーの心がけが肝要なのだと思いました。

ケニー佐川

ケニー佐川Webikeニュース編集長

投稿者プロフィール

国産・外車を問わずミニモトからビッグバイクまで、どんなバイクでも乗りこなすモータージャーナリストとして2輪専門誌等で活躍中。
16歳から乗り継いだバイク30台、テストライド経験300台以上。装備や用品、カスタムパーツのテストも数多くこなしてきた。
MFJ公認インストラクター。米国ケビン・シュワンツ・スクール修了。

この著者の最新の記事

関連記事

ページ上部へ戻る